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『やまと』 ~戦乙女との現代戦争奮戦記~  作者: Sky Aviation
第7章 ~神の炎の恐怖~
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日本からできること

―JST:PM22:15 日本国首都東京 首相官邸地下危機管理センター―







「……なるほど。そうそちらの艦のクルーの方がおっしゃっていると?」


 私はメインディスプレイに移っているTV通話の相手にそういった。


 そのディスプレイには、今台湾に遠征に行っているはずの最新鋭ミサイル巡洋艦『やまと』の艦長である織田大佐だった。

 台湾沖の海洋から専用の衛星通信を使って、ここに直接かけてきたのだ。一応、パスは通ってのものである。

 その顔は、初対面な私でさえ相当焦っていると瞬時にわかるほど切迫していた。


 彼の口から発せられたのは、彼の艦のクルーが予測したこの謎の一週間の真相、そして中国の真の目的だった。


 あくまで予測であるということを前置きしたとはいえ、その彼を通じてその艦のとあるクルーが予測したその内容は、中々信憑性のあるものだったと見ていい。


 簡単に要約すると、この一週間は別に台湾に対する長い返答期間という意味ではない。

 あくまで、我が方の兵力が集結する時間を与えているというだけで、しかもそれは普段考えうる陸に対してではなく、ある意味陸より重要な“海”に対してであるということ。

 もうすでに中国にとっては核を撃つ事によるリスクは“共産党には”ほとんどないということ。

 時間をかけたら余計向こうの思う壺だということ。


 ……彼の言ったことは、まさに中国の考えそうなことばかりであった。


 彼、織田大佐が言った。


『そのとおりです。何度も言いますが、これはあくまで予測です。一可能性として捉えていただきたいと』


「ふむ……」


 可能性か。


 だが、明らかにそれっぽいと思う。今のこの状況にも合う。


 隣でそれを聞いていた新海国防大臣も、それを肯定した。


「ですが、信憑性はあります。我々はてっきり、核は陸に向けていると思っていましたが、海、と考えれば、この状況や、中国が提示した一週間という謎の長期間も合点がいきます」


「確かに……。結局は、中国とてこれ以上のことは出来ない。だから、最後の最後の手を行使するかもしれないということか」


『そういうことになります。……では、私はこれで。もしこれが本当だと仮定すれば、時間がありません。早急な御決断を御願いいたします』


「はい。そういうことでしたら、こちらでも検討させていただきます。……すいませんな。最前線からわざわざ」


『いえ、お気になさらずに。では、失礼いたします』


 そういうと、ディスプレイの表示が切り替わり、いつもどおりの戦況情報を表示した。


 ……それをみつつ、私は「う~む」とうなった。


「……困ったな。もしこれが本当だとすれば、今すぐにでも行動を起こさねばならない」


 時間がない。とにかく、何でもいいから行動を起こさねばならなかった。


 すると、仲山副首相が腕を組みつつ少しいらだたせながら言った。


「しかし中国は本気でやる気なのですか? とても正気とは思えない」


「あくまで可能性だよ。だが……、現状、こうしか考えられんな」


「クソッ……、周金閉め、何たることを……ッ」


 さらに苛立ちを見せ、軽く足を貧乏ゆすりさせていた。

 相当いらだっているようだ。だがまあ、無理もない。


 新海国防大臣が補足した。


「しかも、織田大佐が言っていたように、台湾は海洋国家。ゆえに、ある意味では陸よりこの海軍艦隊を狙って壊滅させたほうが、後々を見れば効果的です」


 そうだ。台湾はあくまで海洋国家。隣の陸と隔てられ、間には海という天然の壁と、それに根付く海軍艦隊がいる。

 陸をつぶしても、それがいる限りはっきり言えばやろうと思えばいくらでも陸に戦力を遅れる状態なのだ。


「そのとおりだ。……尤も、“後々”があるならな」


「ええ……」


「そこが自分には疑問なのです」


 そこに、山内外務大臣が割って入った。


「はっきり言って、この核を使おうとした時点で中国は行き詰まってしまったも同然です。核をちらつかせるまでならまだしも、実際に撃とうものなら、対象の被害の有無にかかわらず世界各国が黙っているとは思えません。特にアメリカは、これを口実にさっさと戦争を終わらせるために核を実際に撃ってしまうかもしれません。今の中国に、これを迎撃できる能力もありませんし、お返しできる余力もありません。核を撃ったその瞬間、戦争どころではなくなりますよ? それを承知でないはずがないですし、そんなことをする勇気が中国にあるとは思えません」


 そう、一番の重要な点はそこなのだ。


 核を撃つということは、相互確証破壊と似たような状況になる。

 この場合、台湾側がお返しをすることになるのだが、もちろん台湾に核はない。だが、この場合明らかにアメリカが代役を買って出るだろう。

 さっさと戦争が終わってほしいと思っているのはアメリカなのだ。自分達の経済に影響が出ている今、これは核報復攻撃の格好の言い分になる。

 中国はそれを防ぐことも、それに対してお返しすることも出来ないだろう。そうでなくても自分達は今息切れ状態で今にも倒れそうだというのに。


 それを中国が知らないはずがないだろう。


「そもそも、彼らはこのような事態になることも想定して開戦したと思っていたのですが……、まさか、これに関しては完全なノープラン状態だったのですか?」


 その疑問に対しては、私の代わりに新海国防大臣が答えた。


「……これは僕の予想ですが、おそらくそうなる前に蹴りを付けたかったんでしょう。戦力的に日台重視できていましたから、おそらくこっちをある程度攻め落として講和をさせる。そうなれば日台という重要な“要塞”が手にはいりますから。そうなればアメリカも手出しは出来ません」


「なぜです?」


「アメリカにとって、両国とも中国を地理的に押さえておく重要な“盾”なのです。彼らが太平洋に進出して勝手なことをしでかさないようにね。それに、日本はアメリカに多数の精密機器を輸出しており、それはアメリカの軍需産業にも深く根付いています。それを奪い取られ、中国が掌握してしまえば、アメリカとてこれ以上の抵抗は出来ないでしょう。この技術提供の見返りに、これ以上の支援継続を断ち切るつもりだったとか。それなら、アメリカとて手出しはできません。そうすれば、東南アジアとて無事ではいられないでしょう」


「なるほど……」


 確かに、アメリカの軍需産業でも日本の技術は結構深い関係がある。

 日本は精密機器の開発が得意であり、それは世界各国で使われているが、アメリカとて例外ではない。

 それを中国に掌握されるということは、すなわちアメリカが交渉のテーブルにでる機会をえられるということ。

 これを使って、さっき新海国防大臣が言ったような条件で講和をするかもしれない。結局、アメリカとて自国最優先の国益主義国家だ。この条件には応じるかもしれない。

 そうなれば、東南アジアの援助も打ち切られる。もちろん、アメリカ国内からは反発が出るかもしれない。そこはアメリカ国民次第だが。

 それに、近隣諸国も黙っていないだろう。欧州あたりは急速なアメリカ離れが進行する可能性もあるが、まあアメリカとて元々行動的に独立志向あるし、一人でも十分国を担っていけるからそれを突っぱねる可能性もある。

 ……とにかく、中国がアメリカのことをよく知っているとすれば、おそらく開戦後の理想的な流れはこうだったのだろう。


 だが、アメリカが予想より早くでてきてしまった。それによって、自分達の侵攻が間に合わなくなり、対応が後手後手に回って今に至る……。


 ……まあ、中国自身になって考えるとすればこんなところだろうか。少々現実思考が甘いところがあるが、それでも中国なら考えてそうなことだ。


「……まあ、そうは言っても、結局核を使うのとは関係ないでしょう。とにかく、本当に核を使うというなら、それ相応のリスクは必要ですが、とてもあいつらにそんな勇気はあるようには思えないんです」


 山内外務大臣がそう話を戻す。


 確かに、彼らがこんなことをするリスクを終えるとはとても思えない。


 ……だが、


「……だが、中国はやるとみている」


 ……それは、あくまで“これ以上失うものがある”場合だ。


 私は、彼らはやるとみている。


「? なぜです?」


「今、中国は、いや、“共産党”はもう後がないのだ。何度も言うが、今さら失うものはない。結局、戦争は早いうちに終わる。そのとき、彼らは終わりだ。その政治家人生は幕を下ろし、その部隊から消すことになるだろう。……だが、彼らがただで終わるとは思えない」


「……ッ! まさか!」


 菅原官房長官がこの先のことを察したらしい。そう叫んだ。


「……彼らは、最後の最後、禁断の手を使って、“最後の幕”を下ろそうとしているのかもしれない」


「最後の幕?」


「ああ。何度も言うが、結局戦争が終われば中国、共産党はおしまいだ。世界各国から糾弾され、少なくとも共産党は国民から大批判を浴びてすぐに崩壊するだろう。……だが、自分達だけでそのまま落ちていくとは思えない。……だから、」








「日台を巻き込むんだよ。いわば……、自分達が地獄に落ちる“道連れ”だ」








「み、道連れ!?」


 仲山副首相が叫んだ。


「ああ。あくまで予想だがな。……彼らは、核は本気で撃つつもりなのだろう。そして、それが日台連合艦隊ということも、おそらく本当だ」


「……ということは、この場合の道連れは?」


「うむ。おそらく、日台の軍事力を大いに破壊してしまうつもりだ。どっちも海洋国家。我が国も、必要最低限を残して残りをほぼすべて台湾に移している。最新鋭艦のやまともだ。……それらが全部消えてしまっては、両国の軍事的衰退は免れない」


「ッ! そうか、彼らはそれも狙って!」


「たぶんな。……彼らはただでは死ぬ気はない。おそらく、我が国と台湾も巻き込んで……」






「自分達の最後の、“シメの打ち上げ花火”でもやるつもりなのだろう」






「う、打ち上げ花火……!?」


「彼らなら、こう考えるはずだ。……最後の、打ち上げ花火ってな」


「ッ……!」


 山内外務大臣は思わず固まった。


 だが、うなずけるものだと思う。

 結局、自分達にはもう後がない。背水の陣どころではないのだ。もう、ほとんど後ろの川に落ちかけている状態だ。

 国民からも、世界からも糾弾され、もう自分達が後々生き残ることはできない。だから、どうせ死ぬなら最後の最後に盛大な“打ち上げ花火”という名の核を使った、自分達の“最後シメ”を飾るつもりだろう。……全然盛り上がらない打ち上げ花火になりそうだがな。

 核を打ち上げ花火と捉えるのは少々不愉快になるかもしれない。だが、おそらく、使うとすれば奴らはこう考えているだろう。

 別段、中国では珍しいことではなかった。

 古代中国でも似たようなことはあったのだ。

 これは有名な『陳勝ちんしょう呉広ごこうの乱』である。

 当時の秦朝の皇帝が、辺境守備のため半ば強制的に徴兵された農民900名に対して「北方漁陽に6ヶ月かけて侵攻し制圧せよ」というなんとも無茶な命令をするが、その途中大雨で川が水没し、そこから先が通れなくなってしまった。

 それによる通路寸断は2ヶ月にも及び、どう考えても期間中に任務を達成できず、どうせ期間を無視して敵に攻撃しても誰か死ぬし、しょうがないから帰っても皇帝の逆鱗に触れて斬首で全員死ぬし、「どうせ死ぬならもう反乱してしまえ」という風に半ば投げやりにやったのがこの反乱である。

 これは農民が起こした初の反乱として有名であるが、これに呼応するかのように各地の農民や秦朝に滅ぼされた各国の家臣が蜂起し、国中に反乱が広まった結果、この秦朝は滅びたのである。


 そんな感じの追い詰めに追い詰められた者が最後の最後の手段に打って出るというのは、向こうで珍しくなかった。

 近年でも似たようなのがよく伺える。

 近年の中国の経済危機の対応に追われ、それで何かしらの失態を犯した官僚が博打打ちに走ってやみ金に手を出したり、最悪麻薬に犯されることもしばしば。


 ……その、最悪の形がこれか。


 もし撃ってくるとすれば、向こうは自分達の最後を見る前に、今まで邪魔だった存在の最後を見届けるつもりだろう。


 それを考えたらしい仲山副首相が、ある意味いつもどおりではあるが、その場でぶち切れた。


「クソッ! 奴ら、自分達が死ぬのに他人まで巻き込むなど……ッ! ふざけた連中だ!」


 それに、山内外務大臣も大いに同意した。


「まったくです。それに、彼らはもう後がないかもしれませんが、じゃあ残された国民はどうする気ですか? 核を使えば、その国民の今後にも影響がでます。国際的に排中ムードが蔓延し、最悪中国“国民まで”世界から孤立してしまうことに……。これを取り戻すのはそう簡単なことではありませんよ」


 そうだ。共産党にとっては最後かもしれない。だが、誰でもない国民にとっては全然最後ではない。

 まだ、中国国民として生きていくのだ。この核を使った、ということは、現代ではとてつもなく負の影響を全世界に、それも長く与えていくことになるだろう。

 ……戦勝国ならまだいい。それを言うならアメリカだってかつて第二次大戦時に核を使った。それも、我が国に対してだ。

 そのときの犠牲者の数は見るのも苦しい。そして、そのときの惨状は、まさに地獄という言葉が生ぬるく感じるものだ。

 広島平和公園や記念館にも、それの傷跡が今も残されている。だが、あれをみたときの私たちの想像したものより、現実ははるかにひどいものだったであろう。

 だが、その使用国であるアメリカは第二次大戦の戦勝国。ましてや世界での圧倒的地位を誇る国が、世界からいろいろ批判されるわけもない。むしろ、“正義の手段だった”と賞賛されることもしばしばだ。

 それが、“戦勝国”なのだ。

 だが、この場合彼らは違う。明らかにこのままでは“敗戦国”の道まっしぐらだ。

 そんなときに使おうものなら、自分達は確かに終わるかもしれんが、残された国民達はさらに悲惨な目にあうだろう。

 世界から中国は排され、彼らは孤立する。世界との強調こそが平穏な生活を左右するといってもいい。

 そんな現代でこれをされたら、中国国民がどれだけ苦しい生活を強いられることになるのか……。


 ……誰でも、考えられることだ。


「そうだな。国民のことを考えれば、こんな決断をするとは思えない。……“国民のことを考える”ならな」


「え?」


「……どういうことです?」


 菅原官房長官が聞いた。


 私は少しうつむきつつ言った。


「……結局、彼らの思考は常に“共産党の繁栄中心”だ。国民のことなど二の次だ。それは、いつどきかのロケット打ち上げ失敗で村一個がなくなったときの隠蔽工作でもわかる」


 これは、二十数年前のロケット打ち上げ時に、打ち上げに失敗しそこの墜落地点にあった村一個が丸々消滅してしまったもので、中国政府はこれを隠蔽しようとした。

 計2回行なわれ、最初のは確かに事故は起こしたが、犠牲者は2,3人ですんだ。

 だが、悲惨なのはこの後の2回目である。

 1年の期間をへて再度行なわれた打ち上げでは、ロケット打ち上げ直後からロケットがあらぬ方向に曲がり始め、そのまま少し離れた地上に落下。

 そこにあったのが、近隣にあった民間人の村だった。

 中国政府はこれを隠蔽するために、観覧に来ていた外国人全員を5時間も隔離した後、解放した。

 もちろんこの間何があったのかは最初はわからなかったが、とある外人が移送中のバスから盗撮した映像が公開されると、世界が衝撃を受けた。

 そこには廃墟と化してしまった住居が立ち並び、いたるところに中国軍の兵士がいる。

 結局、中国政府はこれの隠蔽のために情報流出の種となりかねない外人を5時間も隔離し、その間に証拠隠滅を図るために残骸などを回収していたのだ。

 だが、それは後のその映像公開とともに、この事故の全容が発覚した。

 これによる犠牲者はざっと500名を数え、当然ながらロケット事故による犠牲者の数としては前代未聞であった。

 さすがにこれはロケット開発初期のソ連でも見られず、しかも民間人が巻き添えを食らったというのがその悲惨さを助長させていた。


 だが、中国政府はこれによる事故を「突風のせいだ」と釈明した後、その事故を隠蔽しようとしていた。

 日本なら当然民間人も巻き込まれたということで怒り大爆発の批判を浴び、JAXAあたりが即行でつぶれて宇宙開発がままならなくなっているところだろう。

 だが、そことは違うのが中国だ。

 仮に批判をしてもそれは即行で握りつぶされる。結局、何にも変わることなく、その500名余の民間人は、中国の発展と共産党の地位向上のための犠牲となったのだ。


 結局、中国とはこんな国だ。


 国民など、二の次にしか考えていない。


 近年の中国国内のスラム化や一向に進まない治安回復も、根底にそれがある。



 国民のことは、“あくまで二の次”なのだ。



「……今回とて同じだろう。結局、自分達が死ぬなら他人も巻き込む。その結果、国民が巻き添え喰らおうが、彼等の知ったことではないのだろうな」


「ッ……!」


「そ、そんな……、あんまりですよそんなの!」


 新海国防大臣が叫んだ。


 だが、私はそれをやんわりと否定した。


「だが、それが中国の今の現状だ……。誠に、残念ではあるがな」


「ッ……!」


 そのまま、彼は力が抜けたように目の前のテーブルに両手を付いてうなだれた。

 そして、うつむいたまま顔をこわばらせてしまった。


 そこに、未だに苛立ちを隠せていない仲山副首相が言った。


「……となれば、もしこの仮説が本当だとすれば、我々はその“中国国民のためにも”すぐに行動を起こさないとまずいわけですな」


「ああ。……だが、そこで一つ問題がある」


「問題?」


 仲山副首相が聞いた。

 さらに、彼は続ける。


「時間がないのです。とにかく、今すぐ前線部隊に命じて、進撃許可を当てるべきではないですか?」


「いえ、無理です」


 そこに割って入ったのは新海国防大臣だ。

 顔を上げ、深刻そうな顔をしていた。


 それに仲山副首相が軽く噛み付いた。


「何を言っている。何度も言うが、時間がないのだぞ。彼らが核を撃つ状況が出来てしまう前に行動をだな」


「ですが……、その許可を出すのが誰だかをお忘れでは?」


「は? ……あっ」


 すると、仲山副首相が思い出したように言った。

 一瞬目を大きく開け、すぐに右手で頭の前髪をガシッとつかんで落胆の顔を表す。


「……そうだった。今その指揮権は……」


「ええ……、そうです」





「今、その進撃許可を出せるのは私たち日本政府ではなく、誰でもない“台湾政府”なんですよ」





 そう。今の台湾方面の指揮権は、すべて台湾政府に委託してしまったのだ。

 それでは、いくらこっちがどうこういっても、進撃許可までは出せない。

 つまり、こっちから台湾遠征部隊に対する指示等の権限はすべて“ない”のだ。


「指揮権はすでに台湾側に委託してしまっています。こちらから指揮することは出来ませんし、台湾側から無理やり取り戻すわけにも行きません」


 新海国防大臣が続けて言った。


 確かにそうだ。今さら返してもらうわけにもいかない。

 というか、そんなことする暇はない。


 ……台湾が指揮を執りやすいようにと思っていたが、それが裏目に出たか……。

 しまったな。そこまでのリスクは考えていなかった。私としたことが、何たる失態だ。


「つまり……、台湾政府がオーケーしないと、向こうは動けないのか」


「はい。我々から動かすことは出来ません」


「クソッ……、こんなときに指揮権委託が裏目にでるとは……」


 仲山副首相はそのまま右手を顔の前に持ってきて顔を軽く覆い、つぶやくように言った。


 これでは、こっちは真実を知っているのに、何も動けない。


 ……まずい。これでは、どっち道日台の艦隊が……。

 そして、へたすれば向こうの気まぐれで陸にも……。


「……どうします? 台湾政府への介入はできませんし、ここからしてやれることなんて……」


「ああ……。こっちからやれることなんてなにもないぞ……」


 仲山副首相がそういうと、この場の空気が一層重たくなった。

 解決への道は見つけても、それを伝える連絡手段がすべて使えない。

 互いに2人で通りたいのに、台湾のせいで通れないなんていう笑えない話にはしたくない。


 ……何も、することが出来ない。


「……どうするんです総理。あくまでこれは仮説ですが、もし仮にそうだとすればすぐにでも伝えないといけませんよ?」


 新海国防大臣がそういうのに続くように、山内外務大臣も言った。


「ええ。台湾政府がこれに気づいているとは限りません。もし知らなければ、間違いなく向こうは与えられた一週間をすべて使うでしょう」


「ああ……。だろうな」


 わざわざ一週間という長い期間を与えたのに、これを使わない手はない。

 誰だってそうだ。与えられた期間が長ければ長いほどありがたい。それは、今回もしかりだ。

 だからこそ、中国はこれを利用したのだ。その間、日台の艦隊が、そして、陸の部隊が集結するのを待って。

 だからこそ今すぐに決断が必要だ。時間が経てばたつほど自分達は不利になる。

 だが、事情を知らない台湾政府は絶対にすぐに決めるなんていうバカなことはなしない。

 この期間を利用はする。だけど、それこそが敵の策略であることに気づかない以上、結局はまた中国の手のひらに踊らされるだけだ。


 ……どうすればいいんだ。どうすれば。


「(……何かないのか……)」


 もう、ぶっちゃけ方法がない。

 どうしようもない。

 だが、このままというわけにも行かない。


 ……考えるんだ。何でもいい。この際何でも……。






 ……ん?






「(……そうだ。向こうの言っていたのは確か……)」


 少々汚い手になるが……、だが、こんなときに手段は選んでいられない。


 私はすぐに行動にでた。


「山内外務大臣、すぐにTV通話をつないでもらいたい」


「は? ……て、TV通話ですか?」


「そうだ。今すぐだ。できるか?」


「え、ええ。出来ないことはありませんが……、いったいどこに対して?」


「ああ……。できるならすぐにつないでくれ。相手は、」








「台湾政府だ」








「なッ!? た、台湾政府!?」


「で、ですが待ってください! 何度も言いますが第三国の介入は禁じられています! 中国も、決断時に介入はするなと、そういっていたではないですか!」


 仲山副首相も焦って止めに入った。

 そうだ。中国も、第三国の介入は禁止するといっているし、それを破ればただではすまないだろう。


 ……が、





 結局は、“それ以上のことは言っていない”





 ……つまり、


「……だが、あくまで彼らは“決断時に介入するな”と言ったんだろ?」


「……え?」


「だから、別にこの決断に際して“事前に何も助言するな”とは言っていないだろ? ……つまり、そういうことだ」


「……あ」


「あー……、なるほど、そういうことか」


 周りが徐々に納得し始めた。


 そう。向こうが言ったのはあくまで“決断の時に”介入はするなといった。

 つまり、解釈の仕方によっては……、


「……つまり、こっちは“決断するその時に”介入するなと解釈したのでこの行動に入った、という風に釈明するということですか?」


「そういうことだ。……向こうは一言も“助言はするな”とは言っていないからな。あくまで“決断時に”ということだけだ」


 とんでもない拡大解釈である。

 だが、別に文面から判断すれば、間違った判断ではない。

 基本この言葉自体は、確実に決断するときからする前の“討議中”まで含まれるだろう。だれだってそう考える。

 だが……、だからといって、誰も「あ、討議中にも介入するなよ」とは言っていないよな?

 だから、ここで“助言”という形で介入しても、文句を言われる筋合いはないということだ。


 ……まあ、


「……ある意味、日本の悪い面だがな。拡大解釈なんて」


「昔の憲法第9条とかもそんな感じので生まれたのが、今の国防軍の前身の自衛隊ですもんね」


「ああ……、そうだな」


 新海国防大臣がしみじみといった。


 あのまだ9条が改正されていなかった時代。あの時普通に考えれば違憲に当たる国防軍の前身の自衛隊があったのは、あの9条の「戦力の不保持」の部分を自衛隊には適用しないで、あくまであれは「国防上の必要最低限の“実力”」ということでまとめるという、なんとも無理があるであろう解釈で何とかまとめていたのだ。

 ある意味こんなことは他の国では前代未聞だ。普通に考えれば違憲なものをわざわざ解釈の違いでオーケーにしてしまうなどな。

 まあ、それもあって朝鮮半島有事の後にすぐにけ憲法改正したのだが。


 だが、悪いがこんなときにそんな判断をしている暇はないのだ。





 申し訳ないが、ここは手段を選ばないでいかせてもらう。





「……何、今の中国にこれに文句を言っている余裕はない。諸外国も、最低限これに関しては中立を宣言するだろう」


「まあ、文面上はなにも間違ったことはしてませんしね。“文面上は”」


「そうだな。“文面上”はな」


 なんともずるがしこい策である。


 しかし、時間はない。とにかく、これしかないのだ。


「そういうわけだ。山内外務大臣、すぐにつないでくれ」


「はい。……一応聞きますが、誰が出るかは……」


「それはもちろん、私が出る。……向こうの馬首相と、」







「直接、話がしたい」










 TV通話はすぐに向こうにつなげられ、彼がそのメインディスプレイに出てきた…………

<ちょっとした中国史解説>

陳勝・呉広の乱ちんしょうごこうのらん

紀元前210年中国(秦朝)で起こった初の農民が起こした反乱。

当時の秦の始皇帝が死去すると、末っ子である胡亥こがいが即位した。彼の命令で漁陽(現在の北京市北部の密雲県)をたった6ヶ月で制圧しに向かうが、本文にあったような水没事故があって結局期間内での攻略は不可能と判断。派遣された農民のうちの2人が中心となり、秦に対して反乱を起こす。その中心になったのが、「陳勝ちんしょう」と「呉広ごこう」である。

結果、本文にあったような支援勢力の台頭もあり、彼ら2人は途中で死亡するが、見事秦を撃破することには成功する。


陳勝ちんしょう

秦朝末期の反乱指導者。上記の反乱の中心人物となる。

後に反乱に加わる劉邦りゅうほう項羽こううに先んじて反乱を起こすが、後に失望を受け周りが自分から離れていく中、章邯しょうかん率いる秦の討伐軍に討たれて死を遂げる。


呉広ごこう

陳勝ちんしょうとともに上記の反乱を起こした中心人物。

彼とともに反乱を成功させるも、後々その戦闘指揮の下手くそさに呆れた田臧たぞうがクーデターを起こし、そのときに死亡する。

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