戦友との別れ
―9月5日(土) TST:AM12:20
東シナ海 中国寧波より東南東100海里地点 DCGやまと艦橋―
「艦長、中国艦隊が離れます」
見張りにいた乗員からその報告が来る。
あの後、日本艦隊は台湾からの撤退準備をやっと済ませ、台湾の人たちに見送られつつ後ろ髪を引かれる思いで台湾から撤退した。
陸と空はいち早く動けるものはさっさと動いたらしく、あの後残ったのは一部の陸と空。そして俺たち海軍。
空は時たま味方のF-15Jが飛んでったり、台湾の空軍がお見送りで飛んできたりとしていたが、ここにくるとそれも少しなくなってきた。まあ、台湾本土より遠くなってきたし、仕方ないね。
陸はオスプレイなりなんなりでとにかく陸に移動しまくった後残りはあかぎなどの揚陸艦や輸送艦に乗って移動中。
といっても、一部は復興支援のために台湾に残ったのもあるみたいだけどね。
そして海でも、中国艦隊を護衛しつつここまで日台ともにやってきた。
台湾は一部だけで、あくまで中国艦隊の護衛のため。日本にほとんど任せてる。
といっても、こっちもこっちでただ単に帰路の途中が護衛の目的地が近かったってだけですけどね。いわば帰りついで。
この後は事前にここに陣取っていたアメリカ艦隊に護衛を引き継ぎます。
まあ、ここまで来て実は攻撃して廃艦にするなんてことはなさそうですな。もう完全視程内だし。
アメリカだと本気でやっちゃいそうでこわい。
アメリカ艦隊は黄海に展開していた第7艦隊が一部南下し、そこで待機していたが、その中にはドでかい空母もある。
ありゃ、例の第7艦隊旗艦をしていたロナルド・レーガンさんですな。お得意のギャグは今日も寒いだろうか。
「アメリカ艦隊から通信です。この後はこちらが引き継ぐと」
通信からの報告に艦長も答えた。
といっても、席にはついていない。前のミサイル迎撃の時窓近くにいた艦長席が一部破損して座れない状態だからたちっぱです。
「了解した。……旗艦から了承の返答が来るだろう。そうなれば、我々の最後の任務は終了だ」
艦長が安堵したように言った。
あとはアメリカまかせだね。寧波までも一応近めだし、すぐに済むだろうね。
「……敵として戦い、共に戦い、結局、最後は仲間として別れを迎えるか。……何とも皮肉なものだ」
副長がその今までの戦闘を振り返るように遠目で言った。
最初は確かに敵だった。だけど、最終的には向こうの裏切りという形で味方になるという前代未聞の集団反乱。
……これ、いろいろと伝説になりそうなレベルの事態だが、やはり目の前で起こるとそれほどびっくりもしないのは人間だからだろうか。
艦長もそれに一つ鼻でため息をつきつつ言った。
「まあ、彼らも彼らで正義があるということだ。……人間の正義など、人間の数だけあるからな」
「そして、彼らの考える正義が共産党の考える正義とは違ったと……」
「それも、ほぼ真逆にな……。まあ、そういうもんだ」
説得力あるわな。
人間のもってる正義なんて軽いもんだ。それも、人によって違う。
ここにいる俺たちの中でも、自分と全く同じ正義を持っている奴なんているわけない。
俺の持っている正義はほかの正義とは違うだろうしな。
……彼ら中国の正義と、共産党の正義が思いっきり相反するというか、相反しすぎたってことか。こんな反乱を起こすほどだし、相当な信念を持っていたに違いない。
……正義を持つのは難しいってことをよく理解できる例であるな。
……すると、
「……ッ! 中国艦隊より発光信号です」
「ほう?」
いきなり信号が届いた。
中国艦隊の旗艦施琅から。
あれ、数日前の戦闘で全然被弾してないからさりげなく幸運艦だよね。砲弾一発も当たってないらしい。
……あんな近距離砲戦の応酬で当たらないとか、あんな図体でかいのによく当たらなかったなと。
まあ、逆に言えば護衛がしっかりしていたってことになりますがね。
「読み上げたまえ」
「はい。……日台艦隊全艦に対してです。“本艦隊ノ護衛感謝スル。シバシノ間オ別レダ。”」
「“サラバ、友ヨ”」
「……友、か」
友ね……。そうだな。友だな。
最終的には共に戦ったんだ。友と、共にね。
……これはうまいこといったと褒められてもいい。
「……敬意を示すか。総員、手空きのものは左舷に出たまえ」
「? 何するんです?」
「友に敬意を示そう。……私もでる」
そう言って艦長とともに左舷に出た。
そこには、今まさに艦隊から離脱中の中国艦隊があった。
施琅を先頭に、そのまま取舵回頭でアメリカ艦隊に向かっている。
俺たちは左舷の見張り台に一列に並んだ。
甲板のほうでも、手空きの乗員が一列に並んでいた。
……そして、艦長が艦内無線にスイッチを入れていった。
「……発光信号。“コチラコソ。友ニ幸多カランコトヲ”」
「了解。発光信号。“コチラコソ。友ニ幸多カランコトヲ”。送ります」
「同時に……、総員、」
「われらの友に……、敬礼」
そして、そのまま一斉に一糸乱れぬ敬礼を示した。
彼らに対する敬意。そして、別れの挨拶。
彼らに見えているかわからないが、それでも、最低限の敬意を示したかった。
艦長の意思でもあるし、俺たちの意思でもある。
……すると、
「……お?」
ふと、横目で隣の先頭で曳航してくれているあかぎを見た。
そこでは甲板に人が大量に立っているのが見える。そして、これっぽっちも動かない。
……たぶん、俺たちと同じことしているな。考えることは同じか。
この後知ることになるけど、この敬礼は日台全艦でやっていたことが判明する。まあ、そう遠く後にはならないけど。
……さらに、
「……ッ!」
今度は中国艦隊のほうで動きが起きた。
離脱直後、艦隊からまだある程度距離があるうちに、ほとんどの艦から人が出てきて、そこで一列に並んで止まった。
これっぽっちも動かない。
……向こうもか。敬礼には敬礼で返す。海軍での礼儀だ。
少しの間敬礼をした後、艦長の合図で敬礼が解かれた。
「……直れ」
その瞬間、敬礼が解かれたと思うと、
「じゃあなぁ! またいつか会おうぜぇ!」
そう一人の乗員が中国艦隊に向けて手を振った。
必死に。向こうに届くようにおお振りで。
……それに呼応するかのように、
「またなあー! 今度は平和な海でなぁー!」
「あんたら思ったより最高だったぜ! また海で会うことを!」
「新しい中国でも元気でやれよ! 俺たちは応援してるぜ!」
そう言いつつ各々で手を振って最後の最後に別れの言葉を叫び始めた。
ここ艦橋回りだけではない。
甲板でも手空きの乗員が手すりギリギリにつきつつ手を振りながら別れの言葉を叫んでいた。
それは、どの艦でも同じだった。
少なくとも、俺が横目で見た時のあかぎの甲板でもそうだった。
……友に対する最後の別れだ。せめてこれくらいは許されてもいいだろう。
……そして、向こうもそれにこたえてくれた。
「ッ! おい! 向こうも手振ってるぞ!」
その瞬間さらに歓声が大きくなる。
向こうも答えたかったようだ。彼らも甲板や艦橋回りの見張り台など、とにかく出れるところに出てすぐに手を振ったりして返した。
何やら叫んでいるのも聞こえる。というか、波の音がうるさくなければおそらく聞こえるかもしれない。なんでって、全部の艦が同じ行動してるから。
互いに叫びまくってるんだ。山とかあったらたぶんやまびこがひどいことになってるレベルだろう。
俺はさすがにいろいろ疲れてるのでその気力はなかったが、最後に、
「……しばしの別れだ。また会えることを祈るぜ。……それまで、」
「……元気でな」
そう一言残し、彼らに向けて大きく手を振った……。
―艦橋上―
「それじゃ、そちらでもお元気で! いつかまた!」
私はそう言いつつ乗員の皆さんと同じように手を大きく振っていた。
最後の最後、別れの時くらいこれくらいは許されてもいいはず。というか、もうすでにやっちゃってる。
向こうからも返答が来た。
成都さんだった。彼女の叫び声が聞こえてきた。
“こちらこそ! いつかまたお会いしましょう!”
「ええ! またいつか!」
彼女のその声と顔は笑顔だった。
先ほどまで、私のもとで親しく話していた仲にまで発展した彼女との別れは苦しい思いだったけど、それでももう会えないと決まったわけじゃない。
彼女とはまたいつか会えるかもしれない。それを願うのみだった。
……中国の彼女といえど、中々面白い方だった。また会って話したいなぁと思う。
私だけではない。別れを惜しむ声はほかでもいた。
“じゃあねー海口ー! またあったらアニメの話してあげるからぁー!”
“あいよ! たのしみにしてるわこんごう! またいつかね!”
“……あかぎ。世話になった”
“お構いなく。あと、施琅さんもう少しキャラ明るくしましょうね。そっちのほうがかわいいから”
“……努力する”
“はは……、いつも通り”
そんな感じの声が各所から聞こえてきた。
彼女たちの姿もだんだん離れていった。その代わり、アメリカさんからの声も聞こえてきた。
“……あれ、これ私たちいちゃいけないパターンじゃないの? これ”
ロナルド・レーガンさんの声だった。
どうやら自分たちの場違い感を感じたようです。大丈夫、これくらいのことはよくあるよくある。
「ま、まあまあそういうこともありますって。大丈夫ですから」
“そうかねぇ……。少し空気読んだほうがいい気がした”
「アメリカ人が空気読むんですか……」
空気読むって習慣日本だけだと思ってた。まあレーガンさん日本でジョージ・ワシントンさんと交代して少し経つし、いくらか日本の影響を受けたのかな?
“……にしても、ミスターヤマトの傷もすごいねぇ……。話変わるけど”
「まあ、これくらもう慣れたもので……。前世で滅多打ちされましたし」
“うちらの物量か……”
「ええ。……ていうか」
“ん?”
「……私女性ですからミスターじゃなくてミスじゃないんですか?」
“……あ”
いや、あって……。
こっちに合わせてわざわざ日本語で対応してくれるのはありがたいけど、その場合の使用法間違えたらねぇ……。
“あっちゃ~。そうだった~。いや~、”
“ミ~スった~。……なんちゃって”
「……え?」
“え?”
……。
…………。
「……すいません成都さん」
“はい?”
「そっちにレーガンさんいったら主砲ぶちかましてください。反乱云々で」
“ええ!?”
“ち、ちょっと待って!? そんなに寒かった!?”
「南国地域に寒波持ってこないで下さいよまだそんな時期じゃないですよ!?」
“そ、そんなバカな……。これはいったと思ったのに……”
いや、そんなこと言われても。寒いよ。これは寒いよ。
やっぱりアメリカンですか。空気を読まない大正義アメリカンですかそうですか。
……まあ、レーガンさんらしいかな。これは。空気さえ読んでればまだ暖かかったものを。
「はぁ……。そのギャグセンスはいったいどこから……」
“まあまあ。いつも通りいつも通り”
「それをいまだされても……」
あとで空気を読むってこと教えてあげよう。
これは文化云々じゃない。これは常識的なあれで教えねばなるまい。
自然と湧き上がる使命感。
……そのうち、中国艦隊がある程度艦隊より分離し、アメリカ艦隊との合流に向かいつつあった時だった。
……今度は、
“あ、では私たちもこれで失礼します”
そう言ったのは丹陽さんだった。
右舷にいた台湾艦隊がこれで護衛任務を終えたということで撤退する。
ここに赴いていた台湾艦隊は丹陽級の2隻と旧日本国防海軍のミサイル駆逐艦はたかぜ型こと旗風級2隻、さらに康定級フリゲートが4隻だった。
これはもちろん台湾艦隊の一部で、これ以外は台湾本土で整備などを受けている。
彼女らも撤退する。これで、3ヶ国の海軍の別れってことね。
「お疲れ様です。丹陽さんも、今までありがとうございます」
“こちらこそ。……いろいろ相談等乗ってくれてありがとうございます。個人的にも、やまとさんには感謝しなければ”
「いえいえ、お構いなく」
私にできることをしたまで。そんな感謝されることをした覚えはない。
「またいつか会う日を。それまでは……」
“ええ。互いにお元気で”
その彼女の言葉を待っていたかのごとく、台湾艦隊は面舵回頭をはじめ、真反対に転針し始めた。
ここからは台湾に逆戻り。すぐに帰って、整備を受けないといけない。
この戦争でずっと働きっぱなしだったしね。私たちもそうだけど、すぐに休んで整備を受けないと。
……台湾艦隊が撤退を始めると、
“じゃあな媽祖! いつか会おうね!”
“当たり前だぜ海口! こんごうとともにな!”
“いつの間にか私はいってた! でも大歓迎!”
“じゃあねアッキー! あといなちゃん! 元気でね!”
“島風こそね! またいつか!”
“さらばだわが友よ! またいつか、運命の出会いが再び起こらんことを!”
“やまとさん、今までありございました。またいつか!”
「ええ! 旗風さんもお元気で!」
そんな声が私たちとともに飛んでいった。
日中ともに。3ヶ国の海軍がともに別れを惜しんでいた。
……で、その横で、
“……ねぇ、やっぱり私たちいったん席外したほうがよかったんじゃないの?”
“だよね……”
レーガンさんと僚艦の艦が話しているのを横耳にする。
……気にしない気にしない。そこ気にしたらそれこそさっさと逃げたくなる。自分たちのいちゃいけない感を気にしすぎて。
私たち艦魂だけでなく、乗員たちも一部は台湾艦隊のほうに別れをするために右舷にいって敬礼した後、同じように手を振って別れの言葉を叫んでいた。
特に台湾に対してのそれは、比べるのもあれだけど中国に対してのより思い入れが深いように感じた。
その言葉一つ一つに、それぞれの思いが込められていた。
そのまま、彼女たちとも別れ、中国艦隊は左に、台湾艦隊は右にいってそのまま反転。私たち日本艦隊はそのまま前進した。
3ヶ国の連合艦隊は、ここに解散したのである。
「……行っちゃいましたね。皆さん」
私はふとそんなことを言った。
相手はもちろん、
“……行っちゃったな。みんな”
大樹さんである。
彼とも、今までずっと戦ってきたけど、たった19日だけのはずなのにとんでもなく長く感じていた。
よくあることとはいえ、ここまで長く感じるというのも結構不思議なものだった。
大樹さんもしんみりしたように言った。
“……長い付き合いに思えるな。たった十数日だけの話なのに”
「ええ……」
考えてみれば、台湾艦隊と合流してから今までってたったの12日だけなんだよね。
まあ、人によっては12日は結構長く感じるかもだけど、それでもそれだけでこれだけ長い期間に感じられるのは、やっぱり個人的な思い入れなのかな。
……ましてや、中国艦隊となんてたったの5日の付き合いしかない。成都さんとも、いくら彼女が私たちを受け入れてくれるのが早かったとはいえ、すぐに仲良くなっただけに長い付き合いに感じるというか、別れを惜しむように感じるほどにまで発展するのはある意味すごいんだろうなぁ……。
そんなことを思って彼女たちの別れを惜しんでいると、大樹さんがそれを取り払うようにきっぱりといった。
“ま、またいつか会えるさ。それまでしばしの別れといこう”
「……ですね」
もう会えないと決まったわけじゃなし。いつかまた会えるかもしれない。
互いの軍事演習の時とか。表敬訪問の時とか。何らかの形でまた。
……彼女たちとはまた会えそうな気がする。個人的に。
私は後方を見た。
そこには、台湾艦隊と中国艦隊のみんなが両サイドに分かれて、自らの目的地に向かうべく航行しているはずだった。
もう彼女らの姿はほとんど見えない。晴天の空。よく見えるはずの子の視界でも、彼女らの姿は小さな豆粒程度にしか見えなくなった。
レーダー上でもとらえるギリギリだった。まもなく見えなくなるだろう。
……最後、彼女たちが見えなくなる寸前に、
「……それじゃあ、またいつか会う日まで」
「……さようなら。またね」
そう一言、別れの言葉を残した…………




