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夏の春  作者: Chiaki
第三章 合宿
20/21

last ep 夏の終わり@カナデ




 弟のことを語り、ハルキに思っていたことを告げ、これでもう何もやり残しはない。

 

 そう。私、伊調カナデの一生はそこで終止符を打たれるはずだった。


 しかしその楔は外されてしまったのだ。私の目の前に現れた一人の先輩によって。


「トウカさん……」ハルキが茫然とした様子で彼女の名を口にする。


 私はあっけにとられた。


 今更の登場すぎる。お前の登場する幕はなかったろう、と。


「その通りや」トウカが視線をこちらに向けたまま部屋の電気をパチッと音を立てて点ける。そこには冷たい目があった。

 私の思考なんてお見通しだとばかりの表情だ。


 暗闇にすっかり慣れていた私の目には彼女の姿がとても眩しく見えた。


「この物語には本来あたしの登場する余地なんてなかった。それはもう寸分にもな。本来の結末はあんたがハルキくんと一緒に心中して終わりのはずやったんや。けどあたしはハッピーエンド至上主義者やねん。正しいこととは何か? あるいはどうするのが正しいことなのか?そんなん知ったこっちゃないわ。あたしはそれに――」




――被害者ヅラしたやつが一番嫌いなんや。


 凛とした態度で彼女は言い放った。


「どうして……」私は疑問にすらなっていない言葉を溢した。


「どうして? 何に対してや? どうして私が鍵の掛かったこの部屋の扉を開けられたのか? どうしてこの二階の倉庫にいることがわかったのか? どうして……」


「もういいわよ」と私は吐き捨てる。「全部わかっているんでしょう?」


「もちろんや。こいつが全部ゲロったからな」ふふんと鼻を鳴らしてトウカは親指で後ろを指す。


 するとドアの陰から現れたのは――。


「シュウジ兄……」またもやハルキが名前を口にした。「よお」と少し顔を強張らせたシュウジが手を弱弱しく上げながら部屋に入ってくる。


その様子にハルキが聞いた。「トウカさん、どういうことですか?」


「簡単なことやで、ハルキくん。君は気絶させられたんやろうな、多分石か何かでどついたんやろう。でもいくら気絶してるから、ハルキくんが華奢やからって成長期真っ盛りの男をカナデちゃん一人が運べると思う?」


 その言葉に私は押し黙る。なんなんだ、この女は。


「そんなことはできっこない。到底できるはずがないんや。気絶してる人間、自立していない人間っていうのは思ったより重い。しかもそんなことをしたら後から来るナツキに気づかれてしまう。いや、本来気づかれることはなかったはずなんやけどな」


「その通りだ」と付け加えたのは部屋の入口でトウカの後ろに力無く突っ立っていたシュウジだ。


「本当はハルキが寝ている所を、一緒の部屋の俺がここまで運んでくるつもりだったんだからな」


「シュウジ……その様子だと本当に全部喋っちゃったみたいね」と私は言った。


「昨日の夜の時点であなたは言ったんだもの。『こんなことはやめよう』って。あの時点で計画は破綻していたんだわ」


「伊調さん……トウカさんにシュウジ兄。どういうことなんですか? 僕にはさっぱりわかりません」


 ハルキは眉をひそめて一同の顔を逡巡する。その様子を見てトウカは高く笑った。


「ハルキくん! どこまでもおめでたいヤツやなあ! あたしの口から説明したるわ! こいつらは、あんたを襲って、その末殺そうという計画を立ててたってことや!」


「え……」ハルキはその言葉の意味を咀嚼し、疑問の色を目に浮かべながら絶句した。

 シュウジと私は何も言わずに立っていることしかできなかった。


「もちろん、ナツキが私に泣きついて来やなどっちにせよハルキくんはとっくにこの女と火の海に今頃溺れとったんやろう。ナツキがハルキの足跡辿って帰ってなかったら今頃、な」


「足跡……?」


「可愛いお姉ちゃんがあんたを救ったってことや。ナツキは帰る途中足元を見て歩いとった。そこで見つけたんや。血の跡をな。あの子は勘の鋭い子や。すぐにハルキくんに何かあったんちゃうかと察した。後はあたしが話した通り。全部これを看破したんはナツキなんや昨日の夜、二階から聞こえた男女の言い争いの声。寝る前の違和感、これはカナデちゃんの布団が空っぽやったってこと。全てを一瞬で統合して見抜いたのはあんたのお姉ちゃんなんやで、ハルキくん」


 口元に笑みを浮かべながらトウカはハルキへと目を向ける。ハルキはあっけに取られていた。


 ここまで聞いた私の心には不思議と安心のような感情が芽生えていた。


 そっか。あの女に全部見抜かれてしまったのか。


 これはお手上げだ。


「あとは動機やけど……これは本人の口から聞くべきなんやと思う。な? カナデちゃん」



 ああ、なんだろう。この晴れ晴れしい気持ちは。


 可笑しすぎる。


「……簡単なことよ。私はifの世界が見てみたかっただけなのよ」


 なんだろう、全てがどうでもよくなる気持ちは。


「私が正しいということ、間違っていないということを証明したかっただけ。そこにいるクズ男は違うんだろうけど」


 私の向けた目線にたじろぎながらも、シュウジが言う。


「俺もおおむね同じだよ。自分の正しさを貫きたかっただけだ。その為にハルキがいると邪魔だったってだけだ。ただ、殺すつもりなんてさらさら無かったんだ。ちょっと眠っててもらいたかっただけなんだ。自分でもどうしてこんなことに手を貸したのかよくわからない。俺はただ単にナツキに嫌われたかっただけなのかもな」


「ほんまに救いようがないなあ。あんたら二人とも」


「いや、あんたら四人と言うべきか。ハルキくんとナツキも含めて」と付け加えるようにトウカが言う。

 その様子には嫌悪をしているんだという感情が漂っていた。


「大体アホらしいんや。弟は弟なんや。私にも弟が一人おる。自慢の弟や。でも、それ以上でもそれ以下でもない。私にも好きな人ぐらいおる。でもその人は私にとって自分以上でも自分以下でもない。なんでそんな簡単なこともわからんの?」


「わかるわけがないでしょうね」トウカの大仰で挑発的な言いように少しムッとして私はそう返した。「だってあなたは私じゃないんだもの」


「何を当たり前のことを言っとるんや。根本的に間違ってる。何もかも。だからこそこんな陳腐な結末なんやろうな。ええか? 正しいとか間違ってるとかいう物差し自体がふさわしくないねん。人生はそんな物差しで測れるもんちゃうんや」


「……もういいわ。馬鹿馬鹿しい。こんな物語――終わらせてしまいたい」



 

 私はそう言って、月光の差す窓をガラリと開ける。


「待て伊調さん!」そう叫んだのはハルキだった。


 体が座っている椅子ごと倒れ、苦痛の表情を浮かべるもその目は真っ直ぐ私を捉えている。


「僕にはみんなの言っていることは理解できない。何が正しいとか、正しくないかとかも自分ではわからない。でもさっき君が火を点けようとした時に言ったけど、君が今やろうとしていることだけは間違っているってわかる。お願いだ――」



――死なないでくれ。


 ハルキは涙を流しながら床を這い、私にそう懇願した。


「……ありがとう。そう言ってくれるだけで私の人生は救われたわ」


 窓枠に手を掛け、私は思った。


 つまらない人生だった。全部お父さんが悪いんだ。どうして煙草の火を消さなかったの? 全部お母さんが悪いんだ。どうしてお父さんに煙草を止めさせなかったの? 


 全部……弟が悪いんだ。どうして私をこんなに狂わせてしまったの? けれど――。





 愛していたわ。




 さようなら。


 私は後ろ向きに窓から飛び降りた。


 周りが気持ち悪いぐらい静かになり、景色が流れていく。


 薄れゆく感覚の中で最後に思い浮かべたのは、いつも私に優しく微笑んでくれたハルキの姿だった。




 それが私、伊調カナデの最後のはずだった。



 しかし次の瞬間、私は柔らかい衝撃に包まれていた。

 それは死の感触ではない。

 優しい感触。



「あんたはまだここで死なせない。だってまだ自分が間違っていないことを証明出来ていないんだから」


 私が落ちた場所にあったのは、大量の布団。

 広く、高く積み重ねられた布団。


「トウカちゃんがずいぶん時間を稼いでくれたから間に合ったよ。少なくとも死なせない程度には準備出来た。私はあんたに言わなくちゃいけないことがあるんだよ」


 そこにいたのは一人の少女。

 ハルキの姉、ナツキだった。


「……すべて。私がここに飛び降りてくることまで本当に何もかもお見通しだったみたいね」


「私とあんたは似ているんだ。多分ね。だからこそ、わかるんだ。私はあの倉庫の窓から景色を見て綺麗だとか絶景だとかそんなことを思う前にまず感じたんだ――」


――ここから落ちたらまず死ぬんだろうなって。


「……お手上げだわ」


 そう言ってクッションになった布団にうずくまる私に彼女は歩み寄り、そっと抱きしめた。

 力は全く入っていないはずなのに、その抱擁はとても痛かった。


「私はハルキが好きだ。私の全部を犠牲にしてもいいくらい好きだ。でも決してそんなことはしない。だって私が死んだらハルキは悲しむもの。あなたの大切な人はどうなの?」


 彼女は私の心を的確に刺す言葉を直観的に選び取っていた。


「……きっと私の弟も悲しんだわ」と私はナツキから目を逸らして言う。しかしそれは彼女によって阻まれた。彼女は両手で私の顔を掴み、無理やり目を合わさせるようにして言った。


「でも、弟は先に逝ってしまった。私が死んでも悲しむ人なんていない」と私は怒鳴る。


「だったら私が悲しんであげるだけ」そう言ってナツキは再び力強く私を抱きしめた。


 耳元で彼女がささやくように言う。


「あなたが死ぬのを私が止めてあげるだけ。失われて誰にも悲しまれない命なんてない。やり残しのない人生なんてどこの誰にも無いんだ。あなたの弟の分まで生きないと。ううん、生きていいんだ。それが私の正しさでもありあなたの正しさでもある。ね、カナデちゃん?」


 そう言う彼女はとても優しく笑っていた。


「うん……」私の目からはとめどなく涙が溢れる。


 その笑顔と温もりは誰かに似ていた。


 夏の夜。私は彼女の胸に包まれながら思った。


 こんなお姉ちゃんがいたらよかったな。


 夏の終わりが静かに近づいていた。


 



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