第111話 物語
「今日で、はじめに案が出たことは一通り終えることが出来ましたね。三週間も経ってしまいました」
スーが手帳を見ながら言った。
「火山椒を見つけて、竜人と色々やってみよう、って相談をしてから? もう、そんなになるんだ」
私はぬるい水を飲みながら思い出す。
火山椒というのは、スーがつけた名前だった。
「ゲネ様に山裾まで下りて頂いてから、かなりのことを試してきましたからね。他の竜人の方にも効果があるか、個人差はあるか、山の上はどうか、男女差はあるか……危険性は少なそうだと分かってきたので、私としては有意義な日々だったかな、と思いますけど」
「私達が何もかも教える必要も無いと思うわよ」
マチネが口を開いた。
「結果的にだけど、平野の獣の狩り方なんて、元々の能力が高い彼らに教える必要がなかったわけでしょ」
「まぁ、マチネがあれこれ説明したのに、結局一投足で飛びかかって子鹿を仕留めたときは、申し訳ないけど笑っちゃったよね」
まったくよ、と言ってマチネが肩をすくめる。
「インブロリオだっけ? 竜人を狭い世界に閉じ込めておこうと、下らない迷信を広めていったのも分からないでもないわ。悪巧みに対抗されたら厄介だもの」
「竜人の一世代が短いことも、計算に入れていたのでしょうね。情報が不正確になり、純粋な彼らが盲目的になることを狙ってのことでしょう」
私は、また一口、水を飲んだ。
長い時を生きて、いろいろな種族が苦しむように様々に画策している。
人族こそが至上だと信じて……なのだろうが、果たしてそれだけなんだろうか、という気もする。
「人族至上主義と、他の種族と苦しめることが、結びつかないんだよなぁ……」
「というと?」
「人族が一番偉いから、他の種族を従わせて言うことを聞かせるっていうなら、分かるんだよね。でも、竜人をいじめて、水人を苦しめて、森人を困らせて、別に人族にとっていいことなんてひとつもないと思わない? ましてや、ケンタウロスに対してはとんでもない凶行に及んだわけでしょ……」
私は目を伏せた。
言っている内に、苦しくなってくる。
「そういう風に考えると、鉱人族も心配になるわね」
「彼らは人族以上に物作りに長けていると伝え聞いていますから、ちょっとやそっとでは動じない国になっているとは思いますけれど……」
「マチネ~」
家の外からゲネの声がした。
「そろそろ飲むよ~」
私とスーは顔を見合わせて笑った。
さっき昼食をとったばかりだったはずだが、竜人達は「夜だから飲む」とか、「早い時間はちょっと」という考え方をしないらしい。
「すっかり人気者だね」
「ついつい竜人の酒を飲みまくっちゃったからね。仲間として認められたのは嬉しいことだけど、こうも毎日飲まされたら、いつか乱れちゃうかも知れないわ」
マチネが片眼をつぶって私に笑う。
「アインを襲っちゃったらごめんね、トリル」
「はいはい。ゲネ達が待ってるから、早く行ってあげて」
つれないわね、と口を尖らせて、マチネは借宿を出て行った。
「もう、すっかり余裕ですね」
「私? ううん、そうでもないよ」
私は苦笑した。
「アインのことを好きだっていう気持ちは、揺れなくなった。マチネとも、笑って話せるようになった。でも、あの二人がそういうことをすることになるかもって考えると、やっぱりちょっとしんどいんだ」
「それは、そうですよね……」
「割り切るほど大人になるには、私はまだまだ経験が足りないみたい」
はは、と笑いながら、私は体をぐぐっと伸ばす。
ここの気候にも、大分慣れてきたかな、と思う。
「そういえば、サルヴァトーレの話は、お聞きになりました?」
「ううん。スーは?」
スーも首を横に振った。
「火山椒の発見からずっと、それどころじゃなかったもんね。今からでも、話を聞いて回ってみようか」
「マチネ様達のところは、最後にしましょう。お酒を飲まされますから」
スーの真剣な顔に、私はクスクス笑ってしまう。
「森人の里でのこと、ずっと気にしてるよね」
「皆様に醜態をさらしたわけですから……しかも、そのことをまるで覚えていないというのがまた、情けなくて」
顔を赤くするスーに、私はまた笑ってしまう。
「私がアリア様に話しちゃったけど、おとがめなしだったんだし、よかったじゃん」
「陛下からは、おとがめなしだったんですけどね……」
ハッとした。
彼女の両親も公人なのだから、当然耳に入ったのだろう。
旅から戻ってすぐに仕事をさせる父親なのだし、厳しくしつけられてきていることは明白だ。
私が売り物で遊んでいて父にこっぴどく叱られたように、あるいはそれ以上に叱られたのかも知れない。
「ま、まぁ、それはともかく、話を聞いて回ってみようか」
少し落胆を思い出した様子のスーの手を引き、私達は借宿を出た。
定期的に火山椒を口にしているので、初めてここに来たときのような暑苦しさは感じない。
「どなたから聞いていきましょうか」
「行き当たりばったりでいいんじゃない? ゆっくり里を見て回るのも、中々出来なかったし」
私達は歩きながら、それほど忙しくはなさそうな人を見つけて声をかけていくことにした。
「サルヴァトーレ? ああ、たぶん誰でも知っている名前よ」
水色の鱗の女性が笑った。
「世界にお酒の造り方を伝えた、発明者にして伝道師よね」
「鱗の色って、白だったりします?」
女性は声を上げて笑った。
「そうそう、よく知ってるわね。どんなに酔っても鱗の色が変わらない酒豪でもあったのよね」
私とスーは顔を見合わせた。
「やっぱり、白なんだね」
「残すは鉱人族に伝わる伝承ですが、楽しみですね」
「そういえば、あなたたちと一緒に来たケンタウロスの男の子も、白い体をしてたわね。やっぱり、どんなに飲んでも大丈夫なの?」
私は首を傾げた。
「彼がお酒を飲んだところを見たことがないので、分からないです」
「あら、そうなの? あなたたち二人は体も小さいから、あまり飲めなさそうだけど、あの男の子は随分飲めるんじゃないの? 現に、もうひとりのケンタウロスの女の子は、毎日のようにぐいぐい飲んでるみたいだし」
カラカラ笑う女性に感謝を告げて、私達はまた別の人の話を聞いてみた。
それから何人にも話を聞いてみたが、どの人も、サルヴァトーレについて同じ話を聞かせてくれた後で、どの人も、必ず一緒に飲まないかと誘ってくれた。
「本当に、生活とお酒が密着しているようですね」
「スーにおすすめの国だね」
私が笑うと、スーが「もう!」と言って頬を膨らませた。
「あんまり意地悪を言うなら、トリル様とアイン様にも酔いつぶれるまで飲んでもらいますからね」
「ごめんごめん。でも、リリコのお酒を飲んだときも、アインは全然様子が変わってなかったから、本当になんともないのかな」
あの夜のことを思い出してみるが、自分は少し体が温かくなったし、ふわふわした感じがあった。
アインは、いつもと変わらなかったような気がする。
「ケンタウロスはお酒に強い、ってことかな」
「でも、マチネ様は、毎日赤い顔で戻ってきていますよ」
スーの表情が、きらきらしている。
興味深いものに出会って、好奇心があふれているときの顔だ。
「試してみたいんだ?」
「え、いえ、そんなことは……少し、ありますけど」
まぁ、試してみたいのはスーだけでもない。
私とスーは、里を周りながら、頂けるお酒を少しずつ頂いて回った。
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
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それでは、また次のエピソードで。




