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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
七章 キュベレー
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8.黒い血

 魔女狩りの剣士として働いた期間はそこまで長くは無い。

 それでも、私によって命あるものから金を産む道具へと変化していった魔女や魔術師の数はそれなりに多い。

 黒い血を流し、石膏のような毒の屍と化した獲物の姿を初めて見た時には、罪悪感が生じてしまったものだった。何故なら、魔女や魔術師というものは何処からどう見ても人間と変わらない姿をしていたからだ。

 幾ら神の教えで魔女が穢れあるものと言われているといっても、人間と変わらぬ姿をした者を殺しておいて何も感じないわけがない。

 だから、半ば言い訳に近い状態で、私は自分の仕事を正当化し続けた。

 あの頃の自分は無駄な殺生を厭っていた。

 サファイアの死のせいだろうか。自分の身を襲おうという獣や人間、魔物等以外と戦うことは出来ず、無力であり、仕事とも関係のない者ならば、魔物であっても見逃してやったことだってある。

 躊躇(ためら)いがなくなったのはいつからだろう。

 カリスと出会った頃は、まだ私の中に良心のようなものはあったかもしれない。ミールを奪われてかなり荒んではいたけれど、それでも私に親しげに話してくるようになったカリスに手を出すのは躊躇(ためら)われた。

 あの頃の自分だったならば、どうしていただろう。

 同じようにキュベレーを捕まえることが出来ていたならば、どう行動していただろう。

 恐らく、一度は彼女に訊ねていただろう。

 ミールにかけた魔術を解くように、解けば命だけは助けてやるという譲歩の姿勢を見せてやったかもしれない。

 けれど、どうだろう。

 今の私は頑なだった。

 ミールの傍まで連れて行き、その新鮮な黒い血をミールにかけてやらない事には気が済まなかった。

 私を罪人にしたのはグリフォスかもしれない。

 だが、きっかけを作ったのはキュベレーだ。

 この責任は死をもって償わせるしかない。そう信じて疑わない自分の存在に、私は気付いていた。

 気付いたからと言って、自分を止められるわけでもなかった。

「もういい」

 やがて、部屋の中央付近まで来た時、唐突にキュベレーは言った。

「別に近づく必要は無い。わたしの心臓を抜きだし、黒い血を滴らせて、あの男の子の左胸にそっと押し当てなさい。そうしたら、きっと呪いは解ける。わたしにはもう確認出来ないけれど、あなたの望み通りになるはずよ」

 それは、紛れもない降伏だった。

 抵抗する姿勢もなく、キュベレーは立ち止まったまま動かない。私が手を放してみても、もう逃げたりも、魔術を放ったりもしなかった。

 剣を喉元に突きつけたまま、私はキュベレーの正面へと回る。

 キュベレーはそんな私の姿をじっと見つめていた。だが、その目には先程、戦っていた時までの勇ましさや恐れ、私への敵意は失われ、ただ全てを諦めてしまった、切なさだけが宿っているようだった。

 エメラルドの目を滲ませ、キュベレーは私に言った。

「もういいから、早くナキの所に行かせて」

 恋人が甘えてくるかのような密やかな声に、私は静かに頷いた。

 心から恨み、呪い、愛らしいその顔さえも醜いと蔑んできた魔女ではあったけれど、今だけは彼女に対して哀悼の一つでも浮かべてやりたいくらいだった。

 苦痛を与えようという想いは風に攫われていった。その幼い顔すらも醜く崩壊させてしまおうという感情もまた夜闇に紛れて何処かへいってしまった。

 最後に生を諦め、愛する友の待つ元へ向かう事を願った魔女を座らせ、私はその(うなじ)をそっと剣の切っ先で刺した。

 ぽつりと水を垂らすかのように、黒い血が浮かび上がってくる。

 その血が広がる前に、キュベレーの手が床に落ちていった。

 美しい少年少女を捕え、自分だけの城で人形として何百年も囲い続けてきた魔女のなれの果ては、まさしく人形のように美しい姿で(しかばね)となった。

 グリフォスに見守られる中、私はそっとキュベレーの亡骸を仰向けにした。

 現役の魔女狩り剣士だった時と同じ。

 いや、あの時よりもずっと厳粛な気持ちでいられた。

 首より下がっていたペンダントを外し、ローブを切り裂き、人形のような肌に剣を滑らせ、沈黙と緊張の中で皮と肉と骨と臓器に守られたたった一つの心臓を取り出す頃、床は真っ黒な血で穢されていた。

 かつて私は同じようにナキという名前だった少女を薬に変えた。

 黒い血を全て流し、生き物が口に含んでも問題ないように加工してから、何の名残も惜しまずに売りさばいた。その光景をずっと見ていたというこのキュベレーという魔女は、どんな気持ちでいたのだろう。

 考えてみようとしても、今はただ、早くこの心臓をミールの左胸に押し当ててやりたくてしょうがなかった。

 黒い血を滴らせて私は立ち上がり、王座へと向いた。

 ミールが待っている。

 この心臓さえ当ててやれば、彼は甦る。

 暗く冷たい石の世界より救いだし、約束されていたはずの輝かしい未来をもう一度与えることが出来るはずなのだ。

 一歩、二歩と、私は王座に近づいた。

 全ての終わりを感じながら、手に持つ心臓の生々しい感触を味わいながら、呪いを解くために歩き続けた。

 けれど――。

 私が王座に着くより先に、状況は変わってしまった。



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