第106話 分担
私達が持参したお酒はそれほど多くなかったので、お祝い事のときに贈答品として使う、とベルは言った。
ゲネは、慣れない道で大変だったろうと私達を労ってくれ、誰も使っていない家に案内してくれた。
「ここと、隣のそこ。このふたつは、今は誰も使っていないんだ。今日すぐに下山するわけじゃないなら、自由に使って構わないよ」
「ありがとう。里を歩くときに、何か気を付けた方がいいことはある? その、しきたりとか、入っちゃいけない場所とか」
う~ん、とゲネは首をひねり、言葉を次ぐ。
「グロッタ洞窟には、入らない方がいいかな。ここから北の方に入り口があるんだけど」
「危ないの?」
「オーガが棲んでるよ。さっきも言った通り、火精の力が強いから、こっち側には来られないんだけど、奥に進むと結構いる」
「オーガは、強いのか?」
アインの言葉に、ゲネは頷いた。
「強いね。おいら達の鱗の硬さや力は相当なもんだけど、一対一で組み合ったら、無傷ってわけにはいかないかな」
ふむ、とアインは腕を組んだ。
戦士の血が騒ぐのだろうか。
「それじゃ、また何か聞きたいことがあったらおいらんとこに来て。向こうの、あの三角の家にいるからさ」
そう言って、ゲネはスタスタと帰っていった。
それじゃ、とマチネが口を開いた。
「私とアインがこっち、トリルとスーはそっちね」
「ちょ、ちょっと、勝手に決めないでよ!」
「あら、人族とケンタウロス族で平等に分けたつもりだったんだけど」
マチネがくすくす笑う。
「そ、それは……駄目だよ」
「じゃあ、私とスー、トリルとアインにする?」
反射的にアインを見る。
アインは顔を赤くして空を仰いだ。
カロレ台地が熱いから、仕方ないと思おう。
「それも……ちょっと……」
マチネが苦笑する。
「お互いに想いあってるんだったら、すべきことはした方がいいと思うわよ。そもそも人族とケンタウロス族で出来るのかどうか、私は知らないけど」
そう言われてみれば、確かに知らない。
でも、人同士の仕方だって、私は経験がないから曖昧だ。
馬同士のだって知らないし。
「でもま、こう暑かったら、そんな気にもならないか。いいわ、男と女に分かれて休むとしましょうか」
そう言うと、マチネは借宿の一つに入っていった。
「わ、私も先に入ってますね」
スーも顔を赤くしてマチネに続く。
ちらっとアインを見上げると、アインも私を見ていた。
抱きしめたり、口づけをしたりはしたけれど、その先のことなんて想像もしていない。
でも、やっぱり男女が好き合うというのは、そういう行為に結びつくんだろうか。
「とりあえず、荷物を置いて休むとしよう」
アインが言葉を紡ぐ。
「そ、そうだよね。荷物、たくさんもってくれてありがとう」
気にするな、と言ってアインはもうひとつの宿に入っていった。
アインとマチネのことにばかり気を取られていたけれど、自分とアインの、先のことも考えていかなくちゃ。
私は熱くなった顔を手でパタパタ仰ぎながら、借宿に入った。
宿はそれなりに広く、三人が横になるには十分そうだった。
「それにしてもよく食べたわね、トリル」
マチネが同情したような目で私を見る。
「だって、あの状況で食べないわけにはいかないじゃん」
「まぁねぇ。だとしてもあなたの根性というか度胸というか、たいしたものだったわ」
そういって、マチネが水筒を投げてよこした。
ありがと、と言って、私は水筒に口をつける。
「すみません、私も食べるべきだったのに」
「いや、あれは仕方ないよ。スーの方が育ちはいいんだし」
言いながら、さすがに私だって虫を食べるような家には育ってないけど、と心の中で言葉を付け足す。
「あの虫を毎日のように食べてるかと思うと、ちょっとかわいそうだったな。調味料でどうにかなるもんでもなさそうだったし」
「でも、本当にあれしかないのかしらね」
マチネが言う。
「意外と、食べられるものを見落としてしまってたり、普段はいかない場所に思いがけないものがあったりするから」
「竜人は生活圏が狭いようですから、見落としというよりも、あと少しのところで入手できていない、というようなものはあるかもしれませんね」
スーの言葉に、マチネは頷いた。
「ほら、私とソワレはずっと海岸線で生活してたでしょ? 十年近くも生活していて分かったんだけど、意外なものが食べられたりするものなのよ」
「例えば?」
「波打ち際の岩にびっしりついてる小さな山みたいなやつの中身が実は食べれたり、磯に住んでる栗みたいなとげとげを割ってみたら中身がおいしかったり、食べられないように見えて実は、ってものがあるのよね」
ふうん、と感心しながら、思考を巡らす。
サルヴァトーレの物語や周辺の古代遺跡のことを聞いて回りたいのは山々だが、彼らの食事をなんとかしてあげられないかという思いが上に来る。
「探してみますか?」
スーが私に笑いかける。
「竜人の食事情をなんとかしてあげたい、って顔に書いてますよ」
クスクス笑う親友に、私も笑って応える。
「絆を紡ぐためには、おいしい食事は欠かせないもんね。アインとも相談して、食べられそうなものを探してみようよ」
こうして、私達は竜人からの情報収集よりも、新しい食べ物を探すことを優先することにした。
竜人達に悪い気がしたので、私達の食事は宿の中で簡素に済ませた。
食べ物を探してみる、という話を、ゲネや、私達に声をかけてくれた竜人達に話すと、一笑に付された。
「長年、インクボしかなかったんだから、そう簡単に見つかりゃしないよ。自分達だって、それなりに探し求めているんだから」
それでもやるだけやってみます、というと、どの人も励ましの言葉をくれた。
食事の状況はともかく、温かく優しい人が多そうなことは、ミノタウロス達とやはり似ている気がした。
「探すとしたら、上かな?」
私が言うと、スーが頷いた。
「山の上に行けば行くほど気温は下がります。火精の加護が薄くなると、竜人にとっては寒すぎるのでしょうが、他の生き物にとっては生きやすい環境になるということですから」
「俺は、そのグロッタ洞窟の中にも可能性はあると思う」
アインが言う。
「今、スーが言ったように、火精の力が及ばないところの方が、可能性があるのだろう? それならば、オーガが棲みつけるという洞窟の中にも、何か食える生き物がいるかもしれん。例えば蜥蜴とかな」
「アインが馬の肉を食べないのと同じで、彼らが蜥蜴を食べるのは抵抗がありそうだけど……まあ、探してみる価値はあるよね」
それじゃあ、とマチネが口を開いた。
「四人全員で一か所ずつ探すより、手分けして探しましょ。これは、男女分かれてっていうわけにもいかないから、二人ずつに分かれて」
「俺とトリルが洞窟だ」
アインが即答した。
え~、とマチネが口を尖らせる。
「私とアインでいいじゃない。ケンタウロス同士仲良くやりましょうよ。いろんな意味で」
「いや、俺はトリルを守ると誓った。だから、他の組み合わせはない」
自分の顔が熱くなるのが分かる。
「はいはい、アインが一途なのはもう十分承知してるから、もう何も言わないわ。というわけで、スー、私と一緒になるけどいいかしら」
「ええ、私は構いませんよ。よろしくお願いします」
スーがマチネに微笑む。
明日は、洞窟探検か。
オーガと戦うことになるのなら、鎧を着ないわけにはいかないか。
この熱気の中、しっかり防具を着こむことを思うと、少し気が重くなった。
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
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それでは、また次のエピソードで。




