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第109話 収穫

「なあに、それ?」


 私が首を傾げると、スーが枝についている真っ赤な実を掲げた。


「びっくりしますよ、食べると」

「虫まで食べた私としては、もう大抵のものを食べても驚かないと思うけど」


 そう言いながら、私はスーがつまんだ赤い実を一粒受け取った。

 鼻を近付けてみても、特になんの匂いもない。


「すごく不味いとか?」

「いえ、味はありませんでしたよ」


 匂いもないけど、と思いながら、私はその粒を口の放った。

 奥歯で噛むと、ぷちゅっと皮がはじけて、みずみずしさが口に広がる。

 うん、別になんの味もない。

 匂いも、ない。

 わけも分からず、良く噛んで、飲み込む。


「……で、何が面白いの?」

「トリル、何か気付かない?」


 マチネもにやにやしながら私を見ている。


「スーとマチネが、すっかり仲良くなった」

「そうじゃなくて」

「……トリル様、今、暑いですか?」


 あ、と気付いた。


「ぜんぜん暑くない……かも」

「原理はわかりませんが、この実を食べると、暑さや寒さを感じなくなるみたいなんです」

「寒さも?」


 スーがこくりと頷く。


「私達がこれを見つけたのは、山をかなり登った先の、涼しいのを通り越して寒い一帯でした。そこに、この赤い実を付けた木々が群生している一角があったので、食べられるかもと思って口にしてみたんです」

「そうしたら、まるで寒さを感じなくなったのよ。衝撃的だったわ」


 マチネが首を振る。

 へぇ、と言いながら、私はスーからもう一粒受け取って、それをまじまじと見る。


「不思議な木の実だね……」

竜人ドラグーンも、初めて見るって言ってたわ。まぁ、とても彼らが入ってはいけないほどの環境だったしね」


 マチネが口を開くと、スーが言葉を次いだ。


「それ以上に、彼等が話していたディスカーリカという場所のせいでしょうね」

「ディスカーリカ? 何、それ?」

「登る道にさしかかるところで、注意されたんです。上に行くのはほどほどにしないと、ディスカーリカに近づいてしまうぞ、って。話を聞くと、古い時代の都が残っていて、そこには怪物が跋扈していると言い伝えられているそうです。そのため、土が白くなる辺りからは禁足地として進まないようにと警告されました」


 私は暗くなった山の頂上を見上げてみるが、もうほとんど見えなくなってしまっている。


「壁画以上に、何か古い記録が残ってたりするのかな」

「その都が実在すれば、ですけれどね。竜人ドラグーン達も、実際に見たことがある人はいないけど、と笑っていましたし」


 それで、とマチネが口を開く。


「そっちはどうだった? 何か、収穫はあったの?」


 私とアインは、洞窟の奥で見つけたものを、見つけた順番に話した。

 オーガ、水、そして目無魚。

 目無魚の存在は、同じケンタウロスのマチネも知らなかったらしく、とにかく食べてみようということで私達は火を通し、口に運んだ。

 一口食べて、アインが自慢げな顔をしている理由がよくわかった。

 食べたことのない味だ。

 どんな動物の肉にも、多少なりともクセがある。

 しかし、目無魚の肉は、脂がさっぱりとしていてほどよく甘く、塩によって明瞭になった、深みのある味わいだけが舌に感じられた。

 そこには、獣のような匂いはまるでなかったし、くさみとは無縁だ。


「これは、おいしいわね。どうして、私達の群れでは誰も知らなかったのかしら」


 マチネがひょいひょいと食べていくので、アインが睨んだ。


「珍しい食い物なのだから、多少は遠慮したらどうだ」

「食べられるときに食べとけ、はケンタウロスの基本でしょ」


 まったく、と呆れながら、アインが私とスーに串焼きにしたものをひとつずつ渡してくれた。


「それぞれ、予想が当たって良かったね。火精イグニスの力が及ばない所なら、食べられるものが見つかる」

「スー達が見つけてきた木の実の力で、竜人ドラグーン達が寒いところにも食糧を取りに行けるようにはならないだろうか」


 アインがそう言いながら、きょろきょろ辺りを見回す。


「今は誰もいないが、明日、ゲネあたりを誘って、木の実の効果を試してみてはどうだ?」

「でも、無理して寒いところにつれていって、体を壊すようなことになったら嫌だな……」


 私が呟くと、スーが柏手を叩いた。


「極端に寒いところではなく、平地から試してみませんか。ヴァレ峡谷を下りて、平野までいけるようなら、野の獣を捕ることは出来るようになります。竜人ドラグーンの体がどこまで熱を必要としているかはわかりませんが、試してみる価値はありますよ、きっと」

「たぶん、彼なら快く引き受けてくれるだろうしね。よし、それでいこう」


 ひとまず明日の予定も定まって、私達は食事を終わらせた。

 片付けながら、私はスー達にまだ壁画の話をしていないことに気が付いた。


「そういえば、グロッタ洞窟の入口に、壁画があったよ」

「古代遺跡に描かれていたような壁画ですか?」


 私は頷いて言葉を次ぐ。


「雰囲気がそっくりだったから、間違いないと思う」

「それは……ちょっと、気になりますね。今から、見に行っても大丈夫でしょうか」

「大丈夫じゃないかな。オーガがいたのは、本当にずっと奥の方だったから。私も一緒に行くよ」


 じゃあ俺も、私もということになり、結局食事を済ませた私達四人は、あらためてグロッタ洞窟の入口に足を運んだ。

 暗くなっていたので、私もスーも陽精ソルにお願いして壁画を照らしてもらった。

 壁画を眺めながら、スーは手帳に描き、汗を拭き、また描いてを繰り返す。

 マチネは早々に興味を失ったのか、洞窟の入口から奥を眺めたり、空を見たりしていたが、やがて一人で宿に戻っていると言った。


「トリル達が戻ってくる前に聞いたんだけど、里のあちこちにあるお湯の池は、人族で言うお風呂みたいなものなんだって。温泉って言ったかな。自然に出来た湯で、疲れをとるのに丁度いいって話だったから、先に楽しませてもらってるわ」


 さっさと去って行くマチネを見送り、私はスーが描きやすいように陽精ソルにお願いして灯りをつけたり、星を眺めたりして彼女の作業が終わるのを待った。


「ゆっくり描いていいんだよ?」


 思ったよりも早く終わり、私はスーに言った。


「いえ、描くべきことは描きましたから。それより、私達も早く汗を流しにいきませんか」


 うん、と言いながら、私はちらっとアインを見る。


「え……もしかして、トリル様、アイン様と?」

「ち、違うよ。そうじゃなくて、どこも開けた場所ばかりに見えたから、見られたら恥ずかしいなと思ったの」


 なるほど、とスーが言うと、アインが口を次いだ。


「俺は宿に入って休む。遠慮せずに入れ」


 分かった、というとアインはスタスタと宿に入っていった。

読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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