FINAL SHOOTING ~最後の迎撃、すべては生き残るために~
―TST:PM14:22:28 【弾着32秒前】―
『機関停止時間! 機関止めてください!』
『航海長、時間だ』
カズの報告とともに艦長からの指示が飛んだ。
その声は低く、かつ切迫感がある。しかし、それにこたえる航海長の声は真逆だった。
ノリノリというか、テンションが上がりまくっている。この胸熱な展開を渾身に感じていた。
その声も無線に入ってくる。
『了解! よく頑張ったやまと! 機関停止! 軸ブレーキ換! 今すぐ止めろ!』
すぐにその指示通りに行われた。
即行でガクンッと勢いよく揺れたと思ったら体が左に勢いよく流されそうになる。
艦が前のめりになり、白い波しぶきを強く引き立てながらその身を必死に止めようと慣性の力と短い格闘を繰り広げる。
俺の視線の先の世界も少し右に傾いていた。
ここまで来ると敵味方の艦船はほとんどおらず、戦闘海域の外縁部についたことを意味していた。
……その間、俺はさらに言った。
さっき、似てるってことにだ。
足場が思いっきり揺れるのを耐えながら、俺は少し早口で言った。
「さっき、お前最後敵機が突っ込んできてそれ迎撃しきれなかったって言ってたよな? なんか似てないか、あれと?」
それにやまとはすぐに答えた。
「でもあの時は落ちませんでしたよ?」
「あの時はだろ? なに、今回は落としてやんよ。この手でな」
そう、今回はね。
あの時とは確かに似てる。状況とかもな。
だが、それでもあの時とは全く違うってのを見せてやんよ。
今は現代だ。歴史は繰り返すがまさかこういう命運的なことにまで影響するわけがあるまいて。
……すると、無線がいきなり叫んだ。
やはりカズの声だ。切羽詰まっていて、ただならぬ焦りが感じられた。
『大樹! 停止時間修正! 減速が間に合わない! 4秒の遅延がはいる! 迎撃可能時間は正確には……』
『停止してから、約“16秒”だ!』
「了解。16秒ね」
俺は即答で答えた。
ふむ。やはりそう最初の計算通りにすべてうまくいくなんていう都合のいい話はなかったか。
確かに、体感的にはもうすぐ停止のはずなのにうまくとまりそうになかった。
本来なら機関の前進一杯から逆転して後進一杯にしてでもとにかく止まらせなきゃいかないんだけど、そんなときまで機関を使ってるわけにはいかないから負担を考えて機関と止めてしまった。
それゆえに、この艦がとまるかは慣性と自重の勝負次第になる。
しかし、どうやらそれが間に合わないらしい。
でも、それでもたった4秒のタイムロスで済むってあたりこいつも重いなほんと。
……あ、あくまで俺は艦のことをいったんであって、やまと本人が重いとは言ってませんからね? まああいつを持って体重量ったためしないんですがね。
……まあ、
「(……ま、むしろ、)」
「(16秒“も”時間くれるのか)」
1発のミサイルを迎撃するのには十分だ。まあ、手動だが。
しかし、それくらいあればある程度は対応可能だ。何とかして見せるぜ。
……すると、
「……ふふっ、じゃあ、」
「ん?」
やまとが軽く鼻で笑って一言言った。
さっきの話の続きだったが……、
「……その、」
「?」
「私の大樹さんに対する“恋心”も同時に落としちゃうんですか?」
「……ほう?」
俺はその言葉に反応し、少し口を右につりあげてにやりとさせつつ左にいるやまとを見ると、何やら誘うかのような、右の頬を少し上につりあげてにやりとした顔でこちらを見ている。大事なことなので2回言うが、“誘うかのように”。しかも状態的に軽く上目遣いである。
……ほほう? そうかけてくる?
さっきの変態共の話と今の状況をそうかけてくる?
おいおい、とんだ無理難題を突き付けられたもんですねぇ。お前みたいな艦魂の恋心どころかそこいらへんにいる人間の女のやつすら落としたことないというかそもそも落とす気力や勇気がなかったんですがね? こりゃ困ったぜよ。
俺は軽くふっと笑うと一言言い放つ。
「……お前そんな自分から誘ってくるタイプだったっけ?」
「さあ? どうでしょうね?」
未だにそんなおとぼけな言葉を言い放ちつつ相変わらずの誘ってきている目。
へっ、とぼけやがって。明らかにこうやって誘ってきてるくせに。
『機関停止まであと5秒!』
そのカズのカウントダウンを横耳に、俺はさらにお返しする。
「……敵USMを落とすより難しが、」
『4……、3……、』
「……まあ、」
『2……、』
「そこまでいうんなら……」
『1……ッ!』
「即行で落としてやっても、俺は別にかまわないけどな?」
と、その瞬間だった。
「おっと!」
一瞬艦が大きく艦首方向に揺れた。
その瞬間、俺の視界の横に流れていた景色はそのまま停止した。
気が付けば、目の前には何もない、右手側には敵味方艦船がいるが、それでも俺の視線の先は見事にスペースが空いている。
さらに……、
「(ッ! 見えた!)」
俺の視線の先に、やっと例のやつが確認できた。
敵USM。その両側にいたF-15MJとSu-35は俺が視線を敵USMに置いたタイミングで左右にブレイクして離れていった。
少し高いところにある。だが、徐々に降下してきているあたり、たぶん向こうも計算に入れていたんだろう。
俺はM2を構えた。まだ揺れが収まらないそのときに、
「……それ、肯定と受け取っていいんですか?」
最後のとどめにそんなことを言い放ってきたが、俺は即行でそれに対しても早口で答える。
「お好きにどうぞ。勝手にしてやがれ」
「そう……、じゃ、」
「肯定として受け止めときますか!」
で、結局肯定でとらえるのか。
まあ、そこらへんは勝手にしていてくれ。“間違っちゃいないから”。
……そしてそのまま、艦はその場にガクンッとまた少し揺れて止まった。
艦は、その海域で機関を止めてその場で完全に立ち止った。
このとき……、弾着まで、
あと、“17秒”だった。
2回言う、“17秒”だった。
……こいつ、最後の最後までやりやがったよ。
CICの計算が間違ってたわけじゃないだろうしな。最後の最後まで根性見せやがって。
……おもしれぇ。
「(……ここまで頑張ってくれたんだ。俺が最後決めないでどうするんだよ)」
あいつがここまで必死に頑張って、そして俺が何もできないで終わるなんてことはしたくない。
そんな終わり方で、俺の命すら失うのなんて航海どころの話では終わらないんだ。
……いや、こいつだけじゃない。
この海域にいる、敵味方、大量の人間が、俺たちの味方だ。
……俺は、答えなきゃならない。
その期待に、みんながかけてくれた希望に、
俺は、答えなきゃならない。
艦が完全にその場に停止した。
……そのときだった。
無線が叫ぶ。そして、ほかのみんなの声も一斉に聞こえてきた。
『ッ! きたッ!』
『今だ大樹! 射線に入った!』
『撃ち方はじめぇ!!』
『新澤少尉! いけッ!!』
『やっちまえ! 新澤!』
“新澤さん! お願いします!”
“あ、え、あ、新澤さん!”
“ほらぁー! やまとの恋人さん! やっちゃって!”
“いけるよー! おーとせぇい!!”
その声を一手に引き取った俺は、その視線をまっすぐ見据える。
すでに左右にブレイクした味方機。少し上から、150km/hで突っ込んでくる敵USM。
このときだけ、走馬灯だか何だか知らないけど、少しゆっくりに見えた。
心臓が高鳴る。体は正直だ。やはり、俺は緊張してるんだ。
こんなに胸が高鳴っている。手も、少し震えていた。
表面上はいけるいけるいってても、やはり本音には逆らえないんだ。
……だが、それでも、俺はやらなければならなかった。
何があっても、俺はこれを落とさねばならない。
何があっても、期待に応えないといけない。
……そして、その俺を後押ししてくれた、
「大樹さん!」
……こいつを、“救わねば”ならない!
俺は、ついに最後の覚悟を決め、
最後、とっさに出たあの一言とともに、両手の親指で、引き金を思いっきり押した。
「いっけぇぇぇぇええええええええ!!!!!!」
その瞬間、その銃口から一気に砲弾が重い振動と発砲音とともに、敵USMに向けて勢いよく飛んでいった。
M2から伝わる振動を必死に抑え、その銃口の向いている方向と角度を絶対に変えないように支える。
敵USMはほぼ真正面にこっちに近づいていた。だから、もう砲弾の弾道自体はもう敵USMのすぐ横をかすめているも同然だった。
射撃精度が抜群のM2だからこそできる芸当だった。やはり、空中でもある程度は弾道は保たれる。
だが、ある程度は効くにしろ、その細かなずれはどうやっても修正しようがない。こっちから無駄に動かしたら余計ずれる。
そこは、まさに願うしかなかった。
M2が、しっかり敵USMを狙ってくれることを祈るしかなかった。
声援が消え、しんとした無線から、カズの切羽詰った声が聞こえてくる。
『まもなく残り10秒!』
このとき、案外時間がたつのが遅いと感じた。
なぜかはわからない。走馬灯って、こういう時間間隔にも影響がでるのだろうか。
それとも、ただ単に集中しすぎて時間経過が遅く感じただけなのだろうか。それはわからない。
だが、それでも、俺は関係なかった。
今の俺の頭には、とにかくこれを落とすということしかなかった。
それ以外、余計なことは全く考えていなかった。
「大樹さん! 左にずれ始めました! 右にほんの少し!」
「あいよ!」
しかし、やまとの弾着修正指示は聞き逃さない。
広がり始めたらこいつが得意の超視力でしっかり見てくれている。こいつの目にはしっかりあれが映っていた。その目標が、はっきりと見えていた。
今、弾着修正で頼りになるのはこいつの目だけだ。俺は、こいつの言葉を信じて銃口の向きをほんの少し右に向けた。
「あ! いきすぎです! さっきの半分左に!」
「り、了解!」
うまく修正しきれない。
やはり、こんなときにブランクがきたか。だが、それでも俺はやる。
やれるかやれないかじゃない。やらないと死ぬんだ。
何度か弾着修正すると、さらに無線が叫んだ。
『弾着10秒切った! まずいぞ!』
わかってる。言われなくてもわかってるからそうせかすな。
しかし、そんな愚痴は絶対に言わない。こいつの焦りもよくわかる。俺の頭の中でも、一瞬思い浮かんでも即行でそれを取っ払った。
と、それと同時に、
「そこです! 大樹さんそのままキープでいってください!」
「了解! ここだな!」
どうやら命中コースに弾道が乗ったようだった。
敵USMに12,7mmの砲弾が迫る。しかし、まだ落ちない。
いや、仮に当たってても威力がまだ足りないのか? 20mmCIWSでさえ威力不足を疑われているくらいだ。
12,7mmの威力がそれより低いのは否めない。
だが、それでも俺は撃ち続ける。
落ちると信じて。とにかくぶっ放しまくった。
「(クソッ! 当たれ! 当たれ! あたれぇ!!)」
俺はそう心の中で必死に叫ぶ。しかし、まだ落ちない。
弾着ももうすぐ5秒を切る。敵USMも、この時点ですでに結構近くに迫っていた。
この目でよく見えた。敵USMと思しき黒点が、どんどんとその姿を大きく、より鮮明にし俺の目に映していた。
俺は焦りを感じた。一瞬だけ、俺の右のこめかみに汗がしたたるのを肌で感じた。
5秒を切った。
カズからさっきより切羽詰った叫び声が聞こえる。
同時にカウントも入った。
砲弾を放つ音。俺にはそれとカウントの声しか聞こえなくなった。
それ以外の余計な雑音はすべてシャットアウトされた。呼吸も、余計深く、かつ激しくなる。
4秒。
「(当たれ……当たれ……ッ!)」
3秒。
砲弾の残弾も少なくなってきた。
そのまま撃ち続ければ、ギリギリ弾が間に合わない。
弾が当たったような火炎とかは見えない。まだ、視覚できる範囲では命中弾は確認できなかった。
2秒に迫る。
そのまま、敵USMが間近に迫る。もう、俺の目の前、肉眼でもはっきりと見える範囲に迫っていた。
カズの言ったとおりだった。いざ近くで見るとあっという間にくる。
その敵USMの前進翼っぽいものすら見える範囲になった。
「(クソッ……! 頼む! 当たってくれ……ッ!)」
そう思った瞬間、カウントが1秒を切る直前と迫った。
そのときだった。
俺だけではない。
ここにいた者全員が、ある言葉を叫んだ。
歴史は繰り返すというか、昔の人と、考えることは同じだった。
艦橋。CIC。機関制御室。ほか各部署。この海域にいた敵味方艦船の乗員と、その艦に宿るすべての艦魂全員。そして、俺と、やまと。
その言葉を、俺たちはほぼ一斉に叫んだ。
『あたれぇぇぇぇええええええ!!!!!』
“あたれぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!!”
「「あぁたあれえええええええええええええええ!!!!!」」
その瞬間、残弾の最後の弾を放ち、弾着1秒前をちょうど切った。
時間が、ちょうどPM14:23をまわった。
まさに、その瞬間だった。
「ッ!!」
俺の目の前に迫った敵USMが、何回か火花が散ったと思ったら、すぐに大きな爆発を起こした。
「ヌグッ!! グハァッ!!?」
俺のその身はその目の前の爆発時に起きた爆風と熱風で後ろに飛ばされ、後ろにあった艦橋の壁に思いっきり背中からぶつかり、そのまま床に背を持たれたままずれ落ちた。
当然ながら俺の体、特に背中全体と後頭部にとんでもない激痛が走るが、今の俺にはそんなのを敏感に感じてる余裕はなく、とっさに思わず目を閉じて手を顔の前に出してガードを作った。
しかしそのあとも、俺の体と顔面に、爆発によって起きた熱い熱風が襲い掛かった。
それとともに、無線から聞こえる各所の悲鳴と爆発により揺れを耐えようとする叫び声が聞こえ、
さらにすぐそこから、
何やら艦橋のものらしい窓ガラスが複数連続的にひび割れが起きたあと一瞬の間をおいて思いっきり割れる音、
艦橋部に敵USMの破片か何かがぶち当たる音、
上のメインマストからは何らかの破片が当たったらしくそれで脱落した部位が艦橋に落ちる音、
それらの音が一瞬にして俺の耳に届いた。
そして、最後に、
「大樹さん危ない!!!」
そのやまとの声が聞こえたと思うと、
目を思いっきり閉じて暗くなっている視界がさらに暗くなるのを感じた…………




