転生少女、死期を悟る
それはある日の放課後の事だった。
「リディア。申し訳ないけど、このプリントを生徒会室まで持って行ってくれ。時間になっても生徒会の生徒が取りに来なくて困ってたんだ」
帰寮途中の廊下で大量のプリントを手に持った先生に捕まった。ちなみにリーナは不在。なんでも、今日は寄るところがあるのだとか。
「わかりました」
なんで名指しで頼むんだよ、断り辛いじゃん!
自分の運の無さを恨みながら先生からプリントの山を受け取る。
うわっ、重っ。嘘でしょ、これをか弱い女の子一人で運べって言うの!?鬼かよ。
大体、生徒会の生徒ともあろうものなんで時間になっても大事なプリントを取りに来ないんだよ。
ここにリーナが居たらこの山の半分でも持ってくれたかな。
心の中で愚痴を零しつつ、生徒会室へと向かった。
階段を昇り、長い廊下を数分ほど歩くと生徒会室の扉が見えて来た。
けど、部屋が近くに連れて私はある事に気が付き始める。
入学してから一度も部屋の前すら通ったこと無かったけど、なんだかここの廊下やたら女子生徒とすれ違う気がする。しかも何故かみんな生徒会室を凝視してるような。なんでだろう?
ちょっと嫌な予感がしない事もないけど、とりあえずこれを渡さなければ私は寮に帰れない。コンコンコンと軽く三回扉をノックした。
「入れ」
「失礼します」
中から声がしたのを確認して生徒会室の扉を開けた。そして、部屋の中に入った途端、予想もしなかった大物の存在に全身の毛が一気に逆立つ。
「何の用だ」
漆黒の髪。矢で射貫くような鋭いサファイアの瞳。周りを寄せ付けない威圧感。凍てつくような絶対零度の声色。
間違いようもない。なんでリオン様がここにいるのっ!?
「おい、扉を閉めろ。喧しい」
「ふぇ!?」
どうやら驚きのあまり扉を閉め忘れていたらしい。背後を確認するといつの間にやら女子生徒が大量に群がって一目レオン様の姿を焼き付けようと狭い扉の隙間を奪い合っていた。
なるほど、やたら女子生徒が多いと思ったらこういうことか!
「し、失礼しました!」
ごめんね。と思いながらも私は扉をしっかりと閉めた。あぁ、なんか外で舌打ちが聞こえた気がする。プリント渡して退室したら確実に彼女達にシメられる未来が見えるな。
「それで、生徒会の生徒でもないお前がここに何の用があって来た」
生徒会の生徒を強調した言い方に少しイラッとする。私だって来たくて来た訳じゃないし。あんた達がしっかりプリント運ばないから代わりにパシリにされたんだからね!
と思ったけど、もちろん彼相手にそんな口をきけるわけが……。
「いいえ。生徒会の方が時間になってもプリントを取りに来ないと先生が困っていらっしゃいましたので、私がパシら……じゃなかった、届けて欲しいとお願いされまして」
この上ないくらいの笑顔でプリントの山を机の上にドンっと乗せた。
やっぱり普通にムカついたから生徒会の方が来ないってのと先生が困ってるっていうのをわざと強調して言ってやった。これで私が巻き込まれて迷惑してるっていうのも遠回しに伝わったのではないか。ふん、ざまぁみろ!
「お邪魔してしまって申し訳ありませんでした。私もこれ以上長居するつもりはございませんので、これで失礼します」
言いたい事だけ言って逃げるように生徒会室の扉へ向かった。
「待て」
扉に手を掛けようとしたその瞬間、背後から聞こえた冷淡な制止の声に体が石化したかの様にピシリと動かなくなる。
お、怒ってらっしゃる?ヤバイ。勢い任せでつい嫌味みたいなのを言っちゃったけど、よくよく考えたら相手は仮にも一国の皇子。やっぱり失礼だったかもしれない。打ち首とかだったらどうしよう。物語が始まる前に死罪とか、もはや笑えない。
内心パニックになりながら、額からは冷や汗が滝のように流れている。ゆっくりと声の主人の方へ振り返ると彼は鋭い目付きのまま私を見据えていた。
「お前。名前は?」
そして何故か名前を尋ねられる。
「リ、リディア・レーベンスです」
ピコン
恐る恐る返答すると、唐突にステータス画面が表示された。
リオン・フィツ・ボルナバルト
ボルナバルト王国第一皇子。
好感度…0
ヤンデレ度…0
あれ、リオン様のステータスに好感度とヤンデレ度が追加されてる。前は名前と職業だけだったのに。もしかしたら、何か条件を満たしたからロックが解除された……とか?
そして名前を尋ねたまま、一切口を閉じてしまったリオン様。
あぁ、きっと頭の中ではこの生意気な貧乏人の小娘をどう料理してやろうかって考えてるに違いない!
どうか命だけは助けてもらえないだろうか、不安になりながら真剣に命乞いの言葉を考え始めた時だった。
「そうか。ではリディア・レーベンス。生徒会役員に代わり資料を回収して来たこと、生徒会長として心から感謝すると共に謝罪しよう。すまない」
「えっ」
処刑すら覚悟していた私はリオン様の思いがけない言葉に鳩が豆マシンガンを食らったような顔になる。
あ、あのリオン様から感謝と謝罪の言葉だとぅ!?
私、やっぱり明日暗殺とかされるのかな……。
というか今更だけどリオン様って生徒会長だったんだね 。
驚きのあまり声にも出せずに心の中で思った事を垂れ流しにしているとリオン様は冷淡とした表情で「別に君の事を認めた訳ではない」と付け足した。
ツンデレかよ。
あっ、いや、あの表情を見る限りツンでもなんでもなく単純に私を突っ撥ねてるだけみたい。
でもきちんと謝ってくれるのは意外だったかも。でも、うん。やっぱり人の上に立つ皇子として、そういう所はしっかりしてるもんなんだなぁ。
「いえ。お気になさらないでください」
こうして謝られている以上は私もとやかく言うつもりはない。首を横に振って今度こそ心からの微笑みを浮かべる。ついでに、処刑も免れたし、これで一安し……
「ふふふっ、驚きました。あのリオンが女子とまともに会話をしているなんて」
「ぎゃああぁぁ!?」
び、ビックリした!?いきなり背後から男子生徒が現れて心臓が止まりそうな程驚愕する。
この人一体何処から出て来たの!?というか一体いつからいたの!?
「ずっと居ましたよ。資料で隠れていたようですが。ほら、そこの席です」
男子生徒が指差した席は確かに資料の山の死角になっていて人が座っていても気が付かないと思う。
「……というか、今、私の心読みました?」
「いえ?気のせいでしょう」
き、気のせい……?本当に……?
彼の纏ってる雰囲気はもの柔らかで、微笑を湛えた美顔はまさに好青年そのもの。一見すると冷淡なリオン様とは真逆の印象だけど、どこかリオン様と似たような気配を感じる。
一言で言うと只者じゃない感が半端ないのだ。
ピコン
ユノ・フィツ・ボルナバルト
ボルナバルト国王第二皇子。
好感度…0
ヤンデレ度…0
なるほど、リオン様のご兄弟でしたか。
道理で彼と並ぶ迫力をお持ちだと思ったわ。
ステータス画面を見つめながら密かに納得した。
「貴女は愉快な人ですね。あの氷の皇子に嫌味を返すなんて方は滅多にいらっしゃらないですよ」
ユノ様は先ほどのやりとりを思い出したかのように口元を押さえて目を細めた。
えっと、愉快な方って言うのは褒め言葉として受け取っていいのかな?
「えぇ。褒め言葉ですよ。ご覧の通り、リオンはあまり人と接するのが得意じゃなくてですね。特に、女性には少々厳しい態度を取ってしまうんですよ」
簡単に言えば女性不信です。とユノ様は付け足した。ってさりげなくまた私の心を読んでるし。
「そうでしょうね。心中お察しします」
そりゃ四六時中女性に囲まれてぎゃあぎゃあ騒がれてたら、女性に対する印象はあまり良いものではないだろう。彼みたいなタイプは特に。
「それもありますけどね。まぁ、それはいいでしょう」
あたかも他に理由があるように言ってのけるユノ様。恐らく、それは彼のストーリーに関係するものなんだろう。少なくても私の出る幕ではない。
というかもうこの人との会話は別に喋らなくても良いんじゃないかなって思ってきたよ。
「ですが貴女とは普通に会話をされている。私はそれがとても嬉しいのですよ」
「普通に……会話……」
……した覚えが全くないんだけど。
した事といえばリオン様の言葉に対して腹が立ったから嫌味で返した。そして謝罪があったからこちらもそれに対して返答した。
……普通の会話か?これ。
「いいえ。普段なら「いや」か「違う」しか喋らないんですよ?」
それ会話っていうの!?しかも両方とも否定の言葉だし!!それで成り立つ会話っていうのを見て見たいよ!?
「それは少し言い過ぎましたが。リオンが自分から女性に名前を尋ねることなど今まで一度たりともありませんでしたよ。それだけ、貴女に興味を持ったのでしょう」
「はぁ」
「余計な事を喋るなユノ。お前も、用が済んだのならさっさと帰れ」
今までずっと黙っていたリオン様がとうとう痺れを切らして口を開く。ユノ様はそれを宥めると、私の方を見て困ったように眉尻を下げた。
「またリオンはそんな事を。すいません、リディアさん」
「いえ。気にしてません。では、失礼しますね」
二人に向かって丁寧に頭を下げてから、私は今度こそ生徒会室の扉を開ける。
さよなら。もう二度とこんな至近距離でお会いする事はないだろう。
早く帰ろう。そしてベッドにダイブしたい。
「……えぇ。また、貴女にはお会いしたいものです」
扉を閉めるとき、ユノ様が何かを呟いた気がしたけど、帰寮で頭が一杯の私は気にも留めなかった。




