第六話。銀の淫魔の乙女なキッス。
「ふぅ」
城を出て一息。イッセーさんを警戒したのか、同族たちは気配はしたけど顔を出しては来なかった。
「緊張することなかったじゃないか、あいつら顔見せなかったし」
「癖みたいなものです。どうしても気を張ってしまうんですよ」
「誰といてもかい?」
「そうですね」
「ひどいなぁ。あんなに情熱的なキスしてくれたのに」
おどけて見せるイッセーさんに、生存本能ですから、ときっぱりと言い置く。
「それと、わたしには自覚がありません。覚えのないことを出汁にして、よからぬことを企んでいますよね? それ、最低なことですよ」
「おいおい。ぼくをいったいどんな目で見てるんだよネクロパ。そこは、企んでいませんか、だろ? なんで確信してるんだよ」
「その軽薄さのせいです。体が出る、なんて言い方したのはどこの誰ですか」
警戒心をそのままに溜息交じりに言う。
「突然呼び捨てにして。お母さまはああ言いましたが、あなたのものになれとは言っていません。勘違いしないでください」
追撃。そしたらイッセーさんは、まいったなぁって頭を抱えた。
「今さっき、自覚がないって言ったけどさ」
歩き始めて少し、イッセーさんは徐に足を止めた。なんですか、と問いを帰してわたしもそれに倣う。
ここからあの町まで来たはずのイッセーさんだから、わたしの家までの道はこの人に任せることにして、いっしょに歩いている。
「自覚、持ってみない?」
なにげなく。でも少しだけ真剣みを帯びた顔で、こっちを向く。
「吸い殺しますよ?」
一歩後ずさって、わたしは一睨みする。
「なぁに、いざとなったら突き飛ばせば済む話。言っただろ? ぼくは大概の魔力ならなんともないって」
「弱すぎてひっかからなかったわたしですから、それは牽制になりませんね」
ここぞとばかりに、ニヤリと不敵に笑って見せる。
「そうかな? なら、試してみようじゃないか」
ニヤリ、挑戦的に笑い返して来る。
「いいでしょう。あなたに魅了は必要ありません。覚悟してくださいイッセーさん」
グっと身構える。まるでこれから殴り合いでも始める心持。
「いきますっ」
ガバっと、イッセーさんを包むように両腕を背中に回して、そのまま顔を引き寄せる。
ーーあれ? どうしたんだろ?
イッセーさんの顔が目の前にある。それだけなのに。ただ、それだけのことなのに。
ドクン。ドクンって。魔力が……激しく波打って……
ーー動けない。
「どうしたのかな? 顔が真っ赤だけど。あぁ」
「な。なんですか。なにをわかったんですかっ?」
「教えてあげない」
柔らかくニヤリとする、器用な表情をして言うイッセーさん。
「ん……わかりました。それならわたしにだって考えがあります」
「ほう?」
「あなたの顔があるのを見てしまうからいけないんです。目を閉じてしまえばいいんですよ。その方が集中力も高まりますし」
顔との距離を記憶にとどめて、わたしはスーっと目を閉じた。
「いいですか。いきますよ」
ドクン、ドクン、ドクン。魔力の脈動は続いてる。激しさを増して。
「どうぞ」
「後悔しても、遅いですからね」
逃がさないように、イッセーさんの背中にある左手を上へ持って行って、頭を支える。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。魔力の脈動は、止まる気配を見せてくれない。早い状態で固定されてる。
少し顔を前へ。
……イッセーさんの吐息を感じる。くすぐったい。
早く。生気吸収してしまおう。こんなおかしな状態、いつまでも耐えられない。)
ふわり。
柔らかくて。あったかい。
こんな感覚。今までの生気吸収じゃ味わったこと、ない。
……駄目。生気が。吸えない……?!
魔力の脈動が邪魔で、意識が集中できない。
いけない。
このまま動きを止めてたら。
頭が……
とろけてしまいそう。
この柔らかさ。
思考を。
駄目にするっ。
「……どう。して?」
唇を離して。初めに出た声は、自分でもびっくりするほど感情がなかった。
「ネクロパ。人間の間で、それをなんて言うか。教えてあげよっか?」
ニヤニヤと、全部お見通しさとでも言いたそうに。
「なんd いえ、けっこうです」
聞きたかったけど。このバカにしたような顔に腹が立って、慌てて止めた。
「それはね」
だって言うのに、イッセーさんは……こいつは、無視して言ったのだ。
「恋。さ」
わたしの疑問の答えを。
「……恋?」
恋。
言葉は知っている。どういう状態の時を言うのかも、なんとなくは。
ーーでも。
「そう。理屈じゃどうにもならないこと。胸のときめき。特定の相手を強く意識してしまうこと。それが恋さ」
フッ なんて声がしそうな気取った、気障ったらしい笑い顔をして、悦に入ってる人間に対して、わたしが陥る状態としては
絶
対
に
「ないですね」
間違っている。
それだけは。強く。強く。強っく主張したい。
「その強がり、いつまでもつか。見せてもらおうじゃないか、超小食サキュバスのネクロパさん」
またニヤリと笑うイッセーさんに、
「後悔しますよ、軽薄男のイッセーさん」
力強く頷いてやる。
ーー理屈じゃどうにもならない、か。
たしかに。態度はとても好きになれない。けど。
この人と、こうしてああだこうだやりあってるのは、不思議と楽しいって感じる。
こんなこと、今までなかった。こんなに人間と、心深くかかわったこともなかったし。
ーーこれは……恋。なのかな? なんて。自分じゃわからないのにな。変なの。
「どうしたんだい? そんな、噛み殺したような笑いして?」
怪訝そうな顔をするイッセーさんに、
「教えてあげません」
さっきのお返しをしてやって、
「道案内、よろしくおねがいしますね」
わたしは歩き出す。
抑えきれない笑みを見られないように。
Fin