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夏の春  作者: Chiaki
第三章 合宿
12/21

ep.10 出発




 朝起きてまず感じたことが背中の痛みだった。


 どうやらソファーの上で寝てしまったらしい。

 

 私は体を起こし、掛かっていた毛布を畳んでソファーに置く。


 毛布?




――ハルキ!?


 私は昨日のどうしようもない虚無に満ちた寂しさを思い出す。

 ハルキ、帰ってきたんだ。


 けれど私は今すぐ彼の元へいつものように迷いなく駆け出すことができなかった。

 

 私はどんな顔をして彼と会えばいいのだろう?


 とにかく、顔を洗おう。


 そう私は思った。一日の始まり。今日から写真部の合宿なのだ。


 この前トウカちゃんに聞いた話だと、どうやら親御さんの知り合いが経営しているという旅館に掛け合ってくれて一人で上手く進めてくれていたようだ。電車とバスを乗り継いでいかなければならない山間の場所らしい。


 私達は(これは几帳面なハルキが言い出したことだけど)、何日か前に予め今日の用意していた。ハルキは「写真部の部活なんだからカメラがいるだろ」って言って家にあったコンパクトデジタルカメラをボストンバッグに入れていた。トウカちゃんが「機材は先に送っといたから着替えとか以外なんもいらんよ」って言ってたんだけどなあ。


 私は洗面所の冷たい水で顔を洗った後、鏡に映った自分とにらめっこする。

  

 ひどい顔。充血気味の目と口角だけ上がっている笑顔がアンバランスだった。髪もボサボサだし。


 大丈夫。私は明るい人間だ。笑顔が可愛いナツキちゃんだ。


 自己嫌悪。そして自己暗示。いつもより少し早いけど、変わらない朝。


 洗面所を出て、ふとキッチンの方を見て気づいた。


 私が昨日の晩に作ったオムレツがない。使ったお皿は私の分も含めて二枚とも綺麗に洗われて収納棚へと仕舞われている。


 捨てられちゃったのかなあ。


 少し泣きそうになった。



「あはは……」


 笑ってみた。大丈夫、いつも通りの朝だよ。




 リビングから少し離れたところからアラーム音が聞こえる。ハルキがセットした目覚ましの音だ。


 どうして弟に会うのに緊張するんだろう。


 私は改めてやった後の後悔というものに苛まれる。

 

 何が考える前に行動だ。馬鹿だ。


 少しして、のそりとハルキがリビングに入ってきた。


「お、おはよ!」


 懸命に笑顔を作って話掛けるが、それをスルーされる。


 なんか、な。


 すると、ハルキはお湯を沸かし始めた。


「コーヒー。飲むだろ?」


 私の顔を見ずに、ハルキは言った。


「……うん」


 どうして、こんなにずるいんだろう。

 そんなことを思いながらちょっとだけ落ち着きを取り戻した自分がいた。




          ♢♢♢




 準備を終えて、家から程近い駅に向かっていつもより重い荷物を持った私達はゆっくりと歩いていた。二人ともパンパンに膨らんだボストンバックを肩から背負うようにしている。私は必要最低限のものしか持ってきていない。にも関わらず荷物が重いのは必要最低限の遊び道具を持って来たからだろうか。


 まあ、なんとかなるでしょう。二泊三日分の着替えはちゃんと入れたし。足りないものがあれば、最悪現地で買い足せばいいしね。


 特に会話もないまま、暑さをいつもより感じない朝の通り慣れた道を歩いていると、駅の出入り口からこちらに気づいて手を振る人の姿が目に入った。


「ナツキちゃーん! ハルキくーん!」


 トウカちゃんだった。夏服姿が相変わらず眩しい。いつもと同じように髪を後ろでまとめてポニーテールにしていた。彼女のたわわな乳が手を振ると共に揺れているのもとても眩しい。私は思わず日光から顔を守るようなイメージで手を眼前にかざす。


「思ったより早いなあ、まあええことやけど」


 トウカちゃんは少し興奮気味に言った。部が始まって以来初めての合宿だもんね。そりゃ張り切るか。


「ふふん、私の方がハルキより起きるの早かったんだよ」


「ほんまに!? 雨、降らんかったらええけど……」


 まことに遺憾である。


 いつも通りの飾り無い会話。

 私は少しづつそこに身を乗り入れようとしていた。

 大丈夫。いつも通り。


 しかし、トウカちゃんの後ろにいた人物を見て動揺してしまった自分もいた。


「……おはようございます」


 伊調カナデだった。彼女はトウカちゃんの後ろで影のように佇みながら文庫本の開いたページに目を向けながら挨拶をした。


「……おはよう、カナデちゃん」


「伊調さん、早いね」


 ハルキと同時に話しかける。心なしか彼は上ずった声を発しているように感じた。


 そうして彼らは私を置いて会話を始める。


 大丈夫。いつも通り。


「あ、あれ、シュウジはまだなの?」


 少し焦り気味に私はトウカちゃんへと向き直って聞いた。


「んー、みたいやな。あいつほんま時間にルーズやわ」

 

 嘆息したトウカちゃんは文句のような呟きを漏らす。


「昔からだし、仕方ないよ」


 へらっと私は笑って返した。


 シュウジって本当にいつも遅れてくるんだよね。約束時間までに来ないから、時間を早めに指定しても結局大幅に遅れて来る始末だ。


「すまーん! 遅れた!」


 噂をすればなんとやら。今日も元部長様は遅れて……。




「え!?」


 カナデちゃんだけが無表情のままだったが、他三人(私を含む)が驚きの声をあげる。


「ん……? どうした?」


 涼しい顔で私たちを見つめるシュウジ。私たちが驚いたのは――。


「シュウジ! 髪の毛抜けたん!?」


「抜けてねえよ! 切ったんだよ!」


 そう。ずっと伸ばしていたヘアスタイルを大きく変え、スポーツ刈りの爽やか好青年になっていたのだ。


 まるで、昔みたいだ。


 私は子供の頃のシュウジを思い出して、にやけた。彼は中学に入るまでずっと、髪の短いスポーツ少年だったのだ。


「なんか、幼くなったね」私は言った。


「そうか? まあ、指定校推薦の面接ももう少しであるしいい機会だと思ってな。バッサリいった」


「シュウジ兄、似合ってます。かっこいいっす」と、これはハルキ。


「おお、ありがとな。なんかこっぱずかしいぞ……さて、ちんたらしていないで行くぞ!」


「ちんたら遅れて来たやつがよう言うわ」


 トウカちゃんが溜め息をつきながら言う。やれやれと言う時のハルキにそっくりだ。


「まあ、全員揃ったことやし、出発といきましょか!」


「おー!」と一名を除いた声がハモり、私たちは駅の中へと切符を買って入った。




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