周元主席のその後
―CEST(中央ヨーロッパ夏標準時):AM04:30 オランダ王国
南ホラント州デン・ハーグ 国際刑事裁判所建屋内―
「……そろそろだな」
私は室内に設けられた時計を見つつそうつぶやいた。
降伏調印式後、私はそのまま刑事裁判調査団のもとに身柄を引き渡され、そのままここ、オランダのハーグへと向かった。
そのままいくつかの事情聴取ののち、ここで裁判開始のために待機となっていたが、今日がその裁判の日である。
これまでの過程として、日本や韓国、フィリピンをはじめとする“国際刑事裁判所ローマ規程”締結国によって管轄権の行使を宣言。国際連合総会決議3314を基盤とする“侵略犯罪”に該当すると判断された結果、それを念頭に入れての裁判となり、私をはじめとして何人かの共産党幹部や軍司令要員が裁判にかけられることとなった。
国連側も今回の戦争を我が国による明確な侵略戦争と断定づけ、我が国に対して様々な制裁を行うこととなった。
また、これに関連して我が国のほうでも政治体制の改革が行われ、経済的な制裁はするにしても現在の中国情勢を考慮してか、一応は政治体制指導等は行ってくれるようである。
これも、中国の経済をアメリカに依存させるためなのだろうが……。はてさて、どこまでうまくいくことやらな。
……とにかく、そんな背景もあり今は裁判の開廷待ちだ。
会場は特別に多くのマスコミを入れているようだ。そのマスコミの数はいざ知らず、当然多国籍にわたっているようで、それだけ彼らにとっても注目度のあるネタなのだろう。
「(……もうすぐ呼ばれるはずなのだが……)」
しかし、中々こない。こんな朝早くからやるというのもなんでまたという感じなのだが、向こう曰く「実際に戦場になったアジア各国の時間に合わせてる」ということらしい。
何でも、今回の裁判がアジア各国の関心を呼ぶことを見越して、どうせならと向こうに合わせてより注目度を上げれるようにしたとか。
こうやってマスコミを大量に配置させたのもそれによるものがあるのだという。
……そのおかげでこんな朝っぱらから起こされるのだが、まあこの身なので文句は言わん。
私にあてがわれた白基調の小さな個室で、置かれていたソファに座りつつ、私はTVを見続ける。
オランダ語でニュース報道が流れており、何を言っているのかはわからないが、映像が今現在の外から見た国際刑事裁判所を映しているので、たぶん今回の裁判関係だろう。というか、今の時期それ以外でトップニュースに流すのはあまり考えられない。
「(……もう私も、これで見納めだな)」
アメリカの要求をけったんだ。アメリカとてこれに腹を立てより大きな罪を立てるだろう。
もちろん、間違ってないから文句も言えるわけもなく。半ば死刑あたりが確定したも同然だと思う。
……いずれにしろ、もう少しで私の運命もどうなるかが決せられるのだ。
それを、真髄に受け止めようと思う。
「(……どれ、ではもう少し待つとして……)」
……と、そんなことを思っている時だった。
「……ん?」
ふと、個室のドアがノックされた。
2回コンコンとなったドアは、何も言わずにこちらの返事を待っていた。
……もしや、やっと私が呼ばれたか? 少し遅かった気もするが。
どれ、私からさっさと出てやろう。
すぐにドアの前に出て、そのままドアを押して外を見るが……、
「……ッ!」
そこにいたのは、私を呼びに来た検察官などではなく……、
「……久しぶりね。調子はどう?」
「お久しぶりであります主席……、お元気で何よりです」
一人は女性。
この姿……、数か月以来だろうか。例の日本人スパイだった。
今はどうやら中国人SPではなく、黒いスーツに身を纏っている。
何に擬装したのだろうか? よくはわからなかったが……、
「き、君は!?」
私はもう一人に目が向いた。
車いすに乗り、彼女に押されてやってきた彼は……、
「り、李国務院総理!?」
共産党脱出時、私のおとりとなって追撃を引き付けていた彼、李国務院総理の姿だった。
右腕は骨折したときのように腕を体の前に追って包帯で巻かれ、移動のために彼女に押してきてもらったようだった。
久しぶりの仕事仲間との再会に思わず笑顔になったと同時に、彼の無事に一安心した。
あの状況だ。てっきりもう撃たれ死んでしまったものと勝手に思っていたが……。
「お久しぶりです。少しほっそりしました?」
「はは。そういえば、最近あまり口に入れてなかったからな。……ここでもなんだ。入ってくれ」
そう言って私は二人を中に入れた。
私はソファに座り、テーブルを挟んで彼と彼女の二人と対面しつつ、事情を聴きだした。
その話によれば、李国務院総理はあの後何とか追っての二人を追っ払うことに成功し、そのまま近くの池に飛び込んで身を隠した後共産党敷地内を脱出したらしいのだが、その時すでに傷が深く、脱出直後にそのまま気を失ったらしい。
そして、気が付けばベットの上であり、そこには米軍の兵士がいたようだ。どうやらその時から2日立ち、あの後に一般市民に“一応”助けられたらしい。
……あくまで、一応である。国民に対する彼の感情というのはまた結構厳しいものもあったであろう。
その後アメリカに引き渡され、彼が目覚めたのはその直後であったらしく、適切な治療を施し何とか一命は取り留めたようだった。
では、なんでそんな彼がここにいるのかといえば、別段ほかに大きな理由はなく、ただ私に一目会いたいと願い出た結果、案外アメリカも快く許可してくれたというだけだったらしい。
まあ、一応今回この裁判に出るメンバーのリストには目を通したときは彼の名前はなかったし……。まあ、当然だろう。
そして、そのまま米軍の同行のもとここに赴いた後、彼女と偶然鉢合わせ、米軍から引き継いで自分の個室に行く前に一目私に会いにここに参った次第ということだった。
……で、そうなると一応彼がここに来たのはまだ理解できるのだが……、
「……なんだって君までいるのだね?」
私はそのまま車いすに乗っている彼から、その右後ろに立っている彼女に視線を向けた。
そうなると彼女の意図が分からない。わざわざここに来る必要が……、
「……?」
と、すると彼女は首から吊り下げていたネームプレートを右手で持って私のほうに掲げる。
私はそれをよく見たが……、
「……なに? 裁判所役員だと?」
そこのネームプレートにはその身分の者を示す内容が書かれており、名前は“HANEZAWA MIKA”と書かれている。
「……なんだ、転職でもしたのか?」
しかし、彼女は首を横に振って言った。
「いえ、これはただのカモフラージュよ。……ちょっと他ようでね」
「ほう、何の任務だね?」
「あんたを監視するっていうね」
「ほう……? ん? それ、私に伝えてもよかったのかね?」
「別に。あくまで守れればそれでよし。別にばれてもばれなくても、何か変なことしでかさない限りはそれ以外の行動に関しては特に何も言われてないわ」
「そうか……」
となると、このスーツとかもすべてこのための支給品か。
確かに、よく見ればここの職員とよく似たスーツだからな……。ここの警備をかいくぐってきたということか。
……さらに、
「……ついでに、これは個人的にだけど二つほど報告ね」
「ほう、なんだね」
「まず、今回の戦争の件で安保理理事国の権利を剥奪された中国の代わりがやっと決まったわ」
「そうか……」
そう。今回の戦争を起こした関係で、安保理決議で我が国が安保理理事国の権利を剥奪されていたのだが、その結果一つ空きができたのでそこを穴埋めするために今まで再三にわたって会議を繰り返していた。
やっと結果が出たか……、で、
「……一応予測はできるが、それはどこだ?」
「まあ、案の定よ。……やっぱり、事前のマスコミとかの予測通り、私たちの“日本”が代わりに出ることになったわ」
「だろうな……」
まあ、案の定というか、妥当といったところだった。
日本は国連の運営資金提供に積極的であり、その総額は全体でアメリカに次いで第2位であった。
そのため、日本としては「自分たちもぜひ安保理理事国に入れてくれ」という要求を何度かしてきたのだが、今までそれはかなわなかった。
しかし、今回それが思わぬ形で実ったこととなった。日本としてはとんでもない吉報であろう。
しかも、これはまだ公式発表前の情報ということで、当の日本政府はまだ知らないらしい。この後、自分たちの組織を通じて、公式発表に先んじてその報告をするということだった。
……麻生首相の、あの強面の顔が思いっきり満面の笑顔になる様子が目に浮かぶ。まあ、この時くらいは素直に喜ばせてやろう。彼らとしても望外の喜びのはずだ。
この報告をしている彼女でさえ内心嬉しそうなのだ。彼がうれしくないわけがない。
……そしてもう一つ、
「……あの後の政治改革、あれは順調に進んでるわ。一応、彼もそれに立候補する予定だったのよ?」
「なに? そうなのか?」
車いすに乗ったまま相変わらず私のほうを見続けている彼は、静かにうなずいた。
「でも、この体だし、それに無理してここに来たいって言ってたからね……」
「そ、そこまで……」
私は素直にうれしかった。彼も、私のことをここまで思ってくれていたとは。
……やはり、伊達に今まで共産党でトップレベルの地位に立っていなかったということか。
「彼は一応明後日の立候補者演説に参加することになるわ。だから、この後すぐに帰って準備しないといけないわけ」
「そうか……。すまんな、わざわざ来てもらって」
「いえいえ。お構いなく」
彼はかすかに笑いつつそう言った。
選挙演説自体は今日から始まっているらしく、ちょうど私の選挙とかぶってしまうが、半ば偶然ではあったのだが、それでもこのままにしたのはあえてだということだった。
これに関連づけて演説を聞くことにもなり、より関心が向くのではということだったが、どっちつかずでなんか中途半端になりそうなそうでないような感覚を覚える。
……まあ、いずれにしろこれは最初からこの日だと決めていたらしく、偶然日が重なっただけらしいのだが、それでもまあ少しは可能性としてはあるのでこのままにしたらしい。
……つまり、数日に分けてやるということか?
ということは……、
「……相当な人数集まったのか?」
その問いに、彼女は軽くうなずいた。
「ええ。この日までに、立候補した人はもう大量で、丸々数日位使ったほうがいいんじゃ?って状態よ。アメリカでさえ、まさかここまで集まるとは思ってもみなかったみたいで、今頃必死に対応に追われているわ」
「そうか……」
どうやら、私の思い通りとなったようだ。
私の思いが届いたか。何とか、我が国の国民がその意思と共に立ち上がったみたいだった。
でないとそこまで大量には出てこないだろう。しかも、この後聞いた話では、国民の関心を集めるために、演説会場はあえて一つに絞って行われたようだったが、そこの会場となる天安門広場はとんでもない国民の数だということだった。
部屋に設けられたTVでその様子を見てみたとき、思わず唖然としたほどだった。
あたり一面に人が大量に“敷き詰められ”、そこの中心である天安門国旗台前の臨時に設置された壇上では、どうやらある一人の立候補者が力強い演説を披露していた。
一応中国語の上から字幕をかぶせる形での報道となっているらしく、電波通信の関係上いくらかの時差はあるにしろ、その様子はほぼリアルタイムで克明に中継されていた。
……ここに出ている彼は、どうやら今までは政治将校として海軍艦船に乗っていたが、戦争中の核を使った非人道的な行為にしびれを切らし、それを反乱してでも阻止するために動いたものとして有名となっているようで、私はあの共産党脱出以降よく状況の把握ができないでいたが、彼女曰く彼は結構有名な人らしい。
元政治将校という不利な立場であるにもかかわらず、このアメリカの厳正な審査をパスし、今までの中国政府の政治方針を痛烈に批判、自分たちの立場を逆に利用してよりよい国家にするための政策等を大々的に掲げていた。
……その声は、何かを決心したかのごとくとてつもなく勇ましく、力強い。まさしく、私は出てきてもらいたいといっていたのは彼のような者のことだった。
元政治将校か……。私は全員が全員を覚えているわけではないのだが、彼はどこかであっただろうか……。残念ながら記憶にはない。
しかし、どこからともなく感じるその力強く自信のある雰囲気は、とても国民を勇気づけているようだった。
中々演説がうまい。元とはいえ、一応は政治将校として携わった者だからだろうか。
国民も静かに彼の迫真の演説を聞いていた……。そう言っている私やほかの二人も、思わず目を引かれた。
「……彼、結構現実的な政策掲げてますね。これは有力なのでは?」
李国務院総理……、あ、いや、もうその職は降りたのだから、あくまで元だろうか。彼の言うことに、私はうなずいて返した。
「うむ……。彼は、結構政治関連について熟知しているようだ。彼なら任せれるだろう」
今までああやってはいえも、一応は曲がりなりにも元政治家である。
どのようなやつが政治に向いているかなんて、いくらでも予測はつくのだ。
……その私の直感は言っている。彼は当選すると。
彼のような立候補者が、あとどれくらいいるだろうか……。ぜひとも大量にいてもらいたいものだが。
すると、彼女がまとめるように一瞬少し強めの短いため息をつきつつ言った。
「とにかく、そういうことで、向こうでも順調に改革は進んでるわ。……あんたは、安心して裁判に臨みなさい」
「はは……。裁判に安心なんて概念があるのかね?」
「さあね。どうでしょう? そこから先なんて私の専門外よ」
ならなぜそんなことを言ったのか……。と、ツッコんでもあまり意味ないか。
すると、彼女は腕時計をふと見て思い出したように言った。
「あー……、そういえば時間ではもう呼びに来てるわよね? まだ来ないの?」
そういえば、と私も思い出した。
二人との会話ですっかり忘れていたが、まだお呼び出しはないな……。
……向こうでも準備に手間取っているのだろうか。まあ、そんなこともあるのだろうか。
「まあ、一応はそうみたいだな……」
「ふ~ん、そう……」
「しかし、いよいよですね……。裁判」
そう言った彼の顔はどことなく寂しげな感じであった。
少々うつむいている。私との別れを惜しんでいるのだろうか。
……私は鼻で一つため息をつくと、彼に静かに言った。
「……なに、そう落ち込むな。裁判の結果はしっかり受け止める。君は、今後の中国を頼んでくれ」
「し、しかし……」
「仮にも元私の腹心だ。それくらいで弱気になっては困る。……向こうでも、あまり私をがっかりさせないてくれよ」
そう、私が釘を指す。
右肩を軽くたたいて少し微笑むと、彼も微笑んで返した。
そして、その顔はどことなく強い意志を持った顔にもなっていた。
「……はい。わかりました。必ず、主席閣下のご期待に」
「主席はもうやめてくれ……。その職はもう降りたのだ。周でいい」
「はは、では……、周さん。この後は、ここから私のことを」
「うむ……。下手すれば天から見守ることになるだろうがな」
「それでも……」
「ああ、わかってる……。必ず当選してくれ。君ならできる」
私は両手で彼の肩をたたいて意思を引き継いだ。
彼もその意思をしかと受け取ってくれたようだ。その顔は、きりっとしており何かを決意したような顔をしていた。
……そして、その目線は一直線に私を見ているとともに、何かほかのも見ているようであった。
何かはわからないが……、たぶん、彼なりの考えによるものだろう。
私がそれを見て一安心していると……、
「……?」
ふと、不意にドアがまたノックされた。
すぐに扉があき、そこから私を呼ぶ声が聞こえる。男性の声だった。
……ふむ、どうやら、やっとお呼び出しのようだな。
「やっと来たか……。待ちくたびれたぞ」
私はよいしょと小さくつぶやきつつソファから立ち上がると、ドアのほうに向かった。
TVの彼女が消してくれ、そのまま三人で部屋から出る。
ドアが閉められ、呼び出しの検察官と共に行く直前、私は別れ際に二人に言った。
「……それで、君はどうするんだ。この後は」
彼女はすぐに答えてくれた。
「まあ……、いつもの仕事に戻るわよ。中国でもまだ残ってるしね」
そう首を横に傾げて微笑みつつ言った。
諜報活動を漂わせる発言は間違ってもしない。目の前には事情を知らない検察官もいるからな。
……ふむ、彼女もまだまだ現役で行く気か。しかし、この後私が彼女のことをバラす可能性もあるのにそれでも言ってくれるとは……。
……彼女なりに、私を信用してくれているということか。まあ、私とてどうせそんなことを言ったって妄言云々で信じてくれないだろうし、別にいう気はないがな。
「そうか……。まあ、なんだ。一応は頑張るんだな。簡単に行けばの話だが」
「はは……。中々言ってくれるわね。いいわよ、やったげる」
その顔は自信に満ちている……。彼女なりの意気込みか。勝ち気な性格でもしてるんだろうかね。
私はそれに微笑んで返すと、二人が最後に言った。
「それじゃあ……、私たちはこれで失礼するわ」
「自分も……。裁判の結果、注目してます」
その二人の視線は、なんとなく別れを惜しんでいる用も見えたが、私はそれには応じずそのままの微笑みの顔を作った。
無駄にこっちもそれにこたえては向こうに心配をかける……。私なりの配慮である。
「ああ……。君たちも、それぞれの国のために頑張るんだな。頼むぞ」
「ええ、頑張らせてもらうわ」
「はい。お任せを」
そのまま、二人は私を見送るつもりらしくそのままとどまっていたが、そろそろ私も時間だ。検察官に諭され、そろそろ裁判の会場に出廷する。
私は、そのまま二人から視線をそらして反対側を向き、検察官についていく直前に、一言最後に言い残した。
「時間だ……。では、私はこれで失礼する。あとは……」
「……君たちに、任せたぞ……」
私はそう一言残すと、そのまま検察官についていく裁判に出廷した。
後ろから何やらすすり泣く声が聞こえたが、私はそれにはわざと反応しなかった。
前を向くその視線が、私はなぜか怖くなかった。
なんでかわからない。しかし、どうにも清々しいというか、それほど恐怖を感じなかった。
自覚はせずとも、覚悟は決めているのだろうか……。それはわからない。
だが、私はこの後の結果はすべて受け入れよう。
それが、私の今やるべきことだと思った。
外では朝日が出始めてきていたオランダの朝。
私は、運命の裁判に覚悟と共に足を踏み入れていった…………




