第110話 複雑
翌日、私達はヴァレ峡谷を下りて、大陸西側の海岸を目指していた。
「本当に、この実を食べたら寒くないんだよね?」
ゲネが、道中何度も何度もこの問いを口にしていた。
その都度、私はゲネに、少しでもつらくなったら、すぐに戻ってこようと言った。
ただ、里に向かう途中はあれほど暑がっていた私達が、まるで平然として歩いていることが何よりの説得力になっていたようだ。
「普段なら、そろそろ鱗が苦しくなってくる頃だ。ちょっと早めに食べさせてもらっていいかい?」
ゲネの要望に、私は頷いて応えた。
スー達がとってきてくれた木の実はそれほど多くはなかったが、小まめに食べたとしても一日は持ちそうだ。
そこからさらに、私達は峡谷を進んだ。
「ゲネ、どう?」
「まだ、なんとも分からないけど、そろそろ寒くなるはずなんだよなぁ」
さらに、私達は峡谷を下っていく。
心配になって、何度もゲネの様子を確かめるが、彼はしきりに首を振るばかりで、寒がる様子がない。
「おっかしいなぁ」
「トリル、ゲネ。もう、入口の石板にたどり着いてしまったぞ」
私達がヴァレ峡谷に入るために、彼らがつくってくれた石板があった。
たしか、私達はここから少し入った時点で暑さを感じ始めたから、この地点は既に、竜人にとってはかなり気温が低い場所のはずだった。
「この石板、おいらが設置したんだよ。その時も寒くて寒くて仕方なかったのに」
「今は、なんともない?」
私が聞くと、ゲネはこくこくと頷いた。
「こんなこと、信じられないよ!」
ガバッとゲネに急に抱きつかれ、私は抵抗する間もなく体を密着させてしまった。
固い鱗が、かなり熱を持っているのが分かった。
反射的に、熱っ、と声が出てしまった。
「ああ、ごめんごめん。人族には、おいら達の体は熱いんだね」
「大丈夫、ちょっとびっくりしただけ。ゲネは、本当に寒くないの?」
「なんともないね。体の中の熱がなくなったわけではないようだけど、この不思議な実の力は、どれくらいの時間もつんだい?」
私は振り向いてスーを見た。
「私の場合は、四半日は保ちました。竜人の皆さんの場合は、秘めた熱が強いようなので、もっと効果時間が短いという可能性はあります」
「なるほどね。それじゃあ、どれくらいの時間で効果がなくなってしまうのか、この場で待ってみるしかないか」
「全員でこの場に残ってる必要も、あまりないのよね。せっかく下りてきたんだし、食糧調達でもしない?」
私達は相談し、ゲネの体調が急に変わった場合に対処できるように、まずアインが残ることになった。
次に、話を聞く時間にちょうどいいからと、スーもその場に残ることにした。
「私とトリルね。恋敵組って感じかしら」
「お前は恋ではないだろうが」
アインが眉間に皺を寄せ、マチネがはいはいと言って笑った。
「トリル様、マチネ様に後ろから刺されないように気をつけて下さいね」
「スーまでそんなこと言うの! 信じられない!」
マチネが笑いながら言う。
スーも、言葉は辛辣だったかもしれないが、明らかに冗談と分かる声色と表情だった。
三人に見送られて、私とマチネは岩道を一緒に下っていく。
「いい仲間よね。あなたも含めて」
歩きながら、マチネが言う。
見上げると、マチネの表情は寂しそうだった。
「ソワレとはずっと一緒だったけど、やっぱり、寂しかったのね、私。あなたたちといると、楽しいもの。あの子が会話できるようになるまでは、数年間話し相手も居なかったっていうのもあるんだろうけど。こうやって、誰かと話が出来て、誰かと一緒に時間を過ごせるのって、素晴らしいことなんだとあらためて思うわ」
「分かるよ。私も、旅に出る前はそんなことなかったけど、アインとスーに出会えて、すごく素敵な時間を過ごせてるって思うもの」
そう言ってから、私はハッとして、言葉を次いだ。
「マチネとの時間もね」
ありがと、とマチネが笑う。
「種族の違いなんてなかったら、きっと、私もあなたたちともっと良い出会いが出来た気がするわ。トリルとは、なおさらね」
「複雑だよね、どうしても……」
そう言いながら、私は別の言葉を探していた。
「でも、種族が違うから、出会えたのかもしれないよ」
「というと?」
「だって、人族の街には本当に沢山の人が住んでいて、その中の全員と知り合うことなんてとても出来そうにないもん。街を出て、外に行こうとする同士だから、種族の枠がないところで出会えたんだよ。私は、そう思いたいな」
なるほどね、とマチネが頷く。
「……アイン以外のケンタウロスの男性や群れが見つかること、私も望んでるから」
「うん。じゃあ、同じ望みを持ってるんだから、私達は仲間だよ。私は、そう思う」
私達は、目を合わせて、そして笑った。
なんだか、自分の中にわだかまっていた最後の塊が、ほどけたような気がした。
「ねぇ、マチネ」
「なに?」
「アインって、ケンタウロスの女性から見たら、どうなの?」
ふふ、と彼女は笑った。
「それで、私が彼をすごく魅力的だと思っていて、本当に好きになっちゃったって言ったら、どうするの?」
う~んと考え、口を開く。
「負けないように頑張る、かな」
「トリルのそういう性格、いいわよね。開き直れるっていうかさ。それで、アインね。まぁ、顔が整ってるとは思うけど、好みじゃないわね、実際のところ」
「じゃあ、どういう人が好みなの?」
「そりゃ、ケンタウロスらしい、野性味あふれる男性よ」
今ひとつ想像出来ず、私はマチネの言葉を待つ。
「胸元の毛が足りないし、髭もないし。アインは若いというか、ちょっと頼りないのよね、見た目が……ちょっと、トリルにとっては好都合な話のはずでしょ。想い人がちょっと貶されたからって、そんなむくれた顔しないでよ」
「し、してないよ」
「してたわ」
「してない!」
「してた!」
見合って、私達はまた笑った。
そんな風に笑い合って、私達は山裾までたどり着き、マチネが弓で仕留めて私が内臓などの後処理をする、という分担で山鳥を四羽と子鹿を一頭仕留めた。
また二人で話をしながら、ヴァレ峡谷の入口へ向かう。
私達の姿を見つけると、スーが大きく両手を振ってくれた。
「どうだった?」
「個人差がある可能性もありますが、ゲネ様の場合は、私の半分程度のようですね。アイン様はそれほどには差がなかったので、竜人の方に宿る熱が特別強いのかもしれません」
スーの言葉を、ゲネはこくこく頷きながら聞いていた。
「まぁ、この台地から出られないくらいの体だから、木の実一つで長時間もどうこうなるとは思ってないよ。でも、短時間でも山の外に出られるとなれば、おいら達の生活は劇的に変わってくるよ。ちょっとずつではあるだろうけど、行動範囲も広げていけるはずだ」
それにしても、とアインが言う。
「さっきは延々とスーが魔法の話ばかりを聞いていたから口を挟めなかったが、その実が生えている場所は、スーとマチネが半日で見つけられるような場所だったのだろう? いかに気温が低かったとしても、これだけ有用なものに何故気付かなかったのだろうな」
ゲネが、う~んと唸る。
「おいら達の言い伝えの影響もあるよ、そりゃ」
「言い伝え?」
「カロレ台地から上には行くなって」
「それは、古の都ディスカーリカがあるから、ですか?」
「それもあるんだろうけど、何世代にもわたって、上にあるものは食うなって言われてきてるんだよ。それがいつから言われてるのかは分からないけどね」
ゲネの言葉に、私はふとリリコとの会話を思い出した。
初めて彼女にあったとき、お互いの種族の命の長さが違うことを知って驚いた記憶がある。
「竜人って、命の長さはどれくらいなの?」
「三十年から四十年かな。上にあるものは食うなっていうのは、じいちゃんのじいちゃんでも知ってたと思うよ」
アインは顎に手を当てた。
「竜人にとって価値のあるものを、何者かが意図的に遠ざけていた、か?」
「何者か、なんて、心当たりがひとつしかないけど」
私達はお互いに顔を見合わせて、頷いた。
ここにも、インブロリオの影が見えた。
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
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それでは、また次のエピソードで。




