第100話 像
都合一週間にもなった探索の旅は、実を結ばなかったようだった。
「人工的なものの痕跡すら見つけられなかったわ」
屋敷の広間で、マチネが肩をすくめた。
「私達が潜んでいた東の海岸と一緒。そもそも起伏がないから、隠しようもないし。正直、貴方たちが求めているものって、よほど珍しいものなんだと思うわ」
三人の顔を見ると、ソワレの顔が疲れて見えた。
まだ十歳くらいなのだから、見知らぬ土地を駆け回るのはいかにケンタウロスと言えど疲れるものだったのだろう。
「まずはみんな、休んだ方がいいよ。宮殿への報告とかは、私とスーがやっておくから」
私が促すと、マチネとソワレは早々にあてがわれている部屋に行った。
スーは私とアインを交互に見て、何も言わずに部屋を出た。
「どうだった?」
私が口を開くと、アインは首を横に振った。
「どうということもない。随分久しぶりに野を駆け続けたので、多少は疲れたが……」
そっか、と言ってからの、次の言葉が出てこない。
マチネとは、何もなかった?
聞きたいことは、口から出ていかない。
「そっちは、何か新しい発見はあったか?」
私ははっとして、インブロリオについて分かったことを伝えた。
同時に、アイン達が戻ってきたら、旅を再開しようと話していたことも伝えた。
分かった、と言って、アインがカツカツと数歩私に近づいた。
「トリル」
「なに?」
私はアインを見上げる。
笑顔をつくっているつもりだったが、実際にどうなっているかは分からない。
アインの手が背嚢に伸び、すっと私に何かが差し出された。
花だった。
薄い紫色の花弁が、小さく沢山広がっている。
「きれいな花だね」
「それを見て、お前を思い出していた」
そう言って、アインが笑った。
穏やかな微笑みで、私はどきっとした。
私がそれを受け取ると、アインは四つの踵を返して部屋を出て行った。
小さな花を、きゅっと握った。
私は廊下に出て、見かけた女中さんに小さな花瓶をお願いした。
「ソワレには、ここに残ってもらうことにしたわ」
あらためて集まり、昼の食事をとりながら、マチネが言った。
ソワレは黙々とパンを食べている。
「大陸の西側は、いろいろと危険が多いと昔聞いたことがあるから。影も、強力な奴がいるんでしょ、たしか。私とソワレ、ふたりとも命を落とすわけには行かない。最悪の場合、私がアインの命を救えば、ケンタウロスの望みは繋がるからね」
そう言って笑うマチネの目の光は強かった。
ケンタウロスの存亡を背負っているという覚悟のせいだろうと思った。
「望みは、別の所にもあるかもしれん」
アインが口を開いた。
「トリルと話していて、思ったことがある。大陸の西側の海岸に、ケンタウロスが生き残っている可能性は高いのではないか。西の影は凶悪だという話は俺も聞いたことがあるが、屈強なケンタウロスなら当たり前に暮らすことも出来るだろう」
私は、思わずアインを見ていた。
私も同じことは考えたけれど、口には出していなかった。
同じ発想に至っていたことが、私の胸の奥を温かくした。
「西の海岸って、あの大きな山の向こうってことでしょ? 向こうに行ったことがある人なんているの?」
「行った者がいないということと、その場所が存在しないということとは違うだろう」
アインが鋭く言った。
「はいはい、分かったわよ。この一週間でさんざん分かったけど、アインって、本当にトリル一筋なのだもの。正直、一人の女として羨ましいくらいだわ」
呆れたように息を吐き、マチネが私を見る。
どんな顔をしていいか分からず、思わず下を向いてしまった。
「実は、結構誘惑したんだけね。まるで乗ってこないんだもの。ケンタウロスの女としては、結構自信あったんだけどな」
そう言って、マチネは声を上げて笑った。
アインが眉間にしわを寄せて頬を搔いている。
スーは私を見て、安心したように笑っていた。
「失礼します」
食堂に入ってきたのは、宮殿で何度か目にした揃いの衣をまとった男性だった。
「クプレ大臣が、重要な話があるとのことでした。お時間が出来次第、宮殿の大臣執務室においでください」
では、と言って使いの人は帰って行った。
「クラテーレに発つにしても、一度宮殿に顔を出す必要はありましたからね。すぐに行きましょうか」
スーの言葉にみんなが頷き、ソワレも含めて全員で宮殿に向かった。
宮殿の中を歩き、スーの案内を受けながら大臣の執務室へ進む。
「ケンタウロスが三人も入ると少し狭いが、まあ、ちょっと見てほしい」
クプレ大臣は大きな机の上に、大きな羊皮紙を広げて見せた。
「これは……王都の地図、ですね」
スーが言うと、大臣は頷いた。
「いかにも。例のインブロリオという者について調べていて、興味深いことが分かったのだよ」
そう言いながら、彼は地図の一角を指し示した。
「ここに、『第八種族』という像があることは知っているかね」
「初めて王都に来た時、スーが案内してくれたところだよね」
「そうですね、王都の名所の一つですから」
「これをつくったのは、インブロリオだった」
私とスーが大臣の顔を見る。
大臣は頷き、言葉を次ぐ。
「人族至上主義を掲げる者が、わざわざこれを造った。意味ありげだと思わないかね。しかもこれは、金精の力を借りてつくられたという記録が残っていた」
私はスーを見る。
「岬の遺跡に入るためには、風精の力が必要だったよね」
「はい。ということは、インブロリオは、複数の精霊の力を借りることが出来た、ということになります」
そうだ、と頷いて、大臣は話を続ける。
「ここからは、おそらくインブロリオを指している情報だろうというものを交えての推測になるが……今から三百年以上昔、王都に天才と呼ばれる少年がいた。生まれたときから陽精の声を聴き、成長とともにすべての精霊の声を聴くことが出来るようになったという。彼は平民の出でありながら宮廷に召し抱えられ、時の王家の願いであった大陸の詳細な地図をつくるという特命を与えられた」
私は、固い唾を飲んだ。
「それが、インブロリオ」
「まさに。そして彼は、数年に及ぶ旅の末、地図を完成させて王都に帰ってきた。王家は諸手を挙げて彼を迎え、彼が望むままに褒美をとらせようとした」
「とらせようとした?」
アインが首をひねる。
「いなくなったそうだ。地図を王家に残し、街に像を建て、忽然と消えたようだ。インブロリオに関する情報がほとんど残っていないのは、偉大な功績がありながらもその実態がようとして知れなくなり、はじめからいなかったものとして扱ったためだろう」
「なぜ、彼は像を残していったんでしょうか」
スーの言葉に、私ははっとした。
「隠すためだ。インブロリオも、人族の街にも遺跡が眠っていると考えて、探し、見つけた。地図は改ざんすれば誰もそこを目指さなくなるけど、王都の中にある遺跡はいつか誰かの目に触れるかもしれない。だから、入り口を隠すために、インブロリオは像を建てた……」
「聡明だね、トリル嬢。さすがは予言に謳われし乙女といったところか」
クプレ大臣が満足そうに頷く。
「私も同じように考え、既にアリア様の許可はもらっている。騎士を動員し、像の下を掘るぞ」
読後感と必然性を大切にしたい、作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
最初から読んで頂いている方は、もう100話も読んで頂いています。
ありがとうございます。
二週間ほど前でしょうか。
100は節目だから特別な回にしよう、と思って書き進め、ためていました。
投稿していく中で、八十何話を二回書いていたという、単純なナンバリングミスに気づきました。
結局、第何話だからどうこうなんていうのはやめよう、と開き直りました。
だからなんだということもないのですが、なんとなく書き残しておこうと思います。
「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、
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それでは、また次のエピソードで。




