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『やまと』 ~戦乙女との現代戦争奮戦記~  作者: Sky Aviation
第8章 ~日台vs中最終決戦! 敵本拠地高雄市陸海空軍総力戦!~
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〔F&E:Mission 29〕日台中総力戦『最後の反撃』 ⑤ 過去と今。そして、支えてくれる存在

―TST:PM14:21 同海域 DCGやまと右舷見張り台―









「カズ、弾着まであと何分だ?」


 俺はすぐに確認をとった。返答はすぐにくる。


『2分35秒だ。そろそろだぞ、準備いいか?』


「バッチリだよ。いつでもきやがれ」


『弾道コースとか見たんだろうな?』


「ちゃんと試射してどんな感じの弾道かは確認したよ。もう大丈夫だ」


 おかげで10発ほど使いましたがね。


『よし。いいか? 当たり前だが迎撃のチャンスは一度。敵ミサイルの今の速度は180km/hで、今どんどんと速度落ちて行ってるから最終的に迎撃可能範囲インターセプト・エリアに入るときは最大150km/hにまで落ちるとみられている』


「なんでそんな鈍足で飛べるんだよ……」


 そこいらへんにいるそこそこ剛腕野球投手のストレートの速度とそれほど変わらねえじゃねえか。よく飛んでられんな。

 前進翼でもつけてんの? 失速対策なの?


『とにかく、その速度でくるから気を付けろ。野球経験者から言わせてもらうと、150km/hって結構速いからな? まっすぐ突っ込んでくるとはいえあっという間にくるからな?』


「マジでか……」


 まあ、プロ野球とかのTV中継みてるとたまにこの剛速球投げてくるエース級のやつがいるけど確かに速そうだもんな。あと昔バッティングセンター行ったときとか普通に撃てなかった。あとどうでもいいがこれ以上の200km/hレベルの超剛速球を軽々と撃っちゃう高速道路使った輸送業をやってるじいちゃんがTVで出てたけどなんてったっけな。忘れたわ。


『迎撃の仕方は心得てるよな?』


「わかってるよ。待ち伏せだろ?」


 待ち伏せ。

 ここでいうのは待ち伏せというよりは飛翔コースの途中にこっちの射線を重ねることで、いちいち敵ミサイルについてってこそこそと動かしながらするよりは敵ミサイルの飛んでくる途中に射線を持って行ってそこで固定しつつその射線と飛翔コースの重なったところで落としたほうが確実という、まあCICが確率を計算した結果です。

 といってもほとんど真正面からくるようなものらしい。なぜかっていったら、


『ああ、そうだ。あと、弾着35秒前から一気に急制動かけて弾着20秒前ピッタシに止まる。そのとき、こっちを指向したままでいる敵ミサイルはそのタイミングで見事にこの艦に垂直に侵入するような機動をとる。その瞬間からだ。お前のチャンスはそこからたったの20秒だけだと思え』


「了解。何度も聞いたからもう覚えたよ」


 まあ、簡単に言えばそういうこと。

 これまたCICにて計算した結果、ここを抜けて全力で迎撃で来そうなエリアについて即行でブレーキかけた時、その止まるナイスなタイミングで敵ミサイルがこっち右舷真横から一直線に突っ込んでくるらしい。

 その時間は迎撃可能時間となるジャスト弾着20秒前。そのタイミングで止まったと同時に俺の勝負は始まる。


 ……神様よ。いくらなんでも舞台を整えすぎじゃないかね?


 そんなナイスなタイミングでこられてもこっちが余計迎撃しにくくなるだけなんですがね? もうちょっと空気読もうか?


『……じゃあ、まずは31秒前で減速だから。よろしく』


「あいよ、了解」


 そういうと向こうの無線がいったん途切れる。


 ……さて、そうなるとあとは31秒前まで待機か。あと2分ジャスト。

 やはり緊張するな……、こういう間ってのは。

 たった1分ちょいだけでも結構長く感じる。人間に悪い癖よ。


「(……さぁ~て、そろそろ見えてくるか……)」


 目の前は大量の敵味方艦船。そして空は灰色一色の曇り空だった。

 その空間から、俺の視線の先にあるその空間から、目的の敵USMは突っ込んでくるはずだった。

 しかし、まだ肉眼ではとらえられない。でも、水柱は確認できている。

 ただ単にミサイルが小さすぎて見えないだけだ。その水柱も結構高くなっている。


 ……すると、


「……お、こんごうさんたちもやってるな」


 はるか向こうで、こんごうさんと、あと蘭州級駆逐艦が横に並んでいる。

 確か、向こうでも敵USMの減速をさせるための策を考えてるとかどうとか。だから交戦エリアの外縁部にいた両艦がすぐさま向かっているみたいだ。


 ……すげえな、いざとなったら敵味方の垣根越えてここまでやっちゃうのか。


「(……これがほんとの総力戦、だな)」


 総力戦とはこれが見たかったんだよ。本音を言えば。

 こういう胸熱な展開は嫌いじゃないぜ。むしろ大好きだぜ。大好物だぜ。


 頑張ってくれ……、俺も必ず落とすから。


 と、そのときだった。


「ッ! や、やまと、大丈夫か?」


 左隣にいたやまとは一瞬「うッ!」と小さく唸ると苦しそうに右手で胸を抑えた。

 俺はすぐに必死に声をかけるが、やまとはすぐにその押さえていた右手をとって俺の顔の前に出すとそれ以上の声掛けを制止する。


「わ、私は大丈夫です……。お気になさらず。そっちに、集中してください……」


「お、おう……、そうか……」


 しかし、こいつの言っていることはおそらく嘘だろう。呼吸も荒くなってきているし、額には汗もしたたり始めていた。

 さっきからずっとこうだった。機関一杯を出し始めた最初は平気だったが、しかしやっぱり手負いだということにかわりはない。

 機関も、回し続けるうちに相当な負担がかかっているようで……、


『こちら機関制御室! 機関回転数が安定しません! 航海長! これ以上は!』


 機関制御室からも艦内無線でそう報告が来る。航海長はそのまま回すように返答した。

 そう。回転数もさっきから安定していない。どれくらい安定してないかはわからないけど、でもさっきから体感的にも速度が落ちたり早くなったりしているのはわかった。そして、そのたびにとなりにいるこいつが相当苦しそうにしているのも。

 元々手負いの心臓エンジンを無理して回してるんだ。本当ならここで即行でぶっ壊れても何の文句も言えないんだ。

 だが、それでも、核攻撃を止めるために死ぬ気で頑張ってる。俺の横で、まさに文字通り“最悪死ぬ気で”頑張ってる“親友”がいるんだ。


 ……それなのに、


「(……俺はその横で、ただだんまりするしかできないってか。なんとも歯がゆいものだな……)」


 せめて何かしてやりたいが、できるんなら即行で今頃してるころだ。

 せいぜい声をかけて励ますぐらいしかできないが、今のこいつの耳がそんな言葉を聞き入れてくれるほど余裕があるとは思えない。


 今からくる敵USMを落としてやるのが、せめてものこいつに向けての激励か。


 ……今この時点で何もできない俺が何とも無力で仕方ないが、しかし、信じるしかないか……。


 頼む。もう少しだけ耐えてくれ……。あと2分だから。


「……ん?」


 と、ふと横目に左にいるやまとを見た時だった。

 さっきから静かだなと思ったら、右舷側を遠い目で見ている。


 ……なにその何かを懐かしむような目。


「……どうした? 昔でも思い出してんのか? なんちて」


 と、冗談交じりに言ったら、さっきまで荒れていた息遣いを少し整えつつ言った。


「……大樹さん、今まで私のこと幾度となく読心能力があるとかどうとか言ってますけど、人のこと言えませんね」


「はい?」


「……まさにそのとおりですよ。ちょっと、昔のことをね」


「……ほぉ~」


 ほとんどあてずっぽうみたいなもんだったのだが、当たってたか。

 ……昔、ねぇ。例によって例のごとく前世のことか。


「……なんか、あの時とはほんとに変わったなって」


「あの時か……、つっても、俺は当事者じゃないからわからないけどな」


 すると向こうは鼻で一息つくと、またそのまま遠い目で懐かしむように言った。


「……さっき、私がなんで“大和魂”のことばに反応したか、わかりますか?」


「え?」


 あ、そういえばなんか不自然な反応してたな。いらなく驚いていたというか。

 今までの準備とかですっかり忘れてたが、確かにあれは気になる。理由もわからんし。

 だが、この今の前座のこともある。たぶん前世それ関連だろう。


 ……昔はしょっちゅう大和魂がどうのと言われてた時代でもあるしね。


「……いや、わからんが、それがどうした?」


「いえ……、昔の、あの時と同じなんです。状況が」


「え?」


 あの時……、今までのこいつとの会話の経験上おそらく例の沖縄特攻である『坊ノ岬沖海戦』のことだろう。

 しかし、あれとリンクするってか? いったい何がだよ?


 そう考えていると、やまとは懐かしむように静かに語りだした。


「……1945年4月7日の午後。まさに私は死ぬ寸前でした。もう体はボロボロで、今にも沈みそうな状態でした。甲板はまさに血の上に血を塗ってさらにその上に元人間だった将兵の皆さんの死体が乗る。まさに、“地獄絵図”そのものでした」


「……地獄絵図、か」


 当事者本人の口か語られるからなおさら重いな。これは。

 ……俺が軽々しく言っていい言葉ではないのかもしれないが、どれほどひどい状況だったか、想像に難しくない。改めて考えたら、どれほどひどい状況だったか。

 いや、ひどい、なんて言葉で済んだらむしろ軽いほうなのかもしれない。


「……私も、諦める寸前でした。周りの護衛艦の皆さんも必死に護衛しているのに、一向に戦況がよくならない。無限に湧いてくる敵戦闘機。……あの時ほど、私は曇っていた、そう、今のこの空みたいに曇り空な空を恐怖に感じた時はありませんでした」


「……」


 曇り空……、か。


 想像したら、確かにあれほど恐怖なことはないだろう。視界に入りにくいからなおさらだ。


 実際は有限なのに、無限っていうあたり……。こいつの、そのときの心境を物語っているのかもしれない。


「……でも、」


「?」


 すると、少し顔に軽く笑みを浮かべたやまとが、声も少し明るくしていった。


「……そのときなんです。まだ、諦めまいとする将兵がいたんです。左舷の、艦橋のすぐそばにある25mm3連装機銃でした」


「ほう?」


 25mm3連装機銃。やまとに大量に乗せられた対空機銃だったはず。

 フランスのオチキスの開発したものをもとに開発したとか。最初は載せられてなかったけど、何回かの改修を経て最終的には文字通りとんでもないハリネズミになったとか。

 余談になるけど、これによる効果で撃墜数を挙げる人が大量にいるけど、それを根拠に効果はほとんどなかったっていうのは厳密には間違い。あれは基本的な用途は敵艦爆や艦攻の攻撃針路をずらさせたりパイロットに攻撃を躊躇させたりっていうのが主で、文字通り落とすってのも狙ってはいるけど、最低限の用途としてこれを使っている面もあるから、一概にこれは意味がなかったとは言えない。

 事実あれだけの攻撃で今の損害で済んだのはこれのおかげともいえなくもない。まあ、そこら辺はどうなのかは俺の口からは決めつけたりはできないが。


 ……で、話を戻すと、この機銃のところにいた将兵がどうやらこいつの思い出していた過去のカギらしかった。


 ……でも、あの時あの状況であそこでまた撃とうとした人がいるってことか? とんでもない根性がいたもんだ。


 やまとは続けた。


「今にも沈みそうな私の上で、また抵抗を続けようとする人がいたんです。それが、とある2人の将兵と……、もう一人、」


「?」


「……誰でもない、」











「……“新澤”、と呼ばれた若い将兵でした」











「ッ!? あ、新澤!?」


「ええ、新澤です。……大樹さんと同じ、ね」


「ッ……!」


 新澤……、戦艦大和……、そして、最後の最後の25mm3連装機銃……。


 ……これは、昔じいちゃんから聞いた話と見事に状況が合致する。あれと、まったく同じだ。


 ……え? てことはまさか……、


「……あの時、俺の爺ちゃんが言ってたような状況の時お前は……」


「ええ……。その、後ろ側上方にいるスペースにいました。そこから、その3人を見下ろしていたんです」


「ッ……!」


 そうか……。あの時すでに、お前はそれを見ていたのか。

 ……なるほど。ということはまさか、


「……じゃあ、一番最初俺たちが出合った時、俺が自己紹介したとき“新澤”の2文字でさっきの大和魂見たく驚いていたのも……」


「はい。あの時の、子孫じゃないかって……。あの時は、まだ疑問にとどまっていたのですが、今この瞬間確信に至りました。……大樹さんって、あの時の……」


「ああ……。戦艦大和にのっていた人を爺さんに持ってるよ。新澤正一。それが俺の爺さんの名前だ。……あってるか?」


「ええ、あってます。……あの時、あそこにいた新澤さんです」


「そうか……、爺さん、あの時……」


 そうか。爺さんの言っていたことは紛れもない本当の話だったのか。

 いや、別に疑ってたわけではないのだが、でも結局は聞いた話だからな。自分の目で見たわけじゃない。


 ……そうか。そういうことか……。


 ……てことは、


「……あの後、知ってます?」


「ああ……。昔聞いた話だったからうろ覚えでしかないが、最後の最後に俺の爺さんが弾薬をそこに運んだら、先輩の2人から早く退艦するよう促されて、でもいやだって抵抗しても最終的には説得させられてやむなく退艦したって話だったが……、しかし、それまでだ。あってるか?」


「……ええ、あってます」


 俺は軽く相槌を打つと、また聞いた。


「で……、あの後、その残った二人ってどうなったんだ? 爺さんも気になってたよ」


「……」


 すると、やまとの顔が少し曇った。

 ……やっぱり、簡単にハッピーエンドにはならんか。いや、あの状況でそれを希望しているほど甘くはないか。


「……あの後、2人は見たんです。“私を”」


「え?」


 ……私を見た?

 え、てことはまさか……。


「……まさか、お前が見えたってことか?」


「……どうやら、そうみたいで。最初は何気なくふと艦橋のほうを見たらしいんですけど、でもその時偶然私を見つけたみたいで……」


「はぁ……」


 あの時代から、艦魂が見えるやつがいたのか……。しかも、あんな極限状態で。


 ……いや、どうやら、


「……俺の爺さんとおんなじか」


「え?」


「あ……、お前は気づいていないか」


 そうか。あの時の爺さんの話でもそんなこと言ってなかったしな。知るはずもないか。


「いや、俺の爺さん、お前を見たって言っててさ」


「え!?」


「あ、といっても、海に脱出したときの話でな。でも、結構記憶に焼き付いているらしいぜ。爺さん曰く、「泣いていたよ。思いっきり泣いていた。でも、彼女には失礼だが、とても綺麗な人だった」……ってな」


「……そうですか」


 ……で、そこ。なんで少し顔赤くするんですかね? なに、俺の爺さんからも言われたのが相当意外だったのかな?


「……で、それがどうしたんで?」


「あ、いえ……。あの後、あの2人は迫ってくる敵戦闘機の迎撃に入ったんです。その直前、つぶやくように言ったのが……」


 ……はっは~ん、読めた。


「……なるほど。そこで“大和魂の見せ所だ”……、か」


「はい……」


 なるほどね。自覚はないけど俺は無意識のうちにあの時と同じ言動をしていたのか。

 大和魂の見せ所……。はは、俺も純粋な日本人か。考えることは同じってか。


「……そのあとは、必死に「あたれええ!」って叫びつつ対空機銃を撃ち始めたんですが、結局落とせず、むしろ逆にまだそこに人間がいるってのを教える結果となったらしくて、その敵戦闘機が装備していたロケット弾を受けることに……」


「……その、人がいたところにか?」


「ええ……。幸い直撃はしませんでしたが、弾着の衝撃でもう撃つどころか立つことすらままならず……」


「……」


 俺は絶句した。

 いくら戦争中とはいえ、人のいるところにわざとロケット弾ぶっ放すのかよ……。まあ、当時から海に浮かんでる人に面白がって空から機銃ぶっ放したり、敵艦船の対空砲火を黙らすためにその対空機銃あるところに機銃掃射をばらまくってのはよくあることだったようだけど、でもこれは……。

 まあ、それでなくても東京大空襲なり原爆投下なりっていう普通に考えて無駄にもほどがある“民間人大虐殺”をしたアメリカだからある意味ではこれは軽いほうなのか?

 でも……、やはり、現実としてこれはきついな。何かが心にグサッくる。


 それを、こいつはマジかで見たってことか……。相当な精神的ショックを受けたに違いない。

 ……いや、これ以上の無神経な言動はよそう。俺が言うべき言葉じゃない。


「……でも、」


「?」


 すると、語るうちにみるみる曇っていた顔も、少し明るくなったて言った。


「……それでも、最後の最後に、腕を突き上げて言ってくれたんです。大好きだったって。沖縄に連れていけなくてすまないって。最後にお前と闘えてよかったって。会えるなら靖国で会おうって。……まあ、靖国にはいけませんでしたけどね」


「転生したからな……」


 靖国にはその2人の将兵がいることだろうが……、上から見守ってくれているだろうか。

 ……いや、それとも転生したか? 魂だけ生き残って。


 この時点でもう少しで残り1分を切るというところだった。


 どんどんと迎撃時間タイムリミットは近づく。俺は自然と握る手の力が強くなった。


 その横で、やまとはさらに語り続けた。


「……私がトラウマになったのって、ほとんどはあれが原因なんです。あの時、私を必死になって守ろうとしてくれたのに、私はその期待に応えれなかった……。あれ以来、私は自分に自信がなくなったり、少し戦争自体に抵抗が出るようになったんですけど……」


「あの後、俺が台湾に行く前に説得して今に至る……、ってか?」


「……はい」


「……そうか……」


 ……そんなことがあったのか……。

 いや、それほど、彼らは守ろうとしたんだろう。彼らからすれば、戦艦大和は好意の対象だったんだ。それを必死に……。


 ……そりゃトラウマにもなるか……。もっと、あの時すでに知ってればもう少しマシなこと言えただろうに……はぁ……。


「……あの時から思ったんです。私が、もっと強くならな……、ううッ!」


「ッ!」


 その時、また苦しそうにうなったとともに右手で胸を抑えた。呼吸も激しい。それも、さっきよりひどく。

 ……さらに、


「うぉッ!」


 いきなり艦が振動を起こした。爆発というわけではない。

 ……これは、まさか、


『ッ! こちら機関制御室! 回転数が急速に落ちて行ってます! これじゃもう無理です! いったん止めさせてください! 機関室の熱も上がっています!』


 クソッ……、もう少しだってのに、もう限界が近いのか。

 今すぐに止めないとマズイという機関制御室の言葉だ。当事者が必死に言ってるからなおさらやばいってのが説得力ある。


 だが……、ここで止めたら……ッ!


 無線に応答した航海長もそれを否定した。


『いや、まだ耐えろ! ここで止めるわけにはいかねぇ!』


『で、ですがこれ以上は危険です!』


『危険なのはとっくの昔からだろ! 今さら止めるわけにはいかないんだよ!』


 航海長の必死の説得に、機関制御室も黙った。

 しかし、どれほどひどい状況かはやまとを見れば一目瞭然だ。

 俺は思わずまた声をかけてしまう。


「や、やまと……」


「あの時……」


「ッ!」


 しかし、それを遮るようにやまとはまた言い出した。

 その顔はまだ苦しそうだったが、だがとにかく言いたいことをいうまで耐えるつもりだった。


「……あの時から、もっと強くならないとって……、でも、不安もあって……、その板ばさみだったんです。そこから助けてくれたのは、あのときの大樹さんの言葉で……、うッ!」


「ッ……、やまと……」


 俺はとてつもなく苦しそうなやまとを見つつ、少しまたあの時みたいに語り掛けるように言った。

 ……しかし、少し顔や口調にも笑みをつける。


「……でも、あの時言ってくれたんだろ? “大好き”だって」


「え?」


「不安であったのはわかるぜ。だけど、お前を大好きだって言ってくれたやつが一番思ってほしくないのはたぶんそれだと思うぜ? 今はもう心配ないだろうけど、それでも、お前にはぜひとも笑顔でいてほしかったって思ってたりしてな。……本人じゃないからわからないけど」


「……」


 やまとは少し唖然とした感じの顔をこちらにむけていた。息遣いは荒いが。

 少しの間をおいて、やまとは苦しそうな顔の中に少しだけ笑みを浮かべると、少し呟くように言った。


「……そうですね。今は、そんな不安に駆られてる暇もない、か」


「ああ。そんなこと考えてる暇あったら、前に言ったみたいに前向けってね」


「ええ……」


 ここでも俺の言うことは同じだな。まあ、最終的には答えはこれに行き着くから仕方ないが。


 すると、やまとは少しするとふっと軽く息をついていった。


「……そうなると、やっぱり今も似てるかな」


「ほう? というと?」


「ほら、あの時と共通点多いじゃないですか。今はこの戦争で最後の大きな海戦。最後の手動での対空機銃での迎撃。向かってくる敵はこっちに突っ込んできている……。そして、」


 すると、ナイスなタイミングで無線が叫んだ。航海長の声だ。


『ええい! 総員に告ぐ! 航海長の俺が言うのもなんだが、とにかくもう少し耐えろ! あと1分ちょいなんだ! こいつを信じろ! 全員必死に祈れ! とにかく祈れぇ!! なんなら声援送ってもいい!』


 ……情熱的だな航海長。

 まあ、あれが彼らしいところなのかもしれない。滅多にああいう熱いところは見せないが。


 それを聞いたやまとが、こっちを軽く横目に少し笑って見ていった。


「……今この瞬間でも、私を信じてくれるところを、ねッ!」


「うぉっと!」


 その瞬間、やまとが思いっきり自分の胸を抑えて力を入れたと思ったら、艦がそれに反応した。

 一瞬右側に体が持っていかれた。外に聞こえる機関音も、少し甲高い音の唸りが上がっているように聞こえる。


 これは……、


『ッ!? こ、こちら機関制御室! 回転数が回復した! どんどんと上がってる!』


『おっしゃあぁ! ほぉーれいったとおりだろォ!!』


 航海長が思わずガッツポーズをとってるのがよく分かるような歓声が聞こえてきた。

 その横で、俺の横で、こいつは必死に回転数を上げている。

 俺の視線に気づいたやまとは、口を軽くにやりとさせると、抑えていた右手をいったんはずし親指を立てた。

 しかし、また苦しくなったのかすぐに右手を胸のところに持ってきて必死に抑える。呼吸もやっぱり荒い。


 ……こいつ……、


「……まだ死んじゃいねえか。あの時とは違うな?」


「へへ……、ここで、簡単に死んでたまりますか……ッ!!」


 その顔は、いつになく真剣な顔だった。

 自分で言ってるような、それほど自信のないような、いつも自分から謙遜な態度をとるようなやつの顔じゃない。


 本気の顔だ。それも……、強いやつのな。


 今のこいつは違う……。こいつが、今まで考えている自分とは違う。自覚はしてないだろうがな。

 何が、といわれても正確には俺には分からない。でも、何かが違った。


 今のこいつは……、本気で、違っていたんだ。


 何がかは分からない。


 ……だが、俺は確信を持っていた。


「……まだ、こいつは生きる気満々だ」


 まだ希望をこれっぽっちも捨ててない。さっきから少し不安になってたりした俺とは大違いだ。

 ……結局、強いのは俺じゃなくてお前だったじゃないか。お前もう少し自分見ようぜ?


 ……と、あと20秒か……。


 すると、無線が叫んだ。カズの声だ。


『大樹! まもなく20秒前! そろそろスタンバれ!』


「あいよ了解!」


 そろそろだ。もう少しで、急速停止の時間になる。


 ……もう少しだ……、頼むぞ……。


「頼むやまと、もうすぐあと20秒だ、耐えろ!」


「り、りょうか……、うッ!」


「うぉッ!」


 そのとき、一瞬またガクッと振動して速度が落ちたと思ったら、またそれを耐えるように機関音が大きな声を上げた。

 苦しんでいた。それでも、その強い顔を崩していなかった。


 さらに、


「う……、ッぁぁぁあああ!!!」


 いったん息を吸い込んでそう一回叫ぶと、今度はまた振動が起きたと思ったら速度が少し上がった。

 さっきより呼吸がひどい。もう限界を通り越していた。


 ……だが、


「クソッ! 頑張れ! こんなことしか言えないけど……、もう少し耐えろ! あと10秒ちょいだ!」


 俺がそういうと、やまとがさらにそれにこたえようとした時だった。


『おいやまとぉお!!』


「ッ!?」








 それは、無線から聞こえてきた。









『聞こえていたらでいい! 俺たちはお前を信じる! だから耐えてくれ! あと20秒だ!』


 そう叫んだのはカズだった。あいつは、見えないこいつに対して、そう叫んだんだ。


 いや、あいつだけじゃなかった。


『俺からも言わせてくれ! あと20秒だ! 耐えてくれ!』


『信じてるぜお前を! ダメコン一同はお前を信じて絶賛修理てやりまっせ!』


『機関制御室からやまと本人へ! お前の心臓はしっかり見ててやる! もう少しだけ耐えてくれよ!』


『艦長からも信じてるって言葉を受けてるぜ! みんなお前を信じてる!』


『こちら艦橋の航海長だぜ! 俺たちもお前を信じるからな! ゴールはもうすぐ! あともう少しだ!!』


『一艦橋乗員である俺の言葉が通るかはしらねえが、一言いわせてくれ! お前の隣にる恋人が絶対何とかする! それまで絶対耐えてくれ!』


『そうだ! 恋人の前でかっこいいとこ見せてやれ!』


『今の大樹なら簡単に落ちるぞ!』


「おいちょっとまてどさくさに紛れてなにいってんのおまえら!?」


 そんな各所からの声援を一気に受けたが、しかしこいつらこんなときにいったい何を言っちゃってんの!?

 あいつらこんなときまで歪みねえな!? ほんと歪みねえな!?


 ……しかし、



“やまとさん!”



 その声援は、あいつらだけじゃなかった。



“もう少しです! 頑張ってください! 後ろからちゃんと見守ってますから!”



 と、丹陽さんがいったのを皮切りに、


“わ、私からも! 信じてますから! やまとさんならできるって!”


“台湾の一イージス艦として直接何もできないってのは歯がゆいが、でも信じるぜ、やまとさん! 日本の最新鋭の意地! 見せてやりな!”


“中国の中華製準新鋭艦としても見させてもらうわ! こんごうの親友がどれほどなのか、ちゃんとこの目でね!”


“やーまとー! 親友はいつでもあんたをみてるわよーー!!”


“恋人の前でかっこいいとこ見せるの期待してますからーー!!”


“そーそー! 大樹さんの前でかっこいーとこ見せておとしちゃえーー!!!”


“日本の恋落ちするのみってみったいー!”


“中国の恋落ちと日本の恋落ちってどうちがうのかなー!”


「お ま え ら も か ぁ ! !」


 ええい! やっとちゃんとした声援が来ると思ったら結局これか!

 というか、艦魂が恋バナ大好きなのは国関係ないのか! やっぱり異性に飢えてんのかお前らぁ!


「……はぁ、お前もほんっと人気者になったわな」


 俺がそうつぶやくと、やまとも少し笑っていった。


「ふふっ……、ほんとですよね……、今、私期待されてるんですよね……」


 その目には、うっすらだけど涙が浮かんでいた。

 ここまでされたのは体験ないか。みんな、必死に応援してくれてることを純粋にうれしく思っているんだ。

 ……その顔も、ニッと笑ってはいるけど、でも軽く涙が流れかけてる。


 ……ほんとな。


「……まだ、諦めるべきじゃないってこった」


「ええ……、そうですね」


 と、そのときだった。


『ッ! もうすぐ10秒切る! スタンバイ!』


「ッ! きたぁ!」


 まもなく残り10秒。

 目の前を見ると、敵ミサイルが水柱の中からでてきて、水柱が立たなくなった代わりに両側に2機の戦闘機。

 F-15MJとSu-35。異色の組み合わせだな。


 何の意味があるか知らんが、これも援護の一つなのだろう。なんにせよありがたい。


「頼む。もう少しだからな……ッ!」


「はい……ッ!」


 時々速度が落ちかける時があるが、そのたびに耐えてまた上げている。

 声援はやりなまない。今、こいつを支えているのはもはや気力だけ。

 この声援が、その気力を持ち上げている。


 ……はぁ、なんか、


「……やっぱり、似てるな」


「え?」


 俺は少しそう思ったことを言った。


「……やっぱり、お前のいうところの、」












「あの時に……、似てるな」















 そのとき、無線から機関停止時間になったことを知らせるカズの声が聞こえた…………

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