ep.11 懸念
「おー!」
僕らの二泊三日の旅はその意気の籠った掛け声から始まった。
切符を通して電車をホームで待つ。トウカさん達が騒いでいるのを横目に、僕は伊調さんに話しかけた。
「楽しい合宿になるといいね」
しかし、伊調さんの反応はない。
「伊調さん?」
僕が再度呼びかけると、彼女はこちらにやっと気づいたといった風に顔を向けた。
「え、ええ。そうね」
「どうかしたの?」なんだか普段とは違った雰囲気の彼女に問う。
しかし彼女は「なんでもないわ」と追求を許さないような声で言った。
おかしい。写真部で活動している時はいつも無口な伊調さんだったが、今日はまた別の寡黙さが窺える。
彼女のことを僕は、なんとなく放っておけなかった。
「電車来たで!」
しかしそんな僕の懸念はトウカさんの声によって搔き消された。男声の構内アナウンスが電車の到着を知らせる。僕たちはそれぞれ荷物を担いで先頭の車両に乗った。
♢♢♢
僕たちは乗り換えに乗り換えを重ねて、やっとのことでこれから泊まる予定の旅館がある場所の最寄り駅にたどり着いた。電車では二人分席が空いている車両に乗り、三人が立って過ごすこともあれば、全員が座れた時もあった。
途中ナツキが空腹を訴えたので、駅の中にある売店でおにぎりやパンを買って食べた。伊調さんは「お腹がすいていない」と言って微糖の缶コーヒーを飲んでいた。渋い。
旅館の最寄り駅に着くと、まず少しだけ観光をすることになった。ちょっとしたターミナル駅になっていて、お土産屋さんなんかもあった。首からカメラをぶら下げた観光客と思しき姿もちらほらいたし、マスコットキャラクターを模した大きな着ぐるみもいた。
何より空気が美味しい。山間の旅館に泊まると聞いてどういうところかと想像していたが、僕が思ったよりそこは自然に回帰したと感じさせる空気だった。
何よりこの五人揃っての行動は部室以外では初めてだったため不安だった部分もあるが、いざ動いてみるとなかなかにまとまりがあった。僕がそう思えるのも、ナツキがいつも通りの無邪気さを取り戻していて、旅行ということも相まったはしゃぎっぷりを見せてくれて安心したからかもしれない。
「トウカちゃん! あのお饅頭すごく美味しそう!」お土産屋に入ったナツキが入口に並んだご当地名物を見て満面の笑みを浮かべて言う。
「こらこら、お土産は帰りに買うんやで? 今買ったら荷物になるやんか」それに対して子供をあやすようなトウカさん。
「今食べれば荷物にならないよ!」と言ってナツキは饅頭が複数個入っているであろう小さな箱を持ってレジへと颯爽と走って行った。
「もう! あたしにも一個ちょうだいな!」トウカさんも長い髪を揺らしながら追いかけてナツキの並ぶレジの方へとひょこひょこと駆けた。
「まったく……あいつらはどこにいても変わらんな」
ふうと小さく息をつきながら僕の横に立ったのは僕と同じ半袖のカッターシャツを着たシュウジ兄だった。一瞬短髪姿を見慣れていないせいか誰かと思ったけど。
「どなたですか?」僕はシュウジ兄にそう返す。
「まだそのネタ引っ張るのかよ! いい加減見慣れてくれ……」
シュウジ兄はすごく長かった髪をいきなりバッサリ切ったということを行きの電車でさっきずっと弄られていたのだった。特にナツキは「小学生の時みたいだ」と笑い転げていた。確かに昔はこんな髪型だったと僕は曖昧に記憶している。
「ナツキ、なんか最近元気なかったみたいだけど、調子戻ったみたいだな。よかったよ」
「シュウジ兄も気づいていたんですね」僕は少し驚く。
「当たり前だろ。俺がお前ら姉弟といくつの時から一緒にいると思ってんだ」
「まあ、それもそうですね」
そこで一旦僕とシュウジ兄の会話は打ち切られたように思えたが、やがて彼は重そうに口を開いた。
「あのさ……」
しかしその言葉の先は弾丸のごときスピードでこちらにやってきたナツキに遮られてしまう。
「ハルキ―! シュウジー! このお饅頭すごく美味しい! 一緒に食べよ!」
それに対して少しどもり気味にシュウジ兄は「あ、ああ……」と返した。僕も「はい!」とナツキに渡された袋に包装された緑色の饅頭を渡される。つか食べるなら店の外で食べてくれ。周りの人の目が気になる。
「シュウジ兄、なんですか?」僕はナツキによって遮られた言葉の続きを促した。
「いや、なんでもないんだ。また後で言うよ」少しだけ気まずそうに彼はそう言った。
「何の話?」とナツキが僕に聞くが、「さあ?」と以外答えられなかった。
「そう言えば、カナデは?」
シュウジ兄が話題をすり替える。そうだ。伊調さんの姿がお土産屋に入った辺りから見えない。
「カナデちゃん? トイレじゃない? 見てこようか?」とナツキ。お土産は帰りと言いながらも物色していたトウカさんに「ちょっとトイレにカナデちゃん探しに行ってくる」と断ってナツキは足早に行った。
「で、シュウジ兄。さっきの話なんですけど」
ぼーっとナツキの後ろ姿を目で追っていたシュウジ兄に僕は声をかける。
「あ、ああ。あれな。今夜風呂の時にでも話す。どうせお前と二人っきりでの温泉になるだろうしな。たっぷり楽しもうぜ」
にやけ面のシュウジ兄に気持ち悪いですとだけ言って、僕は思った。
やれやれ。




