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夏の春  作者: Chiaki
第三章 合宿
14/21

ep.12 偽善者




 伊調カナデを探して土産屋の奥にある女子トイレまで来た私は、その中にある鏡と見つめあっていた。


 一つだけの個室は鍵の部分が赤いマークになっていて、使用中だということを示している。


 私はいつも通り笑えているか? 改めて鏡の中の自分と向き合ってみると、不思議な気分だった。


 まるで、それは自分以外の人間みたいだった。


 不自然な笑みを浮かべるその誰かを見て、私は静かに苦笑した。


 両手の人差し指で口角の端を突き上げる。


 こんなことをしている自分が馬鹿みたく思えるが、これは必要なことなのだ。


 私が正しいと思う自分であるように。私自身を正しい自分にするために。


 ふと、鏡越しに誰かと目が合う。


 その顔はまるで幽霊のように青ざめていて……。


「わあ!?」私は驚いた声をあげてしまった。


 しかし、そこにいたのは幽霊でもなんでもなく……げっそりとした顔をした伊調カナデだった。


「びっくりした……ってカナデちゃん!? どうしたの!?」


 ただでさえ元から気配が薄かったが、触れると消えてしまいそうなぐらいの儚い存在感に今の彼女はなっていた。背後に立たれると幽霊だと勘違いしてもおかしくないぐらいだ。


「なんでもないわ……」カナデちゃんがぽつりと口にする。


「なんでもなくないでしょ!」私はいつもとは全く違った余裕の無い表情を浮かべる彼女に、思わず声を荒げてしまう。


 だって、本当になんでもない人はそんな顔をしないし、ましてや「なんでもない」なんてことをそんな弱い声で言わないからだ。


「なんでもないって言ってるじゃない……。それに……」そう言って彼女は一旦口をつぐむ。


「それに?」私はそんな彼女に聞き返した。次に彼女から発せられる言葉を聞いて後悔するとも知らずに。




「あんたみたいな偽善者に心配されるのが一番嫌いなのよ」


 伊調カナデは私の目を見ずに、眉をひそめながら言い放った。


「ぎ、偽善者って……」言葉を詰まらせてしまう。




「どうしたん!? おっきい声出して……」そんな状況に、トイレの入り口からトウカちゃんがひょっこりと顔を覗かせ、驚いた表情を浮かべた。


「カナデちゃん!? めっちゃしんどそうな顔してるやん! どないしたん!?」伊調カナデの不審な様子にトウカちゃんも気づいたようで、彼女に向かって駆け寄る。


「なんでもない。本当に」伊調カナデは繰り返すようにそう言って、心配そうに顔へ手を伸ばそうとするトウカちゃんの脇をすり抜けてトイレを出て行った。


「あ、待ちや! ……なんやあの子、どうしたんやろ。ってナツキも変な顔してるけどほんまどうしたん!?」


 私の顔を見てはっと気づいたようにトウカちゃんが言った。


「私も、なんでもない。かな」


 偽善者。あいつの言ったことが私の脳内をぐるぐると回り、犯していた。


 私の何がわかるんだ。


 正しいのは私なんだ。


「ナツキ……? 顔、怖いで……?」


「え? あ、うん。本当になんでもないんだ、えへへ……」私は思い出したように、笑った。そう、いつも通り。


「トウカちゃん、行こ! ハルキとかシュウジ待たせてるし!」


「え、待ってや! もう、私なんか置いてけぼりやん!」そう背後で言うトウカちゃんを置いて私もトイレを出た。



 トイレから出ると、元いた入口の辺りで伊調カナデとハルキとシュウジが集まって話していた。至って何も変わらない様子だ。


 しかし、私の脳裏には依然としてさっきの憔悴気味の彼女の顔と、一つの言葉がリピートされている。




 偽善者――――。




          ♢♢♢




 土産屋を出ると、もう夕方に近い時間になっていた。


 私たちはトウカちゃんが駅に呼んだ、旅館を経営する親戚のおじさんの車に乗せてもらう。大きめの黒いバンだった。五人とそれなりの荷物を載せるにはちょうど良かった。


 親戚のおじさんは頭がとっくにハゲていたが、恰幅の良い、優しそうな雰囲気を持った人だった。私たちが一人ずつお礼を言いながら車に乗り込むと彼は流暢な関西弁で「おう、かまへん、かまへん」と返した。


 車に揺られること二十分弱。古い木造の建物が並んでいて歴史の感じられる街並みや、大きな坂の先に見える山の麓の景色に感心したりという時間を経て、私たち写真部一行はやっとのことで旅館へと辿り着いた。朝に地元を出たことを考えると随分長かったように感じた。


 旅館は二階立ての木造建築だった。国道の脇にある坂の上にあって、周りが林に囲まれている。蝉や鳥の鳴き声が少しうるさいぐらいで、他には特に文句のつけようがない……というか学生という身分の私たちが泊まる分には少し贅沢すぎるのではないかと思うような場所だった。


 私たちは改めて運転手兼、旅館のご主人であるおじさん(三川さんというらしい。ちなみに旅館の敷地の入口にあった看板は『みかわ』とシンプルな名前を示していた)にお礼を言い、用意されていた部屋に向かう。


 部屋割りは男子と女子の二部屋だ。トウカちゃんは予め発送していた写真部の活動に使う機材を確認する為に三川おじさんと倉庫へ行かなければならないらしい。


「ごめん、みんなは部屋に荷物置いたら先に温泉浸かっといて! あたしも後から行くから! あ、もちろん混浴やないで?」


 トウカちゃんはにやりと変態ちっくなスマイルを浮かべて言った。


 待って。それって、カナデちゃんと二人っきりってことですか……。


 その気まずい状況を想像して、やれやれと私はハルキの真似をするように嘆息した。




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