終わりの夕日
―TST:PM17:30 南シナ海 DCGやまと艦橋上―
「……お?」
俺は相変わらず艦橋の上で休息をとっていたが、俺はあるものに視線が行った。
それは、空にあった。
「……天使の梯子、か」
雲の切れ間から延びる、光の線だった。
時刻は大体午後5時ごろ。
もう夕日が出てきている時間帯だった。
このころになると、ダメコンや負傷者治療支援とかもあらかた完了し、接舷はしたままだけど今やまとの艦首のほうでここに曳航のためにやってきたCVL“あかぎ”が曳航ロープつないでいる最中。
やまと自身が大型重排水量のために、それに耐えれる艦がもうあかぎみたいな大型艦に限定されてしまっているのが何とも厄介なところだ。
空母に曳航してもらうとか普段なら中々考え付かなかったことだが、まあこんなこともあるということで一つ。
また、周りの艦船は一部は台湾方面に向かい味方艦隊と合流し始めている。中国艦隊はとりあえず台湾指揮下に入れて今後の動きとかは司令部任せ。
……でも、向こうからの決定が全然来ない。たぶん、こんな大規模艦隊どう扱うか思いっきり悩んでるんだと思う。
何度も言うようだけど、艦隊規模のほぼ亡命同然の艦隊なんてどう扱えって話で、もうここで持ってても完全に持て余すだけだからたぶん本国に返してその港でアメリカの保護を受ける形になるだろうな。
一応アメリカからもオーケー返答が来ている。けど、アメリカ側の準備がまだ済んでないから、その間どうするかで悩んでるんだと思う。向こうの準備完了の予定は3日後らしいとのことだった。
アメリカ曰く、中国艦隊はとりあえず拘束のために一カ所にまとめたいってことらしく、そのために東海艦隊の母港である“寧波”に集めることになっているらしい。
だから、たぶん向こうの準備が完了したら日台で護衛しつつ寧波近くでアメリカに引き渡すことになるっぽい。
……全部を拿捕なんてことはしません。というか、多すぎてできません。してられません。
話がずれた。
とにかく、今はそんな時間帯だということだ。
そして、空ではさっきまで立ち込めていた雲が大きく晴れてきており、その隙間から漏れた夕日の光が数本の細い線として地上や周りの空にさしていた。
いわゆる『薄明光線』というやつで、この天使の梯子とかって名前は旧約聖書の創世記28章12節でヤコブっていう創世記に出てくる偉い人が夢で見た、天使が上り下りしている天から地まで至る梯子、ないし階段が元ネタって言われている。
……このネーミングは俺的にはセンスがある。何ともロマンチックというかなんといか。
まさしく……、
「……そこから天使が降ってくるんですかね?」
「降ってきたら私天に召されますね」
「死んでないのにね」
「いや、私たち半ば幽霊みたいなものですから」
「あ、そうか」
そして3人で大爆笑である。この、3人の乙女たちにとっては中々大好物な光景だろう。というか、何気にさらりと縁起の悪いことを言っておられる。
やはり艦魂とはいえ乙女ですかね。こういう神秘的というか、ロマンチックなああいうのには胸をときめかせる的な。
……というかやまと、散々嫌がってた割には未だにその膝枕してもらってるのに関して少しツッコんだらだめですかね?
最初見て思いっきり百合展開を察して空気読んだと思ったらただの好意だったってのには納得したが、でも未だにさせてもらってるあたりお前も結構気に入ってるだろそれ。
というか、寝かけるな。目が半分閉じかけてるけどねるな。傾きかけてるとはいえまだ日は高い。
「……写真おさめれればな。今カメラもってねえや」
早々見れるわけでもないしな、ここまできれいなのは。
というか、よくもまああんな都合のいいところに分厚い雲があったもんだ。こういうのたまにできるから自然ってのは面白いんだよな。
「(……新鮮な天使の梯子だ)」
何でもない、いつも見るもののはずだった。青白い空に輝くオレンジの太陽から差し込む天使の梯子。
別に珍しくない光景のはずだった。というか、曇っていない最後の青空を見せていた数日前にも見た。
しかし、今日はやけに新鮮っぽく見える。今までの夕日とは違うようだった。
……結構、その夕日から差し込む天使の梯子が輝いて見えたのだ。
「(……これが、生きてる実感ってやつか)」
生死の狭間から生還して、やっとまた生きてるって実感がわいてきたということなのだろうか。
考えてみれば、こうして毎日毎日生きてこういう光景を見れるってのは結構ありがたいことなんだよな。
下手すれば明日にでも死ぬかもしれないこの現実、こう毎日毎日生きれるってことは実はすごい幸せなことなのかもしれない。
……そう考えれば、この周りの景色や光景も結構新鮮なものに見える。
そして、結構輝いて見える。
「……生きている証、か」
それが、俺が生きている証になってるんだろう。
今ここまでで死んでいったひとたちだってこれを見たかったはずだ。俺はそれをよく考えないといけない。
……生きてるのが当たり前でないってことを、今回の戦争でよく思い知らされたな。
「……ん?」
すると、さらに時間をかけてその天使の梯子を見ていた時だった。
「……覗いてきたか」
夕日に被っていた分厚い雲が風で流されたようで、夕日がその雲から若干顔をのぞかせそのオレンジ色の身を見せていた。
別に直で見てもまぶしくないほど低い位置に来ていた。
……今日のはなかなか明るく輝いているな。
よく見れば、ほんのちょっとずつ下に下りていっているのが見えた。
西のほうは海である。
……今日、一日の終わりである。
「(……終わりか。今日この日で、何もかもが終わりを告げたな)」
あわただしかった動乱の19日。そして、戦乱の19日だった。
それによって、さまざま人たちの運命が変わった、変わりまくった19日だった。
だけど、それも今日で終わる。この日をもって、すべてが終わるんだ。
この夕日が降りるこの日、そのすべての動乱、戦乱が終わりを告げる。
……余計、今日の夕日は何かいつものと違うように見えて仕方がなかった。
「……きれいなものだな」
俺は何となしにそうつぶやいたが、それが後ろにいた3人にも聞こえていたらしい。
「? 何がですか?」
やまとがほか2人の言いたいことを代表するようにそう聞いてきた。
俺は一つ鼻でため息をつくと、目線をその夕日に固定させつつ言った。
「いや……、今日の夕日、やけにきれいに見えるなって」
「え?」
すると3人もその夕日を見た。
ここまで来ると、空も天使の梯子の影が薄れてしまった代わりに、そのきれいな丸い夕日が姿を完全に見せていた。
周りのオレンジ色の空がその夕日の存在を引き立てる。結構目立つように見えた。
……うん、きれいだな。
「……もしかして俺だけだったりするか」
「いえ……。まあ、見えなくはないです」
ほかの2人も似たような答えだった。
少しそれ以上の言葉が見つからずにそのまま夕日を見たまま沈黙する。
その間にも、曳航準備はあらかた完了し、すぐに航行が開始されようとしていた。
そろそろ曳航が始まるころだと思う。艦首で曳航ロープの接続作業をしていた乗員も今はほとんどいなかった。
……あとは彼女に任せよう。かつて世界最強の空母部隊の中心空母だった赤城が、かつて世界最強の戦艦だった大和を引っ張る構図。
……何かの縁かなんかなのだろう。組み合わせが結構面白い。
それぞれの中心的存在か。まあ、今現代でも似たようなものだろう。尤も、それに似たような光景をミッドウェーで見せれなかったのは残念だが。
「そろそろ曳航はじまります。接舷も解除に入ると思いますけど、2人はまだいいんですか?」
「いや、もう少しだけ」
「……そうすか」
丹陽さんがそういったのを否定せず一応受け止めた。
まだ膝枕状態の丹陽さんとやまと。そしてそれをにこやかな笑顔で見ている成都さん。
……中国の最新鋭艦もこの笑顔である。ほほえましい限りです、ハイ。
「……」
俺はそのまま夕日を眺めていた。
そのうち、曳航準備が完了したらしく、両サイドにいた丹陽と成都が離れていった。
しかし、護衛という名目でまだ近くに入る。曳航の邪魔にならない程度に。
ある程度近くにいたら艦魂も相手側にとどまれるらしい。2人ともここから動かない。
曳航も始まった。「やまとさん重いねー」とかどうとかがあかぎさんが言った時何を勘違いしたのか「重くないです!」と思いっきり事実と反することを言ってのけたが、そのあと本当に言いたかった意味を察した瞬間思いっきり顔を赤くしてあかぎさんが思わず潜在的な百合性が働いて抱き付きかけたのをかがさんがとめる事態が発生。
……異性に縁がなくずっと女性と付き合っていった結果、どいつもこいつも百合性になるのか。というか、かがさんあかぎさんのツッコミ担当なのね。あの様子、相当な重労働状態と見た。
中々俺と似たような境遇だな。俺とてあの変態共にツッコミ入れまくった結果違う意味での重労働なんだな。
あとで胃薬を差し入れしてあげよう。
……というか、かがさんいつの間にこんな近くに。万が一何らかの事情で曳航できないってなった時の予備担当かな。あと、上空護衛担当という芋もあるかな?
さらに、よく見たらその2隻の護衛もちょうど2隻いる。どっちも成功級フリゲートだった。
台湾艦隊からの派遣か。向こうでも状況がまとまって戦力運営にも余裕ができてきたということか。
今ここにいる元の艦隊の艦船はほとんどが反転して台湾に向かっており、ここに残っているのはこのやまとを護衛する艦。
丹陽さんの護衛の旗風さんやそのほか一部の駆逐艦が残っていた。
……もう、さっきまでの戦乱が繰り広げられていたこの海域も、今ではすっかり静かなものになった。
つい数時間前の激闘がまるでうそのようだった。俺たちなんて現代に似合わない砲撃戦をやったってのに。
そして、やまとに至っては競り合い合戦ですよ。はは。
このところからも、なんか本当に終わったってのが実感できた。
静かすぎたんだ。さっきまでの騒音に慣れてしまったのか、静かなのにまた別の新鮮さと違和感を感じていた。
「……」
俺は曳航が始まったその艦の艦橋上から、面舵している曳航針路上どんどんと視界の左にずれていっている夕日を見た。
そして、その夕日を見て、なんとなく思った。
「……もう、本当に、」
「……戦争、終わったんだよな……」
そうしつこくいってしまうほど、今この時点ですごい実感を覚えている…………




