†第16章† -63話-[VS魔拳士エシャンタ①]
目をかけていないキャラほど難産になる。
拳闘士クライヴは、勇者一行の中で現在———最も弱い。
相対する魔拳士エシャンタは、キマイラと化したゴリラにしか見えない。
前傾姿勢で3mもある体高に、巨大な両拳、伸縮自在な植物の脚、尻から生える双頭の大蛇、そして魔法を使う羊頭まで要する化け物だ。
戦いの中で見えたのは、起点となるのはあの巨大な両拳。
床を指圧だけで引っ掛け、巨体はクライヴに向けて射出される。
『羊が体重を軽くしている可能性あり!』
無精グリューンが報告する間に接近したエシャンタの拳幅は、2mに迫る。更に拳は赤熱していた。
『≪水精外装!≫』
防御の構えを取るクライヴは腕で上半身を、足で下半身を防御しながら軽く飛び上がり———受けた。
差し込まれた水精の魔法で耐性を得たうえで熱ダメージが肌を焼く。
殴り飛ばされ中空を流れていくクライヴを追ったエシャンタが追いつき、前転する勢いで伸びた植物の脚がしなりクライヴを叩きつけると同時に床から鋭い岩柱が迫り出す。
『≪金剛!≫』
正面から植物の鞭、背面からは岩柱の挟撃を受け切る為に地精が魔法を差し込む。
これは防御の構えと魔法のおかげで無傷で切り抜けた、が。エシャンタの攻撃は続く。
仰向けだったエシャンタが後転しながら伸びた蔦脚を戻すと、背から生える羊頭が大音声で鳴くと彼の頭上に巨大な水球が急速に出来上がっていく。
「今度は何だ……」
立ち上がったクライヴは構え直し呟く。瞬間——。
水球の下半分が解け四八の触手を持つ海月に変貌し、その触手全てがクライヴに素早く寄って来た。
『『≪星屑超新星!≫』』
光精と火精が合成魔法を唱え、隔離空間全体に星屑がばら撒かれた。
クライヴに迫った触手も海月本体もエシャンタもすべてを巻き込み、光と爆発の彼方に姿が消えるが、エシャンタは自前の耐久力で耐え抜き光の彼方から再び姿を現した。
身体中からは再生の煙が上がっている。
大きなダメージは見当たらないので実質”無傷”という事だ。
戦闘が始まってから、クライヴは精霊の助けを借りて尚、このような一方的な展開を繰り返していた。
———拳闘士クライヴは、勇者一行の中で最も弱くなった。
Sランク冒険者として長年活動した事で磨かれた経験や技術により、勇者一行に参加し始めた当初こそ確かに彼らの引率足る強さを有していた。
しかし、宗八の介入が本格化したことで、各々が精霊との共闘で急速に新しい戦い方に慣れて行った結果、最終的にクライヴは加入時期の遅れも相まって最弱になってしまったのだ。
ここまで手も足も出ず転がされるだけであればクライヴも、勝利の要が神力だと理解していた。
だが、無精を変質させた仲間達と違い無精のまま七精霊使いを目指すことにしたクライヴには、圧倒的に時間も経験値も足りていなかった。七精霊使いの職業Lev.が上がりようやっと七精霊が揃った段階で大魔王城に突入しているのだ。
「ぐあああああっ!」
多彩な戦法に翻弄されたクライヴは、身体から血を流し床を転がる。
『≪グレーターヒール!≫』
無精グリューンがHPを回復してかろうじて次の行動に移れたが、それでも完全上位互換のエシャンタに手も足も出ず、何度も。何度も何度も、何度も。床を這いずり回っていた。
「ぐぅぅぅぅ……」
防御力を抜けるほどの威力を持つ攻撃を何度も受け、骨折まではいかずとも打撲による青あざや流血が発生している。
そして複数の噛み傷からは複数の毒が流し込まれていた。
『≪グレーターヒール!≫≪リカヴァー!≫』
無精グリューンが唱えたのは回復魔法だけではない。
麻痺や出血など複数の毒を回復させる魔法も併せて発動させた事で、動けるようになったクライヴはすぐさま態勢を整え距離を開ける。
だが、その上を行く動きでエシャンタが攻勢を続けるのでクライヴは再度地面を転がった。
「キヲ……ヌクナト…イッタゾ」
長身であるクライヴの頭上から声が降って来る。
「抜いたつもりは無いんだがな。アンタの攻撃が予想以上に強力だったんだよ」
クライヴの悪態の言葉尻には、すでにその場にエシャンタの姿は無かった。
図体の割に音も無く飛び上がったエシャンタを追って視線を上方へ向けたクライヴの視界には、熱を帯びた拳をこちらに向け落下して来る姿が映る。
「くそっ!」
同じ手で痛い目を見たのだ。
飛び退ると同時に着弾と大爆発が戦場を包み込む。
『≪エアカッター!≫』
クライヴの視界を遮る黒煙が吹き荒び、精霊が唱えた魔法で黒煙は切り開かれ……。
———クライヴは横殴りにされ爆発する。
黒煙の隙間から辛うじて見えたのは、着弾した右腕を起点に逆立ちのまま振り回された左腕が視界の外から現れクライヴを殴り飛ばしたのだ。
だが、先ほどよりも爆発は小さく、周囲に発生したのは黒煙ではなく白煙。
直前に差し込まれた右腕で防御を行うと同時に、手樹甲に込められていた氷水魔力を解放して爆発を相殺させることに成功していたクライヴは、そのまま反撃に移る。
「≪魔力拳圧!≫」
拳圧が白煙に穴を開けながらエシャンタに向け何度も打ち込まれる。
そんな抵抗も虚しく、避けもせず防御もせず悠然と煙から姿を見せた魔拳士エシャンタに効いている様子はない。
「ぐはああああっ!」
曲芸じみたエシャンタの動きで、蔦で編まれた伸びる脚が鞭へと成り代わり炸裂音と共にクライヴを叩いた。
膝を着き膨大な汗が顎を伝い床に垂れる。
無精グリューンの精霊核は、かろうじて神霊核を得た。
が、他の六精霊は精霊核の加階が追い付いていない。故に神力を扱う資格を持つ者は、”無精グリューン”のみ。
だが、グリューンもまだ幼く、無理に扱おうものなら精霊としての死が待っている。
戦い方が似ていても全てにおいてクライヴを上回るスペックを前に、老拳士の心は折れかけていた。
「理不尽だろ……こんな化け物相手にするなんてよ……」
せめて、≪ユニゾン≫が扱えれば……と考えても詮無き事。
七精使いの最高到達点は≪混交精霊纏≫であり、神力が扱えてこそ強力な戦闘力を得られる。いまのクライヴには、高みに指先が触れているに過ぎない。
諦観に似た感情が芽生え自嘲で笑みがこぼれた。
『爺———。神力を使おう———』
先に無精グリューンが覚悟を決めた。
「馬鹿言うなっ!少しでも制御をミスすればお前が死ぬんだぞッ!」
無精グリューンが生成出来る神力は極僅かだが、その量でも片端から消費をしないとグリューンの身体は耐え切れない。
唯一運用出来る手段は、精霊使いが取得出来る【精霊の呼吸】での肉体強化だけ。これ以上の運用は、命を懸けた針の穴に糸を通す作業となる。
『慣れたら樹手甲に循環して、魔法にも活用するからね』
「おい、話を……っ」
契約者であるクライヴは大事。
六属性の弟妹も大事。
彼らを守る為に。無精王アニマ様の眷族である誇りに掛けて……。
『———≪神の心臓!≫』
契約者クライヴの静止を無視し、生き残る為に魔法が発動された。
運用されていた高濃度魔力が更に収束し、濃度を増し、希望でもあり毒でもある神力がクライヴの心臓部から生成され始めた。
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