〔F:Mission 23〕水中阻止
―TST:AM09:20 台湾澎湖諸島七美郷
南西30海里地点深度100m SSそうりゅう司令室―
「これより戦闘哨戒に入る。ソナー、しっかり耳を済ませておけ」
私は時間がきたとともにそのように指示を出した。
台湾での戦況が核云々で止まって以来、何の戦闘もなく近海を哨戒していたが、こうしてやっと動くことができる。
しかし、向こうも核をちらつかせるとは、中国も落ちたものだな。
だが、今はとにかく作戦通りに動かねばならない。
今回我々に課せられた任務は『前衛主力艦隊の護衛及び近海哨戒』だ。
弾薬はまだそこそこ余裕がある。いつどきかの2隻のディーゼル潜を相手にした水中の超機動戦闘のときに10発もの18式を消費したし、その前にも台湾潜水艦との共闘で4本消費してしまったが、まだ16発ほど残っている。
……今思えば、その例の超機動戦闘のときにいくらなんでも18式使いすぎたと思ったが、まあ今さら思っても始まらない。
それに、まだ戦闘をする分には余裕はあるし、どうにかやりくりするしかない。デコイや、SSM-2対艦ミサイルもあるし、まだまだ思い切った戦闘はできる。
必ずどこかで妨害が来るだろうし、そこで我々が出なければ……。
また、我々が相手するのはあくまで“水中戦力だけ”で、水上艦隊には何があっても手を出すなとのお達しだ。そっちは上の日台連合艦隊が相手取るのだろう。向こうに任せるほかはない。
「味方艦隊の位置は把握しているか?」
私はソナーに聞いた。
今回もいつもどおり、澤口君が担当している。
「はい。本艦の後方にいます。アクティブ情報ではないので正確な位置はわかりませんが、おそらく予測では大体20海里ほど北のほうに」
「了解」
味方艦隊。ここでは、先ほどいった例の前衛主力艦隊だ。
空母系の艦船を全部取っ払ってすべて戦闘特化型艦船にした攻撃特化艦隊である。
これを前衛に出し、敵艦隊の最大限の妨害を行なう手はずらしかった。
……が、しかし、
「……にしても妙ですな」
「やはり、気づいていたか?」
「ええ……。いくら時間がないとはいえ、」
「少し、“急ぎすぎでは”ないですかな?」
そう。味方艦隊の艦隊速度が“早すぎる”のだ。
どれくらいでてるか、正確なのは少し遠い関係でわからないが、大体第2戦速から第3戦速くらいではないだろうか。
いくらなんでも急ぎすぎだろう。そう急がんでも向こうが来るのは午後なんだが?
少し速度落としたってあんまり影響はなかろう……。何がおきたって言うんだ向こうに。
「まったくだ。……まあ、作戦要綱にはなかったが、何か狙いがあることは確かだろう」
「しかし、これだけ急いで何をしたいんでしょうか……。敵艦隊に今すぐに撃たれるとまずいものとか?」
「陸にか? といってもあいつら陸に対する攻撃能力なんて皆無に等しいだろ」
聞いた限りじゃ向こうの対地攻撃能力なんて確かYJ-12の対地攻撃能力付加タイプぐらいで、ついさっき受け取った敵艦隊の情報の中に会った現在位置の座標を見るに、もうすでにそれの射程内に入ってる。
それでも攻撃がきたらしい報告は受けていないし、おそらく射程外か、そもそももってないか。
……というか、あれうわさでは射程400km超えとか聞いたが、その場合精密性大丈夫か? あんまりに遠すぎてそこらへんがおろそかになってるとかうわさで聞いたんだが……。
……まあ、そこらへんは中国のことだ。いろいろ突貫になってでもどうにかしたに違いない。今までそうしてきて“ギリギリ”うまくいってきたし。
「まあとにかく、今は敵潜を見つけて即行で沈めるほかはない。……敵には悪いがな」
「しかし、やらねばやられますからね……。私たちでなくとも、少なくとも味方が」
「ああ……」
とりあえず、今は任務に集中しよう。
現在深度100m。このままの深度を維持しているが、近くに味方はいない。
あんまり数は多くないので、1隻あたりの担当海域がだだっ広いのだ。まあ、こっちのスペックもそれに対応されまくってるからなんら問題はないのだが。
……さて、そろそろ台湾海峡からでて南シナ海にでるな。
そろそろ出てきてもいいころではあるが……。
「……お?」
すると、澤口君が一瞬何か面白いおもちゃを見つけた子供のような声を発した。
……うん。全然想像つかないだろうが。
彼は報告した。
「艦長、早速いました。反応は1」
「ッ!」
どうやら、敵潜水艦らしい。
早速お出ましか。どれ、手厚い歓迎が来る前に、さっさと玄関前から石ころ投げてお引取り願うとするかね。
「敵潜の情報を」
「はい。敵潜は1。他近海全方位を捜索しましたが確認できず。距離不明。……音紋解析中ですが、結構はっきりしています。おそらく、こっちにケツさらしてますね」
「こちらには」
「……微速航行中ですし、気づいてませんね」
「はは……。なんとも無防備な」
海の上と陸ではいろいろと激しいことになっているというのに、のんきなものだ。
……向こうも哨戒中か? だが、まだ獲物を見つけられていないようだな。
残念だが、君達は求めている獲物を食らうことも出来ずに海に沈むことになるだろう。潜水艦対潜水艦の戦いは先手必勝。周りには何もいない。我々と、君達1隻だ。というか、他にいるならもうすでに探知できていいはずだしな。
では、悪いがさっさとやらせていただこう。
「戦地だというのに簡単に敵に見つかるようではまだまだだな。教育をしてやろう。1番、2番に18式装填。有線誘導」
「了解。魚雷発射管、1番、2番に18式装填。有線モード」
とりあえずさっさと攻撃準備だ。
何度もいうがこの戦いは先手必勝。撃ったもんがちだ。
……向こうはまだ気づかないのか。いくらか距離があるとはいえそろそろ気づけよ。
「……で、奴らには問題何出すんです?」
と、一人の乗員の冗談交じりの声である。
……問題ねぇ。とりあえず、どうしてやろうか。
「とりあえず、何で沈んだか答えでも求めてやろうか」
「なお、答えは天国で聞くんですね」
「まあな。……しかし、油断大敵だ。その天国に行くのが我々にならんようにな」
それが、潜水艦の戦闘でもある。
……と、そうしているうちに、
「音紋解析完了しました。原潜です。長征12号と判明」
「長征12号……。晋型原潜か」
例の弾道ミサイル搭載潜水艦だな。
これは厄介な相手だ。いや、我々にとってではなく、他の味方にとってな。
弾道ミサイルを持っている。前々から核弾道ミサイルの発射をちらつかせているから、もしかしたらってこともある。
尤も、どこもかしこも撃つのは陸の中国本土からという予測が圧倒的だし、一応今現在の戦略的にはこれはありえないという見解だ。私もそれに同意する。
だが……、それでも、可能性は否めんな。
……というか、長征12号など、南海艦隊にはいなかったはず。どこからきやがった?
もしかしたら、はるばる他からきたか? ということは、わざわざここに来たということは何らかの特別な理由があるはず。
……早めにしとめておいて損はないな。
「敵潜、今だ動き変わらず」
「1番、2番魚雷発射管に18式装填完了」
準備は整った。
では、さっさとうやってしまうかな。
「了解。では、攻撃に移る。1番、2番魚雷発射管……」
注水、と。
まさに、そう言おうとしたときだった。
「……ッ! 待ってください」
「?」
すると、澤口君が止めた。
……なんだ。何か見つけたのか。また前みたいに後ろにもいましたなんて展開はもう勘弁……。
……ではあるが、
「……前方の敵潜から、音が聞こえます」
「音?」
どうやら、背後から云々とかそういうのではないらしい。
前方の、今まさに攻撃しようとした原潜からだった。
何を聞いたというのか。
「何だ。こっちに気づいて魚雷攻撃の準備でも始めたか?」
「いえ……、魚雷ではありません。“ハッチ”です」
「ハッチ?」
「はい。……間違いありません。これは、」
「潜水艦搭載VLSの、ハッチの開放音です」
「潜水艦搭載VLS……、ハッチ……? ッ!」
そのとき、私はハッとした。
潜水艦のVLS……。となれば、“アレ”しかない。それしか、想像が付かない。
だが……、奴ら、本気でやる気か!?
「まさか……、」
「ここで、“核弾道ミサイル”を!?」
あのVLSを開くとしたら、それしかすることがない。
だが、ここで撃つのか? いったいどこに向かって?
陸か? だが、今ごろ敵味方混戦状態になってるはずだぞ。そこに撃ったら自分達の味方まで……。
というか、撃つとなると間違いなくJL-2弾道ミサイルだろうが、それをここで撃ったらどこに打つにしても最低射程距離の7,200kmを下回って、狙いが大きくずれるぞ? いったい何を考えてやがるんだ?
……いや、考えてる暇はない。とにかく急がなければ!
「まずい! 1番、2番注水! ピンガー打て!」
「了解。1番、2番注水。ピンガー打ちます」
すぐに行動に出た。
魚雷発射態勢に移行。ピンガーを打って敵潜の正確な位置を確かめるとともに、魚雷発射管に注水。いつでも撃てる大勢を取る。
「敵潜距離、約7,000。ほぼ同深度。ハッチ開放音、2つ確認しました」
「2発か……」
2発、これはおそらく本命と予備ということだろう。
「1番、2番魚雷発射管注水完了」
「敵潜は? そろそろ気づいたはずだぞ?」
「いえ、敵潜に動きはありません。あくまで、弾道ミサイルの発射を強行するつもりのようです」
「チッ、ここまで強引にいくということは、やはり核あたりか……?」
もうこっちの動きに気づいたはずだ。
回避運動のひとつでもしてもいいはずだ。または、捨て身でならこっちに攻撃してくるでもいいはず。だが、それを一切しないということは……。
「(……核の発射に影響するのを嫌ったか……)」
もうハッチは開けてしまった。その状態で回避運動するわけにはいかない。激しい機動の影響で、水圧云々で負担がかかってそのVLSに亀裂とかが走ってしまってもおかしくはない。
だからって今さらVLSを閉めているというのも、後々の作戦行動によってはまずいことになるんだろう。今すぐ撃たねばならないとかそういう事情があるなら。
……となると、やはりまずいものを撃つんだろうな……。まずいものというか、明らかに“もう一つの太陽を作る”つもりなんだろうが。
「目標諸元入力完了。18式発射準備完了」
「艦長、早く」
副長がせかす。
それに答えるように、すぐに指示を出した。
「1番、2番、発射!」
「1番、2番、目標補足、発射!」
すぐに2門の魚雷発射管から18式が放たれた。
放たれた18式はそのまま目の前の原潜に一直線に突っ込んでいく。
……が、敵原潜はすぐにも弾道ミサイルを撃とうとしている。というか、今にも撃ちそうだった。
「……早く……」
そう長い時間ではないはずだった。
だが、その時間がとてつもなく長く感じるのは何でだろうか。こういうときに限って長く感じてしまう。人間、なんとも不思議なものだった。
「早く……、早く……ッ!」
思わず無線機を握っている手の力が強くなる。
……とにかく願った。
「早く……」
“「早く……ッ!!”」
……へ?
「(? ……今のは?)」
何かの声がハモッた気がした。
……というか、よくよく考えればまたか。またこの声か。
……はぁ、
「(……なんかもうなれた)」
どうやら周りには聞こえてないらしい。私だけか。
……しかし、そんなことを考えている暇はない。
「弾着10秒前」
もう少しだった。向こうは回避を取らない。デコイも撃たない。残弾でも切れたんだろうか。
だが、そのときだった。
「ッ! 水中噴射音が聞こえます! 撃ち始めました!」
「なッ!?」
クソッ! 間に合わなかったか!?
撃たれたらこっちとて手が出せない。今さら追加の魚雷撃ってる暇なんてない。というか間に合わない。
どうすればいい。このままはなたれてはいずれ……。
“……こうして”
「?」
だが、その瞬間だった。
澤口君が、弾道ミサイル発射音を報告したその次の瞬間のことだ。またあの声が聞こえた。
私はすぐに耳を傾ける。
“……変更して”
「え?」
“魚雷の1発弾道ミサイルの上に針路変更して! 早く!!”
「ッ! それだ!」
そうだ。まだその方法があった!
「18式の片方どっちでもいい! どっちか片方を針路変更! 現在の仰角からプラス12度!」
「え!?」
「いいから早くしろ! データ送れ!」
「り、了解!」
すぐにデータは送られた。
有線でつないであった18式の片方が、一気に仰角を上げ、敵潜の上を通っていくコースをとる。
その間に、
「……ッ! 18式1発弾着。艦尾に弾着。破壊音が聞こえます」
もう片方が敵原潜に命中した。
艦尾に被弾。もう長くはもつまい。
……そして、
「ッ! もう1発、敵潜上空を通過します!」
そう、そのときを待っていた。
「今だ! 魚雷を自爆させろ!」
「ッ!? は、はい!」
すぐにもう片方の魚雷を自爆させた。
18式が指示に答え、水中で大きな爆発音を発するとともに反応を消した。
……いや、消したのは、この18式だけではなかった。
「……ッ! だ、弾道ミサイルの浮上コース乱れます!」
そう。これを狙っていた。
魚雷速度をかんがみて、ギリギリ魚雷が発射された弾道ミサイルの少し上ないしその横を通るとみた。
だから、そこの近くでわざと自爆させることによって、そのまま海面へ浮上するコースを乱させることにより、うまく海面に出ることを防いだのだ。
……だから、
「……ッ! 弾道ミサイル、海面に出ました! 飛翔を開始!」
「大丈夫だ。よく聞いてみろ」
「?」
そして、その答えは結構すぐに来る。10秒と経っていない。
「……ッ! 海面で新たな着水音を2つ確認。爆発音も……、これは、さっきの弾道ミサイルです」
「ふっ……、やっぱりな」
思ったとおりだ。
運よく海面に出ることはできても、最初の浮上時の衝撃を修正しきることは出来ず、うまく飛べずにそのまま海面にさかさまに突っ込む。
深度が比較的浅かったのが功を奏したようだな。修正する前に海面が迫ってしまったからな。
……ふぅ、危ないところだった。
「……ッ! 敵潜から圧壊音が聞こえます」
「艦尾に1発で沈むか……。案外あっけないな」
「まあ、艦尾に当たったとき結構派手に爆発したようですし……。衝撃に耐えれなかったんでしょう」
「ふむ……、原潜とてタフだと思っていたが、案外そうでもなかったな」
というか、そこらへんはやっぱり当たり所か。
……とにかく、あんなものを撃とうとした相応の報いだ。しっかりと受け取るがいい。
「……敵潜、沈みます」
そして、そのまま海中に沈み、ついに二度と海面に浮上することはなくなった。
……悪いな。これも戦争なのだ。無慈悲とはこのことなのだよ。
「そうか……。とにかく、何とか敵の攻撃を防げてなによりだ。各員、そのまま警戒続行」
そう指示すると、また先ほどまでの静寂が戻った。
……また1隻、“人間と戦乙女”を沈めてしまった。やはり、全然なれないものだ。この嫌な気分は。
「……しかし、」
「?」
すると、副長がふと言った。
「艦長の機転がきいてくれて助かりましたな。危うく海面にまともに放たれるところでした」
「……ああ、まあな」
しかし、その元はあの声なんだがな……。
……だが、あの発言内容、ただの幽霊じゃないな。
明らかにこのそうりゅう関連のことだ。魚雷云々を知っているとか、そんな大樹みたいなミリオタ幽霊いるはずがない。
……となれば、
「(……親父の言ってたこと、案外うそでもないのか……?)」
……少し興味深くなってきた。もしあれが本当で、この声の主が本当にそいつだったとしたら、ぜひとも会ってみたいものだ。
……が、今は全然聞こえないし、たぶん見えないだろうな。
「……まあ、とにかく、」
「今は、哨戒を続けなければ……」
私は目の前の任務に改めて集中する…………




