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『やまと』 ~戦乙女との現代戦争奮戦記~  作者: Sky Aviation
最終章 ~中亜戦争終結・戦乱の終わりへ~
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亡命のパイロット

―9月2日(水) TST:AM09:45 台湾台南空軍基地内―







「……そろそろ時間のはずだが……」


 私はその部屋の中に設けられたアナログ時計の指針を見てそうつぶやいた。

 完全コンクリート製の壁に、窓ガラスが一枚と扉があるだけ。後は私が座っているイスにテーブルだけで、そのほかは監視担当の兵士が一人いるだけである。


 あの南シナ海での戦い以来、私を含む閃龍隊はそのまま台湾への一時的な亡命を希望し、そのまま受け入られここに赴く運びとなった。

 ……まあ、もとより、中国国内沿岸の空軍基地が全部米軍のトマホーク対地攻撃でやられ、燃料の続く範囲で降りれそうな場所がなかったということもあり、亡命というよりは実質敵軍に対する“投降”なのではあるが。

 しかし、それでも部隊全員が亡命に同意してくれたことに関しては思わず驚いたが、しかしそのほうが楽ではあるので正直ありがたかった。

 あの後はIJYA隊の護衛の下ここ『台南空軍基地』に移動しそこで亡命者としての保護を受けることとなった。

 ……といっても、亡命者というかはどちらかというと捕虜に近い扱いを受ける。亡命も分類的には政治的亡命に入り、最低限の保護は受けるにしても、結局は扱いは捕虜のようなものだった。

 だから、今こうして捕虜としていろいろ尋問を受けるために待機中だ。


 まあ、別に受けること自体はかまわんのだが、まさか亡命という名の捕虜としての“投降”の翌日に受けることになるとは思わなかった。

 いや、どうせここについてすぐに尋問受けて深夜までかかるだろうとは思っていたのだが、ここについてすぐに“なぜか”ここの者たちからは丁重な扱いを受け、夕食もいただいた。

 ……といっても、簡単なものだが。

 その後、寝床まで簡単なものを用意されたほか、その翌日尋問で少し時間食うけど問題ないか聞かれたほどだった。

 というか、そもそもの問題手錠とかすらされていない。軟禁もされておらず、出入りは自由だった。

 ……もちろん、常時監視は受けるが。


 ……人生でこういう捕虜的待遇を受けたことがないのでわからないが、ここまでゆるいものなのか?

 いくらなんでもこれは予想外だ……。いや、もしかして台湾だけか?


 ……少し疑問が尽きない。


「(……まあ、あとで聞けばいいだけか)」


 そんなことを思っていると、時計ではすでに9時45分を過ぎていることに気づく。

 予告ではこの時間に尋問官が来るとかって聞いていたのだが、中々来ない。

 ……と、別に私は日本人ではないのである程度の時間遅延は気にしないがな。いや、日本人が気にしすぎなだけか。電車がその時間ピッタシにくるどころか1分でも遅れようものなら謝罪アナウンスが流れるほどのご丁寧さだからな。

 ……ご丁寧とくくってしまっていいのかはわからんが。


 ……まあ、ここは台湾だ。日本みたいに時間に正確というわけでは……、


「……?」


 すると、扉が不意にノックもなしに開いた。

 どうやら到着したらしい。すぐに扉の隣にいた監視担当の兵士に敬礼し、すぐに退室を促したらしくそのまま彼は部屋を出ていった。

 扉が閉められ、自然と二人だけとなったが……、うん?


「……日本軍服?」


 その尋問官としてきたらしい人が台湾軍人ではない。というか、なんだこれは。明らかにパイロットスーツじゃないか。

 日本のパイロットスーツ? ここで来ている日本空軍は確か……。


「……君は?」


「ああ……、すまんな。諸事情で俺が来た」


「その声は……、」









「……例の、蒼侍の隊長か」









「……そうか。あんたらの間では俺たちはそう呼ばれてんのか」


「うむ……。にしても、なんだって君がきているのだね?」


「あぁ……、なんつーか、台湾側の事情らしい」


「台湾側の?」


「ああ」


 そのまま、テーブルを挟んで向かいに彼は座った。


 彼が言うに、その今回くるはずの尋問官が急遽後々ほかのほうに来た捕虜の相手をせねばならなくなり、その結果尋問官が足りなくなりもう誰でもいいから誰か手伝ってくれといった結果、とりあえず特例として彼に白羽の矢が立ったらしい。

 というのも、彼は一時期尋問官の講習を受けていたらしい。何でも、今やってるこの仕事を終えたらその情報将校として何かあった時の尋問担当になるつもりであるとのことだった。

 今回はその事前講習も兼ねているようだ。

 ……何と偶然なものだ。こういうこともあるのか。


「……不思議なもんだな。俺たち、昨日まではあの空の上で殺し合いしてたんだぜ? 互いに」


「ああ……、そうだな」


 その翌日にこんなところで面会か。何ともおかしいものだな。


「あー、じゃ、とりあえずやってくけど……、まず氏名」


燕炎彬イエン・イエンビン


「あー、お前そんな名前だったのか」


「ちなみにそっちは?」


「川内幸一。……あ、階級は?」


「中佐だ」


「あ俺より上でしたすいません」


「あ、いや、別に気にしなくていい。むしろ立場的には君が上だ」


 捕虜と戦勝国の軍人ならそりゃそっちが上だろう。

 手に持っていた青いプラスチック製に用箋挟に挟んでる紙に何やら書き込みつつ「そうか」と一言いうと、さらに続けた。


「では年齢を」


「39」


「……え?」


「? いや、39……」


「……39?」


「39」


「……」


「……?」


 ……いや、なぜ沈黙するのだ。

 そんな「え、若い!?」とでも言わんばかりの呆然とした顔されても困るのだが。


「……俺大尉で38だぞ」


「はぁ、そうか」


「ほぼ同い年だぞ?」


「だな」


「……エリートにやられた……」


「いや、知らんがな」


 そんながっくしとされてもこまる。というか今この場で必要かそのネタ。


「いいから、早く次を」


「あ、ああ……、えっと、生年月日」


「1981年2月22日生まれ」


「識別番号」


「C2225675D」


「Cの2225675D……、と」


 そうつぶやきつつシャープペンシルの先を舌に一瞬つけて手元の用箋挟の紙に書き込むと、一つ大きなため息をついてイスの背もたれに寄りかかり、右手の用箋挟を顔の前に持ってきつつ言った。左手はフリーでイスの後ろに回している。


「はぁ~、最低限のところはまあこんなもんか。あとはそのほか言われたやつ聞いて終わりだけど……」


「言われたやつねぇ……。で、何を聞く気だ?」


「ほう? あんまり躊躇ないっぽいな?」


 そう用箋挟を下げて顔をのぞかせつつ何かを探るように言った。

 ……中々わからん男だ。こいつの考えが読めん。なんとなくだが。


 私は表情を何一つ変えず言った。


「……もとより戦争はもう終わったんだ。ある程度なら質問には答える」


「……さいっすか」


「それよりも」


「?」


「……一つだけ質問いいか」


「……お好きにどうぞ」


「……、なぜ、」


「?」









「……なぜ、こんな戦争終わりの時期に尋問なんだ?」









「……ってーと?」


「だから、戦争が終わったこの後に尋問する内容なんてあるのかと聞いているのだ。何かあるのか?」


 私が一番気になっていたことだ。

 戦争中なら、今の戦闘時に重要な機密情報を聞き出せる可能性があるからやる価値はあるが、戦争が終わった今となっては戦闘時に必要な機密関係の情報は今までの戦闘の過程である程度は出回ったも同然のはずだ。

 今更聞くものなどほとんどあるまい。そのほとんど、の内容も今となっては必要性が微妙などうでもいいやつばっかりだ。

 ……よくわからん。ある程度尋問はされるだろうことは予想はしていたとはいえ、今更必要あるのか?


 その疑問には、少しやれやれといった感じのため息を鼻で突きつつ言った。


「……少々酷な話になるんだが、まあ簡単に言えば、」











「……ちっと、あんたら中国人視点から見た政治関係かな」











「……政治関係……、共産党か?」


「まあ、そんなとこだ。あんたら“下っ端”視点から見た共産党に対する見解とか、そこらへんが上の連中としては結構気になるみたいでな」


「なぜわざわざそれを?」


「さあな。でも、話によればどうやら後々中国での政治体制改革がアメリカ主導で行われるって話だったし、それに伴ってそこらへんの下からの視点と見解が必要になってくるとかそこらへんじゃないか? まあ、俺の予想だがな」


「ふむ……」


 政治体制の改革……、か。

 確か、アメリカの無条件降伏を呑まず、代わりに条件付きの降伏で通したという話だったはずだ。

 ここに来た後、あの主席の興福寺の言葉が繰り返し報道されているのを見た。



“私は、たとえどんな時でも、中国人としての“強い意志”を持ってもらいたいと思っている”


“この政治改革のさなかでも、たとえどんな境遇に立たされようとも“中国としての意思を曲げない”ような人間に、今後の政治を任せたいと思う”



 ……正直、あんな党の主席があそこまで考えていたことに驚いたのだが、同時にそれに心を打たれたのも事実だった。

 すべては、中国のために政治体制改革。そこは曲げないでいてもらいたいという、彼なりの願いだったのだろう。

 アメリカの手下政治にはならず、あくまで中国としての意思を持ちつつの政治改革……。


 ……どこまでやれるかわからんが、少し見てみたとは思う。


「まあ、簡単にどんな感じのこと思ってたとか、そこらへん聞いてきてってことだったわ。……んで、」


「?」


「……そこらへんどうだったんだ? 個人的にも結構気になるんだが」


「……」


 少し口に出すのをためらったが、私はそれでも少し静か目に言った。


「……あまりいい印象はないな。少なくとも、私たち下っ端からみれば」


「ほう?」


 そこから、簡単に彼にそのことを説明し始めた。


 あんまりいいものとは言えない。彼らに対する国民側や、下っ端軍人側からの印象はこれまでの行いの関係もあってそれほど好調とは言えなかった。

 さらに、それは4年前の経済危機発生の関係で起きた失業率増加がとどめとなり、それ以降は政治批判一色となり、検閲や報道規制等が間に合わない状態となった。

 それらの要因として、ほとんどはネットの普及拡大がある。これによって多くの人間からの情報が飛び込みやすくなり、海外から見た真実の報道も出回るようになった結果、今の共産党政府の発表や宣伝に耳を傾けにくくなっていった。

 そして、それのとどめがさっき言った経済危機で、この時期になると共産党に対する畏敬どころかむしろ反逆的な思想が大きくなり、反政府デモが各地で起こり始めていた。

 昔では、そのたびに日本批判をしそれを日本に向けていたようだ。もっとも、私はあまりデモというものに興味がなく中身がなんであれスルーはしていたが、それでも最近ではその反政府デモに対する対抗策が反日政策から武力による強硬策に方針転換したようだ。

 少なくとも首都近郊で起きたものに対しては陸軍を派遣して直接立ち退けさせている。外縁部の地域はそれほど届かないようだが。

 しかしその反政府行動は日を重ねるごとに熾烈を極め、一時期は共産党政権の倒壊が謳われたが、それでも何とかここまでもったようだった。


 ……その他諸々、できる限り知っていることを話した。


 彼は実に興味深く軽くうなずきながら聞いており、時折手元の例の用箋挟の紙にメモをしていた。


「……で、私の知っていることはこれくらいだが、他に何かあるか?」


 一通り話し私がそういうと、彼は右手で頬杖をついてため息をつきつつ言った。


「いや……、別に今んとここれだけ聞ければ問題ないが……」


「が?」


「……あんたらも大変だなと」


「……は?」


「いや、政治にいろいろ疑問抱いたりなんだりするのはどこも同じかって。それもあんたらにとっちゃ政治不信に行っちゃったしな」


「……そういうものか?」


「俺たち日本だって、それこそ今はマシになったが、昔なんてひどいもんだったからな。今がどれだけマシになったか」


「ほう……」


 ……どこも政治に大変なのは同じか。

 やはり政治家というものは厄介か。まあ、一応彼らも彼らなりに頑張ってはいるのだろうが。


「まあ、政治が悪いってことはそれは国民も悪いってことだよな。その悪い政治を作ったのは誰でもない国民なんだし。……政治を変えたいなら俺たち国民がかえないといけないんだが、それをわかってる国民がどれだけいることやら……」


「……中国は一党独裁だからそんな余裕も全然ないがな」


「今からそうなるだろ? だから、その時は俺たち日本みたいにはならずに、国民も政治に関心持っててくれ。でないと、またおかしな政治ができてしまう」


「そうか……」


 リアルで民主主義をしている彼が言うと中々説得力がある。

 ある意味、民主主義の欠点ともいうべきか。国民の声が届きやすい代わり、その国民が政治に関心がなかったりするとその影響がダイレクトで政治に向かう。その結果、国が間違った方向に行く可能性が高くなってしまうということか。

 ……そういえば、昔の報道では我が国は結構日本に高圧的な外交をしているらしいことを聞いたが、もしかしたらこれも一因としてあるのだろうか。


 今回の政治体制改革では確実に民主主義体制に移行することになるだろうが、これは中々参考になるだろう……。こういう意見はぜひとも聞きたいものだ。


「民主主義ってのはまあそんなもんだ。少なくとも、今までの一党独裁よりはマシだろう」


「だろうな。しかし、その場合政治に出てくる者たちがやはり政治に詳しくなければ……。となると、やはりどうしても今までの共産党の人間が出てこざるを得ないのだが、彼らはおそらく……」


「もし出てこようものならアメリカから待ったかけられて終わりだろうぜ。そして、結局政治にもろい素人が大半を占めて……」


「……アメリカがこと細やかにいたるところで親米になるよう仕向け、その結果アメリカの手下ともいうべき政権ができる」


「たぶん、アメリカさんの狙いはそれだな。そして、日本みたいな感じのアメリカ依存の国家が形成される、と」


「なるほど……」


 そのほか、彼なりに日本で体験したそれ関連のことを話してくれた。


 尤も、最近の日本はある程度はアメリカからも独立してきた部分はあるらしいのだが、それでもまだ在日米軍が点在しており、国防の一部はアメリカに頼っている部分もある。

 そのほか、技術供与等もアメリカのものが多かったりするし、民間レベルでも一部アメリカとの協力がないと得られないものもあるようだ。

 外交でもそうだ。今回の敗戦に伴い、確実に中国の立場が失墜するだろうが、それを付け狙う可能性もある。

 日本でならと、F-2がそうだと言ってくれた。エンジンだけを譲り受けてそのほかは完全国産で作るはずが、貿易摩擦等の要因もあり、結局はアメリカのF-16ベースのものができてしまった。……それでも、大雑把な見た目以外中身は別物と言わしめるほどの高性能な機体ができたようだし、実際その性能はこの戦争でも行かされたようだが。

 また、イージス艦もその経緯があるらしい。もとは導入する計画はなかったが、アメリカがまた例の貿易摩擦で無理やりその高価なイージスシステムを売りつけ、いやいや導入して、さらにどうせ量産などするつもりはないと豪華に作った結果、思ったより使い勝手のいい便利なものに仕上がってしまった。

 今考えてみればある意味ラッキーな買い物だったらしい。その後さらにイージス艦を数隻導入させたほか、さらに独自改良してあの最強と名高いミサイル巡洋艦“やまと”を作ってしまった。


 しかし、そんなこともあるとはいえ、これらは結局は敗戦以後作られたアメリカ依存の国家体制が災いすることもある、と一言置いた。


 やはりデメリットも多くあるらしい。未だに解決できない沖縄米軍基地問題。なぜか入ったTPP交渉。その他諸々。

 ……あんまり好ましいとは言えないか。やはり、彼らから見てもこれはどうにかしたほうがいいという意見もあるようだ。


 それらを説明した後、彼は一言閉めるように言った。


「……まあ、そんなことだから、お前らも注意しとけよ。絶対アメリカは国際位置的にお前らを取り込む気だから」


「ふむ……。わかった、参考にする」


「ああ。……あ、ていうか、」


「?」


「……どうせなら、」










「お前、なっちゃえば? “政治家”に」









「……は?」


「いや、だからなっちゃえば? そんな国のためなら亡命だってしちゃう度胸あったらできんじゃね?」


「いや君は何を言っている?」


 いやいや、私は生まれてこの方軍人として生きることを志してきたものだ。

 政治などちゃんちゃらわからんぞ。ある程度の知識はあるとはいえ、政治でよくある微妙な事案とかを扱える自信はこれっぽっちもないのだが?


「いや、私に政治などは……」


「あ、でもな」


「?」


 私の言葉を遮り少し顎を指で軽くなでつつ、私の顔をまじまじと見ながら言った。


「……お前、あんまり愛想なさそうだもんな。顔的に」


「は?」


「いや、あんまり笑ったりしなさそうだからさ。国民の心つかむには少し無理っぽいか?」


 そして軽くけらけらと笑った。

 ……正直少々ムカッときたが、あながち否定できないのが悔しかったりする。


「……仕方なかろう。昔からこうなのだ」


「愛想がないのがか? 昔から笑ってこなかったのか、お前って?」


「……」


 そこまで行くと少し過去の話になるのだが……。


 私は少し口を開くのをためらったが、どうせならということでそのまま開いた。


「……もとは上海の裕福な企業の社長の息子として生まれたのだ。一人っ子政策の関係で、私は兄妹もなく一人だけだ。だが、あんまり私に対する扱いはいいとは言えなかった」


「? どういうことだ?」


「いや……、企業の社長というだけあって、家柄も堅苦しく、息子である私にも厳しく教育をしてきていた。母もそれに同調するかのようだった。もっとも、母も同じ企業の部長というポストにいたから仕方ないのだがな」


「……大企業って、そんなにやばいのか?」


「上海市の市内総生産額の約55%を占める大企業だ」


「わ~お」


 尤も、最近では経済危機の影響を受けて若干下り傾向にあるようだが、それでもまだその不動の立場は保っていた。


「……それゆえ、私自身にもエリートとしての教育を徹底され、遊びなどの娯楽は一切やらされなかった。友人との関係も断たれ、とにかく自分みたいなエリートとして育たせるために徹底した教育をさせられた。勉強も半ば無理やりだ」


「エリートねぇ……」


「ああ。親の教育は、はっきり言えば今までの共産党のようなものだった。結果的は自分にしか帰らず、自分には何ら褒美はない。……もとから期待はしていなかったが、それでも不当だったかな」


「んで、結果そんな豊富な感情を持つまでもなくそんな大人にまで育っちまったってことか……。あー、すまん、変なこと思い出させちまったな」


 少々申し訳なさそうな顔をしていた。

 しかし、私は右手で軽く手をふらふらさせつつ言った。


「いや、気にするな。……今となっては、いい思い出だ」


「ほう、というと?」


「……いや、その親は、正確には父は、」












「……追われる身になったのだよ。“共産党に”」











「ッ!? お、追われる?」


「ああ……」


 そう。最終的には私の父は共産党に命を狙われる身となった。

 上海に残ったのは私と母だけだったのだ。

 彼は少し身を乗り出して聞いた。


「な、何があったんだ? その親父さんに?」


「……少々、酷な話になる」


 一息おいて、私は続けた。


 当時父の秘書をしていた母から聞いた話となる。

 経済危機の後、当時社長として企業成長に躍起になっていた父は、その影響をもろに受け、一時企業衰退に追い込まれた。

 その打開のため、共産党側に対して経済援助を再三にわたって要請したのだが、共産党は首を縦に振らなかったようだ。

 当時は知るすべはなかったのだが、そのような打診が全国の企業から来ていたらしく、それらすべてに対する経済援助の手段が全然なかったようだった。

 しかし、結果的に再三にわたる経済援助を断られた父は、一気に共産党不振になり、私や母の反対を振り切って共産党打倒の声を上げる手段に出た。

 企業内で同調の声を上げたものや、友人や親戚から参加者を募った結果、その募集の声がいろんなところに届き、最終的には1万人にまで膨れ上がった。

 父はその代表として、ある日ついに上海で共産党政権打開を謳った“反政府デモ”を実行に移した。

 そのデモは日を重ねるごとに増え、5日たったときにはもはや数えきれないものにまで膨れ上がった。


 しかし、それは長続きはしなかった。


 最悪な事態が起きてしまい、ついに陸軍がデモ鎮圧に乗り出したのだ。

 デモを展開していた者たちが無残にも虐殺ないし拘束されてしまい、それ以降父の行方が分からない。

 しかし、殺されたわけではないようだった。共産党指名の手配犯として、私の父が挙げられており、それは未だに解除されていない。

 つまり、父はまだ生きていることになる。しかし、どこにいるのかはわからない。


 残った私と母に対して、父が行方不明になる直前、私たちのもとに急いだように帰ってきた父は一言こう残した。






「俺みたいにはなるな」






 その意味を、当時に私には理解はできなかったが、今となっては共産党自体と比べれば十分理解できるものとなった。

 今の共産党の国民に対する扱いと、今までの父の私に対する扱い。十分似ているところがある。

 そのまま家を出ていった父が、今に至るまでに二度とここに戻ってくることはなかった。


 それ以降だった。


 私は、中国という国に、いや、共産党というものに対して不信を抱き始めた。

 それ以降は、母が企業の社長を引き継いだが、それでも最初の潤いはない。

 立場は保っていたものの、それは周りの企業も似たような傾向にあっただけで、結局我が家が経済的に苦境になったことにはかわりはない。


 私が軍人になったきっかけはこれにあった。この苦境の家計を、どうにかして賄うにはどうしても軍人以外の道はなかった。

 軍人なら手当等の関係もあり、給料は高い。これでどうにかして家計の足しにするしかなかった。


 もちろん、今回の父の一件もあり、軍人になること自体は大反対だったが、必死の説得でどうにか理解を得ることに成功した。

 その後はとにかく金を得るために必死になって行った。その結果がこれだ。


 ……皮肉なものだった。共産党否認派であったはずの自分が、結果的に共産党のために尽くす立場になるとはな。

 しかし、結局共産党に失望するのは同じか……。何ともおかしな話だ。


 彼はそれを黙って聞いていたが、話が進むたびに顔は暗くなっていった。

 さっき前の軽いような明るいような、そんな彼とは違っていた。

 ……情に流されやすいタイプなのだろうか。


 大体を話し終えると、私は少しの間をおいていった。


「……まあ、そんな自分が政治家などたかが知れるだろう。今までの知識と言ったら、せいぜい経済関係のしか……」


「いや」


「?」


 そんな私の言葉に、彼はさえぎるように言った。


「……むしろその経済知識使えるだろう。今の中国に必要なのはその豊富な経済知識だ。今こそそれを発揮するときだろ。せめて経済関係に詳しい立場として政治の場に立てば重宝されるぞ?」


「だ、だが私は政治家などという重い立場など……」


「いや、できる」


「はぁ?」


「だから……」










「自分で変えればいいだろ。今までの中国を変える、そんな自分にな」








「……私がか?」


「ああ。何なら俺の部下の兄にその政治に詳しいやつがいるから紹介してやろうか?」


「ほう、誰だそれは?」


「知ってるだろ。新澤ってやつ」


「……ああ、彼か」


 あの、私を一番追いつめた日本のエースだったか。例のあの若造だ。

 最後の最後、USMを引き留める役割も一緒に行った者だ。


「彼が、どうかしたのか?」


「いや、あいつの兄がな、その政治関係詳しいって話らしくてよ。そいつのほうにあいつを通じて掛け合ってみるか? どれほど使えるかは知らんが」


「ほう……」


 というか、その彼の兄自体は実は見たことあるのだがな。

 あの最後の最後でやったUSMのやつ。あれの時に彼が自分の兄を見たといった時に同じく見えた男だ。

 彼も彼でまた結構若かった。それほど離れていないと思う。

 そうか……、彼が、か。

 軍人であると同時にその政治にも詳しいとは……。まあ、どこまで使えるのかは確かに分らんが、少なくとも私よりは知っているだろう。


「……まあ、考えておくよ。まだ決めるには早い」


「ああ。だけど、決めるなら早めにな。噂では順調に進めば中国で行われる最初の正式な選挙は来年になるらしい」


「来年か。ずいぶん後だな」


「いろいろ準備とかが必要なんだろう。それまでに、いろいろ知識をためておく必要があるからな」


「……そうだな」


 といっても、時期的にはあんまり時間はないようにも思えるがな。


 ……と、そこまで話していた時だった。


「……あ、やっべ時間だ」


「?」


 彼は左手首にかけていた腕時計を見ると、おもわずそうつぶやいていた。

 そしてそのまますぐに扉のほうに行き、隣にいたらしい兵士に一言いうと、またその場で私のほうを振り返り言った。


「そろそろ次の奴もやんないといけなくてな。お前の尋問時間はここまでだ」


「そうか。……大半を無駄話で済ませてしまった気がするが」


「いや、別段そうでもない。俺的には十分面白い話が聞けて良かったぜ」


「そうか。それなら別にいいのだが……。で、この後私はどうするのかね?」


「基本室内待機だってさ。ただし出入りは自由」


「……ずいぶん緩いな。捕虜に対してそんなのでいいのか?」


「少なくともお前らは信頼には値するよ。今の話を聞いてもな」


「……そうか」


 今の話がうそだったとかそういう疑いはしないんだな……。しかしまあ、今言ったのは全部本当なのだが。


「……それに」


「?」


「……嘘をついているようには見えんしな。俺の目には」


「……ほう?」


 私の考えを見透かしたようにそう追加した。

 ……読まれている、か。私も落ちたものだ。


 そう思うと、なぜか私は自然と笑みがこぼれた。


 それを見た彼も少しにやりと笑みをこぼしたが、その時また扉のほうから兵士が顔をのぞかせ、彼に一言耳打ちする。

 それを聞くと同時に、彼は私に言った。


「じゃ、あとはこの兵士について行ってくれ。そのあとはなんかの指示が出るまで室内待機なんでよろしく」


「うむ。……では、私はこれで失礼する」


 そう言って私はイスから立ち上がり、扉のほうに向かった。


 ……そこから出る直前、


「……燕中佐」


「?」


 そう引き留めた彼は、私のほうを横目に見て、口をにやりとゆがませていった。


「……今後、中国に必要なのは主席が言ったような強い意志だ。お前の持ってるようなのな」


「……」


 私は横目にそれを見ると、ふっと笑い一言言った。


「……そうだな」












「……考えておくよ。川内大尉」















 私はそう残すとそのまま部屋を出ていった…………

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