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鏡色のデスティニー  作者: 真壁真菜
12/30

倶赦

 途中にアパートに寄って式部達も合流し、全員で綾子の家の居間に通されていた。初めての広大な和室、時代劇などでは見た事があるが太一はその広さに目を丸くした。


「ようこそお出で下さいました。綾子の祖母、蘆屋道蓉子です」


「こちらこそ、式部と申します」


 奥から出て来た蓉子と向かい合い、式部はニコやかに微笑んだ。


「神将様、お会いできて光栄です」


 横に座る摩姫羅達にも、蓉子は礼をした。


「摩姫羅、ヨダレ」


 太一は溜息を付く。出された沢山の御馳走に、ハートの目をした摩姫羅がヨダレを流す。


「同じ神将として恥かしいよ」


「アンタだって、ヨダレ出てるよ」


 背筋を伸ばす蒐羅に、摩姫羅が横目で言う。


「ふぅ……」


 呆れた臥召羅が、首を項垂れた。


「ところで、あなた様は?」


 やっと声が掛る、優しそうな蓉子の目が太一に注がれた。


「俺、いえ、僕は伏見太一です。今はその、ばあちゃん、じゃなかった式部さんと一緒に住んでいます」


 シドロモドロになった太一に、少し離れて座る反目が小さく笑った。それを見た蓉子は優しく微笑んだが、太一の胸の勾玉に気付くと更に笑顔になった。


「どうやら反目は、あたたのことを気に入ったみたいですね」


「そーなの、はーちゃん?」


「……」


 振り返る太一に、反目は無言で小さく頷いた。


「綾子の話では、納言様が関係しているとの事ですが」


蓉子は式部に向き直ると凛とした言葉を向ける、同じく凛と式部が返す。


「その様です」


「人のままの怪畏、存在はご存知でしたか?」


「ワラワも初めてのことです、現在に至るまで例はありません」


「やはり、現世の乱れが原因でしょうか」


 蓉子は現世の現状を憂いた。


「人が死に、魂が体を離れ、初めて怪畏が存在を現すはずでした。生きたままだとすれば殆んどの人は怪畏に成り得ます」


「成らない人もいるの?」


 力無く答える式部に、太一が途中で口を挟む。


「煩悩の無い人間なんていないよ」


 猛烈な勢いで御馳走を食べながら、摩姫羅が口に一杯頬張ったまま呟く。


「そうだね、キャリアは全人類って言っても過言じゃないよな」


 自分自身も含め、今更ながら背筋の冷たくなった太一の言葉に、蓉子がゆっくりと呪文みたいに声を被せる。


「怪畏は殺されない限り永遠の命があります。自身の拡張を望まなければ、食べ物の必要もありませんし、病気や怪我とも無縁です」


「それって、いいことなんでしょうか?」


「相対的に見れば、心や体が病んでる人々には良いことになるかもしれません。しかし怪畏になるということは、心を失い絶対の邪悪となり、欲望の獣となることなのです」


 蓉子の言葉に太一は息を飲む、さっき見た人のまま怪畏になった人々の顔が目に浮かんだ。精気の無い、ビー玉みたいな目に改めて身震いした。


「人のまま怪畏になったのなら、倶赦くしゃ並みの力があるということだね」 


「何だそれ?」

 

食べ物を一旦皿に戻し、蒐羅が呟いた。また聞き慣れない言葉に太一が首を捻る。


「怪畏の中で一番下級な首弩しゅど、こいつらは別に妖力は無いんだ。霧や影みたいなもんさ、意思や思考は無いけど本能だけで生きてる」


「俺が初めに見た奴か」


「そうだよ、やがて他の怪畏を食らって媚赦びしゃとなる、まだ実態はないけど妖力を使い出す。そして倶赦だ。実態を持ち言葉を話す、つまり意思や思考が芽生えるんだ、厄介な奴らだよ……そして最後には撫羅腑ぶらふ、稀だが存在する」


「そいつは?」


「そうだね、権化だよ。あらゆる邪悪のね。多分、諾子様は……」


 蒐羅の耳はダラッと下がる、ふと見た式部からは笑顔が消えていた。


「これからどうなるんだろう……」


 先の見えない不安に、太一の声は微かに震えた。


_________________________



「真の目的は何なのでしょうか……」


 前に太一が言った言葉が、蓉子の口からも零れる。


「だからぁ、そんなもん良くない事に決まってるよ」


「例えば?」


 面倒そうに頭の後ろで腕組みする摩姫羅に、真剣な顔の太一が聞いた。


「だからその、まぁ、世の中全部を怪畏にするとか」


 少しドギマギして摩姫羅が呟き、すぐに太一が突っ込む。


「そんなことして、何になるんだ?」


「つまり、人の根絶……」


 蓉子は初めて悲しい目をした。


「清少納言ってさ、枕の草紙の人だろ。春はあけぼの、ようようちりゆくってやつ。会ったこと無いけど、なんかそんなに悪い人には思えないなぁ」


 太一は、先入観を正直に言った。


「あい、諾子殿はお優しく、明るいお人でした……ワラワは諾子殿の才気に羨望を抱き、嫉妬していました、式部日記にも中傷を……」


 俯き呟く式部は、肩を震わせた。


「無名草紙や古事談には、諾子様の誹謗中傷が描かれてますが」


「それは事実無根です、全部……ワラワの責任なのです」


 綾子が少し悲しそうな顔で呟く様に言うと、即座に否定した式部はまた深く俯いた。


「それだけさ、ばあちゃんも才能があったんだから。源氏物語って、よくは知らないけど世界最古の長編小説とか聞いたことあるし……どんな内容?」


 式部を励まそうと必死の太一は、最後を小声で綾子に聞いた。


「簡単に言うと、王朝物語です」


「そう、それ! だから、若気の至りって言うか、誰にだってあるさ」


 小声で教えた綾子の言葉をそのまま使い、太一は必死で式部を宥める。


「なんか、アンポンタンに励まされると余計に落ち込む気がするけど」


「何だと! 幼児退行するお前に、チャイルドバッドみたいに言われる筋合いは無いぞ!」


 呆れ顔の摩姫羅に、太一が喰って掛る。


「香子様。千年以上も前の事、とっくに時効です」


 穏やかな笑顔の蓉子に、綾子も笑顔で続く。


「そうです、女の嫉妬は若さと輝きの証です」


「蓉子殿、綾子殿……」


「俺は?」


 顔を上げた式部に、太一が微笑む。


「ありがとうございます、太一殿」


 式部は涙を拭い、笑顔を向けた。


「私、がんばります。摩姫羅さん達と力を合わせたら、なんとかなると思うんです」


 改めて気付く、綾子の澄んだ可愛い声。向かいに座ってるだけなのに、その甘い香りが漂っているみたいにも感じた。そしてステゴサウルスみたいに遅れて赤面する、さっきドサクサで綾子の手を握ったのだと。


 柔らかくて小さな手、車に乗せる時に抱き寄せた細い肩、太一はケトルみたいな湯気を出した。


「何だ、太一、知恵熱でも出たのかぁ」


 片膝を立て、横目で睨んだ摩姫羅が憎々しく言ったが、上の空の太一は綾子から視線を外さない。


「何だよぉ、助けたのはアタシなんだからな!」


 その間に割り込む摩姫羅に、気を取り直したニコやかな式部が割って入る。


「これこれ、摩姫羅、およしなさい。今はお食事をいただきましょう」


「ふぁ~い」


 渋々と摩姫羅が席に戻る、太一に見詰められ綾子もモジモジと赤面した。その様子は蓉子にとって、つかの間の安堵に深く繋がった。


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