5. 囮と外道
「なあパール。姿を隠す魔法って帝都にあった?」
「姿隠しですか?昔はいたとか話で聞きましたね」
「昔?」
完成したら国は大喜びだろう。兵士や公安を隠せればやりたい放題だ。だが無いということは、難しすぎるのか……
「魔力の消費が酷すぎて実用にならなかったそうです」
「それをあの機械は膨大な力で実現してるのか?」
「同じ理屈なら……」
「弱点は?」
完璧なものなんてない。今までも裏を突いて生き延びてきた。ならば今回も、何かあるはずだ。
「弱点……そうだ!水とか反射が多いと演算が追いつかず止まったはずです」
「反射……雪は白すぎてダメだ。水、いや氷を撒き散らせばどうだ?」
ガラス片みたいに氷をばら撒けば、少しは姿が見えるかもしれない。確証はないが、試す価値はある。
「夢の中での大きさは?」
「大きさ?15、6メートル四方ぐらいか?」
「それで十分。完全に暴く必要はありません。先ほど爆破した地中の氷塊を直接ぶつけましょう」
「え?あれを射出できるほどの威力、出せるのか?」
「一回だけなら林ごと吹き飛ばせます。私に来た岩『は』粉砕するのでご安心を」
「それじゃ俺も岩に当たって死ぬだろ!『一撃必殺』と『自爆』を同じカテゴリにするな!」
――魔術師はなんでもありだ。命の価値観が根本的に狂ってる。だが氷塊を丸ごと当てれば確実に堕ちるだろう。
「ただ高度がわからないとどうしようもありません。勘だけでは地表を耕すだけです」
「結局そこだよな」
話は振り出しに戻る。
「ですが……先ほど機関銃を撃ってましたよね?」
「ああ。音と煙が酷かった」
「なら、あの機械に発砲させれば場所が丸わかりじゃないですか?」
「確かにそうだが……」
雪に埋もれて鼻水垂らしながら、俺たちは林の切れ目から奴を見上げた。巨大な『鉄の羽虫』は、不愉快な羽音を立てながらホバリングしている。まるで猛禽類だ。
「あなたが飛び出して注意を引く。奴が機銃掃射した瞬間、僕が氷塊をぶつけて粉砕する。以上です」
「単純すぎて吐き気がするな」
俺は小銃を抱きしめた。冷たい鉄だけが友達だ。
「本当に当たるんだろうな?俺が蜂の巣になってる横で『外しましたテヘ』とか言ったら化けて出るぞ」
「失礼な。あんな大きな的は百発百中です。……動かなければ、ですが」
「不安要素を残すな!」
パールはニコニコしている。これから人が死ぬかもしれないのに、子供が新しいおもちゃを試す顔だ。
「まさか俺を殺して助かる気か?」
「私一人なら逃げて終わりです。この程度の雪原など監獄に値しません。二人助かる方法を提示してるだけありがたいと思ってください」
こいつは本気だ。撃つべきか一瞬考えたが、すぐ絶望に変わった。
「くそっ、わかった!やる!だが絶対に外すなよ!」
「はい!お任せください」
俺は深呼吸し、小銃をパールの足元に放り投げた。ここからは機転と運、そして狂った魔術師の精度だけが頼りだ。
「さあ、的になってやりますよ外道魔術師殿!」
俺は木陰から飛び出し、雪原へ一直線に走った。途端、耳をつんざく重低音が最大に高まる。二組の巨大な羽根が空気を叩く音だ。
ドドドドドドドド!!!
「うおーーーーーー!!!」
機関銃の掃射が始まった。薬莢が雨のように降り注ぎ、弾丸は雪と土を派手に吹き飛ばす。まるで巨大な耕運機だ。
俺は滅茶苦茶に動いた。体勢を低くし、雪が吹き上がった直後を狙って方向を変える。銃弾の雨は遅れて追いかけてくる。寒さに適応できてないのか?それが唯一の救いだった。
「パール!!今だ!撃てぇぇ!!」
だが返事がない。銃撃は止まらず、雪が削られていく。
「パール!?何してる!!」
「待ってください、今いい氷の割り方を選定中で……」
「適当でいい!俺が死ぬ!!」
「美しくありません。やはり流線型の……よし、この形だ!」
銃撃が近づく。死ぬ。マジで死ぬ。走馬灯が見えてきた。
その時、林の奥から地鳴りが響いた。
「今!」
パールの叫びと共に、巨大な岩塊が林をへし折りながら舞い上がる。氷塊が機体に接触した瞬間、ヘリは一瞬だけ歪んで可視化された。
それは雑に白く塗られ、砂色が覗くやっつけ仕事感満載の機体だった。巨大な羽根が虚しく回転している。
次の瞬間、氷塊が胴体を粉砕した。
バキン!
機体は錐揉み状に落下し、大破した。羽根は折れ曲がり、雪を撒き散らして静止する。俺はへたり込んだ。全身の力が抜ける。
「……やりすぎだ、馬鹿野郎」
息も絶え絶えに呟き、雪の上に仰向けになった。生きてる。奇跡的に。隣には命の価値観が完全に壊れた魔術師が、満面の笑みで立っている。
「久々の的当ては難しかったですね。次回もお願いします」
「囮なんて二度とごめんだ!」
だがこれでノルマは達成……達成か?いや、どう考えても違う気がする。
「戻って『空飛ぶ機械を堕としました!』って報告して通じるか?」
「流石にこれを運ぶ魔力は私にもありません」
「そりゃそうだろ!こんなの持って帰れるなら国が黙ってないわ!」
命を張って何も無しは正直きつい。せめて証拠を……と残骸を物色していると、氷塊の中で見た腕が目に入った。
「パール……遺体ごと吹き飛ばしたのか」
「緊急事態です。生きてる人が最優先でしょう?」
「最優先って……死んでる人は優先順位ゼロかよ!」
「当然です。優先順位は生きてる人>昼食>昼寝>死体です」
「昼寝より下ってどういう基準だ!」
俺は頭を抱えた。こいつに倫理観は無いのか?




