日中エースパイロット対面
―9月4日(金) TST:AM13:20 台湾台南空軍基地内―
「……お、いたいた」
と、僕はふとある方向に視線がいった。
あの終戦後のエスコートの後、一応燃料補給が回ってくる間、ここでしばらく待機することになったんだけど……。
「……やっぱり、あの人は確か……」
その人は、ソファに座って熱心に手元の本を読みふけっている。
そして、その人は中国軍のパイロットスーツを着ていた。
そう。彼ら閃龍隊のメンバーもここで一時的に待機していた。どうやら亡命したのはいいもののほかにも似たような人たちがたくさんいすぎて少し対応が遅れ遅れになっている関係か、こうして暇しているらしい。
もちろん、行動範囲は限られていて監視も入るけど、比較的自由な行動が約束されている。まあ、今まで僕たちに何ら危害加えてないから別に問題ないとは思うけどね。空の上で共闘もしたし。
……そして、今ここにいるのはその隊長である燕中佐のようだった。
名前は隊長から聞いたけど、実際にこうしてみるのは初めてだった。
この基地に降り立ってから今までに会えなかったのかと言われればまあ実際その通りで、向こうも向こうであんまり与えられた部屋とかからむやみやたらに動かなかったり、その部屋と僕たちが使っている部屋とが離れていたりと、あんまりこうして鉢合わせるタイミングが中々でてこなかったのが原因。
ただし、最近昨日あたりから互いにめちゃんこ必死になって戦った良きライバルということで少し交流が始まっている。ここは少し兵員休憩所的なスペースだけど、この周りにも僕たちの隊とその閃龍隊側の隊員の人が交流のためか会話に花を咲かせているのが見えた。隊長の姿も見える。
……とりあえず、暇なので僕は彼のそばにいって右手に持っていた差し入れのリンゴジュースを差し出した。
「どうぞ」
「? ……あぁ、君か」
燕中佐は僕に振り向くやいなや差し出されたリンゴジュースを受け取ると、同時に僕はテーブルを挟んで向かい側にあるソファに座りつつ言った。
「川内隊長から聞きましたよ。……燕中佐、今回限りで空軍やめて」
「来年の中国での選挙に立候補するそうですね」
「……もう伝わっていたか」
彼は鼻で一息つきつつそう言った。
そう。隊長曰く、彼は今回限りで空軍を退役して、そのまま政治家になる道を選んだようだった。
その手にもって読みふけっている本も、元々この基地にいる政治関係の本の一つで、実は彼の目の前のテーブルにはそれ関連の本が大量に積み上げられている。
分厚いのから極薄のまで各種様々。彼の本気度がうかがえる。
僕はもう一つ自分用に買っていたリンゴジュースのキャップを開けつつ言った。
「もうすでに結構出回ってますよ。主にうちらの川内隊長が発信源ですけど」
「彼か……。中々口が軽い面があるが」
「異論なしですわ」
まあもとからあんな感じの軽い性格だからね隊長は。
そこは国が違っても感じることはおんなじかな。
そんなことを思いつつ僕はリンゴジュースを一口飲んだ。
彼も同じく一口飲むと、また彼から言い出した。
「……今までの罪滅ぼしとは違うが、せめて今後は我が国のためにな」
「なるほどね……。しかし意外でした。いきなりそんなことを言い出したので」
「私もだよ……。もとはといえば彼の言葉が発端だったんだがね」
そう言って彼は右に首を振った。
僕もそれを追うと、その視線の先には部下と閃龍隊の隊員とともに会話に花を咲かせている隊長がいた。
いつも通り豪快なテンションで周りを巻き込んでいる。もはやお約束ともいうべき光景だった。
隊長が言ったところでは、ふと自分が提案したのを燕中佐が結構深く真剣に考えた結果本気で政治家になる決意をしたという流れだったらしい。
……軍人からの政治家か。これまたすごいキャリアですな。
「でも、ほんとによかったんですか? 隊員の皆さんも残念がってる様子だったみたいですよ?」
これは隊長から聞いたことだ。
やはり、いきなり空軍やめて政治家になるということには少なくない衝撃があったらしい。少なからず彼の除隊、及び空軍の退役を惜しむ声が聞こえてきているようだった。
今まで共に戦ってきた仲間の中で一番頼りになっていた隊長さんだ。ある意味これほど信頼されていたという裏返しなのだろう。
口惜しむ声は結構出ていたようだった。
彼はそれには少し顔を暗くしつつも鼻で静かにため息をつきつつ言った。
「……なに、もう彼らには話はつけてあるさ」
「ほう、いつの間に」
「つい昨日のことだ。……彼らの声も心身に受けるが、しかし、これは決めたことだ。それに、私はもうこの年だ。まもなく前線から離れるし、少しその時期が早まっただけに過ぎない」
「そうですか……。まあ、その道をどうするかなんて僕がどうこう言える立場ではありませんが」
その人の人生はその人次第だしね。仕方ないね。
「しかし、燕中佐政治関係は?」
「まったくだ。だから、こうしてとにかく今から読みふけってるところだよ」
「はは……。うちの兄がいたら即行でそこそこなアドバイスが入りそうなんですがね」
「あぁ、確か君の兄は政治詳しかったな」
「ええ。オタク染みたのが高じて」
昔から大好きだったみたいだしね、兄貴。
よくわかるなと。あんな難しい話。ある程度の法律とか簡単に覚えちゃったどころか外交云々も結構詳しいとか。もうなんで軍人じゃなくて外交マンにならなかったのかってレベル。
「だが、中国視点の政治外交などわかるのかね?」
「アジア関連ならある程度熟知している程度には。メアドくれたら即行で僕を通じて兄をアドバイザーにできるんですけどね」
「そこまでかね……」
そんな感じで苦笑していた。
いや、でも実際兄の知識はリアルで政治の場に立っても使えるレベル。退役したら絶対政治家外務関係コース待ったなしってレベルだから。
ほんと、いったいどうやってその知識を得たのか知りたいよ……。
「君の兄貴に負けてられんな。私も勉強せねば……」
「お疲れ様です」
そう言って互いにリンゴジュースに口をつけた。
さらに一口味わってぷはぁ~と息を吐きつついったんキャップをしめると、彼がまた言った。
「……にしてもこれうまいな。味がほど良い」
「わかります。それ、僕の地元産です」
「ほう、どこだね?」
「青森です。青森」
「……ん? 青森?」
「え?」
すると、少し考えたのち思い出したように「あー」とつぶやきつつ言った。
「……そうだ思い出した。あの林檎の名産のところだったか」
「あぁ、そうです。というか、よく知ってますね」
「林檎は結構好きなのだ。……そうか、君そこ出身なのか」
「ご希望とあればそちらにお送りしますがね……」
「メアドでも教えてやろう。いつか送ってくれ」
「お安い御用。なお大量に種類があるので選定しておいてください」
「あー……、そうだった。青森のリンゴは種類が多いんだったか……」
なぜあんたそんなに日本の果物事情詳しいんだ。林檎好きが高じたか。
しかし、中国人が日本の林檎好きとは驚いた……。これは彼を青森に招待したら相当歓喜するだろうか。
……そんな会話ののち、少しの間を置いた後。
僕は少し口惜しむように言った。
「……しかし、残念ですね」
「? 何がだ?」
「いえ……。政治家になったら、もうご一緒に、」
「空、飛べないじゃないですか」
「……そうだな」
「ぜひとも最後に一回でも飛びたかったものですが……」
「……すまんな。それは無理そうだ」
「ですよねー……」
このような人とはぜひとも同じ空を飛びたかったものだ。それも、平和な空を。
しかし、彼はもう政治家になるし、それに伴って退役するだろうからもう空を飛ぶことはできないだろうな……。
せめて最後の最後に一回飛びたかったものだけど、でもそれもかないそうにないか……。
「……なに、また戦闘機を操る機会が来ないとも限らんぞ。どっかの独立映画ではエイリアンに立ち向かうためにクライマックスで大統領が戦闘機に乗ったじゃないか。元空軍パイロットだからとかどうとかで」
「でもあれ実際には無理ですよね……。それとも、エイリアン襲撃による例外待ちます?」
「はは、そうなったらそれこそまた共闘だな。……君のあの機動、エイリアンにどれだけ使えるかな」
「それいったらたぶん機動性高いそっちが有利だと思いますよ? ……あの映画だとF/A-18でしたけど」
「まあな。……とはいえ、それはほとんどないだろうな。なんかの運命のいたずらでもおきんかぎり無理だな」
「まあ……。でしょうね」
あの映画みたいなことはまずないだろうしね。仕方ないね。
でも、彼のような人材は軍としても必要ではあるだろうけど……。そこは、彼の部下の人たちに任せるということかな。
彼らも彼らで、また軍に残って今後の中国国防に尽くすという話だし、彼らも彼らで相当優秀だ。
教官あたりか、または部隊長あたりで結構な活躍をしてくれることだろう。
この彼が直々に育て上げたって言ってたしね……。相当な手練れが生まれることだろう。
「まあ、君のような腕を持つ若手がいるなら、日本もまだ安泰だろう。将来はいいコースにいくぞ」
「そううまくいくもんですかね……」
「君、確か今回の戦闘で累計20機撃墜だろう? ずいぶんとおかしいエースだろう」
「そういう燕中佐は単機で24機じゃないですか……」
「……まあ、互いにおかしいということだ」
「はは……」
まあ、事実4、5機くらい落としたらもうすでにエースだってことみたいだし、そう考えたらこれはいろいろと異常なのかな?
昔でいうハルトマンですかね? あ、それともマルセイユあたりかな?
……まあ、どっちにしろこの戦争中トップレベルの撃墜数らしいし、これはたぶん互いに結構有名になりそうだな……。
「……君は、そのままイーグルに乗るのだろう?」
「ええ。自分はこれが一番しっくりきますので」
「うむ。君はぜひともそれを強化し、後輩に引き継いでいけ。それが君たち日本のためだ」
「そういうなら燕中佐も教官やればよかったものを……」
「それは部下がしてくれるさ。……私は、もう少し上から見守っているよ」
「そうですか……。うちの政治家が迷惑かけます」
「はは。まだなってもいないのに……」
そうはいってもその熱心ようだ。これなら短時間で相当な知識を身に着けると思うぞ。
たぶん、マニフェストや実効性が認められれば相当狙えると思う。
……でも、
「……しかし、その場合一番ネックなのが、“元軍人”ってことですね」
「……だろうな」
そう。一番問題なのはたぶんそこだ。
今の中国は今回の戦争の件で、共産党と、それに従った軍に対する目がとてつもなく厳しい。
いくら彼がそれに反した人間とはいえ、それでも最後の最後まではそれに従ってたことに代わりはない。
それを見られると、やはりほかの候補者に比べてハンデがきついか……。
……しかし、彼はそれによる不利を否定した。
「だが、むしろこれを逆手に取ることもできる。かつて軍人だったからこそ、共産党の人間だったからこそ、彼らの今までの政治運営等の問題をよく理解しており、そこからの転換をより確実なものにできる……、とね」
「なるほど。自分自身がその立場に立っていたからこそ、そこからいい方向にもっていく方法はより確実なものができるってことですね」
「うむ。そういうことだ」
「ほほう……、なるほどなるほど」
つまり、今まで反面教師の下で働いてきたからそこから生まれた問題を適切な形に解決させることがより簡単だってことね。
なるほどね。それなら今まで政治素人だった人間や、それでなくても一応は政治に詳しい人間であっても、一番共産党に近いところで働いていた人間が相手となれば、経験というか、洞察力が違う。
彼らのことをよく理解しているということは、そこからの適切な解決策を見るけることも簡単にできるということ。
そうなれば、自然と今までとは違う中国のよりよい発展が期待できる。
……ってな感じで宣伝すれば、それはそれで効果はあるかもしれない。
「元軍人だけど、それでも彼らのことをよく理解している分そこからの改善には期待できそう」……って思わせればこっちに勝機が入るってことか。
……尤も、どこまで効果はあるかわからないけど、でもこれは使えそうかな。
「だが、それでも風当たりが厳しいのは確かだろうな。しかし、私は屈しはしないぞ。私は変えるのだ。今の中国を」
「……よりよい中国に?」
「そうだ。今までの格差がひどかったり、政治が腐敗していた中国から帰るのだ。“改革”と言ってもいい」
「改革……、か」
これはまた大それた文句が出たもんだ。
しかし、それほどの気概がなければ政治家を目指している人間は務まらないだろう。
それだけの心意気は持っていてしかるべきだね。
「私はやるぞ。……決めたからには、何としても変えなければ」
「応援してますよ。……隊長から聞いてます。燕中佐の家族も、結構微妙な事態になったようで……」
「はは、ほんと彼は口が軽いな……。まあ、それは事実だ」
「もしかして、ここで政治家として名を上げることによって、行方不明の父を呼びかける意図もあるのでは?」
すると、彼は図星を疲れたように顔を一瞬ひきつらせていった。
「……若いながら侮れんか。まあ、それもある」
「やっぱり。今回のことで、おそらく共産党指名手配も解除されることでしょうし、そうなれば中佐の父も自由のみです。おそらく、出てくると思いますよ」
「まあ、連絡は一応取れてたみたいなんだがな……。しかし、私が今軍人だってことを伝えているかはわからん」
「そして、今は政治家ですか……。目立った舞台でしょうし、目にははいるでしょうね」
「そう願うよ……。今までの政治を変える。そして、父も探す。これを私は成し遂げなければならない」
そう言っていた彼は真剣そのものだった。
まさに使命感に溢れ出されているようだった。
……彼なりの思いか。相当強いみたいだね。
彼にとって、父は厳しく多少憎くも大切な家族だったってことか……。というか、隊長なんだってこんなプライベートなこと軽く言っちゃったのよ。そして僕も僕で興味持っちゃって聞いてたけれども。
……と、そのとき、
「新澤ー、そろそろ次の燃料補給お前のだから監督いっとけよー。台湾連中F-15の燃料補給慣れてないだろうから」
隊長の声だった。
と、そろそろこんな時間だったか。
この後は燃料補給の監督に行かねばならない。というのも、さっき隊長が言ったように台湾の整備士はF-15の整備補給に慣れてないから、とりあえずパイロットが監督にいっとかないとめんどくさいことになりかねない。
まあ、一応パイロットも愛機のことをよく熟知しているからね。……これくらいはやっておかなければ。
僕は残っていた中身のリンゴジュースを急いで飲み干すと、立ち上がって去り際に彼に言った。
「では、自分はこれで。……立候補したら日本から応援してます」
「うむ。感謝する。……必ずなって見せる」
「ええ。……変えて見せてください。中国を」
「ああ。任せてくれ。……もし政治家になったら、必ず、」
「中国を、変えて見せる」
その使命感を醸し出したその答えに安堵しつつ、
僕はエプロンに駐機させてある自分の愛機のもとへ向かった…………




