転生少女、学園へ通う。
「リディ、おはよう」
「あらリーナ。おはよう。今日もいい天気ね」
前世の記憶が戻ってから約三年。齢十五になった私は城下町から約五百キロメートル近く離れた聖ブラッドリア学園に通い始めた。
なんでわざわざくっそ遠い学園に通う事になったのかというと、それには深い訳がある。
私。というかリディアは城下から少し離れた港で母親と共に食堂を営んでいた。彼女に父親はいない。親子二人で切り盛りする店は小さいながらも味は確かで、気のいい常連さんにも恵まれてそれはそれは順調だった。
だけど、いくら順調だと言っても決して儲かって居たわけではない。何せうちは『安くて美味いお袋の味』が売りだ。売り上げが出たとしても店の維持費や運営に必要な金額を差っ引くと手元に残るのは私たち親子が食べていくのでやっとぐらいの額。
そんなのだから母親はいつも申し訳なさそうに言うのだ。
「ごめんね。うちにもっとお金があればアンタを学校に行かせてやれるのに」
「いいよ。私、ここで働くの好きだし」
私が笑って答えると母は更に悲しそうに眉尻を下げる。私が無理して笑ってるようにでも見えてるんだと思うが、今のは紛れもなく本心だ。
というか今更学校に行っても特に勉強する事もないだろうし、むしろここでお客さん達から色々な話を聞くのが結構楽しみだったりする。
何より、私あんまり勉強好きじゃないです。はい。
そんな感じで割と忙しい日々を過ごしていたある日の事。ピークの時間帯を過ぎて店から人が居なくなった頃、真っ黒なロープを羽織った男性が暖簾をくぐって入ってきた。
フードを深めに被ってるから顔もよく見えない。現代だったらまず間違いなく職質コース一直線。
ーーピコン
「えっ」
電子音と共に目の前に現れたのは三年前のあの時と同じゲームのウインドウ画面だった。なんで急に?
……という事はもしかしなくても、彼、ゲームの登場人物ってことなの?
既に席に着いている彼を横目で確認する。表情は見えないけど、何やらメニューを見て迷ってるようだ。相当悩んでるのか唸りながらずっと首を傾けている。
どうしよう、全力で関わりたくない。関わりたくないけど、従業員は私と母親しかいないし、その母親は厨房に篭りっきりで、注文を取れるのは私しかいない。
ちょっとお手洗いへ。っていうのも考えたけど、ついさっき行ったばっかりだったわ馬鹿野郎。
「すいませーん」
嘘っ、もう決まったの!?私の予想だとあと十分はあのままだと思ってたのに。
本当に行きたくないけど、呼ばれた以上もう逃げ場はなかった。出来るだけ顔を俯かせたまま素早く注文票とペンを持って彼の席へ向かう。
「この今日のおすすめっていうのをひと……うん?」
メニューから顔を上げた彼の注文が途中で止まる。不審に思って少しだけ視線を上げると真っ黒のフードの奥から紅の瞳がある一点を食い入る様に見つめているのが分かった。
……首筋だ。穴が開きそうなくらい私の首筋を凝視してる。
「ちょっと失礼」
「えっ。きゃあっ!?」
急に謝られたと思ったら次の瞬間には注文票を持っていた手を強く引かれて男性の胸に前のめりにダイブ。そのまま髪を持ち上げられて首元の臭いを嗅がれた。ってなんのプレイですかこれ。
「……ねぇ、君。学校、通ってみない?」
「はっ?」
その後、騒ぎを聞きつけた母親が厨房からすっ飛んで来てから話は一気に進む。
なんでも城下町からかなり離れた僻地に学校が新設されたらしくそこの生徒を募集しているそうだ。
母は「行かせてやりたいけど、お恥ずかしい話お金が」と言い淀んだが、男性は今なら学費も全額タダ、向こうに寮があるけどその費用もかからないがどうだろうかと言い出した。
完璧に裏しかない、今時幼児だって信じないような話だったけど、母は大喜びして二つ返事で誓約書にサインした。
お母さん、娘は貴女が将来オレオレ詐欺とかに引っかかりそうで心配でなりません。
そんなこんなであっという間に自分の荷物と共に馬車に乗って三日ほどかけてこの学園までやって来ました。
もうお気づきかもしれないけれど、この学園こそあの乙女ゲームの舞台となる学び舎なのです。
そして冒頭、爽やかに朝の挨拶を交わしたリーナという少女は入学早々に仲良くなった友達で、リディアと同じ性悪腰巾着連中の一人。
つまり、いきなりフラグを回収しました。
まぁ、仕方ないよね。リーナに関しては入学式で隣に並び、席が隣だった上に寮の個室まで隣同士。もはや運命としか思えない。そうまでしてリディアとリーナを一緒にしたいか、神様。
という事でリーナと共に寮から校舎まで移動する。僻地に建てられただけあって学園の敷地は無駄に広い。
登校初日に寮から校舎までの道のりで迷子になり、リーナと共に大冒険して、結局たどり着いたのは午後なんて事があったけど、あれはいい経験だったと思う。もちろんすごぶる叱られたけど。
学園に慣れ始めた今ではある程度行った事のある建物なら道を間違えずに向かえるようになった。が、ひとつだけ何度見ても慣れないものがある。
『きゃぁぁぁ!リオン様ぁぁぁ!』
中庭から校舎の入り口にかけて女子生徒達が殺到して黄色い歓声を上げまくっているあれ。人気男性アイドルのドラマ撮影と勘違いしそうになるがあれで只の登校風景だ。
ピコン
いつもの様に現れた画面には恐らく今あの群れの中を練り歩いているであろう人物のステータスが表示されている。
リオン・フィツ・ボルナバルト
ボルナバルト王国第一皇子。
一度も関わったことがないので詳しくは知らないが何でもえらく聡明な方で、決して他人を寄せ付けない絶対的なオーラを持っているとか。
だがそんな様子が逆に堪らないと多くの女子から「氷の皇子」とか呼ばれてきゃあきゃあ言われているらしい。何が氷の皇子だ、面倒くさいだけじゃんか。
「いつ見てもリオン様人気は凄いわね。あぁ、私も一度でいいからリオン様を近くで拝見したいわ。ねっ、リディもそう思うでしょ?」
「えっ。えぇ、そうね?」
流石に本心を言うわけにもいかず、リーナの言葉に賛同しておく。
確か、姉からは彼がこのゲームで一番難易度が高くまた一番人気のキャラクターと聞いていた。
彼のルートはその壮絶なストーリーも人気だが、一番は全く他者を寄せ付けない彼が段々と主人公だけは心を開き、最後にはちょっとここでは言えないくらいの甘過ぎる展開へ。というものらしい。
が、只でさえ誰も攻略出来ないのに一番難易度が高いとか一生かけても攻略出来ないとハナっからアウトオブ眼中にしてたのが前世の私だ。
という事で、今世も出来るだけ彼と関わらないように生きていこうと思います。




