運命の結末
―TST:PM14:23:00 日台連合艦隊旗艦DCG丹陽FIC―
「……ど、どうなったんだ?」
私は視線の先にあるメインモニターを見てそうつぶやいた。
やまとの目の前で爆発が起こった。
被弾したのか、それともギリギリで迎撃したのか。
ここからではよくわからない。
たった今本艦はやまとの左舷を通過したが、ここからではよく見えない。
右舷側での爆発だ。ここからではやはり死角になる。
艦橋にいる見張りを呼んで確認させても、艦内無線で聞こえてくる報告は「死角で見えません」の一点張りだ。
……どうなったんだ? 無事なのか? 無事なのだろうな?
「やまとと確認はとれないのか?」
「はい。未だに無線には応じず……。先ほどから、こちらから何度も呼びかけているのですが」
「返答が出るまで続けろ。何度でもだ。あと、使えるのなら発光信号も使え。艦橋に伝えろ」
「了解」
無線通信は続けさせる。発光信号も使い、とにかく向こうとのコンタクトを試みようとしていた。
また、ほかのほうでも指示を出す。
「おい、今やまとの右舷を中国の『成都』が通っているはずだな?」
「はい」
「では、向こうと無線をつなげ。報告させる」
「了解。無線をつなぎます」
さっきまで本艦の右舷側を航行していた中国の駆逐艦『成都』に無線をつないだ。
今頃やまとの右舷側を通過したあとはずだ。向こうからならよく見えるだろ。
無線はすぐにつながってくれた。
『こちら駆逐艦“成都”、どうぞ』
「こちら旗艦“丹陽”、やまとの艦橋部右舷側が見えるか?」
『いえ……、それが……』
「?」
なんだ間は。まさか被弾してのか? その様子がひどいとかか?
しかし、その間は一瞬ですぐに答えてくれた。
『……ここからではよく見えないんです。敵ミサイルの起こした爆発音がまだその周りに立ち込めてまして……』
「クッ……、あの煙が邪魔か……」
こんな時にここいらへんの風はなぜか無風に近い状態だった。煙があたりに立ち込め、艦橋の様子がよく見えない。
しかし、見る限り別に炎上しているとかそういうわけではなさそうで、あくまで敵ミサイル側が起こしたものがそこにとどまっているという様子だった。
……いったいどんな爆薬使えばあんなに煙が同一高度にとどまるんだか。
『今やまとの右舷前方に出ました。……まだ、動く様子はありません』
「了解……。とりあえず、監視を続けてくれ。こちらからも行動を監視しつつ呼びかけをする」
『了解』
無線はそのまま途切れた。
私は改めてその目の前のメインモニターを見る。
そこには未だに煙をたたせつつその場にたたずむやまとの姿があった。
さっきとは違って静けさMAXのこの海域。鳴り響くのは無線の呼びかけの声だけ。
そのほかの余計な雑音はほとんどない。
やまとは一向に動きを見せなかった。
事前に、無事なら最微速でもなんでもいいから動いてくれと通達はしていた。
今みたいに無線で交信ができない場合、こうやって何らかの行動に意思を見せることによって状況を最低限知らせることになっている。
だから頼む……、まず動いてくれ。まずは頼むから動いてくれ。
というか、煙ほんとじゃまだ。いつまでそこに居座るつもりだ。
さっさとどけ。煙ちょっとそこをどいてくれ。艦橋右舷側が見えないじゃないか。なんだってこんなタイミングで風が吹かないのだ。ほんとにこういうのはイライラがたまってしまう。
「(頼む……、生きていてくれよ……)」
やまとがそう簡単にやられるとは思えないが、それでも私は不安だった。
万が一ということもある。最悪の事態になることはどうしても避けたかった。
頼むか……。私は、必死に願った。
……すると、
その願いが届いたのか、やまとがそれに答えた。
「……ッ! や、やまとに動きです! やまとが動き出しました!」
「ッ! なんだと!?」
やっとやまとが動き出してくれたようだった。
メインモニターでは、とてつもなくノロい動きで前進を始めるやまとがいた。
さらに、そのころになるとだいぶ煙も晴れたようで、艦橋の全容が明らかになる。
……そして、その艦橋は、
「……ッ! ま、まだ艦橋は完全に残ってる!」
艦橋に対する傷はほとんどなかった。
少し遠いが、ズームで見た限りではまだ思いっきり原型をとどめまくっていた。艦橋の窓ガラスとかは思いっきり割れたり、あと所々破片がぶち当たったようでへこんだり切り裂かれてたりと細かな傷はひどかったが、しかしそれでも艦橋の原型はまだまだとどめていた。
前進最微速か。その極度に遅い速度を保ち、我々の後方から航行を始めていた。
艦橋は、ほぼ無事だった。
「や、やった! やまとは生きているぞ!」
「ま、まだ希望は残ってるんだ!!」
部下をはじめとして周りのFIC乗員が歓声を上げ始めた。
……が、
「待て! ……まだ喜ぶのは早い」
私はそれをすぐに制した。
「? なぜです? 現にやまとは生きているではないですか」
「いや、まだそうとは限らない」
「え?」
確かに、やまと自身は無事だ。“やまと自身”はな。
……だが、
「……まだ、」
「VLSとFCSレーダー。この二つが生きているのか。それはまだわからない」
「……あ、そうだった……」
この場におきかけた歓声が一気に静まって少ししゅんとした空気に包まれる。
だが、それが事実だ。この場合、船体は生きててもその二つも生きていないとまったくもって意味がなくなる。
「歓声を上げるのは向こうからの吉報がきたらにしろ。そのあとだったら好きなだけやれ」
「……了解」
その言葉通り、また全員がやまとを映しているメインモニターに視線を集中させた。
これが死んでたら、今までの苦労はすべて水泡に喫する。しかし、完全にダメージなしとまではいくまい。
だから、せめて満足にSM-3で迎撃できる程度の損害にとどめていてほしかった。
しかし、迎撃をしたのはただの人間だ。それも、一般の若者の乗員。
どこまでやれたか……。彼が、どこまで奮戦できたかはここからではわからなかった。
だが、それでも私は願った。
生きていてくれと。頼むからその二つはギリギリでもいいから生きていてくれと。
それさえ生きてばぶっちゃけほかに被害が出ていてもある程度は許容する覚悟だ。
だから……、
「……頼む……、」
「生き残っていてくれ……」
私は必死にそう願った……。
―DCGやまと右舷見張り台―
「……ぅっ……、ッぁ……」
俺はその場で背を後ろの壁にもたれたままほんの少しずつ意識を取り戻し始めていた。
あの後、あまりの衝撃に一時的に気を失っていたらしい。あれからどれくらいたったかは知らんが、まだそう時間は立ってないはずだ。というか、その意識を失った時間もそう長くないどころか一瞬だったかもしれない。
一応俺は無事っぽいし、この右舷見張り台も崩れたようには感じない。とりあえず、あの敵USMはギリギリで迎撃に成功したようだな。あの爆発とかはその時に起きた弾頭の炸薬の誘爆かなんかだろう。
まだ目を開けるには意識が足りないというか、とにかく目を開けるにはもう少し時間が必要だった。まだそんな余裕がない。
痛みもまだある。最初ほどではないが、なんか背中全般と、あと頭も痛い。
なんだっけ……。最後の最後に後頭部が後ろの壁に軽く当たったってのは覚えてるんだが、そのあとどこ当たったっけ……。ていうか、左のこめかみあたりがそれなりにいたいんだが、何かぶち当たったのか?
なんかしたたりかけてる感覚が肌からあるから、破片とかがそこの肌切った? 今はよくわからん。手で触る分の意識すらない。
……結局、その場でぐったりしたまま今意識が届くのって耳くらいしかないじゃないか。声もまともに出せんし。
「(……で、結局どうなったんだよ……)」
一応俺は生きてる。体も無事だし、五体満足だわ。指一本かけてないってのはわかる。やろうと思えば動かせるだろうが、それにはまだもう少し時間がだね……。
……というか、なんでかしらんが俺の目の前の左下あたりがいらなく暗いんだが何でですかね? 顔の前ふさいでいた手はもう両手ともに床の上にグータラしてるんですがね? そして、例によって例の如く意識届かなくて動かせないというね。
……てか、なんか俺の腹の上あたりとか、体が妙に重いな。何乗ってんだこれ? 何が乗ってるのか大まかにしかわからない。妙に柔らかいってのはわかるけど。あと、なんか胸の上が軽く圧迫されてる上に背中の一部に妙に細いの当たってるぞ? なんだこれ?
思いっきり邪魔なんだが……。なに、ここいらに柔らかいのってあった? あーなんかもう頭が全然回らん。誰か助けてくれ。いろんな意味で。
「(……誰か……、状況教えて……)」
……と、とりあえずそんなご所望をしてみる。
なんとなく艦が微妙に動いているのは感じ取れた。おそらく、無事だったらちょっとでもいいから動かしてとか、そういう取り決めでもしてたんだろう。迎撃の前に途中旗艦の丹陽さんと話してる無線が聞こえていたからな。かすかにだけど。
無線機生きてるかな……。一応、俺の右耳にはまだスピーカー端末が残ってる感覚はあるんだが、それとつながってて少し俺の右頬あたりにあるマイクとかが残ってればいいんだが……。
まあ、最悪スピーカー生き残ってればまだマシか。そうすれば艦内の無線は聞けるしな。
……で、状況報告まだ? そろそろ誰か一言言ってくれよおい。
……と、そんなことを思った時だった。
『……み……、ガッ……ザザッ……なぶ、……か……』
「?」
と、無線機からノイズ交じりの声が聞こえ始めた。
ギリギリヘッドセットのスピーカーと受信機は生きていたらしい。徐々に雑音も取れてきたし、これだけ聞こえてればまだ使い物にはなるか。
『……み……んな、みんな大丈夫か! 誰か応答してくれ!』
これは……、副長か。先に意識が回復したみたいだな。
ほかの雑音が聞こえない。人の声だ。おそらく、さっきの爆発とかの衝撃で俺みたいになったのがほとんどか。……でも、こういう意識が朦朧としてるときのほかの音ってなんとなくエコーがかかってる感じがしてはっきりとは聞こえないな。意識がはっきりとすればこれもはっきり聞こえるんだろうが。
……というか、そもそもを考えるとさっきの爆発考えてみればただのミサイルとしてみれば威力大きかった気がするんだが、俺の気のせいか? まあ、真実のほどはわからん。
そんなことを考えていると、このときになって副長みたいに意識が回復したのがでてきたらしい。艦橋周りで、それにこたえる人が出てきた。
『だ……、大丈夫だ! こっちは問題ない……ッ!』
これは航海長の声か。あの人も無事だったっぽいな。
『だ、だが……、お前、右腕が動いてねえぞ……』
『なーに……、軽く脱臼しただけだ……ッ、なんともねえよ』
『は?』
「(は?)」
おいおい、肩脱臼してなんともないっておかしいだろう。
程度は知らんが腕が垂れてるって表現してるから肩が外れた肩関節脱臼か? 俺なったことないけどそれってひどい場合って腫れがひどくなるって聞いたんだが……、どうなんだべな?
まあ、とにかく航海長は即行で医務室行きだな。脱臼くらいで済むなら時間をかければ勝手に治るって話だったし、一応は絶対安静を“強要”させねばな……。なお、こうやって脱臼によって生じた症状を治すことを整復という。どうでもいいが。
すると、徐々にほかのメンバーの声も聞こえてきた。艦橋乗員は一応ほとんどが生き残ってるらしい。
……が、俺はどうかといえば、まだ全然ですよ。おーい、誰か助けてくれーい。
『艦橋CIC、状況を報告せよ』
と、今度はCICだ。この声は艦長だな。
一応向こうも無事か。背景の音でなんとなくほかの人間の声も聞こえる。若干だが。
『CIC、こちらは全員無事だが負傷者が大量にいる。今衛生科を呼んだ』
『了解した。副長、艦橋の現場指揮は任せる。頼むぞ』
『了解』
負傷者大量発生か。まあ当然っちゃあ当然か。
死者の報告はないが、でもさっきの被弾でも全然でなかったという奇跡が起きたんだ。今ここでも起きてくれることを祈るぜ。
……と、俺もそろそろヘルプミー宣言でもしましょうかね。もう口はギリギリ最低限動かせそうだし。
ついでに少しばかり目を開ける。だが、ほんとに細めだ。それに、首周りも痛くてまだうまく動かせない。
周りが暗くぼやけつつも、空の灰色の雲が俺の視界に入るのを確認しつつ、俺は少しかすれ声の超低音で無線に言った。
「……だ、誰か……、あの、誰かヘルプを……」
やっぱり、まだ口をうまく動かせない。こんな小さな声マイク拾ってくれるか?
というか、そもそもの問題マイクが無事かどうかも知らんが。
……しかし、
『ッ! そ、そうだ! 損害は!? ダメコン! 報告急げ! VLSとレーダーは無事なのか!?』
「おーう……、俺無視……」
もしやマイクマジでいかれちゃった? そうしたらもう違う意味でヘルプはこっちから呼べないやん。首まだうまく動かせないから確認の件についてはもう少し時間ください。
しかし、まあそっちも重要だ。
迎撃は最後の俺の記憶が正しければ結構至近距離だった。音を聞いた限りでは、そこそこ艦橋にも被害が出ていることは確実だ。
……どの程度まで軽くで済むか。頼むからSM-3撃ててまともに誘導できる程度には無事であってくれ……。
でないとこっちの努力が全部水の泡だからな。衛星通信に関してはほとんどが艦橋後部のアンテナ群の上部につけられてるから問題はないと思うが……。
ダメコンさん、報告まだですかね? まさか俺みたいに気絶してて返答不可なんてことはないですよね?
しかし、どうやらそんなことはなかったらしい。すぐに返答はしてくれた。
『こ、こちらダメコン。たった今被害状況を収集完了。報告します』
意外と仕事が早かった。もう少しかかると思ってたのに。
『えっと……、VLS全般は無事です。修復作業は間もなく完了します』
『よし……、じゃあSM-3は撃てるな……』
どうやらね。
まあ、艦橋寸前で起きた爆発でそう簡単には使用不能なんてことにはならんか。当然だけれども。
報告は続いた。
『艦橋回りについてですが……、一番被害が大きかったのは、“FCSレーダー”のようです』
『え!?』
「ッ!」
げっ……。そっちが被害大きかった?
確かにあれ艦橋回りに集中してたから被害ゼロはないと思ってたが……、やばい、どれほどいったんだ?
『右舷1番、3番FCSレーダーに、破損個所が複数あります。どうやら、迎撃時の破片が命中した模様です』
『な……ッ!?』
「ッ……!」
やっば……、つまりそれ命中状況によっては修復が間に合わないってことか?
ちょっとまって……。こんなときにFCSレーダー1個でもかけたら命中精度少なからず落ちるってのに、2個も使えなくなったら……ッ!
「(ま、間に合わなかった……!?)」
俺がそう思った……。が、
『……されど、』
その思いを、思いっきりぶちのめす一言が飛んでくる。
『……損傷自体は、極度に軽微。破片が当たったといっても、小さいのがかすった程度ですよ。迎撃時の距離が、至近距離といえどそこそこ距離はあって艦橋に届かなかったのがほとんどみたいです。届いたものも、あんまり威力はなかったようで、まあ、これくらいの傷、即行で修復できます。衛星通信機器も、被害規模は最小限度にとどまりました』
「ッ!」
……極度に軽微? 最小限?
至近距離とはいえある程度距離あったから届かなかった? 確かに距離的にはスピードのことを考えても破片が飛ぶ距離としては微妙ではだったが……。
……え? てことはまさか……、
『……まて。修復にはどれくらい時間がかかる?』
副長の声だ。それにもすぐに答えた。
『すでに各ダメコン班が簡単な修復、および各種点検作業に入っています。細かな被害状況にもよりますが、まあ、長くても大体“1分~2分”で終わるでしょう』
『ッ! ほ、ほんとうか!?』
1分から2分?
えっと……、今PM14:23。向こうが撃つのは大体2分後からだから……。
……え、ギリギリ“間に合う”ってことか?
……じ、じゃあ……、つまり……ッ!
『……ということは?』
『ええ……』
すると一瞬の間をおいて、少しテンションを上げたように声のトーンを上げて、その無線に出ていたダメコン担当の乗員は宣言するように言った。
『……ご安心ください。被害はありますが、最小限度の極度に軽微なもので済みました。こちらとしても、これくらいは十分想定の範囲内であります。……まあ、つまり、彼、新澤少尉の迎撃は……、』
『見事、“成功”と言えます! 核攻撃阻止は、十分“可能”です!!』
その瞬間、無線で大量の人間の歓声が大爆発するのが聞こえた…………




