〔E:Mission 28〕高雄沖海戦『海上の大乱闘』 ② 日台中大砲撃戦
―TST:13:38 ほぼ同海域 『施琅機動艦隊』DDG176“成都”艦橋―
「……やっぱあいつら本気だったわ……」
俺は思わずそうつぶやいた。
目の前にはまんま突っ込んできている日台連合艦隊の艦船があった。
横にずらりと並び、それこそこっちの逃げ道を覆い隠してしまうように。
……まさに、旧大戦時代の砲雷撃戦そのものだ。あいつら、最初からこれ狙ってたろ。
「敵艦隊先頭艦、まもなく本艦隊陣形に突入します! 距離すでに5,000をきりました!」
「奴らが突っ込んでくる……、とにかく、空母を守ることを優先させなければ」
政治将校がそういった。
そうだ。今の俺たちはあくまで空母を守ることだ。左舷後方にいる、鳥たちの帰る巣を守らなければ。
……まずは、
「主砲、射撃開始。目標前方の汎用駆逐艦」
CICに指示を出した。
ついさっきまで少し射程には遠かったが、ここからなら十分命中弾が狙える。
同時に艦の速度を上げて肉薄する。そのうち敵艦隊が肉眼でも鮮明に見えてきた。
……目の前のやつ、例の最新型の汎用駆逐艦か? あきづき型に似ているが、それでも細部が違う。
これは……、そうか、ふぶき型だな。
艦番号も見える。124だから……、そうか。ふぶき型2番艦の“しらゆき”だな?
汎用駆逐艦の中でも最新鋭に値するものだったはずだ。相手に不足はない。よし、まずはこいつをしとめてやる。
「敵艦隊先頭、本艦隊に突入! 後続も次々と入って来ます!」
ついに敵艦隊がこっちの陣形に割り込んできた。
そのまま互いにすれ違いそうになる距離で、まさしく現代海戦ではまず起きないだろうと思っていた近距離砲戦が展開されていた。
さらに、敵艦隊の先頭艦から次々と直線航行をやめて各々で転進。適当に身近な目標を捉えてはそこに突撃して攻撃していた。後続も同様の動きを見せている。
……もう何がなにやら。いったいなんだってこんな時代に砲撃戦展開せにゃならねんだ。
「……奴ら、どうしてでもここを通したくないようだな。それに、こうなってしまっては我々とて簡単には通ることが出来ん」
政治将校が少し顔をしかめつつ低い声でいった。
そうだ。奴らはこの艦隊陣形に突っ込み、この陣形をバラバラにして混乱に陥れようとしている。
こっちにはそれを簡単に防ぐ手立てはない。こっちが今もて散る対艦装備のSSMは全艦すべて撃ち尽くした。本艦とて同様だ。
今使えるのは速射砲くらいだ。そんなので敵艦隊を撃破できるとは思えない。
対して、向こうは最悪こっちを沈める必要はない。あくまで時間稼ぎさえ出来れば自分達の勝ちなのだ。後は陸がどうにかしてくれる。それも、状況を聞くに、どうも長い時間はかからなそうだった。
……そうか、一番最初のインド・東南アジア連合艦隊や、潜水艦隊からのあの執拗な進撃の煽りは、さっきの対艦攻撃総力戦を早めるため、そして、それを我が艦隊が混乱状態で突入ささるようにするためだと思っていたのだが……、そうか、最初から狙っていたのはそっちではなくこっちだったのか。
あくまであれはそう思わせておいて、本命はただの艦隊砲撃戦に突入させる状況を作るため。アレだけ執拗に追い掛け回してわざと艦隊陣形を崩し、そしてその後の対艦ミサイルの飽和攻撃もあくまでそのこっちの陣形修正等を遅らせるのと同時に、意識をそっちにもっている、いわば“フェイク”。
奴らの狙いは最初っからこの艦隊決戦の殴り合いだったんだ……。これなら、こっちも中々これ以上進撃することは難しいし、まさか単艦だけでも突破させるわけには行かない。その下にはまだ敵潜水艦がうようよいるはずだ。こんなときに単艦行動はまずい。
そもそも、こんな双方の戦力で突破できるかどうかも微妙だ。
向こうは全部戦闘艦で固めてきてるのに対して、こっちは空母もまかなっているからその分砲撃可能艦が少なくなる。数的イニシアチブは向こうにあるんだ。
おまけに、個々の性能も違ってくる。さすがにこっちの主砲は敵の軍艦に撃つことなんてほとんど想定していない。対して向こうはそういう水上目標に対する能力も限界まであげている。
この、殴り合いの戦闘でも大いに不利……。
……クソッ、そういうことか。すべては最初から伏線だったということだったのか。俺たちはまんまと敵の“罠”にはまってしまった……。
「……ですが、どうするんです? こんな大混戦を突破するなんて、そう簡単ではありませんよ?」
「わかっている。だが……、やるしかあるまい」
「……」
……まあ、そんなこったろうと思った。
でもまあ、こればっかりはこれ以外どうにも答えようがないのだ。仕方あるまい。
「主砲、射撃準備完了しました」
CICからの報告が伝達された。
よし、とにかく、やらなければ始まらない。攻撃開始だ。
「主砲、撃ち方はじめ!」
「了解。主砲、撃ち方はじめ」
すぐに本艦の前甲板に備えられている唯一の主砲である『H/PJ-38 70口径130mm単装砲』を放つ。
毎分40発発射可能なこの主砲から放たれた砲弾は、しっかりと目標を捉えていた。
目標である汎用駆逐艦の至近に弾着。こんなやり方ほとんど想定されていなかったが、まあある程度はできるようだ。
頼むぞ。ちゃんと狙ってくれ。
「敵艦発砲! こちらを狙っています!」
例の本艦を狙っていた敵艦がこちらにお返しを始めた。
向こうも主砲を使っている。紛れもない現代の砲撃戦が展開され始めた。
「……他でもやり始めたな……」
周りを見ると、俺たちと同じく突撃を仕掛けていた敵と同じく突撃していた味方がそれぞれで戦火をあげつつあった。
互いに1対1なり1対2なりになりつつ繰り広げられる砲戦は、まさしく旧大戦時の砲撃戦そのものだ。
……といっても、迫力自体ではあれには劣る。しかし、その代わりこれはスピードとすばやい機動がある。
そのうち、こっちの主砲弾が徐々に命中し始めてはいたが、その代わりの仕打ちが痛いほど正確になってきた。
敵艦は相当な手練れだ。あいつらだってこんなの初めてのはずなのになんでこうバンバンと当たるんだ?
……と、そのうち、
「ッ! クッ、またか!」
また1発被弾した。
どこだかわからない。しかし、音の発生源からしてこれは……。
「ダメコンより報告! 敵弾艦首左舷に命中! 破損あれど航行に支障なし!」
どうやら、思ったとおり艦首だったみたいだな。
みると、確かに艦首側の左舷上部分から煙が立ち昇っていた。
しかし、案外小さめだ。そもそも砲弾自体こんなでっかい軍艦相手を想定していないし、最近では対空・対艦両用できるようなものであるが、炸薬量はそれほど入れていない。
あくまで航空機やミサイルを撃ち落すのが主な仕事だ。それほど炸薬もいらないのだ。
……が、こんなでっかい軍艦相手となるとまた話は別だ。
いくら今の軍艦が装甲など皆無で艦自体の防御力はほとんどないといってもいいとはいえ、その主砲弾で与えるダメージなどお察しだ。
今みたいに、こっちとしても例え命中してもその威力はそれほど気にしなくて良い。当たり所ではそれこそ致命弾となる場合もあるが、逆に言えばそれさえなければほとんど気にしなくて良いのだ。
……だが、それは敵とて同じ。こっちが撃ったものも、致命弾がなければほとんど意味がなかった。
「了解。ダメコンは任せる。迅速にやれと伝えろ」
「了解」
「敵艦へのダメージはどうか?」
今まで何度か命中弾が出ている旨の報告はあるが、敵へのダメージがどこまでいっているだろうか。
……とはいっても、あんまり期待はできないが。
「現在射撃中の目標、いまだ健在。確認できたものだけでも5発ほどありますが、すべて舷側に当たっています。ほとんど効果がありません」
「チッ……、やはり、こんな相手では主砲弾も無理があるか」
今の現代ではこんなの想定されていないとはいえ、さすがにここまで威力がないとじれったくてしょうがない……。
さらに、
「ッ!」
また命中弾だ。
しかも、これは結構近い上に一瞬少し大きく揺れた。艦橋のすぐ近くにでも当たったか?
「左舷前部艦橋の付け根に命中! 小規模な火災発生、現在消火中!」
やっぱりすぐ近くだ。というか、もう艦橋と甲板の付け根に命中って……。
もう奴ら、完璧に捉えてきている。こっちはまだやっと照準があってきたってのに!
「航海長、回避機動だ! 急げ!」
「り、了解! 機関第3戦速! 面舵5度! 10秒後に面舵15度に修正!」
いったん緩めていた機関を再び上げ、まずは面舵で回避する。
その間の修正で向こうは戸惑うが、その間にできるだけ向こうに対する攻撃を強めた。
すると、
「ッ! 命中弾確認! 2発! 敵艦左舷煙突付近!」
「そこじゃダメだ! もっと前甲板に集中させろ!」
「了解!」
舷側に当ててもほとんど意味がない。
しかもみたら当たったの上部建造物じゃないか。あそこには魚雷発射管とかSSM発射機とかが合ったはずだが、それ以外は後あるのは煙突くらいだ。
あんなところに当てたって貫通して機関に命中なんていう虫のいい話はない。それよりなら今絶賛主砲弾撃ちまくってる前甲板にある主砲とかに集中させなければ。
「(……だが、他にいい方法がないものか……)」
そうこうしているうちにも、もう海上は混乱のきわみに達し始めていた。
すでに大量の敵味方艦船が入り乱れ、それぞれで勝手に転舵したり、中には反転して敵艦を追ったりするものもいたりで、もう艦隊陣形云々は関係ない常態になっていた。
まさに、旧大戦時の、日本で言うところに第3時ソロモン海戦辺りか。大体こんな感じだったと聞いていたが……、いや、ある意味ではあれ以上にひどいかもしれない。
もう互いの連携とかそういうのはほとんどない。もう各々で勝手に戦闘せざるをえない状況になっている。
……すると、政治将校が何かを思いついたように言った。
「そ、そうだ! 魚雷だ! 今装填している魚雷を、敵艦にぶっ放してみてはどうだ!?」
「魚雷をですか?」
「そうだ。本当はこんな対水上目標に撃つなんて想定してないが、昔の第二次大戦みたいに無誘導で撃って、接触モードか磁気探知モードで敵艦の舷側にぶち当てればもしかしたら!」
「ふむ……」
昔みたいに魚雷か。確かに、戦法としてはいけるかもしれない。
今の魚雷はあくまで対潜水艦用となり、対水上目標に対する攻撃能力はもうない。だが、あくまで“対水上目標に誘導できなくなった”というだけで、別に方向さえあってればあてれないことはなかった。
こいつの言うとおり、昔みたいにとりあえずその敵の方向に撃って、その敵艦の艦舷にぶち当てて爆発させるという手もあるし、艦底起爆をさせることも出来なくはない。
……が、
「……出来なくはないですけど、あんまり意味ないと思いますよ」
俺はそれを否定した。
間髪いれずに政治将校が驚いたように言った。
「なッ!? な、なぜだね!? これは使えると思うが!?」
それを聞きつつ、俺はさらに言った。
「……考えてみてください。向こうの使ってる魚雷は12式。しかも、デコイの機能も最近付与されています」
「……え、そ、そうなのか?」
「知らないんですか……?」
そんくらい知ってろよ政治将校なら。あ、むしろ政治将校はそういうの弱いのか?
「ATT機能。日本が保有する18式長魚雷と同じように、対艦攻撃能力を持ちつつ対魚雷用魚雷としても使えます。日本はそれを装填してるでしょうし、仮に放ってもそれに迎撃されて終わりだと思いますよ? それに、こんな大混戦の場で爆発させてみてください。その近くに他の味方がいたりしたらその爆発の影響もろに受けますよ? 発生した大波とかで」
「うッ……、確かに……」
政治将校も察したようだった。
そう。確かに今の短魚雷は潜水艦攻撃用だが、パッシブ/アクティブソナーによって敵水上艦の音紋を解析しそれを攻撃できなくはない。もちろん、攻撃の威力は本来水上艦攻撃用の長魚雷よりは劣るし、それにあくまでパッシブだから精度は若干落ちる。だが、もし当てたらその威力自体は少なくても効果自体はあるはずだ。今の魚雷は昔と違って、炸薬量は少なくなっても効果は期待できる。艦底起爆によって起こるバブルパルス、つまり、水中で発生した泡が膨張と収縮を繰り返す現象のことであり、それによって艦を水中に引きずり込むような現象を起こすことによって、時には絶大な威力を発揮できる。
それをされたら、少なくとも一瞬でその艦は戦闘不能だ。まあ、短魚雷だからまず即行で沈むかどうかは不安だが、艦底から爆発を浴びることにもなるし、当たり所が悪かったら遅かれ早かれ沈むことにもつながる。まあ、ぶっちゃけ普通に艦の横にぶち当てただけでも現代の軍艦の装甲なら致命傷となりえるには違いはないのだが。
……だが、敵は最初っからこれを狙ってたんだ。まさか、これを想定していないなんて思うまい。向こうのもっている最新式の短魚雷である12式短魚雷は、最近ATT機能も付いた。魚雷に対する攻撃能力を持つ魚雷。つまり、デコイとしても使えるシロモノだ。
こっちが放てるといってもせいぜい6発。向こうも同じく6発のはず。反対側に向いている右舷側の魚雷を放ってそれを急制動させて敵艦に向けるとしても、向こうも同じことを考えるだろう。
対水上艦攻撃に慣れていないこっちの短魚雷と、迎撃にも特化されている向こうの短魚雷。軍配がどっちに上がるかなんてそこら近所のガキでもわかる。
しかも、こんな敵味方いたるところに入り乱れる大混戦で撃って、そして迎撃させてみろ。そのとき起こる爆発の水柱によって周りの味方が少なからず被害を受ける。そのときの振動がどれくらいになるかはわからんが、少なくとも発生した大波によって周りの旧式艦が煽られる可能性もある。また、水中でもその振動が伝わって艦の水線下に影響を及ぼす可能性もある。……まあ、これはよっぽど近くにいないとこれらの影響はほとんど考えなくてもいいのだが。
しかし、こんないらないところで被害を出したくない。
……リスクが少し高すぎる。ましてやこんな大混戦の中でそれを放ったら、仮に敵味方識別で友軍誤射は回避できるとしても、敵とてソナーなりで魚雷の探知はできるだろうし、さっき言ったATTを放つと同時に、距離や突入角度によっては自ら動いて回避なんて簡単だろう。
はっきり言って、ハイリスクローリターンだ。
ノーリターンとまではいかないが、それでもほとんど見込めないローリターンだ。
……さらに、
「……もう一つ言わせてもらうとすれば、ここでまた魚雷を放つのは得策ではありません。さっきの潜水艦追撃で、大量の魚雷を消耗しました。今残っているのは、現在装填しているのを含めても左右両舷3発ずつの6発だけです。これを放ったら後残るのは対潜ロケットだけですが、しかしそれにはATT機能はありませんよ。そんなときにまた撃たれたら、防ぐ手立てはほとんどありません。これ以上無駄に消費するわけにはいきません。それに、まだ敵潜水艦の脅威が消えたわけではないのです」
「し、しかしこんなところに魚雷を放ったら友軍誤射の可能性も……」
「敵味方識別なんて簡単ですよ。……一番の脅威である敵潜はまだ下に大量にいるはずです。艦隊護衛なりで張り付いていてもおかしくありません。こっちが魚雷を撃ったら、こんな状況では魚雷装填なんて無理ですよ。万が一弾薬持ち運んでるときにそこに弾着でもしたら誘爆ですよ誘爆。乗員を危険にさらすわけにはいきません」
そうだ。今の魚雷は自動装填じゃない。
中には自動装填は出来なくとも、艦内から直接装填できるものもあるが、本艦に搭載されている魚雷発射管はそれには対応されておらず、艦内ではあるが装填用レールを使った人力に頼っている。
だが、こんな艦が大きく揺れ動いている状況で装填作業なんて危険すぎて無理だ。少し艦を安定させないといけないが、それだと向こうのいい的だ。
あくまで人力なんだ。こんな状況で再装填作業ができると思うなよ。艦のゆれが大きすぎるんだよ。さっきからこっちは急制動の蛇行しまくってるってのに。
「……申し訳ありませんが、ここで魚雷をぶっ放すのは得策ではありません。様々な脅威を換算した場合、ここは温存するべきです」
「クッ……。ッ! も、もしや、奴ら最初からこれも……」
……やっぱ、お前も思ってたか。同感だよ。
「……でしょうね。たぶん、最初から一番の脅威である魚雷もにわかに使えなくなる状況になるよう仕向けたんでしょう。だから、わざわざ危険なこれを。イージス艦を突入させてまで」
「クソッ……、あいつら、先の先まで読んでいやがる……」
政治将校は思わず顔をしかめて怒りを抑えるように低い声で言った。
……まあ、台湾はともかく、日本に限っては元々旧大戦時に地獄とも言える激しい海戦を経験してきた国だ。そこらへんは経験上すぐに考えうるということか。そこらへんは元々ただの陸軍国家だった俺たちとは違うな。台湾も、そこらへんは日本から大量の知識を得てきているのだろう。
幸い、向こうも撃ってこない。やっぱりこっちと同じことを考えてのことなんだろうか。こっちが撃ったときのことを考えて、やっぱり温存しているのだろう。条件は対等だ。
……はぁ、だから俺たちみたいな陸軍国家が海洋国家に攻めるなんて無謀だっていったんだ。経験が違うんだよ、経験が。
俺は心の中でうめいた。
……と、そのときだった。
「ぬッ!」
また被弾した。
音が複数。3発くらい連続か?
すぐにダメコンの報告が来る。
「敵弾命中! 左舷、一部貫通して機関に損傷発生!」
「なにッ!?」
集中弾だったか。一箇所に命中しすぎ、1,2発ほどは艦内に突入して運悪く機関を損傷させたのか。
クソッ……、こんなときに。よりによって機関部か。
「損傷は? 機関はまだ動かせるか?」
「はい。まだ軽微なほうです。しかし、修理に少し時間がかかります。その間、速度の若干の低下は免れません」
「かまわん。できる限り修理を急がせろ」
「了解」
まだ直せる範囲だっただけ幸いか。しかし、修理に時間がかかるのが厄介だ。
機関がやられたとあっては、こっちとて無理に速度を出して機関に負担をかけるわけにはいかない。その間の回避機動は思いっきり制限される。
今この間でも少し蛇行しながらの砲撃だが、それでも当ててくるあいつはいったいなんなんだ?
最新鋭ではあるが、あそこまでガスガス正確なところに当ててくるのか? いくらなんでも当てすぎだろおい!
「(まずい……、敵の精度が高くなってきている)」
と、さらにそのときだった。
「グッ、またくそ! またか!」
また命中弾だ。さらに、またさっきみたく、いや、さっき以上に大きく揺れた。
一瞬艦橋の窓からも爆発煙が見える。すぐ目の前。ここには確か……。
「ダメコンより報告! 艦橋前のCIWS設置部に1発! CIWS破損! 現在修理中!」
艦橋前に置かれていた『1030型30mmCIWS』の土台部分に命中したようだ。
CIWS自体にぶち当たらなくてなによりだ。土台部分ということは、おそらくこれまた甲板との付け根あたりにやられたか?
となると、あそこにあった前甲板VLSにもダメージが伝わっている可能性もある。そこはまた報告が来るだろう。
……だが、まずい状況になってきた。敵の命中弾が増えてきている。精度が増してきたか。
そろそろこっちとしてもダメージは無視できないレベルになりはじめている。
「(……何か使えるものはないか……)」
一瞬その破損して現在修理中のCIWSを使うことを思い浮かべた。
あれには一応鉄甲弾が装填されている。あれを目標に撃てばある程度は……、と、思ったが、結局は焼け石に水だ。その鉄甲弾といえど1発の威力なんて主砲以下。たとえ当てたところでなんら意味はない。むしろ砲弾を消費し、万が一対空戦闘になったときに弾がないなんていう笑えない状況になる。
こんな状況で対空戦闘なんて起こる分けないのだが……、念には念をだ。
「ッ!」
さらに命中弾が起こる。
今度は艦尾側。そこにはヘリ格納庫があったはずだが、そこは別に当たっても問題はほとんどない。
ヘリなんて載せてない、というか対潜哨戒のために出払っている。
別に当たったところで、確かに格納は出来にくくなるがあんまりダメージになるかといわれればそうでもないのだ。
……が、
「……このままでは……、いずれやられる」
こっちとて向こうに命中弾は与えているはずなのだが、それでも効果がほとんど見受けられない。
大体左舷側に集中している。……が、どこに当てても一向に視覚できる範囲での効果は見受けられなかった。
そのうち、例の目標にしている敵艦もはっきりと見える。
さっきより鮮明。向こうの敵艦の細かい部分も見えるようになってきた。
……所々砲弾が当たったらしい跡と、1,2箇所波口が見えるが、それでもそれは舷側の上部分。それも、ほんとに小さいのであんまりダメージにはなっていないようだった。
……ダメだ。これ以上続けていたらこっちにも無理がかかるぞ。
「(……俺たちだけじゃ無理だ……、だれか、援護を……)」
と、俺がそう強く念じたときだった。
「……ッ!?」
いきなり敵艦で命中弾思わしき小さな火炎と煙が見えた。
大体艦首側。主砲のあるところの横の舷側であろう。すぐにそれは収まるが、明らかにこっちからのではない。
いや、ここからではあんなところにはあたるはずがなかった。
「……ど、どこからだ今のは?」
そう疑問を口にすると、無線がいきなり叫んだ。
『成都、聞こえるか! こちら海口! やっと追いついた! これより援護に入る!』
それは、味方艦であり、俺たちと同じく空母直掩に付いていた蘭州型駆逐艦の『海口』だった。
さっきまで台湾艦あたりと戦闘になっていたはずだが、それを撃退してきたらしい。すぐに駆けつけ、援護に回ってくれた。
レーダーと目視でその艦を確認する。左舷に軽く見えていた艦影。そして、艦首にペイントされている171の三文字。
……確かに、海口だ。その主砲からは火が連続的に噴かれている。
援護だ。援護が着てくれた……。
「は、海口だ! 援護に来てくれた!」
思わず乗員が歓喜をあげるのを横目に、俺は思わず無線を担当乗員から取り上げて言った。
「こちら成都! すまない! 援護に感謝する!」
『気にするな! あいつの相手はこちらにまかせろ! 貴艦は次の目標を!』
「了解! すまない! 頼んだ!」
俺は無線を切ると、すぐに動きが出た。
「……ッ! 艦長! 敵艦が回頭します! 海口に!」
「ッ!」
すると、敵艦は目標を急遽変えたのか、面舵回頭を行い、本艦向かって左舷側から来る海口に向かって突撃していった。
向こうを優先したか。海口の思惑通りになったな。
「……目標を変えたか。チャンスだ」
だが、これは同時にチャンスだ。いったん抜け出して他の目標を攻撃する。
……すまない。そっちの目標は、君達に任せたぞ。
私はそう思いつつ、さらに指示を出し始めた。
「ダメコン! 機関の修理は済んだか!?」
「完了しました! 応急修理完了! まわせます!」
「よし、機関第4戦速まであげろ! その間に、次の目標を……」
と、次の目標を探すために指示をだそうとしたときだった。
『……ッ! か、艦橋! こちらCIC! 報告します!』
「ッ!」
CICからだった。また何か捉えたのか?
こんなときに新たな水上艦とか勘弁してくれよ? いや、マジで。
「なんだ。何を捉えた」
『は、はい。レーダーで新たな反応を捉えたのですが……』
「だから、それはわかったから名に捉えたのかさっさと言え!」
『は、はい。えっと……、その反応なのですが……、』
『……そ、空からです……』
俺はその後聞いた報告に思わず驚愕を隠し切れなかった……。
―艦橋上―
「ちょ、まってまってまってまってなにあんたら怖すぎでしょ!?」
私はあまりの恐怖に思わず本音を口にした。というか、叫んだ。
さっきから思わぬ砲撃戦が展開され、前にまだ高雄市の戦端開く前に「第二次大戦みたいに主砲ぶっ放される砲戦が現代で再現されるわけ無し……」とか思ってたのがまさかのフラグになったとかそういうのは一応置いといて、とにかくなってしまったからには、慣れ云々の前に訓練ですら全然やったことないけど目の前にいた敵艦に向けて砲撃をはじめていた。
何度か命中弾を互いにあて、私も何発か当てられて機関にも当たって少し胸が痛んだけど、それでもまだまだ動かせる範囲だから我慢我慢。
……でも、今の私にとってはそっちよりヤヴァィのがあって……、それが、
「ほらほらどんどんと撃ってきなさいよヒャッハーッ!」
「なんであんたらそんなに発狂してんのォ!?」
敵艦の艦魂がものすごい発狂している。
えっと……、艦影と艦番号からみるに日本の最新鋭汎用駆逐艦のしらゆきさんだろうけど、あの人まるで何かに取り付かれたかのごとく発狂しまくりながら主砲をぶっ放しまくってる。そして、当てまくる。
……おかしい。いくら敵であるとはいえ少し不気味というか、それを通り越して心配の念すら覚える。彼女たちに何があったのか。
……もう怖い。あの娘たちいったいなんなの!? もう違う意味で圧倒されそうだよ! 性能的なものじゃなくて主に威圧的恐怖的な意味で!
「ほらほら当ててみなさいよ当てたらどうなるかわかってるわよねぇ!? あぁん!?」
「その前に一ついい!? あんたらいくらなんでも発狂しすぎでしょもうちょっと落ち着いて砲撃できないの!? まるで暴走族かなんかじゃないの!」
「できるならとっくにしてますよヒャッハーッ!」
「なんなのよあんたぁーー!!」
もうだめだ。彼女はいろんな意味で止められないわ。
ダメだというか、なんかもう嫌だ。違う意味で。
「な、なんなのよもう……。ほかの艦も同じのばっかだし……」
周りを見てみると、どこもかしこも敵味方入り乱れた砲撃戦が展開されてるけど、そのうち日本艦が発狂状態というか、少なくとも何かしら叫んでる……。もはやハイテンションを超越した何か。
……もしかして、本気で霊にでも取り付かれてるの? 私たちすでに何かしらの霊的存在なのに?
霊が霊に取り付く? なにこのややこしい展開。
……すると、
「うッ、と!?」
今度は艦尾にぶち当たったらしい。そこから主砲弾が当たったらしい小さな火炎と煙が見えるが、すぐに消えた。
少し体が痛んだけど、まあ主砲弾ごときでやれる私ではなし。腐っても最新鋭艦。
……やられるもんですか。でも……、
「……さ、さすがにこれ以上連続で浴びるわけには……」
これ以上攻撃を受けるわけにはいかない。CIWSもさっきやられそうになったし、さすがにそろそろ……、
「ひぃぃぃぃはぁぁぁぁあああああ!! 砲撃戦たのしぃぃぃぃいいい!!!」
「うわぁ……」
思わず恐怖とともに戦慄すら覚えるところに、私の耳元に声が聞こえた。
なじみある、あの人の声だった。
“成都! 大丈夫!? お助け到着したわよ!”
「ッ! は、海口さん!」
左舷の方向から突撃してくるのは、さっきまで台湾フリゲート艦と交戦状態になっていたはずの海口さんだった。
その主砲からはすでに主砲弾が放たれ始め、初弾が敵艦の艦首右舷側に命中していた。
……よかった。向こうでの戦闘は済んだのね。
どんどんと近づいてきて、向こうの艦影も鮮明になってきていた。そこまで近づいていたのね。気がつかなかった。
「そっちの戦闘は?」
「主砲一時的にぶち壊したからさっさと逃げてきたわ。そしたらあんたがピンチっぽいからこっちの乗員が即行で援護に向かうってね。そういうこと」
「……すいません、援護なんていただいて」
「気にしないで。さて、うちの親友を傷つけたからにはそれ相応の痛手を……」
と、そこまでいったとき、私は思い出したように彼女に言った。
「あ、一応言っておきますけど、気をつけてくださいね」
「え? ああ、向こうは最新鋭の汎用駆逐艦なんでしょ? 大丈夫、私なんかが簡単にやられるようでは……」
「あ、いや、そうではなくて……」
「え?」
「貴様ぁぁぁぁああああああ勝手に邪魔すんなぁぁぁぁぁああああ!!!!」
「え、ええええ!? 何この戦闘狂ぉぉおおお!!??」
「やっぱり……」
違う意味での最大の脅威。そう、彼女の大発狂。
……やっぱり、海口さんも驚いたか。
「えっと……、何でか知りませんけど、日本の皆さんってさっきからこんな感じで……」
「え!? 台湾はこんなでもなかったよ!? むしろ真剣だったよ!?」
「それが……、日本の皆さんだけみたいです」
「ええー……」
思わず海口さんも唖然とする。
それにはかまわず、向こうはさらに大発狂。
「面白い! 私の邪魔するなら道連れじゃああああ!!!」
「なにこの娘……」
もはや言葉すら見つからない。
……ついでに聞く。
「……あのー、海口さん?」
「……はい?」
「……私の記憶が正しければ、あなたいつ時か日本の艦魂は温厚だとかってませんでしたっけ?」
「……うん、言ってました」
「……真逆なんですけど」
「……ハイ、すいません」
日本人の人間の国民性が云々って、むしろ逆だった件。
……勘弁してよもう。
「……あー、あれかな。日本の今の艦って、第二次大戦時の生まれ変わりの艦ばっかだから……」
「……」
……それもそれで勘弁してください御願いします。
日本の艦の命名規則の関係上、第二次大戦の艦名がそのまま引き継がれてるのもあるって聞いたことあるけど、まさかそれで転生してきた娘がそのままの状態に……。
……あの戦争経験者ってことね。じゃあ納得だわ。
「と、とにかく! こいつは私が引き受けるからそっちは他を!」
「り、了解!」
まあ、今はそんなことを気にしている暇はなし。
機関も修理完了。一回胸を右のこぶしで軽く叩くと、すぐに機関が復活の合図とも言わんばかりに大きな唸りを上げた。
「よし、では他の目標を……」
と、すぐにあたりを見渡して他の目標を探そうとしたときだった。
“……ッ! 皆、上”
「え?」
旗艦の施琅さんからだった。
上……? なに、対空目標?
私はレーダーも確認する。しかし、こんなときに対艦ミサイルはないわよね。こんな大混戦の中に撃ったら見事に友軍誤射多発するし。
……すると、
「……ッ!? こ、これって……」
私はレーダーで空を見上げたとき、驚愕した。
データリンクでその詳細な情報が伝わり、他の味方にも伝達された。
「ッ!? お、おい施琅! これって……!」
思わず海口さんも叫んだ。いつもはさん付けなのに、焦って呼び捨てになっている。
しかし、施琅さんは気にもしなかった。いつもは注意するのだけど。
施琅さんも驚いているらしい。表情や口にはほとんど出さないけど、少し低い声で言った。
“ああ……、間違いない。これは、”
“味方の通常弾頭の弾道ミサイル……、こっちにもくる”
私は思わず耳を疑った…………




