サブマリナーの終戦
―TST:PM15:30 日台中艦隊付近浮上中 SSそうりゅう艦橋―
「……終わったか」
私は静かにそういった。
浮上中の潜水艦の艦橋上。
なだらかな風が私の汗で若干濡れた肌をぬぐい、少々涼しい感覚を私に覚えさせる。
空の上は晴れかけてきた曇り空。まだまだ厚いが、夕日が沈むころにはもうだいぶ晴れてきているだろう。
……私の心境はその空のように少し晴れやかになりつつあった。
戦争が終わり、だいぶこの周りの乗員たちも肩の力が抜けたようだった。
まだ油断ならぬ状況ではあるものの、それでも戦争のプレッシャーから解放されたのだ。人間、どうやってもそうなるし事実私だってそうだ。
もうさっさと休みたい気分なのだが、いかんせんまだ総司令部から近隣哨戒を頼まれてるからなぁ……。まったく、人使いが荒いもんだ。
ま、それと引き換えにこれが終わったらしばらくの休養だ。
その間に、家族にでも会うとするか。
「副長、この後の予定を確認だ。この艦隊の動向を見届けた後……」
『あと10分で潜航し近海を哨戒して終わりです。哨戒エリアを一通り見たらあとは日本政府の管轄に戻っていいとの指令を受けています』
艦内の司令室にいる副長からの声だった。
彼もだいぶ肩の力を抜くことができたようだ。少し声に軽さが感じられる。
ある意味、一番真剣にここまでやってこれたのは彼のおかげでもある。彼のサポートのおかげだったな。
……彼にも感謝せねばならない。
「了解した。ソナー、もう少し働くことになるが、頼むぞ」
『了解。帰ったらその代わり十分休養入りますからね』
「好きにすればいいさ。帰ったらの話だがな」
『了解』
ソナー。彼もまた本艦の目、耳として頑張ってくれたな。
まったく、彼のあの聴音能力にはたびたび驚かされるばかりだが、それでもこの艦が生き残っているのは彼の監視の目のおかげでもあるだろう。
そのほかの乗員もだ。チームワークとはまさにこういうときにでるもんなのだが……。
……ふぅ、
「……さっさと終わらせて、母国へ帰るとするか……」
艦橋の手すりにつかまりつつ、艦の前方を見つつそう言った。
その先にはまだ日台中3ヶ国の艦船が航行しており、それぞれ前のほうからどんどんと反転していっている。
……が、まだまだ時間はかかりそうだ。
「……はぁ、今日もいい加減疲れたな……」
と、そんな愚痴を呟いた時だった。
「なんなら肩もんだげよっか?」
「ぬぁ!?」
いきなり艦橋の手すりより前のほうから顔をひょっこりだしていったのが一人。
手を手すりにおいてその両手の間に顔がある構図がなんとなく猫みたいなのを連想させられるが……、
……は? はぁ?
「……誰だ、君?」
私は開口一番そういった。
若干藍色の髪。ゴールデンポイントのポニテに海軍の第3種夏服をきている。さらに向かって右の頭にはなぜか白く“501”とあしらった髪飾りの……。ていうかおい。
「……??」
なんだってこんなところ上ってこれたんだ? 上る梯子とかないぞおい?
……と、そんなことを思いつつ顔をしかめて固まっていると、
「……あれ? 見えちゃってるのかなこれ」
「は?」
「いや……、私てっきり、」
「“声だけしか聞こえない”と思ってたのに」
「……は?」
……声しか聞こえない?
……ちょっと待て。ということはまさか……。
「……声だけだったってことは、お前まさか?」
「うん。……これ見て大体お察しでしょ?」
そう言って右手で自分の左頭にある501の髪飾りを指さした。
……なるほど。ふむ。大体言いたいことはわかった。
「……そうか。では君が」
「そういうこと。初めまして。私が“そうりゅう”の艦魂だよ」
「ふむ……。艦長の新澤だ」
「はは、なんかよくよく考えたらやばいことなのに結構あっさりすんじゃったね」
「まあ、相手が私だからな……」
こんなそろそろ年が見え始めてきた年代のものだ。あんまり、こういうのになかなか若いやつらみたいな激しい反応を示さなくなってきたのだろうな。
……何とも悲しいことよ。というか、まさかほんとにいたとはな。
親父が言っていたことは間違いではなかったということか……。世の中、事実は小説より奇なりとはよくいったものだ。
そのまま彼女は身を乗り出して艦橋の手すりに内側に足が向くように座った。
私もそれに合わせるように、隣で内側に体を向けて後ろの艦橋の手すりに背中で寄りかかった。
……それにしても、
「……しかし、見た目結構若いんだな」
「そう見える?」
「まあ、私の常識からすればな。あと容姿もいいし」
「おっほぅ、美人って言われた」
「え? あ、ん、んー……。そ、そうだな」
思いっきりランク上のことを言われた気がした。
まあ、容姿いい=美人という発想も一応は間違いではないがな。しかも、結構若いことがそれを助長させている。大体まだ女子高生レベルでしかない。
……そういえば最近若い女とか全然見てなかった。悲しいかな、職業柄こんな汗臭い男どもしかおらんのだよ。女性軍人なんていないのだよ。
「……何の恥じらいもしないんだな。一応君が美人だというのには同意したのだが」
「まあ、うれしくはあるけどね。でも、別にそこまでするような内容でもないでしょ?」
「ほう……」
そういって彼女はニコッと笑って見せた。その時白い歯も軽く見えていた。
……中々明るいやつだ。嫌いじゃないな。
「……こんな元気娘の艦長だったとは。美人さんの肌気づつけちゃまずいなこりゃ」
「その割にはその被弾すら想定内と言わんばかりの戦術ばっかしてたけどね」
「はは……、少々無茶なことばかりさせてもらったが、耐えれそうか?」
「一応はね。でも、びっくりすることばっかりするね艦長さんは」
「自分でも少々な……」
特に、いつどきかの敵潜2隻を相手取った時とかな。
アンカー落として無理やりドリフトさせたり、水中の壁に魚雷ぶち当てたり……。通常の対水中戦闘の常識を見事に覆しちゃったからな。
……もう、あんな無茶はやめとこう。さすがによくよく考えたら危険極まりないし何より精神的に持たん。
「でも、艦長さんのそういうとこ好きだったりするよ? 優秀だなぁって思えるし」
「そりゃどうも」
積極的だな。好きとかどうとか。何気に発言内容がドストレートじゃないか。
……あー、アニメで言えば主人公とメインヒロインの間に割って入って気づかないうちに主人公に接近してメインヒロインの嫉妬買うタイプのキャラだな。
でも、あの後って結局は和解で終わるよな。たいていは。
「……それで、この後どうするの?」
「ああ、一応艦隊の動向をもう少し見守ったらまた近隣哨戒を簡単にして終わりだ」
「はっは~、また潜って哨戒かぁ……」
「すまんな。もう少し耐えてくれ」
「いやいや、私は艦だからそっちの命令には従いますよ。……と、じゃああともう少しでやまとさんの姿もしばらく見れなくなるかな……」
「やまとさん?」
となると、ここにいるので言えば巡洋艦やまとか。
あの艦にも艦魂がいるということか。口調的にすでに友人関係にあるようだが。
……そういえば、やまとと言ったらあの迎撃、すべて完璧にこなしてしまったな。
まったく、あんな無茶をしてのけるとは。我が息子はいったいどんなチート人間になってしまったんだ。お父さんはそんな息子に育てた覚えはないぞと震え声でいってやる。
「日本の誇りの艦だよ。……結構明るくていい人だから」
「ほう、そうか」
こうやってそうりゅうの艦魂にも会えたんだ。できるならほかの艦魂にもあってみたいものだが……。まあ、いつか見れるだろう。
艦魂がいったいどんな奴らなのか見てみるのも面白い。
「……そういえば、艦長さん以外にも私たち艦魂が見えるっぽいってこと聞いたことあったような」
「ほう?」
私以外にか。そこそこいるものだな。
……やはり、見えるやつには見えるのか。
「誰だ、ちなみに?」
「えっと……。やまとに乗っていた乗員さんらしくてね。苗字が艦長と同じ……、」
「新澤って人だったよ?」
「……ッ!? あ、新澤だと?」
「うん。何でも若手の乗員さんみたいだって。私は見たこともないし話したこともないけどね」
「ふむ……?」
……やまとで新澤、か。
となると、あいつしかいないな……。
……そうか。
「……あいつ、俺より先に確認していたか……」
息子に後れを取ってしまったか。まあ、別にかまわんが。
しかし、あいつも見えているのか……。親父も見えていたし、もしかしたらこれは遺伝的な何かなのか?
面白いものだ。遺伝だけでこんな異能まで身に着けるとはな。
「……下の名前は、もしかして大樹か?」
「おー、よく知ってるね。知り合い?」
「知り合いも何も……、その彼、」
「私の息子だぞ?」
「……え!? ほんと!?」
たいそうびっくりしたようで思わず両手を話しそうになっていた。
……まあ、それだけびっくりするのも無理はないか。
「ああ、本当だ。そいつは私が生んだ息子の長男だ。今はやまとで操舵の任についていると聞いていたが……。そうか、あいつも見えていたのか……」
「もはや仲睦まじいカップル状態らしいよ?」
「ほほう……」
そんなになるまでの関係をすでに持ってしまったのか。
まあ、あいつは周りと溶け込むのが早すぎると小中学の時の先生から評価どころかすでに驚愕されていたくらいだからな。相手が艦魂という名の実質“幽霊”だろうがなんだろうがやろうと思えばなんだって中yくなってしまうのはもはやあいつの性根かなんかか。
……とはいっても、かくいう私も結構すんなり彼女と仲良くなってしまったがな。
「ふふふ……、私たちも負けてらんないね?」
「……いや、どういうことだそれ?」
「え、だって、こうなったら私たちも組んで対抗……」
「いや、私既婚者なんだが」
だからああやって息子生んでるんだが。しかも長男。
だが、彼女はそんなことはお構いなし。
「いやいや、ここは海の上。ここでくらいなら浮気とかはセーフだって。仕事仲間とつるむようなもんだし」
「その仕事仲間が艦か。何ともシュールなもんだ」
「まあまあそういわずにね。ね?」
「……はぁ」
……なんだ、艦魂ってこういうラブコメが大好きなのか? 男というか、カップル関連が絡んだとたんすぐにこれなんだが……。
……私なんてもう50になりそうなほどの年齢だというのに。カップルに年齢の差はないってか? それでも限界と場合ってものがあってだな。
「……まあ、かってにやっててくれ」
「やっほ~い! じゃあ勝手にカップル組んでるね」
「でも変な勘違いだけは起こすなよ?」
「保障できません」
「おいおい……」
まあ、唯一の恐怖の対象である妻とは仕事上中々会えんしこのカップルは艦上限定だから問題ないか。
「……と、ん?」
「?」
すると、私の無線がすぐに声を発した。
『艦長、まもなく潜航時間です。見張りの退避は完了しています。艦長も早く』
と、もうすでにこんな時間のようだった。
この大規模艦隊の光景もこれで見納めかね……。しかしまあ、また見れることを祈って。
「了解。すぐに向かう。……と、。そろそろ時間のようだな」
「みたいだね。……どれ、じゃあもう一仕事入りますか」
「ああ。そうだな」
これさえ終わればあとは休養だ。我慢我慢。
……と、彼女が一言「じゃあ」といったその直後、
「あ、それと」
「?」
私は艦橋のハッチの前まで言った後、振り返って彼女に一言投げた。
「……戦争、お疲れさん。ありがとな、私の艦で。中々、いい艦だよ」
せめてものねぎらいだった。
相手は艦とはいえ、結局はともに戦争を生き抜いてきた“相棒”。そんな彼女に敬意を示すことは別に間違ってはいないはずだ。たとえ、相手が“潜水艦”でも。
彼女も、一つ軽く笑顔を作って返した。
「……こっちこそ。いい艦長さんに巡り合えてよかったよ」
「……光栄だな。こんな私でいいのか?」
「もちろん」
「はは……、かわいい女の子に励まされるとは、まだ私の人生も捨てたものではないな」
「う、か、かわいい女の子って……」
なぜこの単語では顔が赤くなるのか。
美人だと問題ないのに、これだと反応するのか。もう意味合い的なものでなく単語自体に反応しているんだろうかね。
……まあ、それはそれでかわいいがな。
「まあ、間違っちゃいないよ。……そんじゃ、」
「……うん」
「最後に、もう一仕事するか」
「……だね!」
そういって互いに艦内に戻った。
というか、向こうは消えたのだが。
……この消えた時どこにいったのかは知らんが、
とりあえずこれに関しては後々大樹に事情聴取ついでに聞くしかあるまい…………




