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第121話 OUTLOW FILE:ウィルヒルの不死身と呼ばれた男


 対マッドギア全面戦争、人魔大戦、そして最近起こった『雑草』と呼ばれる反社会勢力による国家転覆、我々の故郷であるウィルヒル王国は幾度もの戦火に巻き込まれてきた。


 だがその度に、我々はあるギルドによって命と平和を守られてきた。


 その名はニーニルハインツギルド。

 初めは冒険者ギルド協会にすら認められていない愚連隊紛いの烏合の衆とまで蔑ませていた者達が、ウィルヒル王国の存亡に関わる危機から何度も救い、今では国家直属の公認ギルドとなっている。


 我々は今回、そのギルドの中でもあのジョニーニーニルハインツ団長と同率No. 1幹部であるS氏に密着取材の許可を貰う事ができた。


 我々はこの取材で一体この国の英雄のどんな一面を垣間見ることができるのか、我々取材班は万が一の事態に備えて、遺書を準備している。

 果たして、一体どのような人物なのだろうか。


『あっ、来た来た来た!』


 我々取材班は王都内某所で待ち合わせ場所に待機していると、S氏と思しき人物が近づいてきた。


 圧倒的な存在感だった。

 暴力という言葉がそのまま現実に出てきたような、抜き身の刀のような、危険さが辺りを包み、我々は息を呑み身体を硬直させた。

※プライバシー保護のため一部音声を加工しています。


『お前らか。俺を撮りたいってのは』


 渋い、それでいて身体の芯を揺さぶるような低い声。

 ハードボイルドをそのまま体現したかのような男だった。


 見た者全てを飲み込むような眩さを放つ金髪に、一度目を合わせれば虚無へと誘われそうな漆黒の丸いフレームのサングラスを掛け、暗い灰色の革ジャンを羽織ったこの男は「ふぅん」とだけ言って我々を一瞥する。


『ついて来な』


 必要な事以上は語らず、顎で我々に指図した。

 我々はもう後戻りは出来ない。

 悪魔の巣穴にまんまと誘われてしまったのだ。


 我々は誘われるがまま、彼の後をついて行く。


 まず彼の一日は日課である朝のトレーニングから始まる。

 行きつけの会員制のジムへ行き、己の肉体を極限まで鍛える。

 マシンを使った筋力トレーニング、有酸素運動、柔軟体操……まだ朝は始まったばかりだというのに徹底的に己の身体を痛めつけている。

 その成果は如何無く発揮されており、サビター氏の肉体はただ見せびらかす為でなく、戦う為の鋼の鎧へど変貌を長けていた。

 魔力持ちやモンスター、そして悪魔、魔人……この世の魑魅魍魎達と戦う為には、常に己を鍛え続ける必要があるのだろう、我々は彼のストイックさに敬意を表した。


 真の傭兵は引退した後でも鍛錬を怠らない。たとえ己の肉体が不死身であろうと徹底的に己を鍛えて高みを目指す。

 S氏はまさにジョニー・ニーニルハインツに次ぐこの国の希望の象徴であろう。


 そして、我々は彼が経営するとある店舗を訪れた、


 S氏はとある事情でニーニルハインツギルドを抜けた後、スウィートディーラーというお菓子屋をオープンさせた。

 開店直後はあの伝説の男が経営している店と聞いて、客足が絶えなかったそうだ。

 やはり出来る男は商いの腕っぷしも相当に強いようだ。

 

 ドアベルの音が鳴り、扉が閉まる。

 その音は『貴様らはこのまま生かして帰さねぇぞコラ!財布が空になるまで俺の店に奉仕しろ!』とでも言うようであった。


 実際、この店に来た客は財布の中身が全て無くなってしまう程スイーツに貢いでしまう客もいるのだという。

 ショートケーキ、シュークリーム、プディング、タルト等…ごく普通の商品ばかりで危険物は一つもない。

 ちなみに我々もこの店のケーキを食べてみたが、レモンケーキが美味しかった。

 犯罪者が隠れ蓑として使う店とは思えない素晴らしい味付けだった。


 だがその直後、我々取材班は幻覚を見た。

 その内容は思い出すだけでも恐ろしく、レモン型の頭の人間が襲い掛かり、演歌を歌うという支離滅裂な内容だった。

 どうやらこの幻覚を見るために店に足繁く通う人間もいるのだという。

 一体あのキッチンの中でスイーツはどのように作られているのだろうか。

 スイーツ精製の様子を撮影させて欲しいと協力を申し込んだが、あえなく却下されてしまった。

 パティシエールのS氏(女性)曰く、素人が介入すれば怪我では済まないかもしれないのだという。

 彼等のスイーツの謎は深まるばかりだ。


 店の内装は比較的普通の飲食店そのもので、店の中は甘いお菓子の匂いがしていた事に、恐る恐る侵入した我々取材班は少しばかり希望を持った。

 如何に修羅道を入った男といえど、お菓子作りには真摯に向き合っているのではないかと……


 しかし、その時店内で客同士のいざこざが発生した。


 薬でもやっているのか、客は要領を得ない言葉とも言うべきか迷う獣のような咆哮を挙げている。

 その時、店の奥からS氏が現れた。

 ウィルヒルの不死身の男が、スイーツショップ店内を練り歩いていた。

 その姿は鬼、悪魔、死神……どのような言葉を使っても表せない凄みがあった。


『お前は俺の庭に何をしに来た?』


 低く太い声で、S氏は客に静かに言った。

 言葉から催眠波でも出ているのか、客は即座に冷や汗を滝のように流しながら地に伏せて首を垂れた。


『私めは貴方様の忠実なる下僕、卑しい豚よりも薄汚いクソに集るハエでございます、なんなりとご命令をお申し付けください……』


 圧倒的な殺意とオーラ、そして人間をゴミかただの大きな肉塊としか見ていないとでも言えるような冷たく鋭い目。

 彼は自らの店に来た客を土下座させていた。


 だが次の瞬間、大きな爆発音が店内で鳴った。


『な、なんです!?』

『チッ……あのバカ女が……』


 S氏は舌打ちしなから、音の鳴った場所、調理室へと向かった。


『テメェこの女ァ!俺に恥かかせてんじゃねぇぞ!』

『いやー!やめて!』


 キッチンの奥ではS氏の怒声と、叫び声を上げて抵抗する女性の声が鳴り響く。

 それだけでなく、何かが割れ、壊れ、破裂する音が聞こえた。


『悪いな。俺の女と部下がバカやってたみたいだ』


 そう言ってS氏と彼が女と部下と呼んでいた者達が現れる。


 しかし、彼らの表情は浮かない顔ばかりだ。

 まるでカメラに顔を映したくないかのような顔をしている。

 彼等は煤だらけで、そして、怪我をしていた。


 そう、S氏は罵詈雑言だけでなく、彼等に暴力を振るっていた。

 『俺に恥をかかせる奴は愛人であろうと許さねぇ。その腐った感情を叩き直してやる!』S氏はそう言いながら常日頃から暴力を振るっているのであろう。

 我々取材班は彼の隙を伺い、こっそりと女、部下と呼ばれる者達に取材を行った。


 まず一人目はAさん(仮称)(女性)に調査を行った。


『いつもこのような仕打ちを?』

『ええ。ああいう男は最低の極みです。機会があったらいつか必ず人差し指で魔孔を突いて殺すと毎日心の中で思っています』


 そして次にTくん(仮称)(未成年)に話を聞いた。


『アイツちょーむかつく。ぼくの周りにしつこく絡んできて。うっとーしいからぜったいころす』


 その次は大柄な体が特徴であるAさん(仮称)(男性)に聞いてみた。


『俺がここに流れ着いたのは俺に原因があるが、それでも奴の態度にはうんざりする時がある。殺したいとは思わんがいつか借りを返したいものではあるな』


 そして最後に、S氏と交際中である女性Sさん(仮称)にも話を聞いてみた。


『あの人は私の事を好き過ぎていつでもどこでもズッコンバッコンよ。まぁ他の女にうつつ抜かす時はあるし、最終的に私の元に戻ってくるからいいけど、その度に肉塊になるまで擦り潰したいと思うことはあるわ』


 それぞれ四人に話を伺ったが、全員が口を揃えてS氏を悪辣な人物だと評し、全員が殺意を彼に抱いていた。

 しかし彼等もまた清廉な経歴を持っているわけではなかった。

 彼等の経歴を洗ってみると、あくまで噂レベルだが、殺し屋、大量殺人者、テロリストというあまり表沙汰にはできない恐ろしい経歴を持つ彼等と、それを従えるS氏。

 我々はそんなS氏に何故彼等四人にぞんざいな扱いをしているのか聞いてみた。


『いくら貴方と言えども、相手は凶悪な犯罪者。そんな生き方ではいつか背中を刺されるのでは?』


 我々がS氏に問うと、彼は我々に背を向けたまま煙草を吹かしながらこう答えた。


『あんなもん皿回しの猿だろ』


 我々は言葉を失った。

 己の仲間でさえも人間以下の畜生であると言っているのだ。


『これはただの噂ですが、スウィートディーラーは店の地下に麻薬精製施設があり、そこで違法薬物を作っていると聞きましたが、それは真実ですか?』


 私は唾を飲み込みながら恐る恐る聞いた。

 彼には輝かしい栄光とは裏腹に、仄暗い噂があった。

 それは陰でこの国で禁止されているはずの違法ポーションを作り、それを売って国民を薬漬けにしていると。


『知りたいのか』


 S氏はただ一言、我々の目の奥を見定めるように言った。

 その後、彼はいたずらめいた笑みを浮かべて鼻で笑った。


『昔はやってたが、今はもうやめた。俺はもう裏の仕事からは足は洗ったからな。それに、お前等だってこの国の英雄様が裏で汚いことやってるなんて、そんな事知りたくないだろう?』


 S氏はそう言っていたが、我々は確信していた。

 彼は我々に隠し事をしている。

 だがそれは我々を巻き込まないためだ。

 話せば俺はお前等を殺さないといけなくなる、と、暗にそう言っているに違いない。

 これ以上は腹の内を晒す気はないらしく、もしまだ彼の暗い秘密に突っ込めば、それこそ命の保証はなかった。


 我々は、目の前の現実から目を背けた。

 所詮は人の子、如何にジャーナリズムに命を懸けてると言っても、命を危険には晒せなかった。


 続いて我々はニーニルハインツギルドの幹部達に取材を試みた。

 何故S氏はこのような人を人とも思わない、人として誰しもが持っている心、義理人情を完全に抜き取ったような人間になってしまったのか、彼の過去を知る人間に接触する必要があった。


 まずは一人目、I氏(ニーニルハインツギルド幹部)(女性)(仮称)に伺った。


『⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎氏(個人情報の為音声を一部加工しています)について、貴方が知っている範囲で教えてください』

『⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎……?』


 我々がS氏の名前を出した次の瞬間!


『オエエエエエエエエ!』


I氏は両手で口元を押さえ、嘔吐した。

 精神的苦痛に喘いでいる姿を見て、我々はまた唖然としてしまった。

 かの有名なウィルヒル王国最強のギルド、そしてその幹部がS氏の名前を出しただけで倒れてしまった。

 一体S氏とギルドの間に何があったのだろうか?


『S氏はギルド内ではどのような人物だったのでしょうか?』


 我々の問いにギルドの幹部の方々はS氏についてそれぞれ語り始めた。


『顔が気持ち悪かった』

『精神と肉体が限りなく強いがゴミみたいな性格』

『敵に一切の慈悲を与えないカス野郎』


 幹部の方達は口を揃えてS氏を手厳しく評した。

 ここまで彼等に嫌われるのは、相当な理由があるに違いない。

 そこで我々は場所を変え、都内某所のバーにて改めて謝罪を申し出た。

S氏は何故ギルドを設立したのか聞いてみたところ、かつてS氏は天涯孤独の身であり、家族や友人関係に飢えていたのだという。

 我々はそんな彼の心から出た本音に彼に人間性が存在している事を確認し、希望を見出したが……


『何故ギルドから脱退したのですか?貴方の力はギルドでは必要なはず……』

『あぁ、まぁ…最初は上手く行ってたが、音楽性が合わなかったんだ』


 S氏は言葉を濁しながらそう言った。

 彼の言葉を言語学に精通した有識者、ウサンクセーナ・バッタモン氏に分析してもらうと、驚きの結果が出た。


『S氏の言葉の裏に隠された真実はこうです』


 そう言ってバッタモン氏は分析結果が記載した書類を我々に見せた。

 内容はこうだ。


 "俺は奴らの陰謀によって不当に追放された。奴等は俺の力を疎ましく感じ、ありもしない罪をでっち上げられてギルドの敷居を跨ぐことは出来なくなった"


 衝撃の真実であった。

 S氏はありもしない罪を着せられ、ギルドを追い出されてしまった。

 そうして人を信じられなくなってしまったS氏は人間の情を失ってしまい、自分以外の人間を人間と思わず、道具のように利用するようになってしまった。


 何故S氏をギルドから追放したのか、我々は特別な許可を得てニーニルハインツギルドの頂点、ジョニー・ニーニルハインツ団長と面会の機会を手に入れた。


 我々はニーニルハインツ氏に取材の許可を受け入れてくれたことに感謝の言葉を述べつつ、彼の執務室にある椅子に座り、本題へと移った。


『どうして⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎氏(プライバシー保護の為本名を伏せています)を追放したのですか?特に貴方と⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎氏は友人関係だったはず。どうして彼を裏切るような真似を?」

『俺は奴を友人だと思ったことはない』


 ニーニルハインツ氏は何の感情もなく、淡々と冷たく言い放った。

 その言葉は20年以上も時間を過ごした戦友に対して言って良いものではなかった。

 我々はこの非情な男の言葉を信じることができず、再度ウサンクセーナ・バッタモン氏に解読を試みるよう頼み込んだ。


『何だこれは……まさか、こんな事が……』


 バッタモン氏は震える右手で眼鏡を外し、両目を揉んで狼狽えながら我々に解析結果を見せてくれた、


"Sは俺のギルドの類を見ない最大の汚点だ。同じ空気を吸うだけでも吐き気がする。あんな奴はワグボアに食われてクソとしてひり出されて方がよほど価値がある"


 我々は項垂れた。

 S氏はギルドからだけでなくたった一人の親友でさえも見限られていた。


『どうしてここまで他人と距離を取るような生き方を?仲間を敵にしてまで……このままでは良い死に方はしませんよ』


 私、キベルザはS氏に少々踏み入った質問をした。

 この男の生き方は苛烈だかそれと同時に死を孕んでいた。

 我々は彼に敬意はあれど破滅的な生き方に好感を抱いてはいなかった。

 しかし、S氏の言葉は我々取材陣を愕然とさせた。


『俺に仲間も敵もいない。皆違って皆ゴミだ』


 我々はS氏が何故ずっと敵を作るような生き方をしていたのか疑問に思っていた。

 最初は人に裏切られたりするのが怖いからなのかと思っていた。

 しかし、彼は最初から人間を人間と見ていなかった。

 全員等しく自分の道具であり、それ以上もそれ以下もない。

 幼少期の凄惨な生き方が、今の彼を形作ってしまったのだ。


 そして彼はスウィートディーラーへと戻って行った。


 裏稼業は引退したと嘯いてはいるが、我々取材班は分かっていた。

 彼が本当は引退などしていないということを。

 

 『雑草』の反乱はまだほんの序章に過ぎない。

 彼は来るその日まで牙を研ぎ、機会を窺っているのだ。

 この国を支配する、そのチャンスを……


 彼はこれからも修羅の道を突き抜けていくのだろう。

 それは破滅が、それとも覇道か。

 その道の行く先を、我々は知る由もない……





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