第107話 戦闘
「あ」
グロッタ洞窟の入り口に案内されて、私は思わず声を上げた。
入り口に、壁画があったからだ。
「ああ、この絵かい。すごく古いよね。たぶん、大陸のあちこちに、こういう形の建物をいくつも造ったっていうことを表してるんだろうけど、おいら達は山から外に行かないから、よく分からないんだよね」
ゲネがけらけら笑って、それじゃ気を付けてねと言って去っていった。
「アイン、この形って……」
「遺跡の形だな。通路があって、円形の広間があり、さらに先に小部屋がある」
私は岩壁に描かれた絵を、ざっと眺めていく。
影から追われた人々が、遺跡の中に入って行っている……という様子に見えた。
「避難場所としてつくられた……のかな」
「そう見えるな。そして逃げた者達が記録として壁画を残した、か」
思わぬところで発見があった。
別の道を行って山の上の探索に出たスーとマチネに、後で教えてあげなければ、と思った。
「さあ、入るぞ」
「あ、待って」
私は指を組み、目を閉じ、口を開いた。
『トイ、トイ、トイ。陽精よ、我らの周囲を明るく照らし、道に光をもたらしたまえ。イン・ボッカ・アル・ルーポ』
サァッ、と私達の周りが明るくなり、さっきまで見えていなかった洞窟の入り口の先までもが見渡せるようになった。
「たいしたものだな」
アインが呟いて私を見る。
「ずっと勉強してるからね。少しは役に立ったでしょ?」
得意げに笑って見せると、アインが身をかがめて私の頬に口づけをした。
私は胸の高鳴りを感じながら、気を引き締めないとと思い直す。
「たぶん、半日は持つと思う」
「十分だ。行くぞ」
アインは大剣ではなく、右手に長剣、左手に手斧を構えて洞窟に踏み入った。
私は、木目の剣を抜いた。
洞窟の中は、思いのほか広かった。
ケンタウロスのアインが悠々と歩けるほどの高さと広さがある。
「自然に出来たものなのかな」
「いや、人工的だろうな。これも、古代につくられたものだろうか」
途中でいくつか分かれ道があったが、とりあえずまっすぐ進んでみようということで、私達はひたすら歩いた。
歩き進んでいくうちに、空気の雰囲気が変わってきた。
少し湿った空気になってきた気がする。
それはつまり、火精の力が弱まってきているということだ。
「そろそろ、遭遇してもおかしくないな」
そうだね、と頷きながら、でも、と言葉を次ぐ。
「出来れば、会いたくないけどね」
「怯える必要は無い。俺は負けん」
アインが自信ありげに笑う。
「ううん、そうじゃなくて……」
「もう、奴らを屠ることに迷いはなくなったと思っていたが」
「……ここまでに色々なものを見てきて、影も、きっと古代の人族が生み出したものらしいって分かってきたでしょ。それを思うと、ちょっとやるせなくて」
私の言葉に、アインがふむ、とゆっくり頷く。
「人族から生まれた者だからと、親近感を覚えたのか?」
「親近感とは、ちょっと違うかも知れない。でも、人の手で不自然に生み出されたのだとしたら、かわいそうな気もするの。もちろん、戦うからには、斬るよ。影のせいで被害を受けている人達も見てきたから。でも、その上で、彼らの安息を祈ってあげたいなと思ってる。そもそも命を奪わないでいられたら、それが一番だって思うし」
アインは、何も言わず、黙ってしまった。
戦士である彼にとっては、私の考え方は甘すぎるのかも知れなかった。
「あ、でも、だからといって、怪我をして心配かけたりはしないから」
「ああ、それは、いいんだ。トリルの剣は、守りに徹すればそうそうやられるものじゃない」
「じゃあ、どうしたの?」
浮かない表情で歩くアインを、私は横から見上げた。
「お前は、紛れもなく予言の乙女だなと思ったよ」
「まぁ……この目の色ですから」
「いや、人々との交流を深めてこられたのは、お前の力だった。生の魚を食べ、茶色い虫を食い、弓を向けてきた相手ですら、次の瞬間には笑顔にした。絆を紡ぐということを、具体にしてきた」
そう言われてみると、そうかな、と恥ずかしくなる。
「周りの雰囲気に流されてきたってだけかもしれないけどね」
「お前に比べて、俺は、ただ戦ってきただけだ」
「その、ただ戦ってきただけのアインに、私は何度も命を救われてきたよ」
私は笑って、言葉を次ぐ。
「難しいよね。予言がなければ、きっと、私達が一緒に旅をすることはなかった。でも、予言があるから、こんなに心が苦しくなる」
アインが小さく頷く。
「ねぇ、アイン。私が黒い瞳で、アインが茶色いケンタウロスだったら、私達、どうなってたと思う?」
おもむろに、アインが足を止めた。
私も、歩くのをやめてアインを見る。
「俺は、お前の瞳が紫色だから惹かれたわけじゃない」
「私だってそうだよ。アインの体が白かったから、好きになったんじゃない」
アインがふっと笑い、私も笑って返した。
そのとき、ふと耳に、さらさらと水が流れるような音が聞こえた気がした。
「トリル、俺は……」
「待って」
言葉を紡ごうとしたアインを手で制して、私は耳を澄ます。
アインも水の音に気付いたようだ。
道は少し先で分かれていて、まっすぐの道と、右に逸れていく道があった。
気が付けば、気温がかなり下がってきている。
「音は、右からだな」
「下りてみる?」
アインは頷き、カツカツと蹄を鳴らして進む。
「影の気配はする?」
「……するな」
ぐっと剣の柄を握る。
「光は、つけたままでいいよね」
「ああ。向こうは夜目がきくだろうからな。むしろこの光で目がくらんで、戦力的には落ちる可能性が高い」
道は下っていた。
弧を描くように曲がっていて、先がうまく見えない。
どきどきと胸の鼓動が高鳴る。
空間が、ひらけた、その瞬間だった。
ドゴォッと鈍い音が響き、アインの体が揺れた。
すかさずアインが大剣を振るう。
ゴアァッ、と悲鳴が響く。
死角からオーガがアインの腹部を殴りつけ、それにアインが反撃の一閃を見舞ったのだ。
「アイン!」
「大丈夫だ! トリルは下がれ!」
私は咄嗟に鞄を下ろし、外套を脱ぎ捨てて、アインの横に並ぶように進み出た。
敵は三体だ。
赤い肌、黒い腰巻き、黄色い目、ケンタウロスと並ぶ巨体。
三体とも、口から大きく牙がはみ出して、こちらをにらみ付けている。
私とアインを囲んで、オーガ達が間合いを計っている。
ゴォッ、と一体が跳んだ。
私に向かって、両手を振りかぶってたたき付けようとしている。
私はアインから離れるように横に動き、素早く距離をとった。
「トリル!」
「引き受ける!」
一対一なら、やれるはずだ。
迷いはない。
アインの方を見る余裕はない。
オーガが、私に向かって何かを放るように手を動かした。
砂だ。
瞬間的に目をつぶりそうになりながら、ぐっとこらえて下がる。
木の幹のような腕を振るって、オーガが殴りかかってくる。
腕、斬れる。
殴りつけを避け、腕に向かってまっすぐ、剣を振る。
サンッ、と腕を切り落とす。
このまま、腹部に剣閃を……
踏み込んだ瞬間、頭の横から強い衝撃を感じた。
踏みとどまれず、軽く吹き飛んで着地する。
顔が濡れている感触がする。
見れば、オーガは斬られた方の腕で私を殴ったらしかった。
怪物の黒い血が目に入って、右目が痛い。
間合いをとる。
オーガが足を振り上げ、砂を舞わせた。
そして踏み込み、また殴りかかる。
今度は、私は体を低くして拳を避け、オーガの足に向かって剣を払った。
手応えはあったが、斬り飛ばせてはいない。
ブオッ、と空気が動く。
咄嗟に体を引いたから避けられたが、オーガは蹴りを放っていた。
アアァアッッ、と怒りの声を上げるオーガに、私は見えている左目だけで姿を捉え続ける。
フゥフゥと息を荒らげながら、オーガが私を睨む。
私は剣を右手だけで持ち、左手を後ろに回した。
手の感覚で、一本、ナイフを持つ。
一歩、踏み出しかけたオーガの胸に、私はナイフを放った。
反射的に両腕を交叉させて、オーガがナイフを防ぐ。
私はその交叉した腕目がけて、剣を勢いよく振り上げた。
鈍い手応えが走る。
オーガは両腕の肘から先を失った。
今だ。
私はさらに踏み込んで、オーガの胸目がけて剣を突き立てた。
ズグッ、と剣が突き刺さる。
オアァ、と声を漏らし、オーガが膝から崩れる。
よし。
次の瞬間だった。
膝をついたオーガが、のけぞり、私の胸に頭突きを見舞ってきた。
咄嗟に剣から手を離したが、後ろに下がる足は動かず、まともに胸に衝撃が響いた。
衝撃の強さに体が跳び、尻餅をついてしまった。
「ごほっ、ごほっ……!」
むせながら、地面に手をついてぐっと立ち上がる。
ナイフを一本抜いて、オーガに構える。
敵は、絶命していた。
木目の剣は刺さったままだ。
アインは、まだ二体のオーガを相手にしていた。
二体とも、あちこちから黒い血を流したり、腕を失ったりしているが、まだうなりながらアインと距離を置いている。
私はナイフを右手に持ちかえ、狙いを定める。
アインの左側にいる方に、私はナイフを投げた。
まるで警戒していなかったであろう鋭い痛みに、短い悲鳴をあげ、敵が私に視線を向けた。
その視線は、次の瞬間に胴体と切り離されてしまった。
アインの大剣はナイフが刺さったオーガを切り伏せ、もう一体の胴体にまで刃を食い込ませた。
悲鳴を上げた最後の一体に、頭をかち割る手斧での一撃をアインが見舞う。
ふぅ、と息を吐いたアインの体を見ると、なめし革の鎧のあちこちが少しへこんでいた。
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。
それでは、また次のエピソードで。




