第128話 オタクバッグは防御力は高そうだがとんでもない金額になってそうだ
「頼み事……ですか?」
アリーシアがゴクリと唾を飲み込みながら答えた。
他のメンバーが覚えていたかは定かではないが、彼女だけははきと覚えていた。
『スウィートディーラーの人間はニーニルハインツギルドの傘下となり、彼等の依頼を引き受けなければならない』
ジョニー・ニーニルハインツがサビター達を助け、彼等の過去の罪を帳消しにするための条件だった。
そのギルドの幹部クラスの人間が頼み事に来たということは、自分達に何かやってほしいことがあるからだ。
それもかなり面倒な。
「最近、こんなゲームが流行っている事は知っているか?」
そう言ってドルソイが見せて来たのは、サビターがゲーム中毒になる程熱中している恋愛シミュレーションゲームである『マジガミ』であった。
「あっ人をだらくさせるぎゃるげだ」
「知っているぞ。今俺達もそれについて話し合っていたところだ」
タマリとアルカンカスがそれぞれ反応を見せ、存在を知っている事を告げると、ドルソイは「やはりそうか」と呟いた。
「最近このゲームが王国内で急激に流行り始めている」
そう言ってドルソイは薄く黒い板をアリーシア達に渡した。
それはタブレット端末で、液晶画面に映像が映し出されていた。
『今、マジガミという恋愛シミュレーションゲームがウィルヒル国内で凄まじい人気を集めています!一体なぜなのでしょうか!?』
画面内にはニュースキャスターがオタク達をカメラに映しながら実況中継していた。
カメラのレンズに映る者達は皆今のサビターのような格好をしていた。
『このゲームの好きなところはなんですか?』
『ヒロインが皆可愛いんです。髪の色は黒か茶髪か、それに近い色しかいないのに、個性がこれでもかってくらい違うんです』
『やっぱり僕的には学校という狭い箱庭の中で展開される若人達の恋愛模様の表現の仕方が素晴らしいと思いましたね。ミーハー達には分からないかもしれませんがこれはかの有名なシナリオライターがうんたらかんたら』
『ほっほっ、ほげぇ〜〜〜〜〜〜ぷぴるぷぴるぴ〜』
『やっぱりマッドギアが作るゲームは最高ですよ!国は嫌いだけど、彼等の技術力はやっぱり世界一なんじゃないかなぁ』
「このように、マッドギア製のゲームだが、国内では熱烈なファンも多い。ある日突然人気が爆発したんだ」
「ねぇいまなんかへんなのいなかった?」
「私には理解できませんが、別に良いんじゃないですか?マッドギアとウィルヒル王国は停戦状態からそれほど時間は経っていませんが、ゲームを通じて文化交流をして仲良くなれるならそれで結構じゃないですか」
「ねぇいまへんなのいたよね?」
アリーシアは率直な意見をドルソイに述べると、ドルソイは「それだけなら良かったんだが」とため息を吐きながら言った。
「このゲーム、誰が作ったかわからないんだ」
「え?」
「ゲーム会社も、作者も、いつ発売されたかも、全く分からなかった。ゲーム機とゲームソフトはマッドギアの技術を使った物である事は調べがついてる。だがそれは──」
「え、じゃあ得体の知れない、出自の知れないゲームを皆ありがたがって遊んでるって事ですか?」
「あぁ。それに君達は知らないだろうが、このゲーム、中毒者が続出してる。全くゲームをやらない、ギャルゲーなんて興味もなかった人間が、次の日にはそのゲームについての魅力しか語らなくなったり、酷いと付き合っていた異性の人間と別れてしまう程なんだ」
ドルソイの言葉にスウィートディーラーの面々は「ああ〜」と納得の表情で声に出す。
「なんだ、知っているのか?」
「ええ」
「だって」
「ねぇ?」
「うむ…」
全員とある人物に目を向ける。
その人物とは、ウィルヒル王国の英雄、その成れの果ての姿のサビターである。
「……誰だ?この脇が臭そうなオタクは」
「サビターさんです」
「そうか……サビターか……え?サビター!?」
二度も三度もサビターを見直してはドルソイは振り返り絶叫を上げた。
そんな彼に対してまぁそうなるよねとため息をつきながらうんうん頷く四人。
20年も共に駆け抜けて来た戦友とも呼べる者の一人がここまで変貌していたのだ、無理もないだろう。
「い、いやこの男がサビターな筈がないだろう!アイツはもっとチンピラみたいな風貌で、軽薄でガサツで、やることなす事全部テキトーな頭アッパッパーのちゃらんぽらん野郎だろう!?」
「反論の余地もないですね」
「流石ドルソイさん。私の旦那を分かってらっしゃる」
ドルソイの言葉に何も間違いはないと完璧なまでに同調するアリーシアとセアノサス。
しかし、やはりドルソイは目の前の光景を信じることができなかった。
「お、お前…本当にサビターか?」
「なぜ皆の衆はそう何度も同じ事を聞くでござるか!?拙者は正真正銘サビターですぞ!」
「お前と俺で達成した最も困難な依頼は?」
「特別指定個体の魔物を無力化して研究施設に持って帰るのは真に死ぬかと思いましたぞ」
「お、俺の笑い声はなんだ?」
「ああ、確か『ニニョヒハハハハ』でこざったか。良い加減その笑い方は矯正した方がお主のためでござるぞ」
「ウソだろ……本物だ……」
「そのキモい笑い方はマジなんだね」
ドルソイは冷や汗をかきながら絶望して両手両膝を床についた。
「ニニョヒハハハハて、流石にそれはキャラ作りすぎでしょ」
「人間はそんな笑い方しないだろう」
「い、今俺の話はいい!あのサビターがここまで酷くなっている……という事は、お前もあのゲームを……!?」
「御名答、でござる」
そうしてサビターはリュックサックを見せびらかした。
そのリュックサックには彼が好きなのであろう、委員長キャラのグッズがびっしりと埋め込まれていた。
「うわきも……」
セアノサスの全細胞がキショさを感じ取り、心と身体の気持ちが一致した状態から方に出た言葉はサビターに予想以上にショックを与えた。
「え、これ同じキャラクターの同じ缶バッチのグッズですよね?こんなもののためにお金いったいいくら使ったんですか?」
「愛を捧げるのにお金に糸目はつけないものでござるよ」
「ホントまじ無理……耐えられない……」
セアノサスもセアノサスで愛し男が豹変した姿に耐えられず、気分を悪くしながら口元を手で押さえてその場でうずくまってしまった。
「いや、それならちょうど良いか……」
「なにがちょうど良いっていうんですか!?私の彼ピが!こんな気持ち悪い男になっちゃったんですよ!?いくら大先輩と言えども許しませんよ!?」
セアノサスは精神的に限界を迎えていたのか声を荒げてドルソイに向かって叫んだ。
しかしドルソイは「まあ待て」と暴れ馬を落ち着かせるかのように両手を出して鎮静化させるような手振りで話す。
「さっきの話に戻らせて欲しいんだが、作者が分からないっていうのはもはや過去の話だ。部下から連絡があったな、マジガミを作った作者が分かった。作者の名前はテミナ・アーヴァン。おそらくこの男がゲームに何かしら仕込み、街の住人達を洗脳している可能性が高い。そして、その解除方法も知っている筈だ」
ドルソイは「だから君達には」と続けて語る。
「君達にはマッドギアへ潜入し、テミナ・アーヴァンに接触し、我々の元まで秘密裏に連行して来て欲しい」




