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転生少女、悪役令嬢と出会う

「今日は転校生が来ています」


先生の声にクラスが騒めく。

この時期に転校生……なんだろう、嫌な予感がしてならないんだけど。

廊下からカツカツという足音が響き、その人物が全員の視線を一身に受けながら教室に入ってくる。



「はじめまして。私、アイリス・テメロッソ・メルクノーツと申します。どうぞ、仲良くしてくださいませ」



悪役令嬢きたぁぁぁぁ!!

嫌な予感が見事に的中しちゃったよ!?

あの長いブロンドの髪、きつめの翡翠の瞳、モデルのようなボンキュッボンスタイル、そして眩いばかりの美しい笑顔。

そこに立っていた彼女は間違いなく悪役令嬢、アイリスその人だった。



アイリス・テメロッソ・メルクノーツ

その人形のような愛らしい容姿に似合わず、自己中心的で非人道的。まさに悪逆非道の王道悪役令嬢。彼女に関しての悪い噂は山ほど聞いた。

例えば、料理に一本髪の毛が入っていただけで、その料理人を突き止めてペットのライオンの餌にしたとか、自らの侍女や実の兄に拷問を繰り返しているだとか。


信憑性の有無はとにかく、数えたらきりがない程の悪評。その一方で彼女の良い噂は一つも聞いた事がない。




「アイリスさんの席は……」



先生が教室を見渡して彼女の席を探す。

クラス中の男子生徒が期待したような視線を先生に送っているが、果たして気が付いているのか。



「先生。私、あの席がいいですわ」



彼女が指差したのはリアム様の隣の席。

教室内の音が一気に消える。

指を刺された女子生徒は驚きに目を大きく見開いていた。



「えっ。でもこの席は……」



「私が変わってほしいとお願いしているのだから、もちろん変わってくださいますよね?」




ね。っと念を押すように告げる彼女。

流石、悪役令嬢アイリス。一切容赦がない。

アイリスは王国でも名高い侯爵家のご令嬢だ。ここで断ったらどうなるか。なんて想像に容易い。

一方、女子生徒の方は戸惑いを隠しきれない様子で今にも涙を零さんばかりだった。



「さぁ。さっさとそこを退いてくださいまし。今日からそこは私の席ですわ」



「…は」

「ちょっと待った」



悪役令嬢に追い払われるように席を立とうとした女子の言葉に被せて凛とした声がクラスに響く。

誰だ。名家のご令嬢相手に喧嘩をふっかける阿保は。



「そこは貴女の席でしょ。変わる必要ないわ。……アイリス様。貴女の席はあちらです」


「はっ……?」



スッと立ち上がって窓際の空いた席を指差してやる。

私でした。はい、阿保です。

だって、あんまりにも横暴すぎるから腹が立った訳ですよ。侯爵家だかなんだか知らんが、全部自分の思い通りになると思うなって事です。

世の中はそんなに甘く出来てないんです。



「あ、貴女!誰に向かってそんな口を聞いているかわかっているの!?私はアイリス・テメロ」

「えぇ。もちろん存じ上げています。その上で申し上げているのです」



アイリスの言葉を遮ってハッキリと物申す。

静寂に包まれた教室でしばしの間、睨み合いが続いた。

甘いな。前世では姉と推しのカップリングで相容れず一日中睨み合いながら激論を交わしたこともあるこの私。忍耐力、持久力なら結構自信があります。

それに十五、六の小娘の睨みなんて痛くも痒くもないわ。精神年齢二十歳を舐めるな。



「……いいでしょう。貴女のその勇気ある行動に免じて、今回は私が譲って差し上げます。感謝なさい」



先に悪役令嬢の方が視線を逸らした。

まだ上から目線で何か言ってやがるが、まぁ折れてくれただけマシか。



「ありがとうございます」



アイリスに一礼した私はそのまま自分の席に座る。ちらりとリアム様の隣の席に視線を投げれば、女子生徒が涙を流しながら何度も頭を下げてきた。それに軽く手を振って前を向く。



よし。作戦通り。

この一件でアイリスは確実に私を敵として認識した筈。

つまり、これで私は悪役令嬢の腰巾着にならなきゃないけなくなる可能性は無いに等しい。

腰巾着にならなければ、あとはアイリスの動向にさえ注意していれば私が断罪ルートに進む事はほぼほぼゼロだ。

そう踏んだから、私はリスクを背負ってまで真正面から喧嘩をふっかけたのだから。

…まぁ単純に腹が立ったっていうのもあるけどね。

どちらにしても、私の断罪は免れる。






「……って思ってた十分前の自分を呪いたい」



「何か仰りました?」



「いいえ。なんでもないですわ」




一時間目の開始前の休み時間。

目論見通り怒りを露わにしてズンズンと私の席までやってきたアイリス嬢。

さぁ、ありったけの罵詈雑言を吐いていくといい。



「貴女のその度胸、私大変気に入りました。貴女、私の侍女になりなさい」



そうそう侍女に……。




「……えっ!?」



ちょっと待て、何がどうなって侍女になるって話になったの。



「もちろん、最初は貴女の事を徹底的に調べさせてご家族諸共潰してしまおうとも思いましたわ」



潰してしまおうって思ったんだね……。

当たり前のように言ってのけるけど、彼女なら本当にやりかねないので本気で命拾いしたんだなぁと今更ながら冷や汗が出てくる。


まぁ、でももし本当に彼女がそれを実行できるなら、物語に出てくる主人公は私と同じただの市民の出なので間違いなくお家ごとぺちゃんこにされている筈。なのにそれをせず地道に主人公を虐める倒しているという事は、もしかしたら彼女にはまだそれほどの権限は無いのかもしれない。



「でも、よくよく考えたら私に楯突いたのは貴女が初めてでしたのよ。


私、お父様に「勇猛で度胸のある者を側に置きなさい。お前に意見できるくらいの人間を」と言われて参りました。


そんな方何処にもいるわけがないと思っていたのですが……。メルクノーツ家の令嬢であるこの私に無謀にも意見した貴女にはとても興味を持ちましたの。ですから私の侍女になりなさいと申し上げたのです」



お、おぉ。そうきたか。

娘の性格を良く知っているお父様が先手を打ってたわけだ。



つまり、このままだと学園でも彼女はその傍若無人ぶりを発揮して次々と問題を引き起こす。学園には国の第一皇子を筆頭として様々な名家のご子息ご息女が登園しているのであまり派手に問題を起こされてはいくら侯爵家とはいえ立場が危うい。

だから彼女に意見できる友達という名の『お目付役』を付けさせて、彼女が暴走しそうな時に止めてもらおう。という保身的な考えだろう。


流石は名高いメルクノーツ家の当主、中々鋭い。お宅の娘さん、ゲームではその友達が出来なかった為に断罪されるんですよ。



でもまさか、反抗する事で敵視されるどころか興味を持たれるとは微塵も思っていなかったなぁ。

世の中そう甘くないのは私も同じって事か。



「うーん、侍女はちょっと……」



「なっ!私からの申し出を断るというの!?」



「いいえ。ですから、侍女じゃなく友達なら是非と思ったのですが」



ここで侍女になると頷いてしまえば、それはもう腰巾着となんら変わらなくなってしまう。

それにこうしてやってきた彼女を追い払うのも忍びない。そこでメルクノーツ家の当主様の思惑通り、友達として彼女と対等に付き合っていけばいいのではないだろうかと思ったのだ。

上手く彼女の暴挙を止められれば、結果的に私やリーナの断罪は無くなるわけだし。



「と、友達ですって!?」



顔を赤くして声を荒らげるアイリス。

やっぱり、市民と友達なんて令嬢としてのプライドが許さないかな。でもごめん。貴女は友達を選べる立場ではないのよ。



「な、生意気にも友達になれといいますか。え、えぇ。もちろん本来ならば許されない事です。ですが、こ、今回だけは友達になって差し上げる事も吝かでは……」



わっかりやす!?

語尾に近付くにつれて声のボリュームが段々と小さくなっていくのを見て確信する。

あぁ、この子友達いないから、初めて友達が出来そうなのが嬉しいのね。なんだ、案外可愛いところもあるじゃない。



「では私の友達になって下さい。私の名前はリディア。よろしく、アイリス」



「と、友達……!え、えぇ。よろしくして差し上げますとも。えっと、リディアね」



友達という響きに感激したのか一瞬アイリスの頬が緩む。が、周りの視線を感じてか小さく咳払いするとまたさっきのトゲトゲとした口調に戻った。……声色の嬉しさが隠しきれてないけど。



「では、私とも是非お友達になって下さいませ!私はリーナ。リディアの友達ですわ」



そこに柔らかな笑みを浮かべたリーナがすっと会話に入ってくる。おぉ!ナイス!ここで二人が友達になればリーナの性悪腰巾着フラグも一緒にへし折れるわ。


アイリスが困ったような照れたような顔で私を見上げて来た。こういう時はどうすればいいの?って助けを求めるみたいだ。



「アイリス。リーナはとても気の優しい良い子よ」



「わ、わかりましたわ。リ、リーナ。貴女も私の友達にして差し上げます」



「本当に?嬉しいわ」



耳まで赤くしながらさも仕方なさそうにそっぽを向くけど、やっぱり声色は弾んでいる。

リーナもそれに気が付いたのかクスクスと口を隠して笑っていた。



良かった。



全く予想していなかった展開だけど、当初の予定よりだいぶ良い感じにまとまってくれて少しだけ安心する。

主人公が転入してくるまであと一年ちょっとくらいしか無いけれど、それまで何事もなく過ごせる事を強く願うばかりだ。




が、この時私はすっかり失念していた。

ここが吸血鬼との恋愛ゲームの世界だという事を。



そしてある日からそれはじわじわと影のように忍び寄り、学園全体をゆっくり呑み込んでいくのでした。









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