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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第12章 -廃都フォレストトーレ奪還作戦-
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†第12章† -34話-[VS滅消のマティアス]

やっと暖かくなってきましたね。

最近の息抜きは仕事の合間に会社を抜け出して外を10分程度散歩することです。

昔から散歩好きで朝3時から7時くらいまで出ていたこともあります(笑)

「はっ!」

「ぬん!」

「はぁ!!」

「ぬぅん!!」


 拳聖(けんせい)エゥグーリアの気の滾る拳が滅消(めっしょう)のマティアスの胸に穿たれ、

 タイミングをズラしたタルテューフォの手斧や拳もマティアスの足や腰を重点的に攻撃していた。


 マティアスも無言ながら腕や足を止めずにバック走で落ち着いて対処をしていた。

 しかし、防御はせずに敢えて受けたうえでその威力の倍に匹敵する威力の殴打でエゥグーリアを狙ってくる為、

 拳聖(けんせい)エゥグーリアは回避を念頭に動いているからか集中しきれていない様子。


「(にーにぃ!タルの攻撃効いてないんだよぉ!何、この化け物!)」


 内心で愚痴を零すタルだが、無理も無い。

 彼女達の一族である[聖獣ヤマノサチ]は山の頂点であり、

 その拳は大地に窪みを作り無遠慮に走れば当たる木々は宙を舞う。

 生物として高い位置に存在し続けた故に目の前の理不尽が信じられなかった。


「ぐああああああああああっ!!」


 獅子のおじさんが攻撃を受け損なって防御の上から吹き飛ばされた。

 こういう時、タルは全てがゆっくりに見える。

 ボフンとすぐに霧散する煙と共に元の姿に戻って獅子のおじさんが飛んでくる前に猛ダッシュで先回りした。


「うっ!」


 獅子おじさんに比べれば猪獅子の姿でも腰くらいの体高だけど、

 足腰には自信がある。

 ちゃんと受け止めてタルの身体は衝撃に引き摺られ瓦礫が身体に当たりまくるけど痛くもかゆくもない。

 おじさんも体勢を持ち直したっぽい。


「すまない、助かった」

「あの化け物とまだ戦うの?」

「託されたからな。

 その本人の護衛隊長殿も君の言う化け物と戦っている。

 ここで逃げる事は義に反する」


 義でご飯食べれないよ?

 にーにぃは人間だから化け物が化け物たり得るこの差がわからないんだよ。

 獅子おじさんも分かってるだろうに…。

 遊ばれているうちに逃げた方がいいと思うんだよ?


「君は逃げないのか?」

『逃げませんよね? クー達が参戦するのですから』

「あはは、どうも~…」

「うえっ!?」


 ボフンと再び煙と共に人型に驚いて変化してしまった。

 声の方を見やるとねーねぇの後ろに控えていたっぽい人が銀髪になってそこに立っていた。

 髪型も後ろ髪が伸びてまとめられている。

 それと大きな長剣を持った女の人も一緒にいる。


「アルカンシェ姫殿下(ひめでんか)の侍女達か」

「4人であればどうにか抑えられますか?」


 目線は瓦礫向こうから悠々と荒野でも歩いているかのように、

 足や肩に引っかかる瓦礫を意に介さずに真っ直ぐ歩いてくるマティアスの姿があった。


「手前の気を込めた攻撃が通らなかった。

 何かしらの手立てがあるのか?」

「空間を切断する程度ですが」

「………すまぬ、よくわからなかった」

「防御力を無視して切断することが出来ます。

 ただし、魔神族に効くかは試したことがありません」


 もう話をしている時間もない。


「責任は持てない」

「勝手にしますのでお気になさらなくても大丈夫です。

 リッカはタルティーフォ様と同様にサポートでお願いします」

「わ、わかりました!」


 タルがサポートに回って戦っていた事を知っていると言うことは、

 合流する前に戦闘を観察していたという事だよね?

 むむむ~、なんだか油断ならない気がする人だよぉ。


「《反転世界(リバーサルワールド)!》」


 腕を振るった銀髪の足下から影が広がっていき、

 広範囲の瓦礫や大地を黒に染め上げた。


「行きます!」


 銀髪と共に獅子おじさんが駆け出す。

 日光に照らされた銀の髪を靡かせながら化け物に駆け寄る女性からは、

 恐怖に震える絶望的な匂いが香ってきた。


「《黒玄翁(くろげんのう)!》」


 影が起き上がり駆ける銀髪の手に集中すると漆黒の大槌となって、

 勢いそのままに無防備に佇む化け物へと撃ち込まれた。


『《波動(ブラスト)!》』

「ぐっ!?な、んだとっ!?俺にダメージを与えられる奴がいるのか!?」


 すれ違いざまにとりあえずという程度の攻撃だと思ったら驚いた。

 化け物も驚くのは無理も無い。

 だって先ほどまで聖獣の攻撃も、

 獅子おじさんの攻撃も有効打になっていなかったのに、

 ポッと出の銀髪が初ダメージを出したんだもん。


『《解除(パージ)》《ブラックスモッグ!》』


 と、途端に漆黒の大槌は黒い煙へと姿を変え、

 意思でもあるかの様に化け物の顔だけに集まって留まる。


「《八重結(やえむす)び!》《影縫(かげぬい)!》」

『《影移動(シャドームーブ)!》』

絶圓刀(ゼツエントウ)/断の型(タチのかた)!《花仙(かせん)!》」


 戦いのテンポが早すぎるよ!

 次から次へと変わる手札の最後に足止めと攻撃役を化け物の目の前に移動させ、

 見て分かる至高の一撃は化け物に向けて放たれた。


 キィィィィィィィィィィィンンンンンンンンッ!!!!


 分かっていた事だけど、やっぱり人の器じゃ無かったんだよ。

 普通なら音なんて鳴らない程に鋭い一撃で真っ二つになっているはずなのに、

 あり得ない甲高い音が攻撃が通っていないことを物語っている。


「合わせろ!」

「どっかあああああん!」


 獅子おじさんの指示に従って合わせて放った殴打。

 黒い煙で表情は見えないけれど、

 まともに受けた化け物は瓦礫の向こうへと吹き飛んでいった。

 でも、なんでだろう。殴った自分の拳に痛みが走る。


「リッカ。どうですか?」

「指を狙いましたが飛びませんでした。

 私達よりもメリーさんの攻撃に驚いていた様子でしたが……」


 そうそう!

 タルや獅子おじさんの攻撃だって地を砕く威力なのに全く効いてなかった。

 なのになんで黒い大槌の攻撃が通ったんだろう??


『お父様の予見は正しかったですね。練習しておいて正解でした』

拳聖(けんせい)エゥグーリア様。

 気で攻撃を行うと伺っておりますが、相手に流して破裂させるような扱いは可能でしょうか?」

「……やったことはない。

 気は自身の中で循環させることで拳や身体を丈夫にし、

 全体的な身体能力の向上に繋がる本能に近い技術だ」


 難しい話は止めて欲しい。

 タルは魔法も気もどちらも使えないんだから。

 おっと、家がひとつ飛んでいった。

 化け物がまた立ち上がってくるみたい。


「いやぁ、参ったな…ははは。

 ――面白いのはこちらであったかっ!!」


 その声は嬉しそうだった。

 その声はタルには向けられなかった。

 その声を聞いた瞬間に化け物の迫力がもっと化け物になった。

 その声とは別にカチカチカチカチと連続する不愉快な音が間近から聞こえはじめる。


 いや。

 自分の歯が噛み合わず震えて鳴っているのだ。


 逃げなきゃ生きられない。

 本能は受けたことの無い存在の暴力に完全に屈している。

 あの威圧が自分に向いているわけではないにも関わらず。


 獅子おじさんも動けないで居る。

 でも、これは仕方が無い。

 おじさんだってタルと同じで本能の悲鳴を聞きながら、

 それでも恐怖で身体が動かないんだもん。


「め、メリーさん!!逃げて!逃げて下さいっ!!

 アレは本当にヤバいですっ!!!メリーさんっ!!!!」


 銀髪は微動だにしない。

 リッカと呼ばれた長剣使いの叫びに近い声を聞いても動かない。

 視線は化け物に固定され、覇気は微塵も感じられない。


 と、急にゆったりとした緩慢な動きで腕が上がり始めた。

 そう思えば自分の手の平をじっと見つめながら握ったり開いたりを二度繰り返す。

 この状況で何をしているんだろう。

 逃げられるなら一人でも逃げて生き残った方がいいと思うんだよ。


『なるほど。こういう事もあるのですね』


 ん!?

 銀髪の頭に耳が生えてる!?尻尾もだっ!

 さっきの戦闘中にあんなモノは生えていなかったはず。

 何が起きているんだろう。

 あれ?歯の震えが止まってる。身体が動かないから色々考えちゃったのが功を奏したのかな?


「……め、メリーさん?」

『すみません、リッカさん。

 メリーさんが気絶してしまったのでクーが表に出て来てしまった様です』

「え!?」

『一緒に戦えますか?流石に一人では時間稼ぎもツラいです』

「た、戦えますけど…正直に言えば逃げた方がいいかと……」


 さんせーだよ!


『お父様やアルシェ様、マリエルさんは精霊と一緒とはいえ一人で魔神族を相手取っています。

 ここには4人も居て時間稼ぎも出来ないのですか?

 与えられた役割くらいは熟さなければ、クーはお父様に合わせる顔がありませんよ』


 猫耳銀髪の正論がグサッと胸に刺さるぅ~!

 本能って抗えないから本能って言うんだよ?


『《闇精外装(ブラックコーティング)》』


 ぎょえっ!?

 黒くなった地面から気味の悪い黒手が身体を巻き上がって指先まで覆ってきた。

 なにこれ!?

 タルだけじゃなくて獅子おじさんとリッカと呼ばれた女にも同じ魔法を掛けられている。


『これで少しは身体能力をカバー出来ます。

 エゥグーリア様はクーと前へ出て戦いましょう。動けますよね?』

「むろんだ。だが、恥ずかしながら有効打を持ち合わせぬ」

『クーの[波動(ブラスト)]も恥ずかしながら[黒玄翁(くろげんのう)]と合わせなければ不完全です。

 致命傷はいずれにしろ与えられませんので、

 時間稼ぎの役割は変わらないかと……』

「タルは何する?」


 獅子おじさんは役割が与えられた。

 タルはおじさん以上に戦えないけど、

 にーにぃに任されただけに何も役割が無いのは哀しい。


『……先ほど気になったのですが、拳を握って頂けますか?』

「ぬん!」


 見よ!このヤマノサチご自慢の力強い握り拳!!

 それをあきれ顔で見つめる銀髪のなんて冷たいお目々だろうか。


『声だけは一人前ですね……』


 言葉まで辛辣っ!!

 さらに楽しみが出来たからか化け物も上機嫌にこの好機に棒立ちで待っていてくれている!

 何故っ!?


『第一関節から先を指の根元に沈み込ませるように折りたたみ、

 イメージするのはオリハルコンの板。

 一切の不純物を絞り出す様に巻き込むように握り込んでいき、

 最後に親指で締め込む』


 言われるがままに拳を握り込んでいく。

 隣で獅子おじさんも試して気に入ったのか素早く握り治してパシッ!と音を出している。


『一撃に全てを込めるように準備だけしていてください。

 先ほどのリッカさんのように移動はこちらで用意しますので』


 あの一瞬で移動する奴か。

 どのタイミングで移動するかわからないから不安はあるけど、

 あれだけでいいなら楽かも。



 * * * * *

『お待ち頂きありがとうございました』

「時間もない、さっそく始めよう」


 お父様からの情報でバトルジャンキーかもと伺っておりましたが、

 まさにドンピシャでしょう。流石ですお父様!

 それとメリーさん。体を少しの間お借りします!


 ダッと駆け出す身体は軽い。

 ユニゾン体を自分で動かすのは初めての経験です。

 現時点で姉弟の中でもお姉さまとアルシェ様しか使用出来ないはずだったのに、

 まさか肉体の所有者が気絶すると交代出来るとは驚きました。


『《風影輪(ウンブラ・ロタ)》《黒玄翁(くろげんのう)!》』


「ふん!」

『《波動(ブラスト)!》』


 拳と黒鎚(くろつち)が衝突する瞬間にダメージが通る波動(ブラスト)を発動させた。


『《多重閻手(マルチプルダーク)》シフト:ピック!』


 発動させたうえで黒玄翁(くろげんのう)が消し飛び、

 拳がこちらを捉えてそのまま振り抜かれるのを魔法で真上に飛び回避する。


『《(ダーケンブルーム)!》《影移動(シャドームーブ)!》』


 呼び出すは2人。

 互いが邪魔にならないように左右に移動させた時点で2人とも攻撃の準備は完了している。


絶圓刀(ゼツエントウ)/舞の型(マイのかた)貫花散華(つらばなさんげ)!》」

「《とりあえず殴る!》」


「それは通らない」


 上空から見えた光景は、完全なる上位者が上から全てを押しつぶす蹂躙に見えた。

 リッカの剣技はクーから見ても絶技と言えるレベルなのに、

 それは滅消(めっしょう)のマティアスが相手だとそもそも皮膚にすら刃が通らない。

 クーを狙ったままの体勢で何もせぬままに防いでみせた。


 そしてタルテューフォさんの拳は先ほどとは異なって、

 謎の迫力のある拳になっていましたが、

 空いているもう片方の手で上から抑えられて地面を穿つこととなった。

 ベコッ!と直径4m程度の窪みが発生したこの瞬間。

 リッカは後方へ飛び退いたが、

 マティアスとタルテューフォの2人は宙に浮いた一瞬をクーデルカとエゥグーリアは逃さなかった。


『《月虹(げっこう)!》』

「ふぎゃっ!!」


 お父様のトラウマをここで殺す。

 その意思を持って振るった[(ダーケンブルーム)]を頭部に向けて発動する。

 が、マティアスが驚きの素早さで動いて首を曲げて回避した。

 今まで防御なぞせずに受けていたくせにっ!


 勘の良い魔神族は嫌いですっ!

 嗚呼、回避ついでに蹴飛ばされたタルテューフォさんの回収に動かないと。


「《イーニッジガルイイ!》」


 宙に浮いて隙だらけのクーの真下を雷を伴ったエゥグーリアさんが魔神族に突撃してそのまま瓦礫の山を崩しながらの殴り合いが始まった。

 リッカさんも後を追って追加攻撃を加えるものの、

 やはり移動しながら攻撃が出来ないというネックの所為であまり頻度は高くない。


『このままヒット&ノックバックでは結果に繋がりませんね』

「ぐえぇ!?何が起こってるんだよぉ~」


 閻手(えんじゅ)で影に回収していたタルテューフォさんを引っ張り出しながら戦闘の流れの悪さを口にして愚痴る。

 攻撃しては効かず、殴られれば先ほどのタルテューフォさんの様に飛ばされる。


 これでは戦闘しているとは到底言えない。

 何か梃子入れをしなければ……。


「あのぉ~、ちょっとい~い?」

『…何ですか?』


 地面にしゃがみ込んで黒く染まった地面をコンコンと小突きながら、

 ちょっとお姉さまっぽい喋り方でクーに伺いを立てる彼女にイラッとしつつ返事をする。


「この黒いの解除してほしい。

 タルは地面と接してないと力を出せないんだよ」

『ヤマノサチの特徴ですか?』

「大地の息吹を力にする生き物だからねっ!」


 腰に手を当て身体の割に膨らむ胸を張ってドヤ顔でよくわからない事を言い出した。


「……ぐぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」

『《編盾(あみたて)》五連!』


 ついにエゥグーリアさんも飛ばされてきたので受け止めて回収。

 影移動(シャドームーブ)や広範囲のどこからでも閻手(えんじゅ)を出してサポートが出来なくなる代わりにタルテューフォさんが耐えられるなら試すのも有りですかね。


『分かりました、《解除(パージ)》。

 しっかり励んで下さいね』

「任せるんだよ!」


 初めの戦闘を観察した際に気になっていましたが、

 ポジティブなのは良いのですけれど生活圏の獲物は1撃で狩れていたのか、

 連撃や継続戦闘の技術が皆無ですね。


 1撃がいくら強くても魔神族に効かなければ無力と同じです。


「……きゃあああああああああああっ!!」

『《編盾(あみたて)》三連!』


 飛ばされてきたリッカさんを受け止めつつ、

 向こうから悠然と歩いてくる滅消(めっしょう)のマティアスに対しタルテューフォさんと共に向き直る。


 さっきから同じ状況を繰り返して時間稼ぎをしていますが、

 まだ退いて下さるラインではないのでしょうか?


『行きますよ。《魔力接続(ビータイリンク)》』

「応~!」

「承知」

「かしこまりました」


 流石に大人2人は頑丈です。

 タルテューフォさんに向けて放った言葉に、

 足並みを揃えて出される足は4足。


 エゥグーリアさんは肋骨を折っていて、

 リッカさんも腕の骨を折って尚出てくれましたか。

 残り時間はタルテューフォさんと2人で稼ぐつもりでしたが、

 正直、助かります。


『すぅ……っ!!』


 2人に[魔力接続(ビータイリンク)]を掛けて再び駆け出す。

 ただし、最高速度ではなく一歩遅れるようにわざと速度調整をしてエゥグーリアさんの巨体の影へと隠れつつ、魔法を発動させる。


『《隠遁(ハイド)》《中距離転移(ミディアムジャンプ)》《月虹(げっこう)!》』


 目測ではあったけれど、ドンピシャの位置取りです。

 マティアスの背後を完全に取り、

 クーの気配は[隠遁(ハイド)]で完全隠蔽しているのでこれは入った!


「甘いな、猫娘」


 と、声が聞こえたと思えば、

 マティアスがいきなり後退してきて(ダーケンブルーム)の振るスペースが潰される。

 合わせて豪速の裏拳でこちらを狙いつつ身体の向きと視線は前を向いたままだ。


『くっ!《短距離転移(ショートジャンプ)!》』


 スペース確保と振るわれる腕を切り落とそうと少し後ろに跳ぶが、

 範囲が狭いことを見切っている様に器用な動きで回避する。


「ぐおおおおおおおおお!!!」

「ぬおおおおおおおおお~!!!」


 追撃を警戒しましたが、

 思ったよりも早くに突撃してきた拳聖(けんせい)とヤマノサチがマティアスに殴り掛かる。

 ただし、エゥグーリアさんの身体からパリパリと雷が走っており、

 拳速もすごく上がって殴打に衝撃波が発生している。


 魔力接続(ビータイリンク)から察する魔力消費量は激しくて、

 短時間ブーストの魔法?気?を使っているらしい。

 まぁ、今は消費する端からフロスト・ドラゴン(エルレイニア)さんから吸い上げる魔力を供給しているので最後まであのまま戦い続けてくれるでしょう。


 タルテューフォさんはよくわかりませんね。

 魔力を消費してはいるもののクーの供給とは別にどこぞから大量に供給されて逆に過多ですし。

 正体がわからない以上は手出しが出来ないですね。


『《螺旋閻手(らせんえんじゅ)》十連!』


 2人から離れた瞬間に閻手(えんじゅ)の槍を発射する。

 さて、これは初めて見る魔法のはずですがどう対処します?


「ふっ、んっ、はっ、うっ!?」


 ニヤリ。

 味方にも黒玄翁(くろげんのう)でしか波動(ブラスト)は扱えないと伝えていましたが、

 実のところ使いこなせるという意味では確かに黒玄翁(くろげんのう)のみですけれど、

 他の魔法でも局所的に使うことが出来ます。


 今回の[螺旋閻手(らせんえんじゅ)]は槍の切っ先でしか発動出来ない。

 ほとんどは殴って直撃は避けてしまいましたが内数本が届いてダメージを与えられましたね。


 ドンッ!ドゴシャッ!!!


「ぐっ!がああああああっ!!!!」

「んっ!ぬええええええっ!!!!」


 ダメージを受けた隙を突いてエゥグーリアさんとタルテューフォさんの2人が再度前に出てくれましたが、謎の攻撃で一瞬で剥がされマティアスが飛び上がってからの2撃目で2人共地面に叩きつぶされる。


 それにしてもタルテューフォさんの悲鳴はどこか間抜けですね。


『《両手剣(ダインスレイフ)!》』

絶圓刀(ゼツエントウ)/龍の型(リュウのかた)輝刃龍華(きじんりゅうが)!》」


 宙に浮いて回避が困難な状況を見切って、

 リッカさんの遠距離突きが発動する。


「はははっ!なるほど!

 ユレイアルド神聖教国と獣人はここまでは出来るのかっ!

 シュティーナのお気に入り以外は期待出来ないと思っていたが、

 これはまだまだ楽しめそうだ!」

『すぅ…はぁぁあああああああああああ!!!』


 こっちも技術の奥義でマティアスを突いたリッカさんでしたが、

 残念ながら魔神族はリッカさんの剣身から発せられた何か掴んで楽しそうにゴチャゴチャ喋っている。


 今のうちに方向だけを調整しながら、

 クーは周囲の影を大剣(ダインスレイフ)に集約しつつ魔力を注ぎ続ける。


『お父様。お父様の経験を少しお借りします!』


 準備は整った。周囲の瓦礫に発生していた影はなくなっている。

 マティアスはリッカさんに釣られてクーから離れていますから、

 あとは近寄って確実に当てるだけ…。


絶圓刀(ゼツエントウ)/虎の型(トラのかた)大輪桜花(たいりんおうか)!》」

「うおおおおおおおおっ!!」


 何かが2人の間で衝突してリッカさんが耐えられず後方へと飛ばされてしまった、このチャンスで決めます!


『《短距離転移(ショートジャンプ)!》』

「来たかっ!」


 その期待の眼差しを敵から向けられても嫌悪感しか湧きません!

 お父様のトラウマを!今此処で滅します!!

 アナザー・ワンに教わった大剣技術とお父様やお姉さまと一緒に鍛え続けた魔法技術。

 それらをこの一撃に!!



『《|闇竜聖剣《エクスカリバー=オプスクリタス》ッ!!》』



 上段から振り下ろすと同時に大剣(ダインスレイフ)に込められた高濃度魔力が溢れ出し、

 瀑布の如く滅消(めっしょう)のマティアスを一瞬で闇が飲み込みその背後にある街諸共破壊の限りを尽くす。


「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 最後に見えたマティアスの姿は腕をクロスさせ防御の構えを取ったところだった。

 今は闇の向こうから雄叫びだけが聞こえている。


 死ね死ね死ね死ね!!!


「銀髪、目が怖いんだよ」

「これは……凄まじいな」

「お2人共、瀕死なのですから動かないで下さい」


 獣組がボロボロになりながら陥没した地面の底から這い上がってきたらしい。

 リッカさんも骨を折っているにも関わらず、

 それぞれ何かしらの感想を言いながらこちらを眺めている2人に回復を施している。


 などと内心冷めた感想を呟いている途中。

 突如、大剣(ダインスレイフ)を支える両腕が震え始めた。


 まだ魔力の放出は続いていて今この剣を手放してしまえば、

 魔力制御が失われて最悪クーだけでは無く他3名も飲み込まれてしまう・・・!

 皆が皆ボロボロの状態でコレに飲まれては・・・っ!!


 3人には悟られない様に努め、

 必死に全身に力を入れて両腕の震えを押さえつけながらクーは震えの原因について考えていた。


 魔法剣技[聖剣(エクスカリバー)]は、

 お父様とアクア姉様が草案を考え組み上げた高濃度魔力の利用方法のひとつです。

 現時点で一応3つの種類があり、

 一つ目は剣の形に抑え込んで広範囲を切り裂く[特大剣モード]。

 二つ目は一閃にして広範囲の敵を攻撃する[一閃モード]。

 三つ目が勇者が使う前方に放射する[対城モード]。


 どれも高度な制御力が必要ですが、

 メリーさんが気絶しているとしてもユニゾン中での出来事なので、

 その点に関しては条件をクリアしているのは実行出来た事を考えても間違いはありません。


 なのに、何故っ!?


『――っ!!!あああああああああああああああああああああ!!!!』


 放出の終わり。

 その時を待っていたかの様にクーの…、いえ、メリーさんの腕が弾けました。

 肉が裂け、血管が破裂し、神経がずたずたになって、

 あまりの痛みに叫び声を上げて大剣(ダインスレイフ)を手放してしまう。

 制御力を失った大剣(ダインスレイフ)はそのまま影へと沈み消えていった。


「メリーさんっ!!」

「まずいっ!下がるぞ!」


 リッカさんと拳聖(けんせい)が何か言っているけれど、

 痛みで集中出来ないクーは言葉を理解出来なかった。


 誰かに小脇に抱えられて凄い後方へとジャンプで退いた。

 その状況だけしか認識出来ませんでした。


「これは…酷いです……。《エクスヒール!》。

 本来ここまでの反動が起こるはずはないのに……」

『はぁ…はぁ…はぁ…、原因に、はぁ、心当たりが…?』


 気絶して楽になりたい。

 なのに痛みで気を失うどころでは無い。

 腕に回復魔法を施してくださいますが、

 外傷ではなく内部で発生したダメージに効果は然程(さほど)ありません。申し訳程度に安らいだ気になるだけです。


 そのリッカさんが気になる事を口にした。


「はい。これはおそらく武器の熟練度不足による反動です。

 この世界には武器装備に要求ステータスがあるなどいくつもの保護システムが存在します。

 それは段階を経て正しく強くなる為のものなのですが、

 今回クーデルカさんは世界が想定していない方法を取られたのではないかと…」


 武器熟練度?

 世界が想定していない方法?

 つまり、クーが魔神族を倒す為に放った[|闇竜聖剣《エクスカリバー=オプスクリタス》]は、

 保護機能の要求ステータスを精工アーティファクトで無理矢理クリアし、

 保護機能の熟練度が高レベルになって扱える様になる奥義に類する技を魔法剣という異種の技で無理矢理行使した為、

 強烈な反動が返ってこの有様だと……??


『それは、はぁ、世界の説明不足でしょう……、はぁ、はぁ』

「装備出来ない、扱えない、段取りを経て安全に強くなるのが普通なんです。

 裏技を使ったデメリットと考えれば納得は行きませんか?」

「腕だけで済んだ。これも僥倖だ」

「分不相応だよ!」


 納得出来ませんが理解はしました。

 エゥグーリアさんが負担にならぬ様に抱きかかえて下さります。

 まぁ、身体の大きさがかなり違うので片腕でお姫様だっこの様な抱え方ですが。

 あと、タルテューフォさん。貴女、嫌いです。


『魔神族…、はぁ、マティアスは、はぁ、どうですか?』

「無傷ではないだろう。

 だが、戦闘は終了と見ていい」


 何故?終わり?

 エゥグーリアさんだけでなくリッカさんも地面に手を当てて居るし、

 タルテューフォさんも耳と尻尾をピンと立ててキョロキョロしている。


「酷い威力だな、これは。ごほっごほっ!

 荒削りにも程があるぞ、猫娘。

 まぁ、それはともかく獣人族の言う通り。今日はもう終わりだな」


 途端。

 …ゴゴゴゴゴゴゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ !!!!

 地面が揺れ始めたと思う間もなく急速に規模が大きくなる。


「勝手に介入したとはいえ、

 マグニのサポートにシュティーナ達が出ていた以上、

 ここから先を俺だけが出張るわけには行かない」

「その強さがあれば手前達など楽に殺して回れるのでは無いか?」

「俺は強い奴と戦いたいだけだ。

 弱い者を屠り回った所で面白くもなんともないからな。

 まぁ、今日は楽しめた。お前達をこれ以上傷つける気は無い」

『はぁ、はぁ、リッカさん……』


 聞きたいことが出来た。

 でも、声を張れないから近くに立つリッカさんを呼んで耳を寄せてもらう。


「……貴男方は個人の思惑もあるのですか?

 集団で介入することもあれば強い者と戦いたいだの、

 竜玉(りゅうぎょく)が欲しいと竜の巣を襲ったりしましたよね?」

「ん~、あまりこっちの情報を開示するのはなぁ……。

 いや、しかし楽しみが増えたのも確かだし。少しは出すか」


 何でしょうか、この感覚は。

 まるでこちらの成長を促す為に自分で考えさせたいような。

 魔神族特有の嫌悪感は確かにあるのに、お父様から向けられる感情に似た物も感じる。


「一度しか言わないからな!」


 懐から丸い珠を出しながら、

 律儀にも地震に負けない声を発して続きも口にする。


「性格によって起こす問題は千差万別だろう!

 だが、破滅の将の役割は1つだけだ!以上!」


 一方的にそう言いマティアスは珠を壊す。

 すると、魔法陣が頭上と足下に広がり光がその間に降り注ぐ中、

 マティアスの姿が徐々に薄くなっていく。


「また会おう!」

『はぁ、はぁ、顔も見たくないです、はぁ』


 そのまま完全に姿は魔法陣と共に消え、

 空間の圧迫感も数段軽くなったように思える。


「これからどうするの?」

『少し、はぁ、待って下さい、はぁ』


 うるさい猪ですね。

 リッカさんの回復のおかげで多少持ち直したとはいえ、

 厳しい状況に変わりはないというのに。


『(お父様、マティアスが撤退致しました)』

「(お疲れ様。こっちもシュティーナが撤退した。

 あと、マリエルがメルケルスと戦って脚を折ったからクレアの元へ行かせた。

 クーとメリーは無事か?)」

『(申し訳ありません、お父様。

 拳聖(けんせい)とヤマノサチだけでは対応が足りないと感じましたので、

 観察ではなくリッカさんと共に参戦いたしました)』

「(……怪我をしたのか?)」


 念話でもわかる。

 お父様が息を飲んだ瞬間につい嬉しくなって尻尾がくねくねしちゃう。

 あぁ~、お父様に抱かれたいよぉ……。

 頬ずりして撫でて貰いたいよぉ……。


『(報告もしなければならない事が多いのですが、

 現在はメリーさんは気絶中。ユニゾン中で両手がズタズタになってしまい泣きそうです)』

「(ユニゾンを解けばクーの感じている痛みは無くなるだろ。

 メリーも気絶しているなら今のうちにお前達もクレアの世話になれ)」

『(っ!クーとしたことが失念してました……)』


 流石お父様です。

 戦闘の興奮が冷めていなかった所為か、

 その後のタルテューフォさんにイラついたからか。

 言われたままにユニゾンを解除してエゥグーリアさんに抱えられるメリーさんの胸元にアニマル形態で姿を現す。


「く、クーデルカさん!?」

「すみません、もう少々お待ち下さい」

「アレの事もある。早めに頼む」


 クーの出現に驚くリッカさんを余所にエゥグーリアさんに謝罪をする。

 城下町の中央に出て来た樹木のモンスターには皆が気付いていますが、

 彼が土の国の者としてあちらに戻りたい気持ちは理解出来ます。


『(ご助言ありがとうございました、痛みから解放されました。

 クーはメリーさんとリッカさんを連れてクレアさんの元へ行けばいいですか?)』

「(タルテューフォも連れて行ってくれ。

 治療が終わったら影からニル達と一緒に合流しろ。

 アルシェとアクアは俺と一緒に行動する)」

『(かしこまりました。

 お父様も無理をなされないで下さいね)』

「(あぁ、また後でな)」


 お父様の声を聞いて精神的に元気になった。

 さて、時間もありませんし[ゲート]を開いてメリーさんの治療をしてもらいましょう。


『クー達は聖女の元へ一旦向かいます。

 何があるかわかりませんからエゥグーリアさんもご一緒に治療してもらいませんか?』

「手前は気で防御力も上がったうえで護衛隊長殿に無精を借りた身だ。

 この怪我は手前の修練が足りていなかったが故の物。

 聖女に手を煩わせるわけにもいかない」

『骨は肋骨以外に折れていますか?』

「う、うむ。肋骨以外はすべてヒビだが、

 腕も脚も首も最後の一撃でやられた」

『ならば、先に治療を受けて下さい。

 魔力はこちらでサポートします。さぁ行きますよ』


 有無を言わせずゲートを繋げる。


「あ、やっほー♪」

『クー姉様ーーー♪っ!ああぁぁぁぁぁぁーー!!』


 そういえば、お父様がマリエルさんも聖女の元へ向かわせたと仰られていましたね。

 抱き着こうと飛んでくるニルは閻手(えんじゅ)で捕まえて影倉庫(シャドーインベントリ)の中に封印する。

 どうやらマリエルさんの怪我はすでに治療が終わっているみたいですね。


『お疲れ様ですマリエルさん。

 そして、聖女様。さっそく2名急いで治療いただきたいのですが、

 大丈夫でしょうか?』

「かまいませんよ。

 まだ動きはありませんがアスペラルダもアーグエングリンも十全にした方がいいでしょう。

 ただ、急速再生には魔力が必要ですよ?」


 クレアさんの言葉は視線と共にクーの背後に立つエゥグーリアさんに

 絞られる。

 獣人の本来の魔力の低さを懸念しての結果でしょう。


『魔力はこちらで負担出来ます。

 遠慮無く彼から吸い出して下さい』

「わかりました。

 では、拳聖(けんせい)。治療を始めましょうか」

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