〔E:Mission 28〕高雄沖海戦『海上の大乱闘』 ④ 最新鋭艦対決
―TST:PM13:48 同海域 『施琅機動艦隊』DDG成都艦橋―
「ええいクソッ! うちの上層部はバカばっかか!? こんなところに弾道ミサイルぶち込むやつがいったいどこにいやがるんだ!」
俺は思わずその怒りを爆発させた。
敵艦隊との交戦を開始したのはまだいいんだが、その後いきなり弾道ミサイルの飛来を知らせる報告が来た。
今ここで入り乱れて砲撃戦を展開している敵艦隊に向けてだろうが、俺はその報告を聞いて驚愕どころかもはやあきれ返った。
あのな、今ここで戦ってるのはあいつらだけじゃなくて俺たちもなんだぞ? もし弾道ミサイルをここに落としてみろ。核じゃなかったからまだマシだけどよ、それでも通常弾頭でも落下時の衝撃ってのはでかいんだぞ? 命中した艦、そしてその数や、その近くにいる敵艦との距離によっては、その近隣にいる俺たちの味方まで被害こうむるんだぞ?
しかもなんだ。今回は運よく敵艦隊に当たんなかったと思ったら今度は津波起こしやがって。
まあ、こればっかりは敵が迎撃に失敗したから起こしたもんなのだが、それでもこればっかりは責める気にはなれるわけない。
元々撃たなきゃいい話だろう。元よりこうなる可能性は一番あったはずだ。というか、向こうとて簡単に迎撃できないよう仕組んだはずだが、その結果どっちにしろ俺たちも被害こうむるのを知らなかったのか?
というか、現実に今被害でてるじゃねえか。味方の旧式のフリゲートが津波の対応に間に合わず横波に煽られて危うく転覆しかけたぞ。まあ、しなかっただけマシだが。しかし、それのおかげで大きく傾いたその一部の被害艦は一時的に戦闘不能になった。横波に煽られすぎて各機器に不具合でも起こしたんだろう。または、それ以前に機関系にトラブルでも起こしたか。
とにかく、その結果すでに一部の艦が被害を出し始めていた。それも、ほとんど味方。
そして、今俺たちの元にもその津波がこようとしている。
右舷側から、大きな横波が速いスピードで接近してきていた。
右舷側を見る限り、見える限りの日本艦は回避しまくっている。そこらへんは津波に慣れてる国か。対処方法はすぐに思いついたどころか瞬時に適切な回避をしたか。
そんでもって、その目の前にも津波が来る。
回避の仕方は心得ている。艦首を津波が来る方向に向け、横波に煽られるのを回避するだけでいい。船乗りなら常識だ。
……よし、今!
「今だ! 面舵一杯!」
「面舵一杯!」
すぐに操舵が舵を右にきった。
とたんに一瞬の右に流されるゆれとともに、艦首がどんどんと右を向き始めた。
ここまで転舵をためらったのは、そのすぐ横に他の味方艦がいたからだ。すぐに艦首を向けようものならそっちとぶつかる。幸い向こうもすぐに事態を察知して転舵してくれたおかげでこっちもすぐに今のように転舵に移ることが出来た。
……が、
「……ったくよォ、なんだってこんなところにまできてこんなめんどくせぇ転舵しなきゃなんねんだ! 上はこっちの状況わかってんのか!? 結局は卓上戦争しか知らねぇ引きこもりかコラァ!」
周りの乗員が俺の不満の声に思わず顔面蒼白となったが、もう不満をそのままにしているのはめんどくさくなった。
え? 隣に政治将校? んなの知るか!
射殺したいなら即行でしてみろ! 俺の言ったこと認めることになるがな!
その間に津波は到達した。
まさにこっちが艦首を向けたところだった。
ギリギリのタイミング。すぐにその波に煽られ艦首が若干持ち上がったが、それでも成都は耐えた。
さすが最新鋭。簡単にはやられねえか。
津波が通るのは一瞬だった。
すぐに津波は俺たちの横を通過。そのまま後ろに流れた。
若干ゆれた艦もすぐに持ち直した。
「よし、被害を報告しろ!」
とはいったものの、思ったとおり何もないことが報告された。
あれくらいなら問題はなんらなかったわけだ。まあ、当然だな。
「よし、舵を戻せ。他の目標を探すぞ」
すぐに新たな指示を出す。
取り舵をとり始めた艦は、すぐにまた艦首を左に向き始め、元の針路に戻ろうとしていた。
「艦長、他艦に被害が出ています。これでは我が方が」
「なに?」
副長からの報告に思わず周りを見渡した。
結果からいおう。最初よりひどかった。
さっきすでに一部の味方艦がといったら、増えていた。
主に小型のフリゲートを中心に被害が増大していた。ここから確認できた限りでは、江滬V型5隻は全滅。沈没はないがすでにさっきの波に大きく煽られすぎて各種機器に不具合が発生したらしく、火器の発砲が確認できないどころか、そもそも動き自体がのろい。戦闘続行が不可能であるのは火をみるより明らかだった。
さらに、江衛II型の1隻にも被害がでたようで、同じく動きが鈍くなっている。さらに、あれは台湾艦だろうか。フランスのラファリエット級に似ている、おそらく康定級フリゲートの2隻であろう艦の動きが少し鈍い。元々あれはフリゲートとしてはどちらかというと少し大型の部類に入るからあんまり問題はなさそうに見えるが、弾着地点に近く、それも外縁部にいたため、他よりいち早く津波を受けてしまい対応が遅れたのだろう。
……しかし、ここで驚いたのは日本艦だ。まあ、津波を何度も経験している国の艦だから案の定だといえばそれまでだが、確認できた限りでは視覚できるレベルで戦闘不能になったらしい艦は1隻も見当たらなかった。
まあ、元よりここにきているのが小さくても駆逐艦くらいで比較的大型のものばっかりであるし、それに乗員自体が津波対応に慣れすぎているのもあるのだろうが、それでもこれは純粋にすごい。
さすがはそこらへんは津波大国だろうか。何度もいうようであるが。
……とにかく、敵味方にこれによる被害がでてしまったが、特に味方フリゲート艦の被害が甚大すぎた。それ以前から敵の攻撃で損傷しているものもあるというのに、これでは敵にダメージを与えるどころか逆にこっちに追い討ちかけてるじゃねえか。バカじゃねえか上層部は?
俺は目の前に広がるあまりもの惨状に、右手で軽く頭を抑え、そのひじを目の前の基盤が置かれているテーブルに置きつつ、呆れたようにため息をついてはき捨てるように言った。
「……これじゃ逆効果じゃねえか。いったい何考えてんだ上層部のバカは? 俺たちを殺す気か? あ? 敵でなくて俺たちまで殺す気なのか?」
と、そんなことを愚痴ったところであわてて止めたのはその今さっきその報告をした副長だった。
「か、艦長、あんまり言い過ぎると……」
「お隣のお客さんに銃殺される、とでも言いたいのか?」
「え……?」
どうやら図星らしい。
それ以上は言ってこなかった。
俺は呆れ半分でまたため息をつきつつ右を親指でクイッと指しつつ言った。
「……お前はこんな状態で銃殺できると思うのか?」
「え?」
その隣を見ると、俺の右に立っていた政治将校が目の前の基盤が並んでいるテーブルに両手をついて前のめりにがっくりとうなだれていた。
その顔は、見るからに深刻そうだ。思いっきり顔をしかめている。
「……ぶっちゃけ本人はそれどころじゃねえよ。なに、殺される覚悟はとっくに出来てる。ま、そのときは副長あとは頼んだ」
「いや、後は頼むといわれましても……」
少々困り果てたような顔となったが、俺はそれにかまわず右隣の政治将校を改めてみる。
……こいつ、一番最初の核交じりの弾道ミサイル攻撃が行なわれたあたりからずっとこんな感じだ。相当ショックを受けたようだな。
……何にショックを受けているのかは言うまでもないだろうが。
こいつも、まさかここまでやらかすとは思っていなかったのだろうか。
さすがにかわいそうになってきたので、俺は少し励ますように言った。
「……いつまでそんなうなだれてんだ? 俺を監視する役目があるんだろ? ちゃんとしてくれよ」
そういうと、そいつは俺の言葉でやっと我に返った後、少し瞑目して、また目を開けて静かに言った。
「……すまない。少し考え事をしていた。気にするな」
「そんな状態されたら嫌でも気にするんだがな。……なんだ、アンタの信仰していた奴らがこんなだったとは思わなかったのか?」
すると、図星だったようで少し「うっ……」と一瞬声を出しかけたが、少し鼻でため息をつきつつまた言った。
「……別に信仰していたわけではない。私とて、このような誇りある職務に就けただけで満足だ。……そう、満足なのだ」
「ほう……、で、その結果がこれか?」
「……」
まただんまりしてしまった。これ以上は言いたくないか。
……まあ、いいだろう。別に今の俺はそんなことはどうでもいいしな。少し出すぎてしまったか。
「……まあいいよ。とにかく、アンタは俺を監視する役目、ちゃんとやれよ? ……つっても、今さっき俺アンタからすればとんでもないことを口走った気がするがな」
俺は少し半笑い気味に言った。
その瞬間、俺の周りがまた青ざめる。
「バッキャロウッ!余計なこと口走んなきゃいいのにこいつ命知らずか!?」とでも言わんばかりの視線が俺に集まる。
……が、政治将校から発せられた言葉はそいつらの期待を裏切るものだった。
「……もう別にかまわんさ。……はっきり言って、」
「今さっきの君が口走った言葉は、“私の本音”だ」
「……本音、か」
……こいつの本心も、別段乗り気ではないのか。
政治将校のくせに、そこらへんはまたその人によって考えが微妙に違ってくるということなのかね。
……共産党からすればめんどくさいやつを雇ったなとか言い出しそうだが、ぶっちゃけこれが常識を持った人間の感想だ。どうこう文句を言われる筋合いはないだろう。
「(……さて、無駄話は後だ。今は他の残存敵艦を……)」
と、周りを見渡したときだった。
報告をする見張り乗員の叫び声が聞こえる。
「……ッ! 本艦右舷15度方向に、敵艦1! 我が方に向かってきています!」
「ッ!」
右舷15度方向。
その方向を双眼鏡越しにみつつ凝視した。
そこには1隻の艦がある。
正確にはこっちには向かわない。衝突針路ではないが、しかし大まかにはこちら側に向かってきている。
他と比べて大きな艦。前甲板には背負い式で載せてるらしい2基の主砲。米軍や日本でよくみる5インチ砲だ。
そして、その後方にある艦橋には大型の角が丸くなっている八角形の白いFCSレーダー。それが2面見える。その上には電子機器が大量に載せられたアンテナ群……。
とどめに、その艦首に白くペイントされている“190”の艦番号。
……間違いない。こいつは……、
「……よりによって、厄介なやつがきやがったな……」
「か、艦長、あれはまさか……、例の……」
「ああ……。この世の人間に、世界最強と言わしめた装甲付きの大型イージス巡洋艦……、」
「日本の、最新鋭ミサイル巡洋艦の“やまと”だ」
「ッ! あ、あれが……」
「や、やまと……」
「世界最強の巡洋艦が……、目の前に……」
「さすがに本物はデカイな……」
ここにいたやつらが各々の感想を口走る。というか、つぶやいた。
そしてその顔は、少し相手を畏怖するようなものだった。
俺は喝を入れるように言った。
「焦るな。相手は装甲付きの最新鋭だが、なに、相手に不足はない! むしろ俺たちのとこの最新鋭艦の格好の獲物がきたと思え!」
「ひぇ~……、やる気だよこの人……」
どっかの乗員がそんなことをつぶやいているのが聞こえたが、まあ俺はそんなのは無視する。
確かに相手は強大だ。火力、速度、機動性、電子戦能力、その他様々な能力が他より一線を画している。そして何より、現代艦にはもうほとんどないといってもいい装甲が追加されているのが大きかった。
アレのおかげで、実験では日本が運用している超音速対艦ミサイルを2,3発耐えたらしい。もちろん、当たり所によっては即行で戦闘不能だろうが、当たったところがその装甲部分なら間違いなく跳ね返される。
ましてや、今ここで使える唯一の武装である主砲弾なんて、いたるところに張り巡らされた装甲に跳ね返されて終わりだろう。だが、それでも、まだ希望を捨てるわけには行かない。
元より、ここであいつを相手取れるのは俺たちだけだ。
誰が何と言おうと、俺たちが出向かせていただく。
「敵艦針路割り出しました! この針路、本艦後方の旗艦『施琅』に向かっています!」
「やはり、狙いは親玉だな……」
旗艦を狙うか。撃沈は無理だろうが、せめて甲板に砲弾をぶち込めば、少なくない痛手を与えることができる。
……確定だな。ここですぐに動けるのは俺たちしかいない。同じく旗艦直掩の任についているはずの海口は、さっき俺たちを攻撃していた汎用駆逐艦との戦闘を未だに続けている。相当厄介な相手のようだ。汎用駆逐艦と舐めていたが、そこらへんは日本艦か。
とにかく、そうと決まればすぐに動くぞ。
「面舵5度修正。機関第3戦速。主砲撃ち方用意。目標、“やまと”!」
「了解。面舵5、機関第3戦速。目標やまと、主砲発射準備!」
指令はすぐにCICに伝えられた。
距離的に考えて、すでに互いに主砲射程距離。ここまできてまだ撃ってこないということは、向こうも今さっきこっちに気がついたということだろう。
フッ、ちょうどいい。他からの横槍もない。
ここで、最新鋭艦同士の1対1の砲撃戦といこうじゃねえか!
なんとも熱い展開だねぇ! 俺は大好物だぜ!?
「(さあ……、乗ってくるか?)」
すると、見張りからなんとも俺的にはうれしい報告が飛び込んでくる。
「……ッ! 敵艦、若干取り舵とりました! 目標を本艦に変更した模様です。前甲板の主砲指向がこちらに向いています。このままでいくと、反航戦で本艦は右砲戦となります!」
「っしゃあ! あいつら空気わかってるじゃねえか!」
さすがは空気を読む国だ。いい意味でも悪い意味でも流れってもんをわかってらっしゃる!
面白くなってきたぜ……。ここで、最新鋭同士で殴り合いができるのか。
『艦橋CIC! 主砲、発射準備完了!』
「了解。見張り、砲弾の弾着修正の報告頼むぞ」
「了解。……ッ! 敵艦! 主砲完全に指向! こちらに狙いを定めています!」
「よし……。じゃあはじめるか。主砲、敵巡洋艦やまと!」
「撃ち方始め!」
「了解! CIC! 主砲撃ち方はじめ!」
『うちーかたはじめー!』
その瞬間、目の前から迫ってくるやまとに向けていた主砲が大きく、かつ乾いた発砲音を発しつつ砲弾を放った。
それと同じタイミングで、やまとからも主砲が1発ずつ交互に撃ち始めていた。
まず下にある主砲が、その後一瞬のタイミングを置いてその上に背負っている2つ目の主砲。交互に撃ってきている。
すぐに互いの第1弾が弾着した。
お互い初弾命中とは行かなかったみたいだが、それでもこれまたお互いに至近弾をえることには成功した。
こっち側には右舷側艦首付近。向こう側にも右舷側艦首あたりに水柱が立った。
それを元にし、さらに連続でどんどんと弾を放ちまくる。
「手を緩めるなよ。一瞬でも緩めたらやられると思え!」
俺はそうやって鼓舞した。
ここまできたら他の乗員も覚悟を決めた。皆、真剣な目つきであいつとの対決に参加している。
第2弾、第3弾、第4弾と放ち、向こうも交互に撃ってくる。
しかし、一つ問題なのが、
「(……やっぱり向こうは手数が多いな……)」
主砲の数が違うため、こっちがどうやっても不利になってしまっていた。
手数が多いってのはこういう砲撃戦では大きな意味を持つ。当たり前だが、攻撃手段が多ければ多いほどそいつが有利になる。砲撃だってそれは例外でなく、今みたいにこっちは主砲1基ですべてをやりくりしないといけないのに、向こうは2基だから互いの弾着位置などを見極めてより正確な弾着修正を“すばやく”出来る。
そもそもの問題今の軍艦で前甲板に主砲2基という発想自体がもはやぶっ飛んでるわけだが、そういう他人が考えない発想をするどころかそれを実現させてしまうのが日本という国だ。あんまり驚きはしない。……違う意味で呆れはするが。
とにかく、そういう意味でやはり手数の関係で俺たち側が不利にならざるをえないのはもはや変えようがなかった。
……と、そのときだった。
「ッ! 当たったか!?」
タイミング的にほぼちょうど。互いに同じタイミングで互いの主砲弾が命中した。
こっちは前甲板。右舷側の舷側だ。
ちょうど主砲後ろあたりの前甲板と右舷部の折り目になっているあたりだったが、致命傷ではない。
そして、
「敵艦に命中弾! ……ッ!? か、艦長! 敵艦に傷一つありません!」
「やはりな。さすがは装甲艦だ。これくらいの砲撃はびくともしないってか!」
超音速の対艦ミサイルすら跳ね返すんだ。たかが主砲弾ごときで貫けるわけじゃありませんってか?
なら、何度でも撃ち抜けばいいまでよ!
「まだだ! とにかく当てまくれ! できれば主砲塔を狙え!」
しかし、まだ攻撃は出来る。とにかく今は撃って撃って撃ちまくって、旗艦への攻撃を防がねばならない。
本当なら旗艦、というか空母はこの砲撃戦はできないからここを1,2隻ほどの護衛をまかなって離れるべきなのだが、そうするとまた周りにいるだろう潜水艦に餌食になりかねなかった。
しかも、仮に護衛をつけて離れたとすると敵艦隊に対する攻撃の手が少なくなり、逆に向こうは砲撃戦参加可能の艦が余る。その分が空母にきてしまっては本末転倒だ。
むしろ相手側に砲撃戦をしやすい状況を与えてしまうことになる。だから、動こうにも動けないのだ。
だからこそ、ここで俺たちが喰い止めないといけない。何としてでも。
……すると、
「ッ! て、敵弾命中!」
「チィッ、ガンガン当ててくるな!」
さすがは日本の最新鋭。容赦ない。
さっきからこっちも当てまくってるはずなのだが、確認できる限りなんともなさそうだった。どれだけ砲撃を浴びせてもけろっとしている。
どれも、どうやら右舷側の横っ腹ばかりに当たりまくっているようだ。そこは当たり前だが装甲部。しかも、場所が場所だけに相当分厚くなっているはずだ。
……もう少し他のところに当たらないのか、いや、これでも狙いを定めまくってるんだ。これ以上は成都にとっても無理難題か。
さらに、
「ぬぉッ!」
さらに命中弾があったようだ。艦橋が大きく揺れた。
すぐにダメコンから報告が来る。
「ダメコンより報告! 敵弾、右舷艦橋基部に命中! 右舷前部APAR破損! 現在修理中! また、被弾区画にて火災発生! 現在消火中!」
艦橋基部。艦橋と甲板の付け根あたりか。
あそこは完全に外部と隔離されている区画のはずだ。内部で火災とあっては、空気の流れが悪いから火がそこで漂い続けるぞ。
消火自体は問題ないはずだ。あそこは弾薬などの火器厳禁指令されているようなものは置いていない。消火はダメコンに任せるとして……、
「見張り、やまとへの命中はどうだ?」
「命中弾は多数確認できます。しかし、装甲が厚いようで、全然被害を与えたようには……」
「クッ……、困ったな」
装甲が思ったより厚いのだろうか。
確かに、見た限りでは全然何かしらの被害を与えたようには見えなかった。
しかし、所々に小さく黒い傷っぽいのは見える。……といっても、ほんとに小さくだが。
爆発時の熱で焼けたりでもしたのだろうが、あんなのでは効果なんて見込めるはずがない。
「(……これじゃ戦況が一向によくならねぇ……)」
と、そのときだった。
「ッ! ぬぁっ!?」
いきなり艦が大きく振動した。
3回。それは、艦全体から起こった。
俺は少し焦りを覚えつつ言った。
「なんだ、命中弾か!? ダメコン! 報告は!?」
すぐにダメコンから報告が来るが、その内容はにわかにまずい状況を作り出すものであった。
「敵弾命中3! 1発は先ほどの命中区画に再度命中! 火災が増大しています! もう1発は右舷艦橋後部上部建造物に命中! 煙突、右舷後部ARPR破損に付き修理中! また、最後の1発は……」
「前甲板の、主砲付近に命中! 主砲塔が動きません!」
「な、なんだとッ!?」
恐れていた事態が起こってしまった。
みると、主砲の右側が大きく煙を噴いている。
そして、主砲がやまとのいる方向を向きながら完全に沈黙してしまった。ピクリとも動かない。
マズイ! これでは、攻撃手段がもうないぞ!
「主砲の修理にはどれくらいかかる!?」
「主砲管制部の機器に不具合が発生しただけのようですので、あと8分、いや、5分もすれば……」
「それじゃ遅い! 向こうはどんどん撃って来るぞ!」
と、そういったときだった。
「ッ!? ぬぁッ!?」
また艦が大きく揺れた。
また命中弾か。さっきから当てまくるな、もう慣れてきたか?
すぐにダメコンから報告が来る。
「右舷艦腹に命中弾1! 機関部に損傷発生!」
「はぁ!? また機関か!?」
さっきも機関に当たったろ!? 今回機関によく当たるなおい!
「速度低下! これ以上速度を無理に上げたら機関に大きく負担がかかります!」
「今出せる速度は!?」
「現行速度が限界です! これ以上は先ほども言ったように機関に大きく負担をかけることになります!」
「クソッ……」
俺は顔をしかめた。
主砲も一時的にやられ、さらに機関も不具合を起こしている。そんでもってAPARも一部損傷したから、仮に主砲が直っても命中精度は少し落ちる……。
て、敵は? 敵はどうなのだ?
「敵に対する損害は? あれからの変化は?」
すると、今度は今の俺を少し救う報告が来た。
「敵艦からの主砲射撃に変化があります。片方、向かって下部に設置されている主砲が沈黙しています。ただし、主砲塔自体は以前顕在です」
「なに? 沈黙だと? 何があった?」
「おそらく、今の本艦と同じ状況と思われます。本艦の主砲が使えなくなる直前に放った砲弾が、敵艦の下部の主砲近くに命中するのを確認しました。おそらく、それで一時的に動かなくなったものかと」
「そうか……」
どうやら、最後の最後に放ったのがせめてもの反撃になったようだ。いや、ある意味では“相打ち”か。
みると、向かって下のほうに置かれている主砲がこっちに砲身を向けつつ沈黙を保っていた。主砲自体は何の傷もあるようには見えないので、あくまで破損して一時的に使えなくったという報告は、どうやら確かのようだ。
しかし、もう片方の上に備え付けられているほうの主砲はまだ健在だ。これが、手数が多いやつの一番の取り柄であり、そして敵である俺たちにとって一番厄介な点だった。
片方がやられてももう片方で攻撃を続けることが出来る。今まさにそれの本領が発揮されている。
……ダメだ。このままではあいつをとめることはできない。
「(……互いの距離も結構近い。もうそろそろ向こうは主砲弾を確実に当ててくるぞ)」
もう肉眼でもはっきりとその艦影を隅々まで捉えることができるほど近距離になってきていた。
互いに速度を上げまくっていたために、その距離はとてつもなく近くなっていたのだ。ここまで来ると、今の射撃管制なら普通にバンバン当てまくることが出来る。
現に、今こうしている間にも敵弾はどんどんと命中してきている。このままでは、いくら主砲弾1発の威力が小さいとはいえ、絶対いずれ完全に戦闘不能になる。
一発大威力のストレートでなくても、たとえ小さいブローでも何発も何発も当てまくればいずれ相手は受け疲れて倒れる。それと同じだ。
たとえ威力が小さくでも、手数さえ多く当てればいずれ相手を倒すことなど不可能ではない。
……このままではいずれやられてしまう。いや、それ以前に、空母にダメージを与えることになってしまう。
なにか、なにかいい方法は……。
……そうして、
「……ッ! そうだ!」
俺がとっさに考え付いたのは、今の現代海軍戦術史ではおそらく例を見ないものだった。
……相手が相手だからものすごい無茶で無謀ではあるが、しかし今はこれくらいしか方法がない。
最悪こっちはやられまくっても、空母さえ守れればいいんだ。最悪それでもかまわない!
「ダメコン! 今から機関めんいっぱいまわすとして、どれくらい持つ!?」
「え!? い、今からですか!?」
「そうだ! 早く答えろ!」
「え、えっと……」
少し間をおいて、何かを計算し終えたようで、俺のほうを向いて答えた。
「い、1分くらいなら持ちますが……」
「1分持つんだな?」
「え、ええ……」
「艦長、いったい何をするつもりだね?」
となりで相変わらずがっくりうなだれていた政治将校が聞いてきた。
俺はふっと軽く笑いつつ言った。
「手で止めれないなら……、“体で”止めればいい」
「は? ……な、何を言ってるんだね君は?」
政治将校が相変わらず疑問を聞いてきたが、俺はそれにはかまわずさらに指示を出す。
「いいか? 俺の指示するタイミングで機関を一杯にしろ」
「ええ!? い、一杯ですか!?」
「で、ですが艦長! それはあまりにも危険です! 機関がまだ完全に修復されていない以上、むやみやたらな速度の増速は!」
「だから、さっきどれくらい持つか聞いたんだよ。1分は持つんだろ?」
「え、ええ……」
「ですが、何をされるのです?」
「みてればわかる」
そういうと副長が「は?」とつぶやきつつ首を傾げるが、ちょうどそのタイミングだった。
見張りから報告が来た。
「……ッ! 敵主砲沈黙! 発砲確認できず!」
「なに? こっちは攻撃してないぞ? まさか、ほかの味方か?」
副長がそういったが、俺は否定した。
「いや、ここにいるのは俺たちとやまとだけだ。横やりいれるやつはいない。……これは、“弾切れ”だ」
「え?」
「だから……、」
「“給弾”の時間だよ。一度に何度も連射してたら結局はそうなる」
「……ああ!」
やっと副長は納得した。いや、副長だけでなく、ここにいた全員が。
そう。たとえ連射速度が速くても、その主砲の下の下部揚弾ホイストに弾を弾薬庫から移さないといけない。そこからの砲塔への給弾は全自動ではあるが、その前段階のこれは手動だ。
その間、向こうは射撃が出来なくなる。やまとは片方が一時的にやられているため、こうやってもう片方が給弾のために射撃を止めるとこっちへの攻撃自体が止まってしまう。
そこだ。そのときの短い時間を使う。
俺は副長の言葉に肯定しつつ、すぐに行動に移った。
「そういうことだ。よし、すぐにやるぞ。針路そのまま、機関一杯! 急げ!」
「り、了解! 機関一杯! 針路そのまま!」
「よーそろー!」
すぐに手負いの機関に鞭を打ってまた機関をまわしまくった。
こんなことは、常識では考えられないだろう。機関が傷ついている状態で、しかもそれでなくても機関に大きく負担をかける機関一杯だ。はっきり言って、この艦の心臓たる機関を殺すことになる。しかも、その前の段階で今まで何度も機関を一杯にしてきた。この時点ですでに相当な負荷がかかっていることは間違いないだろう。
何度も何度も無理をさせてすまないが……、すまない。これっきりだ!
ほんとにすまない。あと少しの間だけ耐えてくれ!
頼むぞ! 成都を信じるからな!
だが、そうはいっても現実は甘くない。ダメコンから悲鳴交じりの報告が来る。
「だ、ダメです! 機関回転数が不安定です! このままでは!」
しかし、そんな報告がこようが、ここまでくれば俺はお構い無しだった。
「かまわん! これっきりにするから最後一発頼むとでも叫んどけ!」
「誰に対してですか!?」
「誰って……、」
「この艦自身にだよ!」
「いや艦に言ったって意味ありませんよね!?」
「じゃあ願え! 精一杯願え! そしてこいつを信じろ!」
「ええ……」
そう軽く汗水たらして言うが、俺はそれにもお構い無しだ。
その間にこの艦とやまとの距離は見る見るうちに縮まっていく。
向こうは針路を変えようとしない。こっちのやることに気づいていないな?
チャンスだ。そらならこっちに分がある。
「いいか。俺の言うタイミングで今度は思いっきり面舵一杯だ。面舵だぞ?」
「面舵ですか?」
「あの……、割と真面目にいったい何をしようと? 同航戦にでも持ち込む気ですか?」
「んなことしたって状況はかわらねえよ副長。まあ見てなって」
「?」
俺はそう一言言うと、徐々に右舷側にあらわになっていくやまとを凝視した。
もうここまで来ると向こうの乗員の姿もかすかに確認できる。艦橋のほうにと、あとその横にある露天艦橋とそこにいる見張りらしい乗員の姿も見える。
「機関回転数低下しています! 艦長! そろそろ止めないと!」
「わかってる! あと少しだけ耐えてくれ!」
機関にも負荷がかかりまくっている。しかし、ここで止めるわけには行かない。
「(……頼む……、もう少し……もう少し……)」
そして、右舷側のやまとがさらに大きく見え、右舷をもう少しで通り過ぎる……。
……よし、そうだ!
このタイミングを待っていた!
「今だ! 面舵一杯! 右停止! 左そのまま一杯急げ!」
「了解! 右停止! 左そのまま! 面舵一杯!」
「おもーかーじ!」
すぐに機関を右側だけ止めて、一気に左足を思いっきりけって面舵回頭をした。
すぐさま艦首を右に振り始める。やまととの距離が近かったこともあって、その距離も一気に縮まった。
すると、
「ッ! 敵艦主砲指向開始! 給弾完了した模様!」
「今さら遅い!」
俺はそう投げかける。
悪いが、今さらこっちを狙ったって意味はない。
もうすでにこっちは……、
「か、艦長! このままではやまとの右舷に左舷からぶつかります!」
副長が少し悲鳴を交えて叫んだ。
しかし、それこそ俺の狙っていたことだ。
「かまわん! そのまま左舷をぶつけろ!」
「はぁ!? い、いったい何を!?」
「こっちが至近距離にいたら向こうとて主砲使えないだろ! 撃ったら破片で自分達も被害受けるんだぜ!?」
「し、しかしその代わり空母が狙われる可能性が!」
「だから、“揺さぶるんだよ”!」
「ゆ、揺さぶる!?」
「そうだ! 揺さぶるんだ!」
俺がそういうと同時に、ついに転舵をほとんど終えた本艦『成都』の左舷と、相変わらず直線航行している『やまと』の右舷がもうすぐそこにまで近づいた。
「敵艦、左舷に回頭!」
見張り員から報告が来るが、
「今さら気づいたって遅いわ!」
もう、こっちは思惑通りにすべて進んだ。
お前らはもう、逃げることは出来ない!
「本艦、まもなく敵艦と同航します!」
「よし、よく耐えた成都! こっからはこっちのもんだぜ!」
「敵艦の右舷が至近距離に! ぶつかります!」
「かまわん! 侮るなよ! 相手は13,000トンだ! 速度を合わせる! 機関第3戦速! 針路そのまま! 総員衝撃に備えろ! 左舷!」
「そのまま思いっきりぶつけろ!」
俺はそう指示するのと、互いの横っ腹がぶつかるのはほど同時だった…………




