安堵の日台両政府
―TST:PM15:05 台湾首都台北 大統領官邸地下統合国防情報室―
「部隊の戦闘はすべて終了したのだな?」
私は確認がてらそう聞くと、幹部はすぐに答えた。
まだ先ほどまでの興奮が冷めやらない状態のようである。
「はい。各地での戦闘は、先ほどをもってすべて終結しました。総司令部も陥落したことですし、もう大丈夫でしょう」
「よし……。これで、やっと終わったか……」
その報告に私はやっと胸をなでおろすことができた。
中国の降伏後、まだ全部の戦線での戦闘を終わらせるまでに少し時間をかけねばならなかった。
そうすぐに全部隊に事態が伝わるというわけではなく、少し時間にブランクがあった。
しかし、それもすぐに終わったようだ。今さっき、すべての戦線から戦闘終了の宣言が下された。
これ以上はもう……、戦闘は起きないだろう。
「……ようやく、これで長かった戦争も終わる……」
「大統領……、私たちは」
隣にいた黄首相は少し未だに信じられないような目で私を見てきた。
……私は、それに対して軽く微笑みながら言った。
「ああ……、安心しろ。私たちはやっと、」
「この戦争に、勝利することができた……」
「そ、そうですよね……ッ! はぁ、やっと終わったぁ……」
その言葉の瞬間、この空気の中に、さっきの歓喜の声とは違って今度は安堵の雰囲気が立ち込めた。
最初降伏宣言がなされたときは雷鳴が鳴り響いたかのごとくの大歓声だったが、今ではそれは少し自重だ。
……それだけ、ここにいる者たちの緊張の糸が張りつめていたってことだろう。やっと解放されたんだ。こうもなるか。
私とて似たようなもんだ。本音を言えばさっさとイスカ何かに座ってしまいたいが、あいにく今はそれはほかの部下が全部使ってしまっているゆえ。
……今度はもう少し椅子用意しとこう。足が疲れる。
私は周りを見つつ呟くように言った。
「……とにかく、今回は世界に感謝せねばならんな。彼れのおかげでこの賭けに勝ったようなものだ」
それに答えたのは金国防大臣だった。
「ええ……。特に日本には、直接支援してもらいましたから」
「最後の最後は日本に任せっきりだったしな……。感謝の念が尽きん」
最後の最後、核が落とされるという危機的状況でしっかり役目を果たしてくれたのは日本の巡洋艦だった。もちろん、我が国も精一杯の援護をしたらしいが。
日本の支援がなければ今頃我が国は核の炎で焦土か……。いや、そもそもこんな高雄市突入という決断自体ができなかっただろうな。
戦争が長引く可能性があったし……。日本とて、こんな無茶な遠征をするのはなみなみならぬ努力が必要だっただろうが、それでも彼らには大いに感謝せねばならないだろう。あとでお礼だけでなく謝礼訪問でもしていくか……。
「ええ。あと、今後の予定についてなのですが……」
金国防大臣が次の話題を提示たところを、黄首相がかぶせていってきた。
「とはいっても、まずは各部隊の編制確認をしつつ、日本の部隊は順次日本に送る作業でしばらくかかるだろう?」
「ええ。まずは日本の皆さんをお返ししなければ。まず、航空部隊に対する燃料の補給等は今の備蓄でも十分できますのでこれを彼らに与えるとします。海上戦力も、揚陸艦部隊に日本国防陸軍の戦力を乗せ終えたら、一部の我が国の艦隊を護衛に回しつつ、東シナ海途中まで護衛いたします」
「うむ。……一応戦争は終わったとはいえ、まだもしかしたら何らかの戦闘が起きないとも限らない。十分注意はさせてくれ」
「了解」
この、大規模な陸上戦力を乗せ終えてそこから日本に途中まで護衛して、っていうところで時間を食うことになるだろうな。
まあ、あんまり焦る必要もないし、ゆっくりでも最悪かまわんか。
航空部隊の燃料補給も、今残ってる日本国防空軍の戦力全部に与えるとなると、最大1週間はかかる。
……それだけ、日本は大量に送ってきてくれたということだな。
「……それと、あとは国内の被害想定とそれの復旧作業。……まだまだやることはあるぞ」
「……しばらく、休めそうにありませんね」
「ああ……。だがまあ、結局国が死ぬよりはましな労力だ。これくらいなんてことはない」
ある意味うれしい悲鳴ともいえる。
私は一つ深呼吸をしつつ、周りを見渡した。
全員、安堵の表情で各々の仕事に従事していた。先ほどまでの緊張感が張りつめた彼らの顔ではない。
ある意味で生き生きしていたともいえるだろうか。戦争が終わったことによって緊張の縛りから解放されたからだろうか。
……彼らの、笑顔が戻った。
「……では諸君、戦争は終わったがもう少しだけ、」
「もう一仕事するぞ」
彼らは私の言葉に力強くうなずいてくれた……。
―同時刻 日本国首都東京 首相官邸地下危機管理センター―
「そうか……。全世界の戦線が戦闘を終結させたか」
私は新海国防大臣からの報告に対してそう答えた。
周主席の降伏宣言により、一応正式にここに戦争の終結が完了した。
それに応じて、アジア各国の各戦線でも終結の動きが出始めてきており、今さっきそれがすべて完了したことを確認する報告が彼からなされたのだ。
結局、中国はロシア以外でのアジア各国に戦線を拡大することとなったが、長続きはしなかったようだ。
やはり多方面での戦局拡大は戦略的に無意味だったのだ。どういう理由だったかは知らないが、こんな無謀ともいえる戦局拡大の理由は後々判明するだろう。
新海国防大臣はいつも通り冷静な口調で答えた。
「はい。あとは米軍が近隣海域の哨戒を行いつつ、各国の戦闘後処置に努める予定です」
「ふむ……。フィリピンやタイあたりはひどいことになってそうだが、どうか?」
「時間をかけるしかないでしょう。まあ、できるならこっちからも支援しましょう」
「うむ。……とはいっても、こっちもこっちでその余裕があるかはわからんが……」
こっちとて沖縄戦での大被害を何とかしないといけない。
したいのはやまやまでも、それをできる余裕があるかどうか。
……もう少し時間がかかるかな。
「とにかく、戦争が終結した今、とりあえず今後は復興に最大限の努力をするべきです」
「それはもちろんだ。すぐに沖縄の復興のためのプランを立てねばなるまい。そのためには沖縄の被害報告をまとめなければ」
「それは明日にでもまとまります。これをもとにさらに練りましょう」
「うむ……、わかった」
とはいっても、向こうも大損害だろうな……。最初の弾道ミサイル。そして陸上戦闘。
これらの過程でどれほどの被害を受けたのか。想像もつかない。
……時間は、結構かかりそうだな。
「……あー、それで、」
「はい?」
すると、隣にいた仲山副首相が話題を変えた。
「……この後の降伏調印式の予定って、もう立ってるのか?」
降伏調印式か。
とはいっても、アメリカの提示した無条件降伏ではなく条件付きの降伏だったのだが、期限を提示してしまったしこれで拒否しようものなら「いくらなんでも身勝手だ」と世界から思われても仕方ないし、たぶんオーケーだな。
というか、ついさっきアメリカがこれを好意的に受けとめる旨の宣言をした。直接オーケーとは言っていないが。
彼も、最後の最後で少し策を出したな。アメリカの作った罠を逆にひっかけさせるとはな。
……ある意味、今の日本の必要なのはああいう強い意志なのかもしれない。最後まで、“自国民のために”。
それには、山内外務大臣が答えた。
「それに関してなのですが、一応世界世論がこれを受け入れるムードになっていますし、アメリカももうまもなくこれを受け入れる宣言を国連と共同ですることになると思います。となれば、うまく事が運べば大体長くても1週間程度で準備が完了するかと」
「それでも1週間なのか」
「調印式場所を選定したりするのに少々時間がかかっていまして」
「ふむ……。そうか」
まあ、いずれにせよアメリカと国連がオーケーしたらあとは成り行きに任せよう。
こっちがいらなく出てくる必要もないしな。
……とはいっても、大体どこらへんでやることになるのやら。日本の無条件降伏のときのミズーリ艦上のあれみたく艦の上でやるんか? でもする必要もないしな。てか誰の艦を借りるんだか。
……まあ、どうせさっさと済ませたいからアメリカのどこかで済まるんだろうな。アメリカはぱっぱと終わらせたいだろうし自国内で済ませたほうが準備も簡単に済む。
「そうなると、周主席の保護は? JSAからの報告は?」
その問いに新海国防大臣が答えた。
「JSAからは一応保護は問題なく行われており、あとは降伏調印式に中国のエスコートと称して護衛に入ります。……そのあとは国際刑事裁判所の調査団に引き渡すことになるでしょう」
「そうか……」
今現在の時点で彼らの存在がばれてないという虫のいい話はないかな?
……そうなったら、もうきりもいいし彼らの存在を明るみに出すのも視野に入れたほうがいいか? まあ、今はまだそこらへんはいいだろう。
とにかく、降伏調印式には彼自身が乗り込んでくるらしいし、そうなったらあとは途中で暗殺されんようんせんとな。せっかく順調に言っていたのにここで横やり入れられたら面倒だ。
「とにかく、この後の作業は各自順調に行うように。……せっかく戦争が終わったんだ。最後まで、しっかり仕事をこなそう」
「了解」
その後、彼らは各自の持ち場に戻りすぐに各種指示を出し始めていった。
また少しこの場があわただしくなるが、今までとは違って少し空気は軽い。
戦争が終わっての緊張の糸が少しほぐれているか。まあ、少しは緩めても問題ないか。今回くらいは。
……はぁ。
「……なんとか、」
「無事、終わることができたか……」
改めて戦争の終結を実感し私は軽く天を仰いだ…………




