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竜族急報伝令役 蟠竜昇天  作者: 坂東智樹
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後編 遠方へ至る道2

 家に戻ったタツノリは、家の中の様子があまりにも変わっていたので、驚いて立ち尽くしてしまった。

「どうしました」

 キトが夕飯を作る手を止めてタツノリに声をかけた。

「いやあ……随分広いなあって」

「大分片付けましたからね。タツノリ、明日は手伝ってくださいよ」

「ああ」

「遅かったですけど、何かありましたか」

「ああ。……いや、食べながら話そう」

 タツノリは席について、キトが向かい側に座るのを待った。キトは出来たての料理を運んできて置くと、静かにタツノリの話に耳を傾けた。

 タツノリは、ガナイチャと出会ったことや、今回の日本遠征の裏にあった陰謀のことを話した。

 そして最後に、重大な決意を伝えた。

「おれは、ガナイチャの国へ行きたい」

「……そうですか。そんなことがあったなんて……」

「いいか」

「いいかって、わたしにいちいち許可を取る必要はないんですよ。あなたの好きにしたらいいと思います。あなたは自由に生きていいのです。縛るものは何もない」

「そうじゃないんだ」

「まだ踏み切れないんですね。なぜですか」

「おれは、キトと一緒に世界を見たい。おれの記憶が戻るときは、キトがそばにいてほしいんだ」

 キトははっとして、手で口を押さえた。

「そんな顔で言われたら、断れませんね……」

「いいってことだよな」

「はいはい。もう、食べましょう」

 キトは笑って料理を器に取り分ける。

 タツノリは急に恥ずかしくなってきた。耳まで真っ赤にし、からだが熱くてたまらない。

 二人はしばらく無言で、料理に食らいついた。


 翌朝、キトは自分の母親に、遠くの国へ旅立つことを伝えに行った。竜族の長の妻であった彼女は、竜の巣の女たちのとりまとめ役だ。帝都へ出発するさい、タツノリとキトがうまく抜け出せるように取りはからってくれることになった。

 タツノリは竜の泉に登って、ガナイチャに自分の気持ちを伝えに行った。

 ガナイチャは、またもや素っ裸で泉に入っていた。

「おう、タツノリ」

「よく風邪引きませんね」

 ガナイチャはにっと笑って泉から上がった。

「帝国兵はいつまでいるんだ」

「今日中には作業は終わりそうです。出発は明日の朝、かな」

「そうか。いなくなったら教えにきてくれ」

 タツノリはここで、切り出す。

「おれは帝都へは行きません。あなたの国へ行かせてください」

 ガナイチャはしばらくタツノリを見つめた。タツノリはまるで品定めされているような心地を覚えた。

「ふうむ。まあ、好きにしたらよい。だが、おれの国へ来たからといって、特別に目をかけたりはしないぞ」

「はい。ありがとうございます」

 充分だった。帝国にはもういたくないとの思いが膨れあがっていたので、ガナイチャの許可をもらえてまずほっとした。タツノリは喜び勇んで竜の巣まで駆け下りていき、引っ越し作業へ戻った。


 竜の巣の住民すべての世帯の荷物が馬車に積み込まれ、帝都への引っ越しの準備が整った。二日がかりの作業は無事終了し、その夜は皆で広場に集まって夕食を食べた。タツノリは帝国兵がいることにはらわたの煮えかえる思いだったが、キトがこらえて、というふうに目配せするので、その場はなんとかしのいだ。

 タツノリは竜の巣の皆にも真実を話しておくべきか迷ったが、キトと相談して黙っていることにした。知れば帝国に反発することは目に見えている。安定した暮らしを捨てることにもなりかねず、危険を伴う。それに、帝国にいたくないというのは個人的な感情だ。帝国に目をつけられた竜族は、いずれこうなる運命だったのかもしれない。タツノリの心には、こうした諦念も生じていた。

 そして次の日の朝、荷物を積んだ数台の馬車が竜の巣を出発した。住民を乗せた馬車もあとに続く。この馬車の御者は、キトの母だ。手が足りないので、帝国兵から頼まれて御者になった。今回はこれを利用して、タツノリとキトを抜け出させる。

 なだらかな道に差しかかったところで、キトの母の馬車は、車輪がぬかるみにはまって動けなくなった。キトの母は、最後尾にいる帝国兵を呼んだ。

「男の人の力がいるのよ」

 帝国兵数人で押しても、馬車はなかなか抜け出せない。そうやって帝国兵が馬車に気を取られている隙に、タツノリとキトはこっそり抜け出した。キトは、母親と目を合わせ、うなずき合った。長い別れの前の、わずかな親子の目の会話だった。

「いってらっしゃい」

「どうか元気で」

 目は口ほどに物を言う。タツノリは、こんな別れ方をさせたのだから、なにがなんでもキトを守ってやらねばと思った。


 二人が竜の巣へ舞い戻ると、ガナイチャはすでに里に下りてきていた。

 ガナイチャは熱心に、竜の巣の家々を見入っていた。

「ガナイチャさん」

「おう。ん、それがお前の連れか」

 ガナイチャとキトが向かい合う。

「キトです。よろしくお願いします」

「ああ、よろしくな」

「あの……何をしていたんですか」

 タツノリは聞いてみた。

「なに、岩の中に住むというのが珍しくてな。それに……」

「それに……なんですか」

「目に焼き付けておきたいのだ。竜族が確かに生きた証を」

「確かに……生きた証……」

 タツノリはぐっと胸にくるものがあった。まさに今、自分の求めている物がそれではないか。この国に留まった理由が、それを見つけることに他ならない。

「いやいや、惜しい人材を失った。うまく利害を一致させれば、味方に引き入れられたと思うのに……」

 ガナイチャはひとりごちた。

「だが、くよくよ考えても、いまさら、せんなきこと」

 ガナイチャは、改めて二人に向き直った。

「さて、ご両人。今からおれの国へ出発するわけだが、覚悟はいいか。並大抵の苦労ではないぞ」

 タツノリはうなずいた。もしかしたら自分の目的からは遠回りになるかもしれない。だが、これが最善の道だと信じられた。ガナイチャが、信じさせた。

「お嬢ちゃんも、よくついてこようと思ったな」

「泣きそうな顔で、頼まれちゃいましたから」

「え。いや、泣いてないって」

 タツノリはすかさず反論する。

「はっはっは。お前らなら、きっと大丈夫だ。よし、今日からおれたちは、仇敵を同じくする同志だ。おれは皇帝に勝ってみせる。世界を作り変えるんだ」

 ガナイチャは歩き出した。タツノリは追いかける。タツノリの心の中では、これまで出会った人々、身に起こった出来事が次々と思い起こされた。

「本当にいろいろあったけど、まだ思い出せてないことが多いんだよな」

 タツノリは心の中でそう言った。

「行きましょう、タツノリ」

 キトが先を行く。目の前にいるキトは、なんだか超自然的な雰囲気をまとってまぶしい。いるだけで、心強いと思えた。

「ああ」

 タツノリとキトは、ガナイチャの国へと旅立っていった。

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