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『やまと』 ~戦乙女との現代戦争奮戦記~  作者: Sky Aviation
第8章 ~日台vs中最終決戦! 敵本拠地高雄市陸海空軍総力戦!~
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主席の決断

―CST:PM14:40 中華人民共和国首都北京市内 在中アメリカ合衆国大使館内大使公室―








「……ご到着されましたか、主席閣下」


 私が大使公室に到着すると早々に在中米国大使が出迎えてくれた。

 少々年をとっている大体40代後半の男性だった。黒いスーツを身にまとい、少し長い時間私を待っていたようだった。

 私は彼に一礼するとともに、すぐ近くで護衛してくれていた日本人スパイの彼女に二人にさせてくれと一言残し、その部屋に入った。


 在中アメリカ合衆国大使館。


 北京市内某所にたたずむアメリカとの政治上の高度伝達媒体であるが、最近では経済危機対策の関係上アメリカとの関係を自然と断っていたこともあり、あんまり使われることはなかった。

 せいぜいアメリカから何度かの会談を持ち掛けられた程度で、こっちから進んで使うことはなかった。


 しかし、今回は諸事情でここに来た。


 アメリカ大使にすぐに目の前のソファに座るよう促され、テーブルを挟んで互いに向き合う形で座った。


 軽くコーヒーを差し出された私はそれに甘んじて手を差し伸べていると、向こうからねぎらい口調で話が始まった。


「いやぁ、しかし、道中大変でしたな。マスコミが大量に張り付いていたのがこちらからでも確認できました」


「ええ……、まあ」


 そう一言言いながら私は手元のコーヒーを口に運んだ。


 まあ、最初から分かり切っていたことだ。

 いったいどこから手に入れたのか知らんが、共産党で軍部によりクーデターが発生したらしいことは噂程度ではあるがマスコミに伝わっており、それを聞きつけたマスコミがこぞってスクープ目的で政府関係者の声をあさっていたようだ。

 そして、その向き先は私にも向けられ、アメリカからの例の降伏勧告からして、大体アメリカ大使館に来ることを予測していたらしく、こうやって待ち伏せされていた。

 それをかき分けるのには苦労したが、護衛についていた例の日本人スパイがSPと称してかき分けて行ってくれたことが幸いし、何とかマスコミの待ち伏せを突破することに成功した。

 まあ、そのマスコミもこれだけ必死なのは仕方ないだろう。

 戦争が始まって早19日が経過し、インターネット規制もかなわず国民の間でも大まかな戦況が伝わるようになってしまった。国民だけでなく、マスコミもその結果に不満を積もらせている。

 その矛先が共産党に向いただけだ。そして、最終的には私のほうにすべて降りかかる。


 ……なんてことはない。これくらい予測していたことだ。


 だが、今問題なのはこれなのではない。


 ……そう、今問題なのは、


「……それで、」














「今回、私を呼びつけたのはどういうことで?」















 私はコーヒーをコースターに置きつつそう聞いた。


 そう。私は少し前から機会をうかがってここに来るよう言われていたのだ。

 大体、アメリカが先の降伏勧告をしたあたりから。この要請自体は実は例の軍部クーデターの前日より受けていた。

 アメリカ降伏勧告後、出来ればアメリカ大使館に来ていただきたい。その要請は、誰でもない私に、極秘裏に秘密回線を使って送られてきた。

 差出人はアメリカ合衆国オーウェン・サンチェス。内容は先ほど言ったとおりだった。


 ……何もいちいちこんなところに出てくる必要はない。いったい何を狙っているんだアメリカは?


 私は疑問が尽きなかった。


 私のその疑問に対して彼は喉の奥から出したような不気味な含み笑いをしつつ顔を若干笑わせつつ言った。


「ふふ、やはり気になりますか……」


「むしろそちらはそれをさっさというために私を召喚したのではないですかな?」


「ふむ……、まあ、それもそうなのですがね」


 そう時々低めの含み笑いを交えつつ言った。


 ……本気で何をたくらんでるんだ? 私を利用する気か?

 だが、今更何を……。


「……まあ、時間もなさそうですしな。さっさと本題に入りましょう」


 そう言いつつ持っていたコーヒーをさらに少しだけ口に運び、コースターに置くとさっきとは違って顔をにやりとさせつつも少し眉をゆがませていった。


「……簡単なことです。“取引き”をしませんかな?」


「取引き……、ですと?」


「そうです。取引きです」


「……?」


 私は思わず顔をしかめた。


 こんな時に取引き……? する内容あったか?


 というか、なんでアメリカが出てくる? 意味が分からない。


 私は疑い深い目で彼を見ていると、その視線に気づいたのか、彼は軽く笑いながら少し探るよな口調でいった。


「いえいえ……、取引きといっても、大したことではないのです。……一応はね」


「は?」


 ますます意味が分からなかった。さっさと本題を言ってくれ。メインがわからない。


 少しじれったくなり、私は思わずせかした。


「……前置きはいいからさっさとメインを話してくれ。私とで暇ではない」


「はは、これは失礼……。そうですな、まあ、簡単に言いますと」












「……すぐに“降伏宣言”をしていただきたいと、そう思いましてな」












「……今すぐにですと?」


「はい。大統領閣下からそのように」


「……?」


 ……余計に謎だ。


 まず、そのような取引きというか、もはや要請だが、それはすでにマスコミ通じて全世界に流れたではないか。もちろん、どうやっても私の耳に届く。共産党から離れ、アメリカ大使館に向かう例の日本人スパイとその一味が用意したらしい車の中でそれを確認している。


 ……要請自体はそれで“済んだ”のではないか?


 はっきり言ってあれは宣言内容を見れば明らかに我々共産党に向けた言葉だ。それだけで十分なのではないか?

 まさか、念には念を押してということか? だとしてもなぜわざわざ私を呼んだのだ。いや、正確には“私だけ”をだ。


 行動が謎すぎる。たったこれだけの要請で私をわざわざここに連れてくる必要はない。いや、またわざわざ私を使う必要はない。

 共産党側に使者を遅らせてもいいし、何ならここから送ってもいい。

 別にそんなので拒否をしたりはしない。部下を通じて向こうの意思を確認することなど造作ないことのはずだし、向こうとてそれをわかっているはずだ。




 ……裏があるな。




 私は探りを入れた。


「……ほんとに、それだけですかな?」


「ほう、というと?」


「……先ほど、取引きと申しましたな。その内容がこれだけとは考えられない。……まだほかにも、」










「取引き材料はあるのでは?」









 すると、彼は待ってましたと言わんばかりに口を右につりあげてにやりとさせると、さっきより少し声のトーンを上げていった。


「……さすが主席閣下。簡単に読み取られましたか」


「ごまかさないでいただきたい。それで、そちらはいったい何を狙っているので? 本当の目的は?」


 少し威圧をかけて聞くと、そして彼は「ふむ……」と右手を顎に添えて少し考えた後、コーヒーに砂糖を入れつつそれをスプーンで円を描くようにかきまぜつつ言った。


「……一つ、降伏を受け入れてくれたあかつきには“お礼”を差し上げようかと」


「お礼、ですと?」


「はい……」


 そして、そのままコーヒーをまた一口飲みつつ言った。


「……この戦争は、主席閣下の知っての通り中国の敗北で終結を迎えるでしょう」


「……少々、遺憾ではありますがね」


「はい。それで、そのあとは確実に国連が主導となる国際裁判が開かれますが……」


「国連主導、という名の実質アメリカ手動でしょうに」


「はは……、まあ、おっしゃる通りですな」


 何を呑気な。そんな状態だから今までの紛争などで国連が全然役に立たなかったのではないか。

 いったい今まで何か貢献したか? 結局は形だけの国家集合組織体。それっぽいことは各国の思惑が混ざり合って全然公平な決断をしない。


 ……尤も、我が国も今まではそれをしてきたが、経済危機の問題で国連支援も考えたが、諸外国はそれを全部無視だ。皮肉にも、当時嫌悪感MAXだった日本のODAがほんの少しの助けになるくらいだった。


 ……結局、今回も国連主導という名の一番積極的に戦争を終わらせるべく奔走していたアメリカが事実上の主導権を握ったものになるだろう。もう目に見えている。


「とにかく、そんなわけで国際裁判が行われ、主要要人の裁判が行われるだろうことは確実です」


「“国際刑事裁判”か……」


 国際刑事裁判。


 オランダのハーグにある国際刑事裁判所で行われる裁判のことで、これは戦時に国際犯罪を犯した人間が裁かれるものだ。

 国際司法裁判所とよく混同されやすいが、あれはあくまで国際紛争を解決するものであって、今回のような戦争行為等はこっちが担当する。

 私は国家主席だが、だからといって免除なんてことはもちろんない。これは国際刑事裁判所ローマ規定第3部第27条により、私のような身分の人間でも問答無用で裁判にかけることができる。


 ……まあ、どうせ私は今回の戦争の首謀者として重罪にかけられるだろう。余裕で死刑宣告されることも考慮しておかねばな。


 半ばあきらめていた。どうせどのみち似たような道になるだろうとな。


 彼もそれに同意した。


「その通りです。今回すでに日本などの被害者国の中での締結国から中国に対する訴訟がなされ、国際刑事裁判所も管轄権を行使する旨の宣言をしました。戦争が完了し次第裁判所のほうからの調査が入り、素早く裁判の執行が執り行われることでしょう」


「まあ、そうだろうな……」


 そして、私はその戦争犯罪あたりでやった罪に問われる、か。

 まあ、核発射を決めなかったあたりまだ軽くはなるのだろうが、それでも国の長として重罪になるのは免れんだろう。


 ……で、それがいったいどうしたのかと……。


「……しかし、それと一体何の関係が?」


「はい。……アメリカ合衆国大統領からの直々の提案であります」


「ほう?」


 あのサンチェス大統領がねぇ……。あんな若造がいったい何をたくらんでいるのか。


 そして、彼は一瞬の間をおいて言った。


「……今回、この降伏宣言をすぐに飲んでくれたあかつきには、あなたの国際裁判での判決結果を、」












「最低でも、より“大幅な軽減をすること”を、約束いたしましょう」












「なに? つまり、罪を軽くすると?」


「はい。……降伏さえしてくれれば、すぐに刑事裁判の調査が入りますが、我が国が裏から操作いたしましょう。あなたの刑事内容については、大幅な罪状軽減を、お約束します」


「なんだと……?」


 降伏を受け入れる代わりに罪状軽減だと?

 罪を軽くするということか?


 ……いったい、何を考えているんだ。


 これをしてまで、いったい何を狙っている?


「……なぜ、そのような取引きを?」


「簡単なことです。我が国の大統領はこれ以上の戦争継続を望んではおられない」


「ほう?」


 つまり、さっさと終わらせたかった……、ということか?


 ……そのやり方がこれか。ある意味アメリカらしい。


「貴国の経済危機の影響が我が国にまで及んだ関係で、軍縮に進んでいったさなかにこれです。まあ、そちらにも事情はあるのでしょうが、しかしこれで我が国もまずい事態になりました。経済的に、ダメージを受けるのは避けられんでしょう」


「……まあ、そうでしょうな」


「そして、その影響は時間がたてばたつほど大きくなる……。ですから、大統領閣下は少し“強引な”手にでました」


「……それが、“私を動かす”ということか?」


「左様です」


「ふむ……」


 ……なるほど。大体読めてきたぞ。


 アメリカがこれ以上戦争をしたくないというのはおそらく間違いないだろう。我が国が発端で起こった経済危機は、アメリカにも少なくない悪影響を与え、それによってアメリカは大幅な軍縮を余儀なくされた。

 そのさなかに起きたこの戦争。アメリカとて戦争には参加したくないけどそれだとアジアにいる自国企業が大ダメージを受け、ただでさえ不安定な経済にさらにとどめを刺すことになる。そんなジレンマに襲われつつもこの戦争参加を決断した。

 そして、大体の終戦のめどがたった今、無条件降伏という名の降伏勧告をして、一気にけりをつけに来た。


 ……しかし、中国が本気で戦争を止めてくれるかはわからない。今共産党を支配しているのは軍部だということは、おそらくアメリカのことだろうしいくらかは知っているはずだ。いや、クーデター前にここに来るよう言ってきたあたり、おそらく“前兆を予期していた”に違いない。そして、アメリカはこれを利用した。

 軍部のクーデターを黙認し、そしてわざと私をはじめとする主席派と軍部をはじめとするクーデター派、この二つを分離させ、そして降伏勧告後は私に降伏を迫る。

 主席である私がオーケーすればすぐにでもそれを口実にできる。声明の影響力のでかさは軍部の比ではない。軍部がいくら否定したところで止めはしないだろう。いや、止めれるはずがない。

 今となっては抑止力となる核すらないどころか、通常戦力すら満足にない。だからこそここでとどめに出た。


 私に、このおいしい条件を提示して無条件降伏を呑ませる。


 1時間しか与えなかったのも、おそらく返答を長引かせないようせかす目的だ。そしてわざわざここに呼んだのも、周りに聞かれてはまずい事態だからだろう。


 ……まあ、アメリカのやることだ。それくらいするか。


「どうです? あなたにとっても、あながち悪くない内容だと思いますが?」


 お前はどこぞのセールスマンかといわんばかりのいいようだ。あんまりこういうのは好きでないのだがな。


 ……ふむ……、


「(……確かにここでこれを呑めば私の罪は軽くなるが……)」


 しかし、向こうが提示しているのは無条件降伏だ。

 何もかも向こうにゆだねる。しかし、それだと我が国が完全に解体される恐れだってあった。

 いや、というか向こうはそれをほのめかす発言をしている。


 中国が無条件降伏した場合は、中国自体の国家再編をアメリカ主導で行う。


 これは、先のアメリカの宣言内容で一瞬出ていたことだ。これは、アメリカから言わさせれば明らかに国家解体を示すことにつながる。

 ……いいのか? それで。


 我が国が、アメリカの言いなりになるのは仕方ないとして、その結果かつての日本のようになるのか?

 あの時の日本はまさにアメリカの言いなりだった。

 その結果、日本はその時持っていたほこりや日本人としての意思、それらがすべて引っこ抜かれた抜け殻と化した。それから回復するのにどれだけの時間がかかったか。


 ……あれを起こしたのはアメリカだった。GHQという実質アメリカ主導の国家再編は、民主主義の普及や憲法改変など多岐にわたったが、それで確かに国家としては異例すぎるスピードでの再生はしても、日本という国として再生するのにはとんでもない時間がかかった。

 アメリカはそれを使い、さらに日本の国際関係上での政治的地位を確立させた。日本が今まで弱腰だったのにはそれも一因としてあるだろう。


 ……それをまた起こしていいのか?


 確かに、この要求を呑んだら戦争は終わって世界は戦争の縛りから解放される。私も罪が軽くなって一石二鳥だろう。

 だが、それの結果中国という国としての意思までつぶしていいのか?

 今はまだ私は国家主席だ。まだ国としてどうするべきか考える権利はある。


 私は考えた。このままアメリカの要求を呑んで、本当にいいのか。


 ただの無条件降伏でいいのか。


 私は少し悩んだのち……、







 ついに、ある決断をした。







「……大使殿」


「はい」


 私は彼の目を一直線に見て、低い声で言った。


「……いいでしょう」











「我が国は、このまま降伏することにいたします」












 私がそういうと、彼の顔は明るくなった。


「おお、では我が国の条件をすべて呑むということで……」


「ただし」


「え?」


 私は彼がすべて言い終える前に右手を前に出しつつ言いとめた。

 彼がキョトンとした顔をしているのを無視して私は続けた。


「……一つ、条件があります」


「条件ですと?」


「はい。……このあと、国家再編という名の政治体制改革が行われるでしょうが、それを、」









「……我が国の国民主導で、おこなっていただきたい」








「ッ!? な、なんですと!?」


 案の定彼はたいそう驚いた様子だった。


 私はさらに素早く続けた。


「アメリカなど第三者はあくまでそれを後方から指導するという立場でいていただきたい。あくまで、政治改革の主導権は、我が国のままでいてもらいたいと」


「な、何を言っておられますか! それでは無条件降伏の要求を満たしませんぞ!」


「ですが、それでも降伏自体はさせていただきます。そして、そちらの要求も最大限飲みます。……ですが、これは外すつもりはありません」


「な……ッ!?」


 予想外の判断に彼は思わず驚愕の表情で固まってしまった。


 そう。私の決断はこれだった。


 すべてをアメリカ主導でやらせては日本の二の舞だ。

 中国の政治体制を改革し、かつ中国の自分たちの強い意志を持ち続けるための手段として私が出した答えが、“リーダーを強い意志を持った中国人”にやらせることだった。

 もちろん、後方支援としてアメリカの政治改革指導が入る。だが、それを決めるのはあくまで中国人だ。

 その中国自身の意思を持つことによって、日本のように何もかもが取っ払われたかつてに強い日本に簡単に戻らないような事態を避ける。せめて、中国には中国の強い意志を持ってもらいたかった。

 このままではアメリカの言いなりになってしまう。それだと結局はアメリカの利益にしかならないのだ。


 だからこそだ。


 私は、中国という強い意志の持つ国を守るために、この決断をした。


 確実に成功するとは言えない。だが、それでも可能性自体はまだあったのだ。


 勝算はある。今までの民主化運動で、何人か共産党議員も参加していることも判明しているし、今までに拘束している民主化運動の主導者もいる。

 彼らに、この政治の舞台に立たせるのだ。

 民主主義に乗っ取って選挙をやらせ、そしてそこで出た民主化に積極的な政治家に対して指導をさせる。

 アメリカが選ぶのではない。中国が、自分たちで変えるためにと立ち上がった“強い意志のある中国人”によって政治を改革させる。

 今まで何度となく民主化運動が起こってきたんだ。近年では、その中には、具体的な政治改革案を掲げるものもいた。さらに、その中にも元々政治関係についていたらしいものもいたこともわかっている。

 このことをつたければ、彼らは嬉々として政治の舞台に出てきてくれるだろう。

 中国の政治は、あくまで中国がやるのだ。

 政治改革は指導させる。だが、あくまで手動は中国だ。


 そうすれば、その強い意志を持った彼らが積極的に政治改革を進めてくれるとともに、アメリカの政治的な理不尽な介入を防いでくれる。


 ……どこまでつい要するかわからないが、それでも、やってみる価値はあった。


 ……もちろん、その結果、


「し、しかしよろしいのですか? その場合はあなたの命はないものとみて差し支えないのですよ?」


 彼は少し首をかしげつつそう言った。


 そうだ。その結果私の命はおそらくないものとみていいだろう。

 私は刑事裁判にかけられ、今回の戦争の首謀者として重罪をかけられる。最悪命も簡単に奪われるだろう。


 ……だが、


「……どうせすぐに命は消えるのです。かまいません」


 結局、どこかでさっさと命は奪われるのだ。

 今回の戦争の全容が解明されれば、必ず反発した我が国の人間が恨みつらみで私の命を狙ってくる。

 ……いや、もしかしたらここを出たら即行で銃で撃たれて倒れるかもしれない。

 だからこそだ。

 どうせ命を取られるなら、この、共産党制中華人民共和国の最後の指導者として、せめて中国の未来ために舵をしかるべき方向に取りたかった。

 他人にこの国の舵を握らせたくなかった。あくまで、この舵は我が国が握るのだ。


 ……誰にも握らせない。


 だから、私は決断する。


「……何を言っても変わりませんよ。私は、決意を固めました」


「……」


「……我が国は、確かに降伏はします。ですが、あなたがの言う無条件降伏ではなく、先ほど言った条件付きの降伏を行います」


「……世界がそれを認めるとでも?」


「これを言い出したアメリカが認めます。いや、“認めざるを得ない”でしょう。違いますか?」


「……」


 彼はそのまま押し黙った。


 アメリカは機嫌を提示してしまった。

 その期間内に、“答え”は出したのだから文句は言えまい。

 しかも、こっちは降伏しているし、その中身の条件もそれほどまずいものではないのだ。

 何ならアメリカが後ろから支配すればいいだけの話。まあ、それができるならこんなにしぶっちゃいないだろうがな。

 だが、ほかの国はそんな事情は知ったことではない。さっさと戦争を終えたいのに条件があるという理由でまた期限を先延ばししたら、結局たたかれるのはアメリカだ。

 いや、アメリカだって戦争をさっさと終わらせたいだろうし、この“表面上軽い条件”で渋っている余裕はない。

 確実に、これを承認して戦争をさっさと終わらせるだろう。


 ……そう、アメリカは自分で急造で仕掛けたゴールテープに足を拾われることになったのだ。


 まさに、“策士策に倒れる”とはこのことだ。


 私は彼を改めてみるが、押し黙ったまま顔を覆いにしかめつつ私を睨みつけていた。


「……何も返答はなし、か」


 私は彼がこれ以上言ってこないのを“容認”と受け取り、立ち上がる間際に一言言った。


「……私は確かに“敗戦国”のにっくきリーダーでしょう。ですが、同時に中国を、しかるべき道へと導く“指導者”でもあります。……今まで、散々な結果でしたが、せめて最後ぐらいは、」













「国のために尽かせていただきますよ」













 私は一言そう言い残すと、木の葉部屋を後にした。

 扉を閉めると、何やらテーブルが蹴られたようなガタンッという音が聞こえたが……、まあ、この際気にするまい。

 どうせ向こうの思惑など一目瞭然だ。無視するに限る。


「……で、どうせ降伏の条件が云々を言われたんでしょうけど、答えはどうしたので?」


 扉の隣でSPに扮して待機していた日本人スパイがそう聞いてきた。

 その顔は何やら探るようである。私の顔に何かついているのだろうか。


 ……私は軽くため息をつくと一言言った。


「……あくまで、我が国のための選択をしただけだ」


「ほう……、それはそれは」


 彼女のにやけ顔は絶えない。

 ……彼女のこの顔、たぶん私がどういう決断をしたのか大まかに察したのだろうな。この若干老齢の目だ。大体はわかる。

 そう一言言いつつ、私はその大使公室を後にし、記者たちが集まっている大使館玄関に向かった。

 おそらく、私が出てくることを待っているだろう。さっきより大量の記者がいることを覚悟せねばなるまい。


 階段を降り玄関に向かうと、案の定その記者団が待ち構えていた。

 TVカメラを持った者、マイクを持った者、ICレコーダーを片手に持った者、無難にメモ帳とペンを持った者など全員が、私の姿を確認するとこぞって警備員の制止を押し切り私のほうに押し寄せた。

 すぐさま近くにいた日本人スパイが彼らから私を守り抑えるが、そんな状態でも彼らは大量に質問をぶつけてくる。

 一斉に来すぎて誰が何を言っているのかわからない。

 日本で確か聖徳太子とかいう10人の言っていることを全部言い当てれた人がいたな。誰かあれを連れてきてほしいものだ。


 ……私はそれに対して右手を軽く上げると、すぐに記者団は黙った。


 それを確認して、周りの記者たちを一通り見つつ、私は静かに口を動かした。


「……今回、私はアメリカの要求に従い、アジア各国、及びアメリカ合衆国に対して、正式に“降伏”することを決めました。すでに、アメリカ大使にもその旨の位置は伝えてあります」


 その瞬間また記者団たちが騒ぎ出した。

 やっぱり何を言っているのかわからないが、大体私に対する詳しい説明のようきゅだろう。


 ……だが、私はそのまま記者の問いには答えず続けた。


「……このたびは、この戦争に国民を巻き込んだことを申し訳なく思う。この後、アメリカ主導で国家の改革が行われることになるだろうし、そして皆は新たな道を歩むことになるだろう。だが、私は現国家主席として、最後の最後、せめてもの支援の手立てを用意した」


 記者たちの騒がしい言動が止まり、とたんに首をかしげるのが見えた。

 私はそれを見つつさらに続けた。


「たとえ国連の、アメリカの手が加わっても、中国人としての誇りは忘れないでいただきたい。だからこそ、このたびの今後の政治改革は、我が国主導で行うよう、アメリカに要求した」


「ッ!? な、なんですと!?」


 また記者たちが騒ぎ出したが、またそれを止めた。

 ……いい加減最後まで静かに聞いてほしいものなのだが。

 私はそれを少しうんざりに思いつつ言った。


「……私は、たとえどんな時でも、中国人としての“強い意志”を持ってもらいたいと思っている。この政治改革のさなかでも、たとえどんな境遇に立たされようとも“中国としての意思を曲げない”ような人間に、今後の政治を任せたいと思う」


「……ですが、それをどうやって選ぶのですか?」


 一人の記者の質問に私はすぐに答えた。


「うむ。この後アメリカが手動で行うだろう民主主義に乗っ取った選挙で、立候補した彼らに頼もうと考えている。だからこそ、私は今後この政治の舞台に立とうと考えているすべての人間に、一言言いたい」


 私はそこで一つ咳払いをして、少しの間を置いた後少し力みをつけていった。


「……今後の中国の未来を決めるということは、とても難しいことである。私はその失敗例だ。私を反面教師として、せめて今後は国際社会の一員としての、ほかからも認められる中国を作ってもらいたい。それまでの道のりはとてつもなく長いものであろう。だが、それでも、私はそんな彼らにお願いしたい。……この後、政治の舞台に立つ者全員、今後、いったいどんなことが起ころうとも、」














「中国人としての、強い意志を曲げないでいただきたい。絶対に」














 最後の最後は力強くいった。


 これが、何でもない私の最後の願いだった。


 せめて、中国としての国の本来の形は残したい。

 どういう意味での本来の形か。それは、国民一人一人によって違うから一概には言えなかった。

 だが、それらすべてに共通していることは……、





 中国は、自分で強い意志を持てる強い民族であるということだ。




 その形自体は残してもらいたかった。

 それが、私の、最後のこの国のリーダーとして願いだった。

 それ以外はとやかくも言うまい。


 あまりのことに思わずキョトンとしている記者団たちを横目に、隣にいた彼女が耳元でささやいた。


「……主席、そろそろ」


「ふむ……、時間か」


 私は腕時計を見る。


 ……ふむ、確かにそろそろ時間だな。

 この後私は日本のスパイ組織に身柄を拘束された後、例の刑事裁判の調査団に身柄を受け渡されるだろう。

 それまでは、彼女たちの保護下だな。


「では、私はこれにて失礼する。……強い意志を持った、この国の未来にふさわしい人間が立ち上がってくれることを望む」


 そういうと、私は彼女の護衛の下車へと移動した。

 記者団が未だにぶつけていなかったらしい質問を投げかけつつついてきたが、私はそれを一切無視して車の後部座席に乗り込んだ。

 ほかの警備員が車の邪魔にならないよう記者たちを抑えるうちに、車を発進させるべく例の女性も助手席に乗り込んだ。


 すると、車が発信する直前、彼女は言った。


「……やっぱり、腐っても国の主導者ね」


「?」


 私に向けてバックミラーを見つつそう言った。

 隣の運転席にいた男性の同僚はどういうことかわからず怪訝な顔をしていたが、私はそれには気にせず軽く鼻で笑うと、一言静かに言った。


「……私は、自分のやったことを後悔しただけだ。ただそれだけの話に過ぎない」


「……ずいぶんと潔いこと」


「昔の私とは違うからな……、まあ、人間とはそういう生き物だ」


「……そう」


 彼女は軽く笑いながらため息をつくと、隣にいた同僚に一言言ってそのまま車を出させた。

 記者たちの波をかき分けつつ、車はそのまま前進し目的地へと向かう。

 どうやらこの先に彼女たちが拠点とする地下の支部があるのだという。いったい私の知らないところでいつの間にそんなものを作っていたのやら。

 日本人とて侮れないことを思い知った。


 私はやっと開けた左右の視界を見た。


 そこには北京市街の街並みが立ち並んでおり、私にとってはもはや見慣れた景色となっていた。


 空は曇りが晴れはじめ、もとの青空が若干見え始めていた。


 ……まるで、戦争の終わりを示唆するように見えた。


 私はそれを見つつ、彼女らが聞こえないほど小さな声で軽くつぶやいた。


「……さて、これで私はお役御免だ。今後は……、」















「中国の、今後の未来でも眺めてみるか……」















 そうつぶやいた私の視線の先にある空が、なぜかやけに明るく見えた…………

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