第102話 影の壁画
始めてくる場所だけれど、もう見慣れた造りだ。
広間を通って、細くて明るい通路を抜けて、小部屋に到達する。
そしてその壁面には、不思議な絵が残されているのだ。
「当然というか、また、違う絵だな」
「人族……目は、紫色の縁に、青い目」
「こっちは黒い目、こっちは茶色と……やはり、リリコ様が指摘した通り、トリル様のような紫色の瞳をもった人は描かれていませんね」
たくさんの人族が、全体の下の方に描かれている。
大きく二つの層に分かれていて、上の層の人達は目の縁が紫色で、下の層の人達は目の縁の色は瞳と同じ色だ。
「古代文明においては、目の縁が違うことが身分の差を表していた、のでしょうか」
スーが呟く。
「瞳の縁を変えることが出来た、のかもしれんな」
アインが応え、言葉を次ぐ。
「他の種族を生み出すような力をもっていたのだ。自分たちの姿形を変えることなど、造作もなかったのではないか」
「それは、上に描かれているような変化も含めて、ってこと?」
マチネに言われ、私は視線を上に動かした。
「人が、影に変わっているように見えるね」
段階的に描かれていた。
人の姿から、黒く染まった人の姿、人の体が横たわってその隣に異形の姿。
そういう風に変化する、ということなのだろうか。
「あなた達の話の中で、人が怪物に変化したっていう話もあったわよね。それって、こういうこと?」
「ここには錫杖が描かれていないけど、まぁ、同じ……かな」
少しずつ、分かってきたような気がする。
「はるか昔、人族は、自分たちの姿を変える技術をもっていたんだね。そして、人族以外の種族を生み出した。さらに、自分たちの姿を変化させ、影のような存在を生み出した」
「もしかすると、この壁画の続きが、水人の街で見た壁画なのかもしれません。紫色の縁の目をもった人々が異形となっていったのだとして、彼らと敵対してほかの種族が戦ったというのなら、説明がつきます」
「モンテ山の壁画は、どの時点なのだろうな。人族も含めてともに生活していたのは、その戦いが終わってからなのか、人が影になる前なのか」
私達は静かになり、それぞれに考え始めた。
私も、自分の中で流れを整理してみる。
かつて、人は、自らを変化させようとした。
その過程で、他の種族が生まれた。
はじめは、みんなで仲良く生活していた。
でも、人族はさらに変化を求め、影となった。
それをよしとしなかった人々が、影となりうる人族と戦った。
うん、これなら流れが整っているように思う。
「問題は、そのインブロリオって奴よね」
マチネが言葉を紡ぐ。
「そいつは、なんで闇の力? とやらで、あちこちで悪さをしてるのかしらね。そもそも三百年前の人間が生きてること自体おかしいわよ。森人でも寿命は二百年って話じゃなかった?」
アインが首を振る。
「カストラートは、明らかに若さを維持していたからな。あの水晶の力なら、年齢などあってないようなものなのだろう。そして人族以外の種族に危害を及ぼそうとしている」
「真っ先に標的になったのが、私らケンタウロスだったってことか」
マチネが鋭い目つきで壁画をにらむ。
「水人の街も滅ぼそうとしていました。森人の森の近くでハーピーが活性化しているのも、各地で影が武装しているのも、インブロリオによる長年の企みの一端だとすれば、とてつもない話です」
「それを阻止するのが、予言のふたりの役割、なのか?」
アインが呟きながら、私の肩に手を回す。
少しどきっとしながら、そのままにしておいた。
「スー、この絵も写す?」
「いえ、時間が限られているという話でしたから、今回は描き写しません。後で、魔術師団に記録してもらえばいいですから」
私達は小部屋の中、そして広間を隅々まで調べたが、インブロリオに繋がるような物品を見つけることは出来なかった。
地上に戻ると、クプレ大臣が迎えてくれた。
「その汚れ具合を見ると、中々激しい戦いだったようだな」
私が苦笑する。
スーが、下で見たものについて彼に伝えると、大臣は数回頷いてから口を開いた。
「我々の方でも、壁画については調査するとしよう」
「クプレ様。私達は、明日の朝にでもクラテーレに発ちます」
私が口を次いだ。
「竜人と、接触してみます」
「分かった。では、明日出る前に宮殿に来てくれたまえ。バルカロールやインテルメッツォ、そして何よりもアリア女王陛下が君たちに会いたがるだろう」
クプレ大臣は部下たちを集め、いろいろと指示を出して去っていった。
私達も、協力してくれた人たちに感謝を伝えて屋敷に戻った。
皆、一度部屋に戻り、着替え、食堂に集まる。
ソワレはマチネから壁画の話を聞いたらしかったが、特に何か感情の変化を見せることもなかったようだ。
食事が済み、また当分は入れそうにない湯浴みをさせてもらい、スーと背中を流しあった。
部屋で装備の確認をしている途中で、花瓶に生けられた、アインにもらった花を見た。
嬉しかったな。
花をもらったことも、マチネと何もなかったことも、戦いになったらみんなの息が前と同じようにぴったり合っていたことも。
私は花瓶から花を抜き、スーから借りている『力在る言葉』の冊子にそっと綴じた。
翌朝、私、スー、アイン、そしてマチネの四人は、宮殿に向かった。
アリア女王、バルカロールさん、インテルメッツォさん、クプレ大臣が謁見の間にいた。
「竜人達が酒を好んでいるということは分かった。だが、他のことは何もわかっていないようなものだ」
クプレ大臣が言った。
「何か粗相があった場合、人族と彼らとの交流が立ち消えになってしまう可能性もある。その場合、国としては君達をかばうことなく、無関係を主張することになる」
「……と、クプレは言うが、私はそうはならないと信じているぞ」
呆れた顔で大臣を一瞥し、アリア女王が言葉を次ぐ。
「トリル、アイン、スー、マチネ。余計なことは考えず、自分たちの旅の目的を果たせ。国などという得体のしれないものを背負っては、人は身動きがとれなくなる」
そう言ってから、女王が私をじっと見つめた。
「踏み込んだ話も聞かせてもらった。少々、難解な問題に突き当たっているらしいな。全体の利益をとるか、個人の感情を優先するか。私にも、よく分かる葛藤だ。経験の浅い私に言える助言などたかが知れているが……」
ふー、と息をついてから、女王がほほ笑む。
「どんなに迷っても、最後に答えを出すのが自分であれば、反省はしても後悔はない。それだけは、伝えておく」
私は、はいと返事をして、深く頷いた。
謁見はつつがなく終わり、私達は宮殿を出た。
バルカロールさんは、オストまで馬を貸そうと言ってくれた。
どれでも好きな馬をと言われたので、私はアウローラを、スーはノーチェをお願いした。
さらに、声の大きな騎士団長は、アインに声をかけてから、いくつかの武器を品定めさせ、彼が選んだものを贈った。
インテルメッツォさん夫妻は、あらためてスーに声をかけて、いくつかの品を渡していた。
クプレ大臣は、竜人への手土産になるだろうと上等な火酒をもたせてくれた。
大陸の西側を探る旅が、いよいよ始まる。
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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それでは、また次のエピソードで。




