表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
七章 キュベレー
136/213

3.廃れた地域

 かつて此処は高貴な血を引く者たちの支配する地域だった。

 この城には美しい容姿の君主がおり、膝元には町が広がり、さらにその端々に村があるような時代があった。

 今では村しか残っておらず、その村に住んでいた私達も町や城の景色など予想すら出来ないほど歴史は霞んでしまっていた。

 辛うじて残るのは口伝と、時折現れては消える霧の城だけだ。

 あの城には魔女が住んでいる。

 それは、私の村に生まれた者ならば誰だって知っている昔話だった。

 城を継ぐべき子供達が次々と死んだというのは、もう何百年も前の事だ。

 大人達は焦り、病を治す方法を探したり、新たに子を作ったりして何とかその運命から抗おうと必死だった。それでも、新たに生まれた子も死に、子が死ぬ原因となる病は祓われる事も無かった。

 最後に頼ったのは遠い地へと下っていった血縁より後継者を得ることだったが、これも駄目だった。男であれ、女であれ、何故だか皆、この城を継ぐ者と決まるとすぐに病に倒れてしまったらしい。

 そうして、この城の一族は静かに滅んでいった。

 ゆっくりと時間をかけて、正当な主を失っていく。

 城に仕えていたある一族は、各々の新たな死に場所を求めて散在し、またある一族はその殆どが城の廃れと共に姿を消してしまったらしい。

 城が滅ぶと、町も長くは持たなかった。統治を城に頼ってきた町民たちの中に、自らが統治しようと立ち上がる者は殆どいなかったらしい。

 多くの者は新たな場所へと避難し、初めは移動を渋っていた者たちもやがて、移動した者達を頼って町を後にした。

 人がいなくなると、思い出したかのように木々が町を覆っていった。

 その廃れた町跡が何処にあるのか、正しく知る者は殆ど居ないだろう。

 辛うじて残ったのは村だけ。ひっそりと農作に勤しみ、新たな主として遠い町を頼った村だけが何百年も残っていった。

 滅ぼしたのが一人の魔女であると最初に言い出したのは誰なのだろう。

 もしかしたらその者は、私と同じような体験をしたのかもしれない。

 旅の最中でここを訪れ、仲間を奪われた経験のある者が、キュベレーの存在を出会った人々に伝えていったのかもしれない。

 グリフォスのお陰で踏み込むことの出来た廃墟を歩きながら、私はそっとこの口伝を初めて生み出した者の存在へ想いを寄せた。

 名も知らぬ者。

 もしもあなたも私と同じ経験をしたのならば、どれほど無念だったことだろう。

 人間にとっては途方もない時間が過ぎ去っているというのに、この場所はいまだ絶望を振りまいているのだ。

 埃と砂を蹴飛ばしながら、私はこの城を支配している者へ敵意を向ける。

 こうして侵入していることを、キュベレーは何処かで見ているだろう。

 私がナキとかいう彼女の友人を殺したときだって見ていたと言っていたのだから、己の膝元とも言えるこの場所を見ていないはずがない。

 キュベレー。悪しき魔女よ。

 お前は一体、どんな後悔を抱いているだろう。

 静かに私を導きながら、散々悪魔と蔑まれてきたグリフォスは間違うこともなくキュベレーの居場所を目指している。

 階段を上がり、階段をくだり、脇道へ逸れ、あらゆる間を抜け、広大で複雑過ぎる順路を辿りながら、グリフォスはしっかりと私を導いていた。

 ただ進めば出会えるわけではない。

 それこそ、キュベレーが偉大な魔女と言われる所以だろう。

 だが、そうだとしても、本来の力を取り戻したグリフォスを前に、キュベレーの魔術が効果を成すわけがない。

 悪しき魔女キュベレー。

 お前がミールを奪い、私を苦しめ、そして、私がグリフォスの誘いを受けた時点で、お前に勝ち目はなくなった。

 せいぜいその長く生き過ぎた身体を震わせながら、安楽の死を願うがいい。

「もうそろそろ……」

 道中、ずっと黙っていたグリフォスの声が微かに響いた。

「もうそろそろで、全てが終わるわ」

 何処をどう歩いていたか、忘れてしまうほどの順路だったが、次第に私達を包む雰囲気が変わっていくことを実感できた。

 城に踏み込んだばかりの時には見られたような廃れた光景ばかりではなく、蝋燭の火の灯す明かりが見えてきたのだ。

 ――明かり。

 此処に来て、私は気付いた。

 明かりがなくとも困らなかったのだ。グリフォスに連れられて歩いている間、どんなに暗くても周りの様子が見えた。今まで進んできた場所に明かりが灯されていなかった事に気付いたのは今。

 気付いた所で、大して驚きもしなかった。

 ――何を驚くことがある。

 ただ異様に夜目が利くようになっただけのことだ。

 塵の中を歩ける驚きに比べたら、こんな変化、大した事でもない。人間ではなくなってしまったのだから、こんな事で驚く必要もない。

 蝋燭の明かりの中をグリフォスは進む。

 時折、私がきちんとついて来ているかを振り返り、間違いなくいることを確認すると苦しいほどの切なさが生まれるようなサファイアの微笑みを浮かべる。

 もうそろそろで、全てが終わる。

 その言葉を胸に、私の足もまた早まる。

 悪意に満ちた強大すぎる魔女ではあったかもしれないが、悪魔と名乗る者に力を借り、かつては神獣とさえ呼ばれた存在達を壊し尽した私ならば、殺せる。

 逃げる場所なんて与えない。

 グリフォスがその為にいるのだから。

 ミールにかけられた呪いを解くために、その幼いまま時を止めたような身体より、黒く濁った血を飛び散らせて貰わなくてはならない。

 グリフォスの足がふと止まった。

 目の前にあるのは大きな扉。

 明らかに真新しく、これまで目にしてきた朽ちた城の姿とは全く違う。廃れた城の中に新たに作ったような扉だった。

 グリフォスがその扉に優しく触れる。

 すると、鍵が解除される音と共に、重たそうな扉が独りでに開き始めた。

 そうして目の前に広がった新たな部屋の光景を目にした途端、私は自分の目が驚きと恐れと緊張で大きく揺らいだのを感じた。

 そこには、生きた者は誰もいなかった。

 重たい扉の向こうに閉ざされた広間で、私達を迎え入れたのは、時を止めたまま空虚を見つめている数多の人形ばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ