第116話 レモンケーキとレモンのおっさんと夢芝居
抜かずの連続投稿です。お納めください。
「それではアルカンカスさん。貴方の事を教えて頂けますか?」
「ああ、俺はこの店に入った経緯が少し特殊でな。俺は元々放浪の身だった。世界を回っているうちにいく当てもなく何処かへフラフラと進むのに疲れて、俺はこの店で無銭飲食を働いて牢屋に入ろうとしていたんだ」
「確かに、それは少し特殊ですね。では何故現在は牢屋ではなくここにまだいるのですか?」
「それが俺にも分からないんだが、この店の人達は俺をこの店で働かせてくれたんだ。牢屋にぶち込めば良いものを弁償させるまでこき使ってやる、なんて言って、既にその分働いたというのに、まだ俺を雇ってくれてる、変な人達だよ」
インタビュー中にサビターから「まだ終わってねぇよ馬鹿野郎」とヤジを飛ばされたが、アルカンカスは何故か満足そうにしていた。
「アルカンカスさん。アリーシアさんとは別に貴方はかの有名なゲンジの戦士であるという噂を耳にしたのですが、それは本当ですか?」
「おそらくウィルヒルで暴動が起こっていた時に俺が戦っているのを見た人がいるのだろうな。俺の話をしても良いが、君達が今回取り上げたいのはサビターの方だろう?回り道はこれくらいにしたらどうだ?」
アルカンカスは遠回しにこれ以上自分について掘り下げるのはやめるよう言い、キベルザは仕方がないとカメラを最後のインタビュー相手、タマリへと向ける。
「それではタマリくん。君について幾つか聞いても良いかな?」
「さん」
「へ?」
「さんをつけろよデコ助やろー」
タマリは自分だけさん呼びされていないことに不満を抱いていたのか、若干怒り気味に言った。
「ご、ごめんね?あ、いや失礼しました。タマリさんはどうしてこのお店で働こうと思ったんですか?」
キベルザの質問にタマリは「んー」と右斜め上を見上げて考えるような仕草をしながら数秒間沈黙し、そしてこう答えた。
「たのしーから」
「た、たのしー?」
「うん。この店にいるとまいにちボーッとする暇がないくらいいろんなことが起こるからたのしくてすき」
「そうなんですね。ところでタマリさん。あなたは魔法国家のアールウェーンで学校爆破と多数の死傷者を出したとの事ですがそれは本当なんですか?」
キベルザはまたもや重箱の隅を叩くような質問をしてきた。
タマリはピクリと耳を動かしたが、それ以外は特に反応することも無く動かないままだった。
「……?タマリさん?どうしました?」
キベルザは声をかけても何も反応がないタマリを不思議に思ったのか再度声をかける。しかし何も反応は無く、そっと人差し指を彼の身体にツン、と軽く触れた。
その瞬間、タマリは地面に倒れた。
「え!?タマリさん!?」
キベルザとカラブは目を大きく開けながらびっくり仰天した。
触れただけで倒れたことに驚いたのもそうだが、注目すべきはタマリの表情だった。
彼の顔は完全に脱力し、鼻水とよだれを垂らし、魂が抜けたような顔をしていた。
「うばぁ〜」
「え!?ちょ、これは一体どういうことなんですか!?」
「ああコイツ都合悪くなるとこうやってバカのフリするんだ。小賢しいだろ」
サビターが憎たらしいものを見るような目つきで答える。
「それじゃあ、質問の答えは肯定と捉えてよろしいですか?」
キベルザはまともに答えないタマリの代わりにサビターに聞いた。
「いや、それが俺にも分からねぇ。俺も話の流れで聞いたことがあったが、肯定も否定もしなかった」
しかしサビターは被りを振りながら言う。
この店の人間それぞれが脛に傷を抱えた者だという事は分かったが、問いただしても正攻法ではまともに答えてくれない事を悟り、キベルザは一旦質問を取りやめた。
「分かりました。インタビューはこれくらいにして、このお店の魅力について取材させていただきましょう」
「ふのかふぁ〜」
「おいタマリ、もうアホのフリしなくて良いぞ」
サビターはタマリを一瞥しながらそう言ったがタマリはまだ警戒しているのか「ぴぴるぷるぴり〜」と全身を脱力させながら意味不明な言葉を発してまだ続けていた。
「スウィートディーラー、別の読み方をすると甘味の売人。なんでもこのお店に入ったお客さんはたちまち虜になり連日続けて通ってしまうだとか」
「ええそうなんですよ。セアノサスさんとタマリが作るスイーツ、とっっっても美味しいんです!」
アリーシアは店の評判を上げるためここぞとばかりにアピールをした。
「ちょうど新作を作っていたところだったから、貴方達で宣伝をしてくれないかしら!」
セアノサスは右手にお盤を持ちながらキッチンから出てきた。
キベルザとカラブの前に置かれたのは、ひよこのように黄色い生地の上に白いクリームがかけられたケーキだった。
「これはなんというスイーツでしょうか?」
「どんな匂いがするか確かめてみて」
セアノサスに促され、二人は鼻をケーキへと近づけて香りを確かめる。
その瞬間、二人は意識が別次元へと跳躍した。
二人の目の前にはカラッと晴れた空に肌を撫ぜる心地よい風が当たる爽やかな草原の中にいた。
「こ、ここは……!?」
キベルザは気持ちのいい風に当てられて呆っとしていたがハッとして辺りを見回す。
さっきまで自分達はスウィートディーラーにいたはず。
なのに何故突然脈絡もなく野原に……と混乱していた。
「キベルザさん!あれ!あれ見てくださいよ!」
カラブが慌てた様子でキベルザの肩をぐわんぐわんと揺らしながら話しかけた。
「ど、どうした!?」
「いやあれですあれ!なんか変な人達が我々目掛けて突進してきてますって!」
カラブが向いている方を見ると、確かに大量の軍団が彼らに向かって走っていた。
「な、なんだ…?あの、頭の形は……?」
キベルザは段々と近づくにつれ相貌が明らかになっていく軍団に顔を引き攣らせる。
黄色く丸みを帯びたひし形のような被り物をした全身白タイツの集団。
その軍団達が笑顔でドドドドと地面を踏み締める音を立てながらキベルザとカラブにぶつかる勢いで突撃を続け、彼らとの距離が目と鼻の先なったその瞬間、
「オカレモン!?!?」
キベルザが大声で天井を見上げながら叫んだ。
正気を失い叫んだ時には、先程のスウィートディーラーの店内へと再び戻っていた。
キベルザは冷や汗と早鐘を打つ動悸と共に辺りを見回す。
「オ、オカレモン!?なんで匂い嗅いだ感想の第一声がそれなんですか!?」
「オカレモン?なにいってるの?」
「おいセアノサス。お前また変なもん入れたのか?」
サビターの言葉にセアノサスは「普通の材料使っただけよ」と言って否定した。
「カ、カバレモン……」
次はカラブがうわ言を呟きながら茫然自失とした魂の抜けた表情でボソリと呟いた。
「今度はカバレモンって言いましたよ!?なんでレモンな被り物した芸人の名前が出てくるんですか!?」
「セアノサス、マジでお前なんか入れただろ。コイツら全身白タイツの頭レモンのおっさんの名前呼んでんぞ」
「失敬ね!体に害になるようなものは何も入れてなきわよ!むしろ身体に良くて味が際立つものしか入れてないわ!」
「本当かよ……」
サビターは半信半疑でセアノサスの言葉を聞いていたが、キベルザが「これはすごい…」と目に涙を浮かべながら呟いた。
「青い空、気持ちの良い風、レモン畑、香りを嗅いだだけなのに幻想的な風景が浮かんで来ました。直接舌で味わってしまったら…どうなってしまうのでしょうか……」
「その前のオカレモンとカバレモンはなんなんだよ」
「ただのレモンの被り物つけたおっさんが出てくる幻想的な風景嫌なんですけど」
サビターとアリーシアは困惑しながら続けて言う。
しかしもうキベルザ達はレモンケーキを食べたくて仕方がないようだ。
「こ、これを食べてまた、あのレモン畑とオカレモンを……」
「私が作ったお菓子でトリップしようとするのやめてくれる?今回は普通の材料入れて普通に作っただけよ?あと私のお菓子でオカレモンに会おうとしないで!」
セアノサスが嫌悪感を出しながらオカレモンの名前を出すのは止めるよう言ったが彼らはもう止まらなかった。
キベルザとカラブは「いただきます」と言ってフォークで切り分け、それぞれ一口ずつ口に運んだ。
そして、セアノサスの意思とは反対に、またもや彼等は意識がまたもや別世界へと旅立ってしまった。
「…はっ!?ここは!?」
キベルザとカラブはカッと目を見開き、辺りを見回す。
今いる場所を確認するため周囲を確認するが、そこは今自分達が居たスウィートディーラーの店内だった。
結局トリップする事はできなかったのかと、二人は少し落ち込んだが、ある違和感を感じた。
それは自分達以外の存在が消えていた事である。
サビターやセアノサス、アリーシアにタマリもアルカンカスも、5人が最初から存在しなかったかのように霧散し、店内は静寂だけが存在していた。
二人は一体何が起こっているのかと混乱していたが、そんな時ある音楽が流れ始めた。
ウィルヒルの主流の音楽ではない、異国情緒のある曲だ。
その曲の現地の言葉で言えば和を感じさせるメロディだ。
ゆったりとしたメロディだが堂々としている独特の音楽は段々と音量が強くなり、その次の瞬間、店の扉ベルが鳴って一人の男が入ってきた。
「う、ウソだろ……」
「そんな……まさか……!」
キベルザとカラブは口を大きく開けたり、口元を手で隠したりしながら各々の驚きの反応を見せる。
彼等の目の前に現れたのは、全身黄色のタイツを身に纏い、頭にはひし形のレモンを被り物を身につけた全身が黄色い男だった。
後光が差し、最初は顔が見えなかったものの徐々に目が慣れて二人は男の正体を知ることになった。
「夢芝居っ!?」
キベルザは先ほどと同じくまたハッとして飛んだ意識が元に戻り、勢いよく席を立った。
「は?いきなりなんだ?」
「う、梅沢富美男が、あの大物演歌歌手が……!」
「なんでレモンケーキ食べてその名前が出てくるんですか?」
「お前良い加減にしろよ!せっかくきたカメラマンヤク漬けにしてんじゃねぇよ!」
「ち、ちがわい!今回はそんな素材入れてない!ちょっとしたスパイスになるようなものは入れたけど、それ以外はちゃんとしたものよ!」
「だいじょーぶだよ。おししょーはその辺はちゃんとしてるから、うん」
サビターとアリーシア、アルカンカスの三人はキベルザとカラブの奇行奇言にセアノサスを疑っていたが、彼女はそんなことはしていないと真っ向から否定する。
「素晴らしい……」
そんな時、カラブが一筋の涙を溢しながら感嘆の息を漏らしながら呟いた。
「これほどのケーキは、生まれてこのかた食べたことがありません。程よく甘いスポンジケーキにレモンのスッキリとした酸味が台頭し、表面にかかっている白いレモンのアイシングがまたイイ!これは、これは広めなくてはなりません!」
いつもはあまり喋らないカラブが感動のあまり一口食べた感想をペラペラと饒舌に語り始めた。
「私もこのようなスイーツは初めて食べました!そして何より、甘党のカラブがここまで誉め殺しにして感想を述べるだなんて、びっくりしました。これは是非とも取り上げなければ!」
キベルザとカラブの絶賛の嵐に、セアノサスは「よっしゃよっしゃ!」身を屈めて地団駄を踏みながら喜びを身体で表現してハイタッチを皆に求めた。
サビターはダルそうにしながらも口元を綻ばせながら、アリーシアとタマリは彼女と同じように喜びを噛み締めながら、キャーキャー言って、アルカンカスもその様子に満足そうな顔をしながら、それぞれハイタッチをした。
それと同時に、パァン!と何かが弾けたような音がした。
最初サビター達はハイタッチによる手のひらが勢いよく当たった音だと思っていたが、それにしては音が微妙に違っていた。
何か、ビリビリと布が弾けたような、そんな音だった。
そして後の方向はキベルザもカラブ達の方から発したものだった。
「「……」」
サビター達が二人に目線を向けると、何が起こったかわからないと言った表情で服がバラバラに破けて全裸になったキベルザとカラブが虚空を見つめていた。
「……なんですかこれは」
アリーシアは真っ黒に濁った死んだ魚のような目で今起きた現象について尋ねる。
アリーシアだけでなく全員が彼女と同じような目をしていた。
「あ!これはあれよ!サビターさんがさっき言っていた美味しいとお客さんが感じたら服がはだける効果をレモンケーキに付与したの!サビターさんてば言ってたでしょ?お客さんの服をはだけさせたいって!」
セアノサスは自信を持って言い、それに対してサビターは残念そうな、心底残念そうな顔をしながら、
「いや、それは爆美女がそういう目に遭うのがイイのであって、ヤセとデブのおっさんは違うだろ……」
と呆れた口調でそう言い、キベルザとカラブは自分達が一体何をしたんだ、と誰に訴えるでもなく、心の中でそう呟いた。