台湾の決意、そして、動き出す時間
―TST:AM07:00 台湾首都台北 大統領官邸記者会見場―
「大統領がお見えになります。皆様、ご静粛に御願いいたします」
臨時に用意された記者会見場に入る直前、情報担当官がそう一言残すと、彼は私のいる出入り口のところにきてバトンタッチする。
その代わり、私はその記者会見場に入っていった。
AM07:00。
昨日の夜に言ったように、この時間に何とか記者会見を開くことが出来た。
急造の記者会見場ではあるが、マスコミ側も案の定即行でこれに食いつき、もう呼びかけてすぐに集まってしまった。まだ記者会見まで6時間もあるのに。
……それほど、この事情には注目しているということだろう。まあ、当たり前だが。
私が入った瞬間、フラッシュが瞬いた。まぶしい。
演説壇の前に立った後、顔を真正面に上げて、そして右手を軽く上げて静粛を促す。
すぐにその場は静まった。フラッシュも止まり、私の次なる言葉を待っている。
目の前には、大量のマスコミ記者。
手にメモ帳とペンを持っている者。もってきたノートPCを必死に操作している者。録音機を持ってきてこっちに向けている者。部屋の置くには、TVカメラが大量にあった。
この国にいる、すべてのマスコミが出張ってきている。
私はそれを見渡しつつ、少しの間を置いて口をあけた。
「……このたびは、当方からの急な呼びかけに応じていただき、感謝いたします。今記者会見の内容については、事前にマスコミ各社に送ったファックスのとおりであります」
事前にマスコミに送ったファックスには、「中国から提示された要求に対する答えを示す」と一言だけつけておいた。それ以外は何もいっていない。
それだけでいい。それだけで、ここにいる者たちはどういうことなのか事情をすぐに察することができるのだ。
というか、国民一人一人がもうすぐに反応していることだろう。当たり前だが。
私のその言葉に、一人の記者がすぐに右手を上げて反応する。
その場に立ち発言する。
「ということは、今回あの中国からの要求に答えを?」
案の定の反応だ。私もすぐに答えた。
「そのとおりです。今回、その答えを出させていただきます」
「おぉ……」
すると、すぐに隣にいた記者が同じく手を上げて起立して質問をぶつけた。
「しかし、まだ返答期限まで3日ほど時間があります。これほど早い時期に回答を出すのはなぜ?」
これまた妥当な質問だった。
まあ、全員期間を面いっぱい使うと考えていたのだろう。妥当な考えだ。
「それについてはまた後ほど。まずは……、この要求に対して、私ども台湾政府は答えを提示したいと思います」
その瞬間、この場がザワッとざわついた。
ざわつきが大きくなる前に止めに入る。
「皆さん、ご静粛に御願いします。……私は、この要求に対する、答えを出しました。それを、皆さんにお伝えします」
「そ、それはどちらのほうを?」
「世論調査では、やはり核の関係か、中国への属国やむなしの意見が大多数を占めていますが」
「もしこれを否定すれば、核攻撃を受けることはほぼ確実と見られていますが」
各々の記者からそのような質問が飛んできた。すぐに私はまた右手を軽く上げて静粛を促す。
というか、世論調査などこんな状況でよく出来たな。おそらく、国民がまだ大量にいるであろう主と方面の空港2つに記者を大量に派遣して聞き取り調査でもしたのだろうな。
国民とて一応これを知っているはずだ。それに、回答の選択肢は二つだけ。即行で手軽にできる。
……しかし、国民での世論は中国属国に傾いているか。だが、無理もない。責めるべくもない。
核を突きつけられたら誰だってそうする。とにかく保身に走ろうとする。人間なら誰だってそうだ。
これの逆を返答するやつがいたら見てみたい。
……ああ、
「……わが、台湾民主国政府は、……いや、」
……そういえば、いたな。
「……私は、“どちらの選択肢も選ばない”」
「……え?」
どこでもない、“ここにな”。
「この、中国の要求を“蹴り”、核攻撃も“喰い止める”ことにいたしました」
「ッ! け、蹴るですと!?」
「中国の要求を蹴るつもりですか!?」
「しかし、それでは核攻撃を受ける可能性が!」
「そのくい止める手段はあるのですか!?」
とたんに一気に記者たちからの声が飛び交い、にわかに軽いパニックの状態となった。
中国からの要求を“蹴り”、核攻撃“喰い止める”。
そう、我が国は、私は、中国の属国になることを断ったのだ。
理由としてはいくつかあるが……、まずはこの大騒ぎパニック状態のこの会場を止めないとな。
「皆さん、ご静粛に! ご静粛に御願いします!」
すぐに脇にいた司会の者が止めに入るが、まあすぐには止まらなかった。
何回か呼びかけた後、やっと落ち着きを取り戻し、この会場も静かになってくる。
代わりに、一人の記者が右手を挙手するとともに立ち上がり、質問に入った。
「ほ、本当に、中国の要求を蹴るのですか?」
その声は、半ば怯えていた。表情を見てもわかる。
私はそれに感化されないよう、表情を一切変えず冷静な面持ちで答えた。
「はい。私は、中国の要求を蹴ります。属国など、言語道断といわせていただきましょう」
「ッ!」
その記者は驚愕の表情だったが、それにはかまわずすぐに他の記者が立ち上がり言った。
……いや、言い放った、とでも言えばいいのだろうか。
「しかし! それでは我が国に核の脅威が向かれることになります! それに対する対処は!?」
こちらは対して大いに焦った口調であった。額からも汗が流れてるが確認できる。
そう。これを蹴るということは、すなわち中国からの核攻撃を容認することになる。
向こうとてこの会見は見ているはずだ。すでに動いているに違いない。
そしたら、いつ核の攻撃が行なわれるかわからない。もしかしたら、すでに動いているかもしれない。
核を阻止する術自体はある。……が、それがしっかり機能してくれるかは実際にやってみないとわからなかった。
……だが、それでも、
「……台日両軍のSM-3の、準備は出来ております。彼らとて、もうすでに大量の弾道ミサイルを消費しています。簡単には撃ってこれないでしょうし、撃ってきても、それらがすべて引き止めてくれます」
「そ、そのSM-3の撃墜確率は?」
また他の記者である。
SM-3とはもう説明するまでもないが、これは我が国のイージス艦にも搭載されているものだ。
そして、日本のイージス艦すべてにも。
……そして、それらの撃墜確率は、
「ご安心ください。台日のものすべてを掛け合わせても、ほぼ100%の撃墜率を保障します」
この撃墜率は、ほぼ100%だ。
今までの技術開発のレベルアップに伴い、衛星からの位置データ転送によって、イージス艦側のSPYレーダーとかみ合わせてより高い撃墜率を誇るにいたった。
それは、SM-3を搭載しているどこの国にでも言える。日本なんて、それは顕著であった。
「また、我が国のは元より、日本のイージス艦もSM-3装備を万全で来台しております。我が国のものと、彼等のイージス艦が遺憾なく自らの力を発揮してくれるでしょう」
「おぉ……」
「ですが、“ほぼ”ですよね? 万が一外す可能性は?」
他の記者だった。
それも事実である。確かに今までは“ほぼ”外さなかっただけだ。しかも、これはあくまで“SM-3自体の”撃墜率で、どちらかというと日本やアメリカのデータだ。我が国のものもあるが、実績ではあっちが結構上。こっちはまだ1回しかやったことない。たった1回で判断できるものではなかった。
いくらアメリカや日本からもらった技術を使っているとはいえ、そして、一応1階実戦でやったことはあるとはいえ、その能力はいわば未知数であったのだ。
……だが、それでも私は言った。
「……“彼女ら”を信じましょう。文字通り国の盾になってくれている、彼女らを」
彼女ら。
台日のイージス艦群のことである。
基本艦を女性に例えるあたりからそういうこともあるのだが、少したとえで使ってみた。
だが、事実そうするしかなかった。
実際に撃ち落してくれるかは彼女らイージス艦と、それを操る乗員の男たち。
彼らと、彼女らの腕にかかっている。
それゆえ、まだ不安は癒えないようだ。
「信じるといっても、外す可能性があるのにこれを蹴っても……」
そんな質問が同じ記者から飛んできた。
不安はわかる。実際外したら一大事だ。
全部を核にするわけはないだろうが、運悪くその外したのが核だったらもう一大事どころじゃない。
普通の弾道ミサイルでも落ちた場所によっては大惨事だというのに。
しかし、それでも、私は決断した。
「……わかっております。ですが、それでもここは彼らを信じるしかありません。核ミサイルの対処は、彼等の専門です」
「で、ですが……」
「……それに、」
「?」
私は付け加えて言った。
「彼らは優秀です。そして、その彼らが操る“彼女ら”も優秀です。彼らなら落としてくれます。いや、“落とします。確実に”」
私は確信していたのだ。
それは、日本での、日米のイージス艦の戦績だ。
日本での、その戦況や弾道ミサイル防衛の状況をすべて日本に御願いし、何とか向こうの快諾を得て拝見させてもらった。
彼らは、彼女らは、日本での弾道ミサイル攻撃をすべて撃破していた。
それでも被害が出たのは、単純に弾数の問題だった。
我が国のものとおんなじだ。
我が国でも戦争初期、弾道ミサイルの迎撃のためにイージス艦2隻にできる限り多くの弾道ミサイルを迎撃させるよう言ったが、やはり弾数の問題で主と方面に行くものを優先せざるをえなかった。
だが、その命中率は今のところ外れはない。
彼女らはできるのだ。完全に撃ち落そうと思えば、普通にやってのけるのだ。
数年前までは考えられない。それこそ、この技術は当時は実験段階もいいところで、よく外すことも珍しくなかった。
それが、今ではほぼ百発百中。いや、“今のところ”はずれなしだ。
あくまで“今のところ”だ。そのうち出てくる可能性もなくはない。
……だが、それでも、我私はこれを見て自信を持っていえる。
「……彼女らは、彼らは、必ず撃ち落します。必ず」
それは、彼ら、彼女らが自ら前もって実証してくれている。
だからこそ言える。撃ち落とせると。
質問をぶつけていた記者も、それ以上の質問をするのをやめた。自分でも納得してくれたのだろうか。
私はそれを見つつ、少し間をおいていった。
「……エールをいただいたのです」
「エールを?」
「はい。……誰でもない、日本を含むアジア各国から」
「ッ!」
記者たちは驚いた。とたんに一瞬ざわつきかけるが、そうなる前にまた静止にかかる。
あの、昨日の夜のことだ。
あのエールの電文。
日本や、まさかの韓国までもをアジア各国からのだ。
「……第三国の介入は、あくまで今みたいな“決断時に限るであろう”ということで、彼らから事前にエールの電文をいただきました。中国の宣告の隙間を縫って送ってくれたものです。しかし、これは非常に危険な行為なのは、マスコミの皆様ならおそらく理解に難しくないかと思います」
記者たちはすぐに軽くうなずいた。
彼らもわかっているのだ。
いくら発言の裏をかいたとはいえ、へたすれば中国を刺激することになりかねない。
中国にその力があるかは別として、それはある意味国際社会にも影響が出る。その国によっては「危険な行為だ」とお咎めを受ける可能性だってある。
だが、彼らはやってくれた。
「それでも、彼らは送ってくれました。日本にいたっては、大量の国民から受けたらしいお便りを軽く要約してくれたものを送ってくれました。……日本にいたっては、国民一人ひとりも心配してくれているのです。そして、こうやってエールまでも」
日本は一番の友好国であるが、正直国民一人ひとりまでもがここまで心配して、そして応援してくれていることがうれしかった。
それが、あの電文だ。しかも、他の国より断然長い。
……それだけ、我が国のことを思ってくれていることの裏返しであった。
「彼らは、我が国を味方だと、そして、仲間だといってくれました。さらに、日本にいたっては……、我々に“諦めるな”と激励までしてくれました。……どうせ許可も得てるので、ここで読み上げましょうか」
そして、私は手元の紙を手にそれを読み上げた。
日本から送られた電文の全文であった。事前に、日本政府に許可は得ている。
その内容を聞いた記者は啜り泣きをしだした。
うれしかったのだろう。この電文が。
日本のに限っては、エールというよりは、もはや“激励”であった。
非常に心温かい激励であった。
胸を打つ内容である。日本が今実際に台湾に来ているから、その言葉は一層重みのあるものとなった。
……それを読み上げ終えた私は、未だに涙腺が緩んでいる記者たちを一通り見つつ、静かに言い始めた。
「……日本だけではありません。これに似た伝聞を、アジア各国から受け取りました。韓国からもいただきました。あの、韓国までもです」
わざわざ2回も言ったのには深い意味はない。一応いっておくが、深い意味はない。
「彼らは信じてくれているのです。……我々が、我が台湾国民が無事、台湾を取り戻してくれることを。心から、信じてくれているのです」
彼らは、我々を、我が台湾のことを信じてくれていた。
そして、味方でいるといってくれたのだ。
これが、今の我々台湾にとってどれほど心を打つことであるかは、おそらく台湾国民しかわからないだろう。
それでもいい。これは、言葉にならないほどうれしいことなのだ。
味方がいる。
これのありがたみを、今、身をもって、心を持って感じている。
そして、ここから少しずつ力を付けていきながらいった。
「……我々は、これに答えねばならない。これをされて、中国の属国に戻るなどというふざけた真似ができるか。これほど応援してくれているのに、その期待を踏みにじることができるだろうか? ……私は、申し訳ないがそんな非情なことは出来ません」
記者たちも大いにうなずいた。
それに安堵しつつ、私は続ける。
さらに声のトーンを上げる。
「……だからこそ、我々は、勇気を持って立ち上がらないといけない。立派な独立国として。誇りある、台湾民主国国民として。一人ひとりが勇気を持って、眼前の脅威に、立ち向かわねばならない。いつまでも、他人に頼るようでは、一人前とは程遠い!」
今まで、我が国は他の国を頼ってばかりだった。
私は、それをいつまでも続けるつもりはなかった。
今は日本の力を借りている。東南アジアの力も借りている。
だが、この意思決定に関しては、すべて我が国の意思でいかねばならなかった。
他国に助けを求めるなど出来ない。
だからこそ、我が国は自分の意思で、これに立ち向かう“勇気”をもたねばならない。
その勇気を持って、我が国は目の前の脅威に立ち向かう。
それで、やっと一人前の独立国といえるのだ。
目の前にある脅威に立ち向かえる勇気を持って、初めて“立派な独立国”の仲間入りができるのだ。
「台湾国民よ! 今こそ、眼前の脅威に立ち上がろう! 確かに、目の前にある壁は、果てしなく高い! それを乗り越えるのは、ただならぬ努力が必要である。だがしかし! それを乗り越えて、初めて一人前の“独立国”なのだ! それを乗り越える勇気を持って、初めて“一人前の国”となるのだ!」
いつまでも他国の言いなりになる気などなかった。
自分のことは自分で決める。常識ではあるが、それを実行できるかはまた別問題。
実際には難しいことであった。
だが、それが出来て初めて一人前だ。
自分たちでこのような思い切った意思決定が出来て、初めて一人前なのだ。
私は、台湾を“一人前の国”にする。
「中国のこの理不尽な要求に、屈するわけには行かない! 我が国は立派な独立国となるべく、それを証明するべく、これに立ち上がる必要がある!」
日本の援護があるとはいえ、その意思決定は我々にゆだねられている。
その彼らも、我が国を信じてくれている。我が国が、しっかり導いてくれることを信じてくれている。
それに、答えたかった。
「台湾国民に問う! 本当にこのままでいいのか? いつまでも助けられっぱなしでいいのか? いや、そんなはずはない。いつかは、その支援から独立する必要がある! その第一歩を、私は踏み出したい!」
そして、我が国を、立派な意志を持てる独立国へと“レベルアップ”させたかった。
支援されるだけではない。いずれそれからも独立し、他国との友好を保ちつつ、自分で意志を持って、自信をもって行動できる国にしたかった。
……その、第一歩が、まさに、今だった。
これは、その“独り立ち”の、第一歩なのだ。
「台湾国民よ、ここに立ち上がろう! 中国に屈するわけにはいかない! ここで、我が国の意志を示す!」
そして、目の前の記者たちが真剣な眼差しでそれを見ている中、私はいったん言葉を止め、そして、また力強くいった。
「……改めて、私は宣言させていただく。私は、中国のこの要求を蹴り、台湾の奪還を開始“した”。撃てるものなら撃ってみるがいい。我が国の意志が……、」
「我が国の意志が、そこらのダイヤモンドより固いことを、貴様らに教えてやる!!」
その瞬間、会場は一瞬の内に沸きあがり、
立ち上がった記者たちが歓声とともに一斉に自らの強い意志を各々で叫びまくった…………




