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終 気だるい夜に

 今回の依頼も無事に完了。座敷童子というものは妖なのか神なのか、とても曖昧な存在であり妖だと言えば妖なのだろうし、神だと言えば神なのだろう。翡翠の力が小袖に対して働かなかったのは、彼女が妖だということなのか、それとも、やはり依頼内容が人探しであるからか。


 横になっていることで九十度回転した部屋の中、ソファの脇に神楽が座っている。相変わらず着物の裾が見事なまでに肌蹴ていて、いっそすがすがしいくらいだ。


「こーいち、まだ気持ち悪い? ご飯食べられそう?」

「無理」


 神を導く翡翠の力は意図して使うものではない。本来は自然と発動するものなのに、あんな使い方をしたからだろうか。狩衣姿の紫苑を見るのは久し振りだったが、あの格好をしているとあいつが神様なのだなと実感する。


 体がだるい。動く気力が出ない。頭はくらくらするし、何だか吐き気もあるような気がしてこのまましばらく横になったままでいたい。


 神楽は氷水の揺れる桶に手拭いを突っ込み、硬く絞ってから俺の額に載せる。横を向いているので辛うじてくっついている状態であり、少し動けば剥がれてくるだろう。


「晃一さん」


 台所の方から紫苑が出てきた。神楽が身振り手振りで俺が食事不能なことを伝えると、「では私達だけで食べましょう」と言って持ってきた料理をテーブルに並べる。マンションに戻って来て、俺がぶっ倒れている間にコンビニで買って来たらしい。おにぎりとパンと、サラダだ。台所でサラダにドレッシングをかけていたようだな。


 神楽が嬉しそうに席に着く。


 人が食べているのを見ていたら羨ましくなるだけだから、もう少し休んでいよう。俺は目を閉じた。





 窮屈な感じがしたので目を開けると、ソファに神楽が突っ伏していた。壁の時計を見ると午前三時だ。どうやら俺はあのままソファで爆睡していたらしい。神楽はずっと傍にいてくれたんだろうか。額に乗る手拭いはだいぶ乾いてきている。こいつは何時頃に力尽きたのだろう。


 俺は起き上がる。動ける。だいぶ楽になったみたいだな。よかった。


 掛けられていたブランケットを神楽に掛けてやり、ソファから立ち上がる。紫苑はどこだろう。


 今日、いや、昨日の依頼は随分とあいつに助けられたな。あのキツネを連れた神を見付けたのはあいつだし、大首を追い払ったのもあいつだ。そういえば、あの姿にしたことであいつには特に影響はなかったのだろうか。


 まだ少しふらつく足を補うように、壁伝いに歩く。


「紫苑様」


 寝室を覗いてみるが、姿はない。リビングにはいなかったのだから寝てしまっているのかと思ったが、どうやら違うらしい。


 一旦リビングへ戻ろうとして踵を返すと、頭の中、奥深くが激しく揺さぶられたような感覚があった。踏み出した足が斜めに着地する。


「しまっ……」


 倒れる……!


「晃一さんっ」


 廊下の向こうから駆けてきた紫苑に受け止められる。


「無理なさらないで下さい。しばらく安静にしていないと」

「どこに行ってたんだ」

「どこって……」


 倒れているのを支えられている体勢の為、紫苑の表情は分からない。声から滲むのは焦りの色だが。


「いえ、その、今回は私も疲れましたので、供物として捧げたのだと思ってお見逃しください」

「何か食ったのか」

「すみません。明日、じゃない、今日の朝食はただの生野菜です」

「マヨネーズか」


 声にならない変な音が紫苑の口から漏れる。


「朝になったら買ってこないとだな」

「ええ、すみません」

「いいよ。今回はありがとな」

「晃一さんの補助は私の仕事ですからね」


 どうします、リビングに戻りますか、それとも寝室でお眠りになりますか。と耳に心地いい低音が告げる。神楽も付いていてくれるから、今日はリビングで寝ることにするか。朝になって俺がいなくなっていたら少し騒ぐような気もする。


「リビング」

「歩けますか」

「なんとか」


 肩を借りながらリビングへ戻り、神楽が突っ伏すソファに横になる。ちらりと見えた台所の床には空になったマヨネーズのチューブが落ちていた。


「来週さ、紫苑様も行くだろ」

「里帰りですか?」

「神楽も連れて行ってやるか……」

「きっと喜ばれますよ。留守番をしていてもつまらないでしょうからね」


 翼で自分を包み込むようにしながら紫苑が部屋の隅に座る。


「皆さんに会うのが楽しみですね」

「ああ」

「ふふ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」





 離れてしまった友人を追って、小さな座敷童子は海を越えて北の大地までやって来た。二人の友情、その絆はとても固いものなのだろう。


 人と、人ならざる者、姿かたちは違っていても互いを思う気持ちというものはおそらく大差ないのだろう。その暖かさを見ることができるのも、偏に俺が彼らを見ることができるから。この翡翠が映す世界は、いつだって不可思議で面白い。


 鈴彦姫と八咫烏を目に映してから、俺は眠りにつくこととした。











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