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死神の一生  作者: 殿
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第一章(Ⅵ)

 朝夕の冷え込みも日に日に落ち着き、庭の草花や黄色いチャムの花畑は、この暖かさを待ち望んでいたと言わんばかりに一層活気付いていった。昨夜降った雨の雫をまだ花弁に残していて、太陽を弾いてはきらきらと七色に光っている。どこからか飛んできた小さな蝶が、その周りで優雅に遊んでいた。

「季節によって咲く花も違うから、あと二月もすれば、ここの様子もずいぶん変わるのよ」

 じっと草花に見入っているクロードを横目に見ながら、ソフィアは離れて立つ木の間にぴんと張られた太い紐の上へ、次々と洗濯物をかけた。花の香りを乗せた風がわずかに布を揺らしている。

「夏になると、みんな枯れるのですか?」

 セドリックからもらった麦わら帽子の下から尋ねつつ、クロードは右手で洗濯籠から服を一つ取り出しては、ソフィアに手渡していった。片手でも何か役に立ちたいと、自ら手伝いを申し出たのだ。

「夏でも残るものもあるけれど、そうね、ほとんどは枯れて、夏の花と交代するわ。私はこうして花が移り変わっていくのを見るのが好きで、特に春の花は毎年楽しみにしているの」

 クロードは視線をふっとソフィアへ移した。

「毎年、春には同じ花が咲くのですか?」

「ええ、そうよ」

「どうやって、毎年同じ花が咲くのですか?枯れてしまっているのに…」

 再び庭を見渡し、じっと考え込むクロードの横顔に、ソフィアは柔らかく目を細めた。

 最後の一枚を干し終えると、ソフィアはクロードを手招き、草花の近くへ誘うと、その場に屈み込んだ。クロードが隣にやって来たことを確認すると、ソフィアは目の前にある花を指で示した。

「これはアダリといって、春にしか咲かない花よ。面白い形でしょう?」

 見ると、確かに他の花とは違う咲き方をしている。自分の膝辺りまで若々しい茎が真っ直ぐに伸びていて、その上半分には、丸みを帯びた小振りな白い花が、鈴なりに咲いていた。花というより、木を小さくしたような姿だ。

「花が枯れると、そこに赤くてつやつやした小さな実が生るの。その重みで、お辞儀をするように花の先からゆっくり曲がっていって、地面に届く頃には、その実が土の上に落ちていく。そうして次の春には、その実の種が芽を出して、また咲いてくれるのよ」

 クロードは頭の中で、その光景を思い描いた。花が枯れ、実が生り、地面に落ちて種が芽を出すと、空を目指して真っ直ぐに伸びてゆき、そしてまた花が咲く。

 単純だが揺らぎのない、命の巡り。

 その神秘は妙にクロードの心を揺さぶり、その胸の奥深くに根を張った。

「実を落とす以外にも、色々な方法があってね…」

 そう言いかけた時、戸口の方から人を呼ぶ声があり、ソフィアは顔を上げた。

「クロード、裏口から家の中に入っていてちょうだい」

  優しくクロードの背を押し、彼の姿が消えたのを見届けてから、ソフィアは戸口に向かった。


***


  家の前に佇んでいたのは、一人の青年だった。彼はソフィアの姿を認めると、くたびれた帽子をちょっと持ち上げて見せた。

「セドリック・アイルズって人の家で、間違いないかい?」

「ええ。夫なら二階に居るけれど、呼んで来ましょうか?」

「いや、これだけ渡してもらえればいいんだ。旦那さんに手紙だよ」

 手紙と聞いて、すぐにクロードのことについて返事があったのだと直感した。妙な緊張感が鼓動を速めた。ソフィアは丁寧に礼を言って手紙を受け取り、夫の元へ急いだ。


***


親愛なるセドリック


  正直、もうお前から連絡が来ることはないと思っていたよ。ひとまず元気にしているなら何よりだ。

 久方ぶりに手紙を寄越したと思ったら、友の身を案じるより先に、拾った子供の親探しを頼んできて、少々がっかりしたがな。


  冗談はここまでにしよう。

  お前が持ちかけた相談だが、単刀直入に言うと、私はあまり力にはなれない。

  実は今、王都で同じような事件が何件も起きているんだ。冬の月の始めから、家族や知り合いが行方知れずになったという報告が出始めて、春の月に入ってからはますます増え続けている。

しかも消えた人間のほとんどが子供だ。

  騎士団に届け出があるものだけでもかなりの数があるし、もし貧民区の人間だったら、そもそも届け出すら出されていない可能性もある。

  その子について分かることが年の頃と性別だけでは、こちらには手の出しようがないし、その上記憶を失くしているとなると、直接その子を王都に連れて来て、届け出をした家を一軒一軒回るぐらいしか手はないだろうな。

  …これは私の勘だが、お前がその子の外見をあえて言わないあたり、何か人目に触れさせられない事情があるんじゃないか?

  まあ、その辺りを深く追及するつもりはないが、そういう問題が解決したとして、もしお前にその気があれば、私は出来る限り協力しよう。

  何か分かったら私からも手紙を書くが、あまり期待はしないでくれ。私もそれなりに忙しい身だからな。

  その子の親御が一日も早く見つかることを祈っている。


  ウィリアム・ゲイル


***


「クロードのご両親は、見つかりそう?」

  そっと尋ねる妻に、セドリックは「いいや」と答えて手紙を手渡した。

「だいぶかかりそうだ」

  ソフィアは手紙に目を通し、すっと顔を曇らせた。

「王都でも同じようなことが…」

  セドリックも重々しく頷いた。

「ああ。…クロードも、もしかしたら王都のどこかで攫われた子供の一人かもしれないな。あの子が王都の子供が着る型の服を着ていたのも説明がつく」

  ソフィアは手紙から顔を上げた。

「ウィリアムさんの言う通り、クロードを王都に連れて行くの?」

「いいや」

  セドリックはきっぱりと答えた。

「王都に連れ出して、クロードを人目に晒したらどうなる?災いの子だとか悪魔の子だとか難癖をつけられて、あの子が傷つけられるだけだ。それに、賭けてもいいが、黒い髪と黒い目の子供が目の前に現れたとして、自分の子だと言える人間は居ないと思うぞ」

  セドリックは「まだしばらくは様子を見よう」と、きっぱりとした口調で締めくくった。

  ソフィアは迷うような瞳で夫を見つめていたが、うなだれるようにして「…そうね」と短く答えた。

「クロードには伝える?」

「手紙を書いたことは知っているし、伝えた方が安心するだろう。近いうちに、俺から言おう」


***


  夜明け前、まだ国中の人間がまどろみに身を任せていた時。王国騎士団の兵舎の一室だけは薄暗い明かりが灯り、大きな円卓を囲んだ屈強な男達が、神妙な面持ちで額を突き合わせていた。

「テレンス師、ミゲルは…あとどれくらい保つんだ?」

  一人が発すると、全員の視線が一斉にテレンスと呼ばれた男に集まった。テレンスは騎士団兵舎に常駐する医術師であり、長年勤めてきた腕を買われ、主に隊長以上の階級の者を診ている。彼は円卓の上で組んだ指にじっと目を落としていたが、おもむろに口を開いた。

「…二年、長ければ三年は、剣を振るうことは可能でしょう。しかし動けばそれだけ、ミゲル殿の生命を縮めることに繋がります。彼の身体を蝕む毒は、もう止めようがありません」

  誰かが、深い諦めのため息を吐いた。それを引き金に、部屋中に何とも言えない重苦しい空気が垂れ込めていく。

「ミゲルのことだ、安静にしろと言われてすんなり従う訳がない。…あいつが抜けた後の準備は、早めに進めておいた方がいいだろうな」

  その言葉に、皆重々しく頷いた。

「代わりの部隊長はどうする?」

「規定通り、部隊内で決闘し、勝ち残った者を隊長に据えることになるだろうが…。あの部隊は新入りが多い。やったところでどんぐりの背比べだな」

「なんなら、俺の部隊から一人回しても---」

  その時、円卓が苛立たしげにどんと叩かれた。

「何を呑気な話をしている。問題は、〝王の剣〟の継承者だ。違うか?」

  その一言に、その場が水を打ったようにしんと静まり返った。

  常に王の側近く侍り、王の忠実な手足として、時にはその命をも投げ打って王を護る。それが〝王の剣〟の役目であった。剣術の腕前はもちろんのこと、王を支えるための豊富な経験と知性が要求されており、その責務の重さゆえ、代々、騎士団の部隊長を務めた者に継承される習わしだ。

「我々部隊長が〝王の剣〟を継承するのも、そう遠い話ではない。それまでにミゲルの穴を埋められる奴が育つと思うか?」

  誰も声を上げないが、全員の額に深く刻まれた皺が全てを物語っている。

「第五部隊に見込みのありそうな奴が居ないなら、それぞれの部隊から選りすぐりの者を集めて、決闘でもなんでもさせればいい。そして残った奴を何とか鍛え上げて----」

  その時、すっと手が上がり、

「お待ち願いたい」

  今まで聞くに徹していた一人の男が、流れを制した。

「なんだ、ゲイル上官」

  ウィリアム・ゲイルはすっと背筋を正し、不機嫌さを露わにする男の視線を正面から受け止めた。視力を失った左目は白く濁っているが、鳶色の右目は鷹のごとく鋭く光っている。

「仮に見込みある騎士を見つけたとして、その者がわずか三年で、王の近衛たる〝王の剣〟に相応しい騎士となり得る保証はありません。それよりも、既に実力の知れた者を引き入れる方が、無駄な時と労力を費やさずに済むのではありませんか」

  ウィリアムの言葉に、男は明らかに嫌味を込めて言い放った。

「なんだ、自分が〝王の剣〟の一人に相応しいとでも言いたいのか?」

  その瞬間、さっと場の空気が凍りついた。

「…口を慎め、マサルク。そうやって短気なのがお前の悪い癖だ」

  隣の男にたしなめられ、マサルクは盛大に鼻を鳴らし、腕を組んでむっつりと黙り込んだ。マサルクは剣術の腕だけを武器にのし上がって来たような男で、短気な彼が他人とぶつかるのは日常茶飯事だった。気遣わしげにウィリアムを見る者もいたが、本人は何を言うでもなく平然としている。

「ゲイル上官。そういう提案をするからには、誰か思い当たる人間がいるんだな?」

  別の男の問いかけに、ウィリアムははっきりと頷いた。

「かつては騎士として王家に仕え、共に切磋琢磨した私の友、セドリック・アイルズです」


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