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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
六章 リヴァイアサン
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6.リヴァイアサンの崩壊

 大きな竜の目が私を睨みつけている。

 彼女に見つめられていると、暗闇の中で二つの影が必死に手を伸ばしている光景が頭を過ぎっていった。

 ジズが、ベヒモスが、リヴァイアサンと交わりたがっている。

 彼らの手を憐れみ、そして、全ての原因である私を恨みの籠った目で見つめたまま、リヴァイアサンは清らかな声で咆哮した。

 深い敵意が私を威嚇している。

 けれど、今の私には無駄な足掻きでしかなかった。

「駄目、やめて!」

 背後で悲鳴のような女の声があがった。

 グリフォスに囚われている赤い魔女だ。

「そんなことしては駄目!」

 私が何をする気か分かったのだろう。

 魔術を含もうとしたのだろうかと思われる怪しげな叫びが私の身体に沁み込んできた。だが、たいして情動は起きなかった。

 彼女を、リヴァイアサンを殺さなくては、これまでの旅路は全て無駄になる。

 その思いが、魔女の訴えを跳ねのけていった。

「駄目!」

 赤い魔女の絶叫が響く中、私とリヴァイアサンはお互いの命を狙った。

 信頼の全てを剣に託し、その欲求のままに竜の血肉を狙わせる。リヴァイアサンは必死に抵抗していた。だが、ジズの時よりも、そして、ベヒモスの時よりも、リヴァイアサンの動きは遅く感じた。

 リヴァイアサンが遅いのではない。

 二つの獣を壊してきた私の動きが早くなったのだろう。

 そして、呆気なく、決着はついた。

 リヴァイアサンの頭上へと飛び上がり、剣が望むままに振り落とした瞬間、心躍るほどの血飛沫が神聖なる御堂みどうを赤く染めたのだ。

 その竜の吐息が途切れるまで、私はリヴァイアサンを崩壊させ続けた。

 数秒もかかりはしなかった。

 ねっとりとした血の池の上に立ったまま、私は淡々と終わりを実感し、来るべき時を思い描いて恍惚としていた。

 既に私の中にリヴァイアサンは囚われている。

 剣の吸った血と肉が、その証拠だった。

「そんな……ことって……」

 魔女の嘆きが聞こえた。

 信じられないようだ。それもそうだろう。最初に壊したジズだって、まさか自分が人間ごときに壊されるなんて思いもしなかっただろう。

 けれど、私は壊してしまったのだ。グリフォスの力を借りて。

「見事よ……」

 グリフォスの声があがった。

「これで面倒な邪魔者はいなくなった」

 そう言って、グリフォスは赤い魔女の手を放した。

「この女を任せるわ。彼女は《赤い花》。殺すか生かすか、全部あなたに任せるわ」

「《赤い花》……」

 では、やはりこの女こそ、カリスが恨み、独り占めしようとしていた《赤い魔女》、アマリリスなのだ。

 その姿をまじまじと見つめてみると、怯えた目がこちらを向いた。警戒しているのは私が持っている魔女狩りの剣だろう。

 絶滅したとも言われていた心臓の持ち主。莫大な金を産む貴重種。

「本物か……」

 ふつふつとした感動のようなものと共に私は呟いた。

「ええ、そう本物よ。心臓を売れば莫大な金になる。あなたが願いを叶えれば、きっと役に立つでしょうね」

 そう言って、グリフォスは歩きだした。

 もはや彼女にはこの場の状況など見えていない。グリフォスの目的はリヴァイアサンなどではなく、彼女の守ろうとしていた柔らかな肉を持つ巫女ただ一人だ。

 アマリリスの仲間と共に海巫女が逃れた方へと向かいながら、グリフォスは笑みを含んだ声で言った。

「じゃあね、愛しい人。あなたもきっと追いかけて来てね」

 私が向かう頃には、海巫女はきっとこの世にいないだろう。

 去っていくその背を見つめた後、私はそっとアマリリスへと近寄った。

 本当に《赤い花》を持つと言うのならば、今すぐ切り開いて確かめてみたい。好奇心にも近い感情だった。

 アマリリスは震えつつも、私を睨みつけた。

「あなた、自分が何をしたか分かっているの……?」

 怒っている。それとも、呆れているのだろうか。

 こんな姿、こんな表情は何度も見てきた。

「とんでもない罪を犯したのよ。償いきれないほど深い罪を」

 アマリリスの口から飛び出すのは命乞いなどではなく、私への叱咤のみ。

 ああそうだ。カリスに似ている。グリフォスに力を奪われて、何処かへと逃げてしまったあの哀れで美しい狼に似ている。

 座り込んだまま、アマリリスは立ち上がる事すら出来ないでいる。

 この魔女もまたグリフォスに力を奪われている。恐れる理由なんて何処にもなかった。目の前に座りこみ、私はその姿をじっと見つめた。

「本物の《赤い花》……」

 魔女の心臓など売り捌く為の道具にしか思っていなかった。特に、キュベレーの事があってからは汚らわしいものとしか思えなかった。

 ところがどうだろう。

 目の前に居るのが伝説的な高級品を隠し持つ魔女だと言われると、興味を抱かずにはいられなかった。

 生きている内に触れてみたい。

 そう思って手を伸ばそうとした丁度その時、何者かの慌ただしい足音が聞こえ、引っ込んでいた殺気が一瞬にして甦った。

 足音がしてくるのはグリフォスの消えた出入り口からだ。

 振り返ればそこに、先程、海巫女たちと逃れたはずの娘がいた。

 入ってすぐに彼女はリヴァイアサンの亡骸に目を奪われた、だが、直後、私とアマリリスの様子に気づくと、慌てて走り出した。

「アマリリスから離れて!」

 幼子のような声と共に、彼女の姿が歪んでいくのを見て、私は惚けてしまった。


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