第112話 福利厚生は手厚くしろ②
「なら私は反対です」
アリーシアは毅然とした態度で言う。
「確かに貴方のギルドは魅力的な待遇だし理想的な職場です。でも、私はここで働くのが好きなんです。人と化け物を殺すしか能の無かった私が、初めてお客さんの笑顔を作る仕事が出来たのがここだったんです。お店をやりながらクエストをこなすならいいですが…ここを廃業するのは、私は断固反対です」
「ぼ、ぼくもぼくも!魔法で人も物も壊したぼくだけど、そんなぼくを受け入れてくれたのはここだったから、このお店がなくなるのは、嫌だ」
「俺は確かにゲンジだったが、蓋を開ければ中身はテロリストの極悪人だ。そんな奴を皿洗いとして雇う変わった奴らは世界中探したってここしかない。そんな店と店員に見切りをつける程今の俺は腐ってない」
各々この店を壊して欲しくない理由を語る。
しかしセアノサスだけは黙して語らず、三人のそれぞれの理由を満足そうに聞きながら「私は」と自らも口を開く。
「重要なのは場所ではなくて人だと思うの。人がいるから意味が生まれて特別な場所になる。そこにいる人達が離れたくないと思うなら…私は、ううん、私も壊してほしくはないなぁ」
セアノサスは微笑みながらも少し悲しそうに言った。
そんな彼等の願いの言葉にジョニーは人差し指を己の額に突きながら「何を勘違いしているのか知らんが」と口を開いた。
「俺はただ、ニーニルハインツギルドの下部組織として働いてもらいたいだけだ。店を奪うとも潰すとも言っていない。ギルドからの依頼も受けてもらうだろうが、基本的にはこの店で働いていれば良い、今日はそれだけを伝えに来たんだ」
「じゃあお店は、スウィートディーラーは無くならない?」
「ああ。君達には冒険者とスイーツショップの二足の草鞋を履いてもらう。勿論スイーツショップに影響が及ばない範囲でな」
「やったぁ!」
アリーシアとタマリは喜びながら両手を繋いでぐるぐると回り出した。
アルカンカスは無表情だがやや安心したようにも思える顔を見せ、セアノサスは腕を組んでうんうん頷き、サビターは舌を出して目を向きながら気絶していた。
「そもそもこの店はウィルヒルの中でも五本指に入る程の人気店。そんな店を俺の個人的な事情で潰すなんてするわけがないだろう」
「てっきり私は多分するだろうなとは思ってました。その、顔が怖いから……」
「アリー、ひとを見た目ではんだんするのはダメだよ。かおが怖いのはわかるけどさ」
タマリがアリーシアに首を横に振りながら注意するが、彼も彼で失礼なことを言っていることに気づいていなかった。
「アリーシア、と言ったか。そんなに俺の顔は怖いのか」
「え!?あ、いや、まぁ、はい……」
「どれくらいだ?Vシネに出てくるヤクザ顔負けの俳優より怖いか?」
「結構限定的な聞き方ですね。それとはちょっと畑違いですけど……」
「せーぶつ的な強さが顔にでてるからすごいこわい」
「やめときなさい。その人結構昔から顔のこと気にしてるから」
セアノサスがアリーシアとタマリの肩に手を添えながら諭すように言った。
「笑顔の練習してたらウィレム・デフォーのような顔を団員に見られた時は仕事に支障が出るくらい引きずってたから、あまり話題にしない方がいいの」
「えぇ…?怖……」
「だからそういうこと言うのやめなさい」
セアノサスはそう言ってジョニーの方へと顔を向ける。
するとジョニーは顔の筋肉が全て死んだような、目に光が灯っていない、明らかに残念そうな顔をしていた。
「ふっ、俺はニーニルハインツギルドの団長。顔が怖いくらいが丁度いいのさ」
「うつむきながらいわれてもねぇ」
「こらタマリ!」
セアノサスはタマリを平手で軽くポンと叩いて注意した。
「そろそろ俺は帰るとする。俺の強面を必要としている人はいるからな」
「ほら、顔について何か言われると根に持ってネチネチ言うから、あまり言わない方がいいのよ」
「それでは!俺はこれで失礼する!さらばだ!」
そう言ってジョニーはやけになったようにそそくさと店を出て行った。
「あーあ、拗ねて帰っちゃった……」
「ジョニー・ニーニルハインツも案外人間らしい一面もあるのだな…」
「案外サビターさんと似てるところありますね」
アルカンカスは関心しながら呟く。
しかし他の3人は王国最強と呼ばれる男の人間くさい一面を見て驚きつつもちゃんと一人の普通の人間なのだと安心し、彼の背中を見送った。
「アイツ、あんだけぼこすか口撃されてもプディングだけはちゃんと食うんだな」
サビターは気絶から復活し、空になった皿とカップを見つめながら呆れた声で言った。
「カラメルが見えない程綺麗に食べられてます。別に皿舐めてたわけじゃないののいどうやってこんな綺麗に食べれるんですか……?」
「ああ、簡単だ。俺達の目に見えない速度で皿舐めてたんだよ」
「そんな事に超人的な力使います!?」
「アイツはそういうヤツだよ」とサビターは鼻で笑いながら空の皿とコーヒーカップをキッチンへと戻していく。
「何はともあれこのままお店を続けられそうでなによりです」
「まぁそうだな。たまにギルドからクエストをこなすだけだ、やることは増えるが金も増える。お前達にとっては万々歳だろう」
「うん。ぼくたちお金大好きだから。マネーイズマイフレンド」
「そこまで愛してはいませんが…それでも、お金を稼げる事は良い事であることに間違いはないですからね」
「テメェ等。もう面倒な奴は来ないから今日はもう帰れ。貴重な休みを仕事場で浪費したくはねぇだろ」
キッチンからホールに戻って来たサビターは煙草を吹かしながら恍惚とした表情で言う。
「別にそんな事思った事はありませんが……しかし大切な休日であることは確かです。まだ午後になったばかりですし、今日の所はここでここでお暇させてもらいますね」
「ぼくも今日は研究したい錬金術があるからかえるね」
「俺は特に何もないが、帰らせてもらう」
「あっ、私はこの後サビターとお店の事に付いてちょっと話し合わなきゃいけないから少し残るわ」
そう言ってセアノサス以外の三人は店から出て行き、街の通りを途中まで一緒に歩き始めた。
「やはり休日は良いモノですね。心が安らぎます」
「仕事ばかりだと気苦労が溜まるからな。たまには心を落ち着けることも大切だ」
「う~んう~んう~ん」
「あらどうしたんですかタマリ。そんな明らかに悩みを聞いて欲しそうな分かりやすい唸り声を発して」
タマリのあからさまなかまってボイスにアリーシアは彼の方に顔を向けながら聞いてみた。
「なんかぼく、大事なことをきき忘れてるよーな……」
「う~ん、気のせいじゃないですか?タマリは色々と忘れん坊で向こう見ずですからねぇ」
「ひどいよアリー。僕に対してそんなことおもってたの?」
「当たり前じゃないですか。貴方は錬金術と魔法以外は人間的に終わってるんですよ?」
「おわってるってどれくらい?」
「テスト終了五分前くらいに裏面にまだ説いてない問題があった時くらいですかね?」
「ぼくのそうぞうの10ばいくらいおわってた」
「あっ、私ここを曲がると宿なので、お先に失礼しますね」
タマリはしょんぼりしていると、アリーシアはそう言って左の角を曲がって彼女が止まっている宿の中に入って行った。
「俺もここで別れるとする。気を付けて帰るんだぞ」
アルカンカスもそう言って途中で消え、残るはタマリ一人のみとなった。
テスト終了五分前くらいに裏面にまだ説いてない問題があった時くらいですかね?と、アリーシアの何気ない言葉がタマリの頭の中で反芻し、家に帰っても、錬金術の研究をしても、お気に入りの魔導書を呼んでいても、夕ご飯を食べても、風呂に入っても床に就いても、ずっと彼女の言葉がタマリの頭の中から離れなかった。
テスト終了五分前くらいに裏面にまだ説いてない問題があった時くらいですかね? テスト終了五分前くらいに裏面にまだ説いてない問題があった時くらいですかね? テスト終了五分前くらいに裏面にまだ説いてない問題があった時くらいですかね? テスト終了五分前くらいに裏面にまだ説いてない問題があった時くらいですかね?テスト終了五分前五分前五分前五分……と、壊れたラジオのように延々と彼の頭の中で鳴り響いた。
「……」
ぼくってそんなおわってたの?とタマリは天井を見つめながら目を閉じた。
しかし、寝てもアリーシアの言葉は四方八方から聞こえ続け、タマリは翌日寝坊した。
アリーシアはそんなタマリの事など露知らず、接客を続けていた。




