第129話 このイカレた街へようこそ①
「えっ、私たちがですかぁ!?」
アリーシアはあんぐりと大きく口を開けながら驚いた。
「別に契約に従うだけだから俺は構わないが、潜入任務が出来ないほど今のお前達のギルドは構っているのか?」
「恥ずかしいことに、ギルドの半分程があのゲームでオタクに成り下がった。任務よりもゲームを優先してしまい、質が落ちている。そして何より、マッドギアには俺の部下を向かわせたんだが、連絡が取れなくなっている。あのゲームに洗脳されたか、もしくは事情があって身動きが取れなくなっているのかもしれん」
ドルソイは困惑を隠しつつも拭いきれないような表情で言う。
「マッドギアは科学技術が発展した国だ。俺や俺の部下のような諜報や潜入任務に長けた者でなければすぐに正体は見破られる。あの国の奴らは野蛮だ、ウィルヒル国民と見れば即殺しにくるかもしれん」
そう言ってドルソイは一枚の写真を5人に見せた。
写真に写っているのはドルソイと笑い合いながら肩を組んでいる紫色の短髪が特徴的な女性だった。
「俺の部下であり弟子のミシェルだ。この騒ぎの原因を突き止めるため一人あの国へ潜入した。だがいくら通信魔法でコンタクトを取ろうとしても一向に連絡が取れない」
「そんな……」
「本当なら俺が行きたい。だが俺はとある重要な任務でどうしても手が離せない。今ここにいる俺は分身魔法で作られた肉体だ。ある程度時間が経過すれば消えてしまう」
「え!?貴方本物じゃないんですか!?」
「すごい。あと3人集まったら風遁螺旋手裏剣できるじゃん」
「そこは螺旋丸じゃないのね」
「…?あんなの一人でもできるじゃん」
「まさかの天才肌か」
「魔法であれ再現しよーとしたけどちょっと油断したら腕ちぎれそうになったことあるからもうやらないけどね」
「すまない。面白い話ではありそうだが少し話が逸れそうだから戻しても良いか?」
ドルソイは改めて「だから」と言って5人に頭を下げて頼み込んだ。
「頼む。俺の代わりにミシェルを、そしてこの国を再び救ってくれないか」
「……ですってサビターさん。どうしますか?」
アリーシアは話の途中にも関わらずゲームをしてニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべていたところをセアノサスに叩かれ、眼鏡を落とした。
「先輩の話ちゃんと聞きなさいよクソオタクの旦那様」
「いやぁすまんすまん。しかし仕方ないでござろう?これだけ話が長いと嫁とらぶちゅしたくなるものでござる」
「お前の嫁は私だろうが!」
セアノサスはまたしてもサビターの頭を思い切り叩いた。
「いでぁ!」と悲痛な声を上げながらサビターは落とした眼鏡を大切そうに拾い上げる。
サビターは「ちゃんと答える!ちゃんと答える!」と空返事で謝罪をしながらも眼鏡の奥に映る瞳は死んでおらず、かつてセアノサスが愛した男の目と同じだった。
「道は違えどかつての仲間、そしてその後進を助ける事こそ義理と人情を果たす時。このサビター、再び友とこの国を救わん!」
「よっ!喋り方は気持ち悪いままだけどちゃんと仲間思いなところは変わってなくて安心したわ!」
セアノサスはぴょんぴょん跳ねながらサビターの足を何度も蹴って喜んだ。
アリーシアやタマリ、アルカンカスもまた、サビターの言葉に嫌悪感は感じつつもどこか安堵したような表情になる。
「拙者は人と人との繋がりを大事にする男!かつての仲間の頼みを断れるほど腐ってはおらんのだ!」
サビターがそうやって声高高に宣言した次の瞬間、彼の服の隙間から一枚の紙が落ちた。
セアノサスはすかさずそれを拾い、紙に何が書かれているかを見た。
「マジガミ!声優登壇会!ドッキドキの握手&サイン会優先チケット……?」
サビターはドバッと冷や汗を雪崩のように流し、目玉が飛び出し顎が外れそうになるほど大きく動揺した。
セアノサスは最初こそ声の抑揚は明るいものだったが読み上げていくうちに段々と声のトーンが低くなり、最終的にはドスの効いた殺意増し増しになっていた。
「ねぇ、なにこれ」
「いゅあこりゅはしょの……」
「ねぇ、なに、これ」
セアノサスの瞳はサビターの物とは違い、一切光が灯らない漆黒の闇と化しており、サビターは「いや、ちがうっちがうよぉっ」などと言い訳にもならない否定を繰り返しながら後ずさっていた。
「二次元のキャラだけじゃ飽き足らずキャラの声を担当してる声優にまで欲情するとかもう来るとこまで来ましたね」
「お前は一般本当に死んだ方がいい」
「007みたいにもういっかいしね」
サビターに対し心底失望したような目と言葉で攻撃するアリーシア達に、サビターは目を泳がせた。
「まさか元々マッドギアに行くつもりだったからノリノリであんなこと言ったとかじゃないわよね?」
「ギ、ギクゥ!」
「えっ声に出すんですか?」
「い、いや勿論手がかりを探すために決まってるでござるよ!」
「ふ〜ん。サビターさんは随分と真面目な人なのねぇ」
セアノサスは彼の言葉など微塵も信じておらず、ゴミや虫ケラを見るような冷たく無機質な目で睨み下ろした。
サビターは彼女の視線に完全に怯んでおり腰が抜けて床に尻餅をついていた。
「しかしこれはヒロインを演じた声優達が登壇するらしいし、公式のイベントにも思える。もしかしたらそこにテミナ・アーヴァンも現れるかもしれない」
ドルソイはチラシを見ながら推察する。
偶然か必然か、思わぬタイミングでターゲットが現れるかもしれない場所と時間を手に入れた。
「ゴミサビターもちょっとは役にたつんだね」
「見直したぞカスサビター。やはりお前はただ者ではないようだ」
「クソサビターさん、善は急げですよ。早くマッドギアへ向かいましょう!」
「お主ら?少々拙者への態度が酷くはござらぬか?」
サビターは眉を顰めて首を捻りながら問いかけたが、誰一人彼の質問に答えることはなく、各々出発のため準備を始めた。
唯一セアノサスはサビターを見つめたまま突っ立っており、不審に思ったサビターは「ど、どうしたでござるかセアノサス殿?」と恐る恐る声をかけた。
彼と彼女の間に冷えるに冷えた雰囲気が漂っており、沈黙は続いていたが、先に口を開いたのはセアノサスだった。
彼女はただ一言死んだ魚のような目でサビターを見つめながらこう言った。
「死ねばいいのに……」
それだけ呟くと、アリーシア達にとびきりの弾けるような笑顔を向け、「旅行よ旅行!楽しみね!」とぴょんぴょんうさぎのやつに跳ねながら準備に勤しんだ。
「あ、ああ……」
サビターは先ほどようやく抜けた腰を戻して立ち上がったのに、またしてもぺたんと音を立てて力無く床に尻を落としてしまった。
「まぁ、その、なんだ」
ドルソイがサビターの肩にポンと優しく手を置く。
「特殊な趣味を理解してもらうには時間がかかる。ましてやそれがぎゃるげ?ならば……」
「俺、もうマジガミやめる……」
「あっ正気に戻った」
サビターは体育座りで殻に閉じこもるように頭を俯かせながら一人静かにそう言った。
⭐︎
「よし、行きますか」
翌日の早朝。
アリーシアはキリッとした表情で立っていた。
彼女達の目の前にあるのは、ウィルヒル王国をあらゆる蛮族や魔物共の脅威を退け、守る強固な黒き鋼鉄の門だ。
アリーシアの両隣にはサビター、セアノサス、アルカンカス、タマリも並んでおり、それぞれ思い思いの気持ちを巡らせていた。
小旅行、遠征、気晴らし、救出任務、付き添い……様々な考えが絡み合いつつもやることは同じだった。
与えられた仕事をきっちりとこなす。
全くの未知の国に、彼等5人は潜入することになる。
そして、サビターにとっては思いもよらない再会の時となる。
彼はまだ、そのことを知る由もない。




