佐世保にて……
―JST:PM13:20 日本国長崎県佐世保 佐世保海軍基地国防軍病院2F―
「……ん……?」
私は何か柔らかいものに横たわる感覚を覚えながら意識を覚醒させた。
目を若干ながら開けてみると、そこでやけて見えるのは白い天井。そしてLEDライトのまぶしい光だった。
まだ意識がはっきりしない中、私は動くものを使って周りを確認した。
まず、腕に何か繋がれてる感覚があった。右腕あたりに何か刺さってるけど、点滴とかでよくあるあれと一緒だった。
手を動かすと、何やらシーツのようなものがあるのが確認できた。感触からもわかる。
手のひらの甲のほうにも何かある。これも柔らかいけど……、布団?
感触からもこれは……。ベットとかで使うカバーシーツをかけたかけ毛布か何か?
さらに私は身の回りの状況を確認する。
何とか目をゆっくり見開き横に寝ながらできる範囲であたりを見渡すと、明らかに病院とかでありそうな白い天井に白い壁があった。
右にはバイタルサインを示している生体情報モニターがあり、そこでは私のものらしい脈拍や心拍数などの情報が表示され、さっきからうるさく、ピ、ピ、ピ、ピ、と電子音を少し穏やかなテンポで、かつほぼ等間隔で鳴らしていた。
さらにその横にはプラスチック製の500mg点滴静注バッグが点滴スタンドにつるされており、そこからチューブが伸びて私の右腕のある布団の中のほうに延びていた。
途中にある点滴筒には1/3くらい透明の液体がたまっており、その上からぽたぽたと一滴ずつ等間隔で落ちているのが見えた。
……なにこの液体。
……と、これらの状況をかんがみると……、ここってまさか……、
「……病院……?」
これらに該当するのと言ったらこれくらいだった。
え……? じゃああの後見事に生き延びちゃったわけ? マジで?
そんな疑問を抱きつつもあたりを再度見渡した時だった。
「……よう」
「?」
大体左側奥のほうから何やら聞き覚えのある声が聞こえた。
頭だけほんの少しおろして、目線を大体足のほうの少し左に向ける。
そこはどうやら出口らしく、横開きの扉が一枚あったが、そこはあけられ……、
「……眼ぇ覚ましたか、眠り姫?」
一人の男性がいた。
海軍の来ている半袖白基調の幹部第3種夏服。右手にはコンビニでよく見る程度の小さな紙袋。左手はポケットに突っ込んでいる。
両肩には階級章。黒基調の生地に太い1本の縦線に桜。あれは少尉のものだった。
……そして、あのいつも見るやさしく、かつ頼りがいのある顔は……、
「……ひ、」
「……大樹兄さん?」
彼はほそく微笑んだ。
それは安堵したようにも見えたし、やれやれと言わんばかりの呆れの表情を出したようにも見えた。
そして、その一瞬をおいて大樹兄さんは言った。
「……久しぶりだな。いつ以来だ?」
やっぱり……。まあ、間違えようがないけど。
「久しぶり。……大体半年くらいは経ったんじゃない?」
「半年ってとお前らが表敬訪問に来たときか……。ずいぶんと経ったもんだな」
大樹兄さんはそう言いつつ部屋の扉を閉め、私のベットの左側にあるイスに座った。
紙袋を隣にあった、というか私の頭のすぐ左側にあったテーブルに置きつつ、
「とりあえず、そのままでいるか? それとも起きるか?」
「あー……。寝っぱなしもあれだから起きるわ」
「そうか。手かすか?」
「あー、ごめん。ちょっと背中抑えて」
「あいよ」
背中のほうを両手で押さえてもらうという補助付きで何とか上半身だけ起き上がった。
……今気づいたけど、いつの間にか服装も変わってる。若干紫がかった白色の寝間着だった。たぶん、これ看護士さんあたりがやってくれたんだろうね。
……寝ていたといえば気になることがあるけど、まずは、
「……それで、ここどこ?」
病院なのはわかってるけど。
「ああ、佐世保だよ。佐世保」
「佐世保?」
「そ。佐世保の海軍病院。一応戦争で起きた負傷者とかを搬送してる病院の一つとして使ってるんだが、お前はその中で佐世保に当たっただけ」
「ふ~ん」
佐世保か……。あの後艦で搬送でもされたかな?
いや、時間もなかっただろうしたぶんオスプレイ輸送? どうなのかはわからないけど。
……しかし、海軍病院なのに陸軍兵士受け入れてくれるのね。まあ、ある程度は許容してくれるのかな。
「で、今はいつで?」
で、一番気になってたことを聞く。
感覚的にだいぶ長く寝てた気がする。1、2日は経ったかな?
……と、そんな軽く思ってた私が甘かったみたいね。
「それがよ……、ジャスト一週間だ」
「……は?」
「だから、一週間。見事に一週間も寝てやがったんだよお前は」
「……ええ!?」
一週間とかっていうとんでもない長期間睡眠です。
……なんてこった。あの後からずっと一週間も寝っぱなし? いくらなんでも寝すぎでしょ私。
「まったく……。やっと陸に帰ってこれたと思ったら負傷者リストにお前あったら何事かと思って心配してきてみたら、お前らしくはあるけどとんでもない無茶をしやがって……」
「はは……。ごめんね、心配かけて」
あれは正直突発的過ぎた。しかし反省はしようにもできないという。
すると大樹兄さんは右手をひらひらさせていった。
「いやいや、別にかまわねえよ。無事だったしまあスルーでいいよ一応は。……むしろ感謝されたぐらいだ」
「へ?」
感謝って……、誰に?
「実は……、ここに来る前、あんたの隊長さんに会ってな」
「え!?」
た、隊長ここ来てたの!?
全然わからなかった……。いや、そりゃ寝てたから知るわけないだろうけど。
「それもついさっきの話でな。最初俺が先にここにきて、しばらくした後少し部屋をあとにしてまた戻ったらちょうどこの部屋から出てきてよ。……事情はその隊長さんから全部聞いたよ」
「へ~……」
そのあと、大樹兄さんからそのあとの状況を詳しく聞かされた。
どうやら、あの時私が隊長をかばった後軽くパニックになりながらもすぐに救護班に治療を託したんだけど、幸い銃弾は貫通してて貫通射創状態だったみたいだけど、出血多量で意識不明の重体という事態。
しかし、戦闘防弾チョッキ自体は一応着ていたのにまさか貫通してくるとは思わなかった。下手すればそれのせいで弾速落ちて余計体内に残る可能性もあったってのに。
……いったいどんな銃弾を使ったのやら。
それで、このままじゃさすがにマズイってことで、いったん止血処置をして時間を稼いだ後台湾軍が扱ってる後方の病院に連れて行こうとしたら、向こうも向こうで負傷者手当ての真っ最中でとてもじゃないけどこれ以上は受け入れられないということらしかった。
どこもかしこもけが人ばっかってことね。まあ、核をよけるためとはいえあんな無茶な作戦しちゃったんだしそりゃ大量に出るか。
そんで、仕方ないから負傷者の本国搬送という名目で、ほかの負傷者とともに沖縄のいくつかの基地経由でここ佐世保まで連れてきた。
本当は沖縄にも国防軍病院あるからそこで治療を受けれればいいんだけど、先の沖縄戦で施設が破壊されたからさすがに無理。
そんで、一番近いここに持ってくることになった。
幸い当たり所がよくて急所は外れていたらしく、医者たちの懸命な治療によって何とか今みたく一命は取り留めて終わったみたいだった。
案外内臓へのダメージも比較的軽くて、今までこうして寝続けてたのは単に銃撃のショックが大きかったのと、出血多量による脳への十分な血量がいかなかったのが原因みたいだった。
……で、今に至る。
……うん、まあ、総括するとよ。
「……私、軽く生死彷徨ってない?」
「そういうこった」
「うわ~お……」
うむ。よくぞ生還した私。
意識不明の重体って軽くヤバいのに。下手すりゃ死んじゃうじゃないの。
……危なかった。よくやったぞ私。本気でよくぞ耐えてくれた私の体。
そんなことを思って心底安堵していると、大樹兄さんが少しため息をつきつつやれやれ顔で軽く笑いつつ言った。
「……隊長さんも下手すりゃ土下座するんじゃねえかってぐらい沈痛な感じで俺に謝ってたよ。あれは結局は自分の周囲に対する不注意が原因だって自分を責めてたんだが、あれほんとにそんな状況だったのか?」
「あー……、うん……一応はね?」
「ふ~ん……」
まあ……責任感強い人だからね。今回のことは結構本人もこればっかりは責任を感じてるんだろうか。
……とはいっても、言ってみればあれは私が出しゃばった結果なだけで……。そりゃ不注意はあったかもしれないけど別に私は無事だからあんまり気にするようなことでは……。
……とかいっても、あの人には通じないんだろうな。うん。
「その隊長さんもこの後予定あるみたいだから、一応俺があとを引き継ぐってことで話しつけておいたぜ。……新澤にはよろしく言っておいてくれってさ」
「は~い、ちゃんと受け取っときました」
こりゃ、帰ったら即行で謝られるんだろうなぁ……。そして、あの変態共が押し寄せてなんやかんやの未来が見える。
唯一頼れそうなのは羽鳥さんくらい……? でも、彼一人でどこまでやれるのか。
そんなことを思いつつ、私は少し話題を変えた。
「でもいいの大樹兄さん? 勝手にここにきて」
すると大樹兄さんは軽くははっと右手をひらひらさせつつ言った。
「あぁ、いや。俺の乗ってる艦がドック入りして俺たちのすることがなくなったんでな。どうせなら休暇取ろうってことで申請したら案外すんなり通っちまった。なんでも、今回の戦争で蓄積された疲労の回復のため、各部隊の将兵に最大一週間の休暇が与えられるってことらしい。……あ、ちなみに、その理由で明日あたりにでも友樹と父さんもくるから」
「へ~」
そうか。だからここに問答無用で来てるのね。
というか、乗艦がドック入りか。たぶん戦闘の過程で被弾でもしたんだろうね。
やまとって装甲が積まれた世にも珍しい艦ってことだから、一応は打たれ強いとは思うけど……。まあ、でもどっちにしろドック入りは不可避ね。
しかし、それのおかげもあって今度は家族がそろいそうね。……お母さんがなぜかいないけど。まあたぶん仕事で忙しいのね。確か外資関係の仕事してて海外出張中だって話だったし。それで全然家に帰る暇がないとか。
……もう結構な年なのにお疲れ様ですな。
「……ま、でも、」
「?」
「……お前はその一週間も含めてしばらくは病院でベット生活だろうけどな」
「げぇ~……」
まあ、そんなこったろうと思いましたよハイ……。
一応休める分まだマシとはいえ、それがベット生活かぁ……。まあ、文句は言ってられませんかね。
そして、今度が大樹兄さんがさらに話題を少し変えてきた。
「……んで、結局どうなんだ。体の具合は」
「ん? ああ、別に今となっちゃ問題ないわよ。銃撃受けたらしいところも今は痛みないし」
「そうか……。まあ、医師の人たちに感謝しとくんだな。あの懸命の治療がなければお前ここで俺と話してたかわからんからな? 何度も言うぞ、“懸命な”治療のおかげだからな」
「わかってるって。ちゃんと感謝感激雨あられってね」
あとでその意思たちが来たらお礼でもしておきましょうか。
……と、そういえば、
「……そういえば医師の人呼ばないのね。私一応意識取り戻したのに」
「? あー、それに関しては事前に指示受けてる。仮に戻っても基本は別に電話しなくていいって。あとで自分たち行くからって。……たぶん、他で手いっぱいなんだろうな」
「あぁ、こっちどころではないってね」
「そういうことだな」
まあ、医師側も今頃必死こいて頑張ってるころでしょうね。
彼らの健闘をお祈りしておきましょう。
「……あ」
ふと、私はほかのほうに視線がいった。
その、大樹兄さんの右隣にある小さな木製テーブル……、の、上にある小さな紙袋。
……そういえば、最初ここにきてまた出て行って帰ってきたって言ってたわね。もしかしてこれ買いに行ってたのかな?
とはいっても、これなに? あんまし大きいものでもないし、なんかの食事的な差し入れでもないだろうし。
……尤も、私は今んとこ負傷者である意味病人扱いなので勝手な食事はできませんがね。
私はそれを指さしつつ言った。
「大樹兄さん、さっきから気になってたけどそれなに?」
「ん? ああ、そうだそうだ。すっかり忘れてた」
そう思い出したように言いながらその紙袋をとると、中身をガサガサと一瞬あさった。
「……お前の希望通りの品持ってきたぞ」
「え?」
希望って……、なんか希望したっけ私?
「えっと……、あー、あったあった。じゃーん、どうだ?」
「……あ!」
そう言いつつ取り出したのが……、
「へ、ヘアアクセサリー!?」
その瞬間私は思い出した。
……そうだった。一週間前、あのやまとと通信して大樹兄さんと話してた時、
“とりあえず帰ったら生還記念にヘアアクセサリーおごってって言っといてください”
“お前それ前に十分買っただろ!”
……こんな会話をしたのを思い出した。
そうだった。ちょっとしたボケのつもりがあんなマジな事態になって他のすっかり忘れてた……。
……そんで買ってきたのが、
「……ヘアクリップ?」
小さなリボン形で桃色のヘアクリップだった。
一見すればだたのリボン型のヘアクリップ。
しかし、どうもただのではないようで……、
「そう。しかしただのヘアクリップじゃないぞ。ここ見てみ」
「え?」
そういわれるがままに、裏面を見せられると、そこには……。
「……あ、名前」
「な? これ、店側に頼んだら快く10分でやってくれたという」
そこには、小さく文字が書かれていた。
えっと、“A.MAMI”の名前とともに、“We will survive”、共に生きよう……、か。
……今後とも互いに生きようってことね。何とも洒落乙じゃないの。
……し、しかし困った。これじゃ……、
「(……本当はあれ冗談だって言い出せる雰囲気じゃない……)」
せっかくここまで作らせてくれたたのに実はあれ冗談だよなんて言ったらどんな目されるか。
さ、さすがにこれは良心が痛い……。しくった、もらうのは素直にうれしいけどこんなことならあんないらなくボケ精神発揮しなければよかった。
……と、とりあえず、
「お、お~、これはつまり世界に一つだけのヘアクリップってこと?」
「まあ、そういうことだ。戦勝記念だから特別だぞ?」
「へっへ~、ありがとう大樹兄さん。大事にするね」
「おう。ぜひともそうしてくれ」
あぁ……、その満面の笑みでのドヤ顔が何とも痛い……。私の良心がぁ……。
「……あぁ、安心しろ」
「え?」
と、そんなことを思ってた時だった。
「それ、“個人的にあげようとした”ものだから」
「……え? 個人的?」
「そ、個人的」
……個人的? なんで個人的になるわけ?
……あ、もしかして……、
「(……げぇ、最初からこれ冗談だってバレてたパターン?)」
それならわざわざ私のためにとかどうとかでなく個人的にっていうのも理由が付く。
……よかったのかむしろダメだったのか……。何とも複雑な気分である。
で、でも素直にこれくれたのはうれしいかな。と、とりあえずえっと……、
「じ、じゃあつけてみますかさっそく……」
と、とりあえずショートかつストレートに伸びた髪のうち右耳の前に延びたストレートの上の付け根部分につけてみた。
こめかみのちょい前かつちょい上あたり。
そこがなんとなく右耳の前に短く垂れているストレートを止めてる感じができていいと思ったから。
……と、右腕が点滴につながってるため少し動かしにくくはあったけども何とかつけてみる。
「……ど、どう?」
私はおもむろにそう聞いたが、大樹兄さんは少し背中をそらせつつ両手の人差し指と親指を使っ長方形を作って私の顔に合わせると、左目だけを閉じてじっと見る。
……そして、
「……うん、俺のセンスは間違ってなかった」
納得したようにそう言った。
「やっぱりかわいいわ。そのほうが似合う」
「……そ、そう」
私はそれに少し首を傾けつつニコッと笑った。
……まあ、何の形であれこれはうれしいもの。やはり素直にこういうのはね。うん。
少し赤面しかけるが、あんまり顔に出したら絶対いじられるだろうと思われるので即行で耐える。
……が、大樹兄さんが首を向って右に傾げて私の後ろを見ると、少し顔をニヤリとさせていった。
「……なぁ、」
「?」
「……そのモニターの心拍数上がってるんだが、なに、そんなにうれしかったんですかね?」
「え!?」
体は正直でした。
右にあった生体情報モニターの心拍数を示す数字が若干上がってる。そして、等間隔でなってた電子音もなんとなく間隔が短くなってる気がした。
……ということを確認した今もなぜか一瞬上がって下がった。
「げぇ!? ちょ、や、やめてよ!」
「へへへ……、ハイハイわかりました」
照れ隠しで即行で止めに入る。何を止めたのか自分でもわからないけど、本能的に即行で言ってしまった。
……体は正直ってここで言うんですね。うん。
……と、その時、
「……あ、艦で思い出した」
「ん?」
ふと、なんとなくヘアアクセサリーからその時の話が最初に出たやまとのことを頭に思い浮かべた時あれを思い出した。
……今となってはいろいろとツッコませてもらいたいあれである。
「……通信の人が言ってたじゃん。あの“ミサイルを手動で撃墜した”とかっていう人間卒業したやつ」
「……あー」
大樹兄さんは思い出したようにそう言って目をそらす。
……軽く汗いてないかね君?
「あれ、結局どういうことなの? 少し事情聴衆を願いたいんだけど」
「話すと長くなるぞこれ……。というか、それいうんならな」
「ん? なによ」
「いや……、お前が司令部単独で制圧したっていうあれもどういうことか説明を要求する。ただ単なる偶然で全部ああなったとは思えんのだよ」
「……あー」
そしてさっきの大樹兄さんみたいな反応を今度は私がとる。
……えっと、まああれは一言でいえば偶然なんだけど、さてどこから話そうか……。
……と、そんなことを思ってた時だった。
「……ん? 艦?」
「え?」
そうつぶやいて少し考えた後、大樹兄さんはまた思い出したように「あッ!」と突然に叫びつつ言った。
「そうだ、今日はあの日だ!」
「あの日?」
「真美! どこかにそこのTVのリモコンないリモコン!?」
「え、り、リモコン?」
「そう、そこの!」
そう言って指さしたのは、反対の私のベットの右隣に横付けされた小型のTV。
薄型の液晶みたいね。個別でベットに設置されているものだと思う。
……これのリモコンって言われても、私自身今さっき目が覚めてリモコンどころかこの部屋に何があるのかとかの時点で全然把握できていないのにそんなこと言われても。
……えーっと……、
「……そこに引き出しとかに入ってないの?」
「え? ……あ、ここに引き出しあったやん!」
「なぜ気づかない……」
そう言って私が指さしていたのは、左隣にあった木製のテーブルで、その下は3段ほどの引き出しがある。
大樹兄さんがその一番上を開けたところ……、
「……あ、あった!」
案外即行で見つかる。
……これくらいで済むんならなぜに最初っから探さないのかと。
「よし、これでえっと……、チャンネルは……、まあ、これでいいか。どうせどこでもやってるんだし」
そう言ってTVの電源を入れて適当にチャンネルを変えると、ちょうど日照テレビが運営する“NBC”の三文字が左上に現在時刻とともに表示されていた。現在時刻は午後の13時33分。
どうやら昼のワイドショーらしく、ニュース映像が出ていたが……、
「……ん? 空母?」
そのTVカメラが映していたのは巨大な空母の甲板上らしく、そのカメラの先にはテーブルが一つにそれを挟んで互いに重要要人らしい人たちが何かの紙に何かを書いている。
「おぉよかった……、まだ終わってなかったか……」
大樹兄さんがそう安堵するのを横耳に、私はこの光景が何なのか疑問に思ったが、大樹兄さんがそれを察したらしくすぐに答えを示してくれた。
「あぁ、真美はまだ知らないよな。……今日、降伏調印式なんだよ。中国との」
「ええ!? そうなの!?」
私は思わずのけ反って驚いた。
なんと、私が一週間寝てた間にいつの間にそんな手筈になってたのよ。
となると、私はが撃たれたあの日にでも中国が降伏を宣言したんでしょうね。あの日からちょうど一週間だし。
……そうか。やっと戦争が終わるのね……、よかった……。
「これで戦争も終わる……。マスコミも、どの放送局もこれを生中継で放送しているころだろう。ネットの動画サイトも全部これ一色だろうぜ」
「でしょうね……」
事実、今TVで中継をしているレポーターもそれの様子をしきりに報道していた。
『――繰り返しお伝えします。現在私は、中国寧波より、米軍空母ロナルド・レーガン艦上から、降伏調印式の模様をお伝えしております。現在、中国代表の周国家主席と、連合国を代表としてアメリカ副大統領アンドレ・ディッキンソン氏をはじめとする連合国団の間で、停戦協定が結ばれようとしています。この休戦協定の内容は……』
そんな感じのことを先ほどからしつこく報道していた。
周りに配慮してか、そのレポーターの声も少し抑え気味だった。
カメラの先では、2人がテーブルを挟んで並び、一人がイスに座って何かを相変わらず書いている。
……おそらく、その停戦協定に関連する書物に対するサインでしょうね。ずいぶん量が多いこと。
その互いの後方には、その付き添いらしい要人が立っており、その目の前での調印の光景を見守っていた。
いや、彼らだけじゃない。
その周りには野次馬の如く、いや、実際野次馬同然なんだけど、その空母ロナルド・レーガンの乗員らしい米軍人と、特別に許可されたのだろう各国マスコミがある程度距離を置いて取り囲んでおり、同じくその光景をレポートしつつも見守っていた。
……というか、よく見たらひとりだけ危ないところに座ってるのまでいるじゃない。カメラの脇に移ってる艦橋の上の一部分。あそこ人がどうやっても立ち入れないスペースのはずなのに、そこに足出して座ってるという。
誰よあれ? 女性じゃないの。いわゆるWAVEってやつ?
あんなとこにいたら危ないって。降りなさいよ。というか、なんでほかの乗員は誰も止めないのよ。明らかに目につきやすい場所だってのに。
……と、そんなことを思っている私にはお構いなしに、
『現在この場は物々しい空気に包まれており、まもなく調印が完了する見込みですが、彼らの緊張感はまだとどまるところを知りません―――』
そんなレポートがしばらく続いていた。
……それを見つつ、大樹兄さんが安堵するように言った。
「……これで、約1ヶ月もかかった戦争も終結だ。この後はアメリカ補助による政治改革が行われるみたいだから、まだまだ忙しくなるぞ」
「ええ……。そうね」
政治改革か……。民主化にでもなるんでしょうね。
今までの共産党の一党独裁体制も、これで崩壊か……。歴史が大きく動くことになるわね。
「……まあ、あとで互いにさっきの件についてはどういうことか話し合うとして……、今回は、」
「……これを少し見守っていよう。戦争の終わりをな」
「……ええ、そうね」
そのまま、私たちはそのTVにくぎ付けとなった…………




