黄金の良心
「ゴホッごほ、ごほっ!」
「こちらです、大奥様……」
「ゴホッ! え、えぇ……」
華奢な馬車から出てきたのは、少し厚着の、品の良さそうな、おばあさんだった。
……あ、やっぱり、貴族の方っぽい。
うーん、対応に困るな……。
食堂屋の娘に、食事以外のマナーなんぞ、わからないわよ……?
「おばあちゃま……」
「!」
な……子供がいたの!
馬車から、小さな女の子が出てくる。
ユータやアナたちと同じくらいの歳だろうか。
可愛らしい洋服を着ている。
「ごほっ……シャンティ、離れて、いなさい? 風邪が移ってしまうわ……」
「でもぉ……!」
白髪のおばあちゃまの脇をなんとか支える、淡い若草色の髪の女の子。
黒い華奢な馬車から、ゆっくりと降りてくる。
「……あら、こんばんは、お嬢さん」
「あ……こんばんは」
思わず挨拶を返してしまった。
いや、このカッコ見て、普通に挨拶とか……。
なかなかの、キモの据わった、おばあちゃまだわ……。
女の子の方を見ると、ギョッ、とした顔でこちらを見ている。
……うん、わかってた。
ショックなんて受けてないよ。
焚き火の前に、ゆっくりと2人が座る。
……そういや、メイドさんとか、執事さんとかいないの?
何か、ワケありかな?
パチパチ……
「ふぅ……温かい。ヒキハ、苦労をかけます」
「勿体ないお言葉です、大奥様……!」
「ふふ。どうやら、頼もしい護衛の方が増えたようですね」
「あ、いや……この娘は……」
炎の中に浮かび上がる、きんきらきんのシルエット。
うん、私だね。
シャンティと呼ばれた女の子が、ものっそい怪訝そうな視線をこちらに向けている。
うん、泣こうかな。
「ゴホッ、ごほっ!」
「おばあちゃまぁ……」
「大奥様!」
……完全にこじらせてるわね。
最近は、昼間は温かいけれど、夜はまだ寒い。
今は焚き火があるけど、このおばあちゃんは今、上体を起こして座っている。
……あまりいい状態ではないわ。
男護衛チームはあたふたしているわね。
寝転んで休ます事はできないかしら。
「……横になって休まれた方が、お身体に良いのでは?」
思わず声をかけた。
答えたのは、ヒキハさん。
「! ……できればそうしています。ですが、今の時期の地面は、虫が起き出すのです。肌をやられる可能性があります……。できれば、そのような思いをさせたくはありません……」
む、そうなのか……
それは、さすが、先輩冒険者だな……。
虫……そりゃやだ。
きゅううぅ──……。
「う……」
あ、お腹なった。
私じゃない。これは……
「ぅう…………」
シャンティちゃんが、うつむく。
「……申し訳ありません、シャンティ様。食糧を入れた袋を、先ほどのオークに踏みつけられてしまいました……」
今の焚き火の横には、まだ、ハイオークらしきものの足跡が残っている。
えっと……多分だけど、焚き火で食事の用意をしている時に、それをハイオークが見つけて襲ってきたんだ……
こわいわね……。
近くには、レッドハイオークもいたし。
タイミングの悪さもあったんだろう。
「いい、がまんする……」
いい子ね。
貴族の子供は、もうちょっと激しい子かと、勝手に思ってしまってたわ。
「ゴホッ、ごほっ!」
「くっ……!」
……見ていて、あまり気持ちの良くない光景だわ。
魔物がいる夜の森で、焚き火の前に座る、病気のおばあちゃんと、お腹をすかせた女の子。
……いや、お腹へってるのは女の子だけじゃないか。
みんな、多分、まともに食べてない。
……うわぁ、うわぁ、血が騒ぐ。
こんなの、有り得ないわ。
────────私、食事屋の看板娘なのよ……!
「ゴホッほっ……くふっ!」
「大奥様……」
この人も、やっぱり横になって休ませた方がいい……。
当たり前だ……。
座っていても、体力は使う。
何か、敷くもの、寝転べるもの……。
……。
…………。
………………んん?
────"寝転べるもの"?
「────ああっ!」
「! なんですか!」
「あっ、いえ……」
「…………?」
──────────私、ベッド、持っとる。
どーしょっかな。
どーしょっかな。
問題は山積みだ。
①このまま王都に連れて行かれると、職質される。
②レッドハイオークを倒せる強さなのが、バレる。
③私の力が目立つ。
④"時限結晶"の事がバレる。
⑤貴族に囲われる。
あ、アカン。
アカンやないの。
やっぱり、どうにかしてレッドハイオーク討伐は黙っておいてもらいたいな……。
あと、王都で取り調べされるような事は避けたい……
なんかボロが出そうだわ……。
せっかく郵送配達職になれたのに、どっかの貴族に雇われたりしそう。
そんなのヤです……
しょうに合わないし……
なんかやりたい事とも違う……。
でも、その前に、とっても問題なのが。
私が、ベッドも食べ物も持ってるってことだ……。
「ゴホッっ、ごほっ」
くきゅるるる〜〜……
「うぅ〜〜……」
私のっ!
キラキラの良心がっ!
キリキリと痛むわっ!