激動の中国政府
―CST:AM10:00 中華人民共和国首都北京 中南海共産党本部地下情報管理室―
「は? 原潜からの攻撃が失敗した?」
私は思わず情報幹部から聞いたその報告を聞いて「は?」と主席らしからぬ言葉を発してしまった。
無理もないと思ってもらいたい。そうはいわれても……、
「え? ええ……、南シナ海から敵艦隊に向けて捨て身の通常弾頭の弾道ミサイル攻撃を行なおうとしましたが、日本の潜水艦に阻まれたようで、攻撃の効果の確認ができず。……報告が遅れてしまい申し訳ありません。原潜がやられてしまったために報告に遅延が……」
「……ちょっと待ってくれ」
「?」
……何を言ってるだ彼は?
原潜の攻撃が失敗したようで、それには誠に残念には思うが……、
……そもそもの問題、
「……私は、」
「そんな命令を出した覚えはこれっぽっちもないのだが?」
「……え!?」
私がそういうと、彼は大層驚いたようすであった。
しかし、そう驚かれてもこれは事実だ。
確かに原潜である長征12号は送った。台湾方面の水中攻撃力を少しでも強化するために、例の一週間を使ってはるばる南シナ海に送っていたのだ。
だが、私が指示したのはあくまでそこまでだ。その後は参謀本部に伝えてとにかく敵艦隊の針路妨害に勤めよとの一点張りで通していたはずだ。
誰も弾道ミサイルなんて撃てなんていってない。どこのバカがそんな指示をしやがったんだ?
「し、しかしそんなハズは……ッ! 確かに、主席閣下からの命令だと……」
「私は弾道ミサイルのだの字も言った覚えはないが? いったいなんの指示と聞き間違えたのだ?」
「で、ですが……。確かに、僕は林総参謀長からそのような指示があったと……」
「林総参謀長から……? ッ!」
そうつぶやきつつ、彼のほうを向いたときだった。
彼は顔をしかめていた。「クソッ」とでも言いたげな、何かをしでかしたように。
そして、私の視線に気づくとまるで顔を隠すように視線をそらした。
……おい、まさか……。
「……貴様か?」
「……」
「答えろ。貴様の仕業なのか?」
私は思わず近寄って問い詰めた。
……だが、彼はそのまま動かない。
「貴様か? 貴様が勝手な真似を!?」
私はあんまりにじれったくなりそのまま叫んでしまった。
その場が一瞬で静まる。
しばらくの静寂が周りを支配した。
私はほとんど確信を持っていた。
彼だろう。彼がこれを仕掛けたのだ。
なぜだかはわからない。だが、私は問いただすつもりだった。
しばらくの沈黙がこの空間を支配した後、彼は小さくふっと笑うと、少し笑いを含めつつ言った。
「……やはり、日本の海軍は手ごわいですな。こんな難題まで阻止してしまうとはな」
「なッ!?」
この一言で、私の確信は決定的になった。
やはり彼だ。こんな勝手な命令を下したのは。
参謀本部を、いや、軍部をまわして命令したのがまずかったのか。それとも、そもそも彼個人の関係でなのか。それはわからないが……、
「やはり貴様か……ッ! なぜだ! なぜこんな勝手なマネをしたッ!」
私は思わず怒鳴り散らした。
あまりの冒涜だ。この私を差し置いて、勝手に行動を起こすなど、言語道断もいいところだ。
どういうつもりだ? この私に意見すらせずに勝手な命令は許されんぞ? しかもなんだ? 原潜に対して弾道ミサイル攻撃命令か? アホじゃないのかこいつは?
「答えろ! 貴様、なぜこのようなマネをッ!」
私はまだ問い詰める。
怒り狂っていた。自分でもわかってた。
だが、それでも確かめたかった。
何をしたいんだ? 貴様は、何が目的なのだ?
軽くへらへら笑ったと思ったら、彼は口をあけた。
「……簡単な事です。このままではマズイと思ったのですよ」
「マズイだと?」
「ええ。このままではいずれ我が国は負けます。“何の成果も得られないまま”。……ですから、一つ行動を起こさせていただきました」
「なに?」
何も成果を得られない? 行動を起こす?
……コイツは何を言っている? 何の成果がほしいというのだ? もうえるものは何もないだろ?7
「このままでは、我が国は他国に対して何にもダメージを与えることがなく負けることになります。我が国としては、それだけは避けなければなりません。特に……、将来、我が国の一番の脅威となるであろう、日本と……、台湾はね」
「……だからなんだというんだ」
「わかりませんか? ……もう少し頭の柔らかい方だと思ってましたが」
「なんだと?」
私は少し威圧をかけたが、そこで側近に止められる。
それに合わせて私は一応止めて顔を大いにしかめたが、彼はまだ続けた。
「……ですから、彼らには申し訳ありませんが、少し“道連れ”になってもらいましょう」
「……は?」
道連れだと? 日本と台湾をか?
どう道連れる気だ。これ以上何をどうすればいいのだ。
「……主席、この一週間を使って、核を準備させましたね?」
「ああ……、そうだが?」
「……申し訳ありませんが、アレを使わせていただきましょう」
「なに?」
核を使うだと? だがアレはもう用を成したはずだ。
抑止力としてはもう使えない。なぜなら……、
「アレはただ単に水中戦力を集めるためだけだ。それ以外で使うつもりはないぞ?」
そうだ。アレはただ単に抑止力として使うとともに、その間に水中戦力を集めようとしていただけだ。
潜水艦。あれはこの日台連合艦隊を喰いとめるのには一番の戦力となる。
あの原潜の長征12号もその1隻だ。本当は本土に使いたかったのだが、一番近いところにいたから急遽変更で向こうに派遣した。他にも、数隻の各種潜水艦を派遣している。
水上艦艇や陸の攻撃態勢が整うのを待つという意味もあったが、一番はこれだ。
陸で核を準備しているという“フェイク”も伝えた。あれはただの見せ掛けだ。
一応、万が一に備えて準備はさせたものの、しかしそれはあくまで準備という名の表の見せ掛けだけだ。実際には第2砲兵部隊には核弾頭の細かい発射準備はさせていない。
だが、向こうが思ったより早く回答を出したどころか、しかもそのまま進攻する方の回答をだしてしまったので、これも意味を成さなくなった。
……が、それ以外に何に使えるんだ。こんなのもう宝の持ち腐れだろう。
しかし、彼はまたふっと笑っていった。
「それではもったいない。せっかくあるものを使わないでいる手がおありですか?」
「なんだと……?」
「……どうせでしたら、使わせていただきましょうよ。向こうはどちらも海洋国家。彼らに効果的なダメージを与えるには……」
「……ッ! まさか!」
私はそのときある発想にたどり着く。
核を日台に使う。そして向こうはどちらも海洋国家。
……これらからたどり着く答えは、一つしかない。
「……まさか、」
「……水上艦隊に、“本気で”落とすつもりか!?」
「……さすがにそこは察しましたか」
「ッ! 貴様!」
その瞬間、私の怒鳴り声とともに周りが大いにざわついた。
当たり前だ。これを、本気で使うつもりなのだ。
……なにをバカなことを。こんなこと、私が許すと思っているのか!?
「バカなマネを! 私の同意を得ずに勝手なマネをするとは、貴様それでも軍人か! 直ちに銃殺してもいいのだぞ!」
私はその瞬間懐からハンドガンを取り出し、彼の額に照準を向けた。
私とてこういうのには慣れてる。それでなければ中国の主席はやってられん。
もちろん、これは脅迫だ。本気で撃つ気はあるが、さっさと諦めてくれることを望む。
……どっちにしろ、こいつはすぐに牢屋にぶち込んでやるがな。
……だが、彼はこれに対して何にも気にも留めず、むしろ余裕の表情で言った。
「……いいのですか? “この私にはむかっても”」
「なに?」
その瞬間だった。
彼が軽く右手を上げたと思うと、その合図とともに私の周りにいた武装警備の兵士達が、一斉に私“達”にもっていた機関銃を向けた。
私だけでなかった。
私の周りにいた、軍関係者以外の者達も対象だった。
当たり前だが、私はいきなりのことに驚いた。
奴ら、まさか最初からこれを画策していやがったのか? 本気で核を使う気なのか?
……クソ共め、まさかここまで落ちぶれていたとは!
「き、貴様ら……、なんのつもりだ?」
「そうですね。しいて言うなら、“クーデター”でしょうか?」
「なッ……! こ、こんなときにクーデターだと……ッ!?」
そんなバカなことにうつつを抜かしている暇があるか!
今台湾が取られつつあるピンチなのだぞ!? それに東南アジアまで戦線が交代しつつある。そんなときにこんな“茶番”をしてる暇があるのか!
「こんな馬鹿げたことをしてる暇があるのか! そんなことに頭を使ってる暇があったら……!」
「“こんなときこそ”、頭を使っているだけですよ。……我々は、あくまで中国の未来のため。中国の利益のため。……それを考えれば、何をすればいいのか一目瞭然でしょう」
「馬鹿げている! 貴様ら、本気で核を撃ったらどうなると思っている! 我々だけでなく、中国が死ぬぞ!」
仮に核を本気で撃ったら、アメリカが黙ってはいまい。
奴ら、この戦争を終わらせるためなら何かと正義といって核でも使ってくる。それが、自称大正義の国のアメリカだ。
今の我が国に、その核攻撃を防ぐ手立てはない。弾道ミサイルで来ることは確実だ。そして、どれくらいくるかもわからない。
数によっては、文字通り中国という国が地図上から消滅するぞ。比喩や冗談抜きで。本気で。
奴らがそれをわかっていないはずはない。だからこそ、こいつらは何をしたいのか、本気で何をしたいのか。それがわからなかった。
「その前に、その銃をしまってくれませんかね? ……物騒なことはしなくないので」
「軍人のくせに物騒物が苦手とは……。ボケか?」
「さあね? ……とりあえず、その銃を捨ててください。死にたくなければ。後、他の皆さんもその場に捨てていただければありがたいですね」
「くッ……」
私は身の安全を優先した。
右手に持っていたその銃を床に軽く投げ捨てた。
周りの側近や他の部下達も、それに合わせて次々ともっていた銃を投げ捨てた。
これで、自分の身の守りは出来なくなった。自衛も出来ない。
完全無防備。これで、奴らに主導権が回った。
「ご協力いただき感謝いたします。……では、“緊急事態につき”我々に指揮権が回ったということで」
「急遽ね……。ずいぶんと物騒な“緊急事態”だな」
「まあ、緊急事態が物騒でないことなんてほとんどありませんしね」
「それは貴様だけだ……」
「ふっ、とにかく、ここからは我々、中国人民解放軍が全体的な指揮を執らせていただきます。まずはこの戦況を見守り、状況しだいによってはその核を使って……」
「日台連合艦隊に落としてしまいましょう」
「……」
私は何もできなかった。
国家主席としてこれほど恥じなことはない。情けない限りだ。
……だが、一つだけ気になることがある。
「……一つ聞かせろ」
「ほう、なんです?」
「……貴様、」
「これを撃って、日台に何の損害になるというのだ? 我が国の滅亡と同等の利益がどの形で出てくるというのだ?」
私が一番わからなかったのはこれだ。
日台連合艦隊に撃つのはまだいい。だが、それを撃っていったい本気で何になるというのだ。
結局は防がれて終わりだぞ。奴らのBMD能力を甘く見すぎではないか?
しかし、彼はこれにも軽く笑って答えた。
「……なに、簡単な事です。日本と台湾は海洋国家。それを守るには海の戦力が必要不可欠。……これを失えば、どうなると思います?」
「? ……ッ! そうか、まさか!」
私は彼の言いたい答えに行き着いた。
そうか、海洋国家ならではの弱点だ。それをつくということは……。
「そうです。……今、日本と台湾の海洋戦力は終結してあります。それを壊滅させれば……、」
「いくら日本と台湾の経済力を使っても、その軍事力を完全に復元することは不可能だ」
「ッ! き、貴様……ッ!」
そうか。最初からそれが狙いだったか。
やつは、この艦隊に核を撃ってすべてを破壊し、軍事力を完全にそぎ落とす。
台湾は元より、日本の経済力をもってしても、それをすぐに完全に修復させるのは不可能。というか、それ以前にそもそもこの損失分の金を考えると、経済的にとんでもない大打撃をこうむる。そうなれば、いくら日本とて経済の建て直しは不可能。そうなれば借金まみれで日本は経済的に衰退に一途をたどることになる。台湾も、それのあとを続くことになるだろう。
……なるほど。確かに“道連れ”だ。
「このやろう……、最初からこれを……ッ!」
「そうです。原潜をわざわざこっちに回るよう進言したのも、これを使いたかったのですよ。ですからまず、通常弾頭でどれくらい効果がでるか確認したかったのですが……、やはり、奴らは手ごわいですな。さすがは対潜能力が高い日本でありますわ」
「感心してる場合か! 貴様、これでただで済むと思っているわけではないだろうな!?」
「この状況でそんなことを言っても説得力がないと思いますが?」
「ッ……!」
正論だった。
確かに、この状況では我々に抵抗のすべはない。力を持っている、奴らに主導権がある以上、我々はどうすることも出来ず、彼等の“暴走を”みていることしかできなかった。
……クソッ、こいつら、私を裏切りおって……。最悪の裏切り行為だ!
「……では、移るとしましょうかね。……第2砲兵部隊に通達。核の……、」
「発射態勢に入れとな。なお、これは“我が国の最高司令官”の命令である」
彼の命令の元、軍の暴走が思わぬ形で始まった…………




