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「小説家になれなかった」ぼくたちへ  作者: 百里芳
その一 小説家は「なる」ものではない。 小説家でありつづけることこそが、 小説家としての条件である!
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 ほぼ初対面の相手から、面と向かってキライと言われるのは初めてだ。

 あまりのことに、驚いていいのか、傷つけばいいのかぼくが迷っていると、三浦さんは慌てたようにつけたした。


「あっ、キライっていっても……その、大嫌いではないから、あんまり傷つかないでね!」

「慰めになってないと思う」

「私が言ったキライっていうのは、すっごく嫌いとか、そういうのじゃなくて……」


 彼女は、一瞬考えこんでからはっきりと言った。


「対立構造!」


 ――タイリツコーゾー。


 よくわからないのだけれど、彼女としては納得がいく言葉が見つかったみたいだ。

 すっきりしたような表情でうなずいている。


「物語にはね、対立が必要なんだよ。考えが違う人とか、恨み恨まれる人とかが、ぶつかり合ってストーリーになるの」

「説明ありがとう。でも、ぼくが知りたかったのはそう言うことじゃないんだ」


 もちろんぼくも、物語における対立の大切さはわかっている。

 小説っていうのは、現実世界と同じだ。

 立場が違う対立した人がいるから問題が起きるし、それを乗り越えて心を通じ合わせるのが気持ちいい。

 いつだったかミヤにこんなことを語ったら「へー知らなかった! すごいね坂口くん」とのんきに笑っていたことを覚えている。

 おまえ、この間主人公とライバルの関係がアツイ物語を自分で書いていただろう。

 技術を知らなくても書けるのがミヤの凄いところだったんだろうけど。


「ともかくね、私は坂本くんと対立するつもりなんだ。坂本くん自身にはちょっとしか恨みがないから、悪いんだけど」

「ぼくはちょっとも恨まれる記憶がないんだけど。あやまったら許してくれないかな」

「坂本くんは、『ごめんね』って一言あやまったら敵がゆるしてくれるような、そんな小説や映画見てみたいの?」

「2歳児向けの絵本だったら許せるかなって思う」

「そうかもね。でも、私たちは高校生だから対立は必要だと思う」


 そう言うと、彼女はもう用はないとばかりにカバンを背負いなおした。


「それじゃあ私、これから高校入学のお祝いでパパとママと焼肉食べに行くから」


 うらやましい? と言わんばかりの笑みを一瞬むけてから、ぼくに背中を向けた。

 ちらちらと舞い落ちる桜の花と、日の光を浴びながら、彼女は楽し気に髪を揺らして去っていった。




 ***




 入学式の次の日から、授業が始まった。

 勉強が好きというわけでもないけど、新しい校舎で新しい教科を学ぶのはワクワクする。

 まだインクの匂いがする教科書はぴかぴかで、折り目をつけるのをためらってしまうほどだ。

 でも、そのはずなのに。

 ぼくは気づけばその新しい教科書や、おろしたてのノートのすみに小説のネタを書いてしまっていた。


 中学を卒業してから、いろんなことがあわただしく変わっていった。

 新しい環境と、新しい人々。

 必死で小説のことを考えないと、中学校の頃の記憶がどんどん遠くに行ってしまいそうな気がした。


 ――最後の10枚 4000字。少年と、少女のカンケイについて。納得する結末。


 アイディアが思い浮かんでもいないのに、ノートの真ん中に書きなぐって丸で囲む。

 そうすると、なにも進んでいないのに執筆をしたような気分になった。

 その時、ふっと手もとに影が落ちた。

 顔を上げると、なんとなく軽そうな男子がぼくを見下ろしていた。


「よっ。坂口くん、だよね?」


 声をかけられた。

 横目でちらりと教室をみると、みんな授業道具をしまっている。いつの間にか授業は終わって、休み時間になっていた。


「えっと……どうも。ごめん、ぼく人の名前を覚えるのは苦手なんだ」

「えー、オレのことくらい覚えといてくれよ。クラス委員長だぜ」


 まったく記憶になかったけど、どうやらこの人は委員長らしい。

 長い髪は茶色に染めてるし、あごにはうっすらヒゲが伸びている。そのくせ、なんだか優しそうで真面目な細面。なんだかその軽さと真面目さのバランスは、この間ニュースで見た若手起業家みたいだ。


「それで、なんのようかな委員長?」

「うん、たいしたことじゃねーんだけど。坂口くん、三浦さんと知り合い?」

「いや、昨日初めて会ったけど。どうして?」


 委員長は、そうかーとつぶやきながら、空いていた横の席に勝手に座って足を組んだ。


「昨日ね、坂口くんと三浦さんが校門のとこで話してるの見てねー」

「……ちょっと聞きたいことがあって声をかけたんだよ。知り合いの友達かと思って」

「ふーん」


 あごの薄いひげを触りながら、委員長は遠くの席に座る三浦さんをちらりと見た。


「三浦さんさ、オレと同中(おなちゅう)なんだけど」

「……おなちゅう?」

「同じ中学校って意味。言わない? まあいいや、名簿みたら同じ中学校のはずなんだけど……見たことないんだよなー」


 おかしいと思わないか? と言わんばかりの目をぼくに向けてくる。


「同じ中学校でも、知らない人のひとりやふたり、いるんじゃないかな?」


 ぼくは同じ中学校からこの高校に進学した人を思い出す。何人かはぼんやりと思い浮かぶけれど、正確な数はわからなかった。誰でもそんなものなんじゃないかと思う。

 しかし、委員長はまさか、と言うように目を見開いた。


「オレは、同中のやつら全員わかってるつもりだったんだ。ちっちゃい中学だったし。なにより三浦さん、小説家になりたいとか言ってただろ? そんなやつ、オレ見逃さないって」

「……小説家志望者をカウントするのが趣味なの?」

「は? そんなわけねーじゃん」


 でしょうね。

 ぼくが、委員長が言いたいことを図りかねていると、彼はすこしずつ驚いたような顔になった。


「もしかして、オレの自己紹介も覚えてないの?」

「……ごめん、聞き逃したと思う」

「ダメだって、坂口くん。そーゆーのは、ちゃんと聞いとかないと」


 委員長は、笑いながらぼくの肩を小突いた。馴れ馴れしい動作だったけど、不思議と嫌な感じはしなかった。


「オレ、小説書く人探してんだ」


 そう言うと、委員長は突然席を立った。自分の机に戻って、カバンの中を探している。

 もしかして彼も小説家になりたい人なんだろうか。それとも文芸部員なんだろうか。

 ぼくがそんなことを考えていると、委員長は一冊の本を片手に戻ってきた。

 そしてそれをボクの目の前に置く。

 アニメ調のイラストが表紙に描かれた、ライトノベルだった。


「これ、あげるよ」

「ありがとう。でも、どうして?」


 委員長はにやっと笑うと、机に置かれた小説を指でとんとんと叩いた。


「これ、オレの本。オレ、小説家だから」



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